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 第120話 『 楪 』



 「 ……今夜も月が綺麗だな――ゆずりは 」


 ……満月の夜。

 ……空には微かに雲が掛かる。

 ……〝むかで〟は〝精霊王〟と二人、静かに語らっていた。


 「確か、俺と君が出会ったのもこんな満月の夜だったかね」


 「……そうね、綺麗ね」


 語り掛ける〝むかで〟に〝精霊王〟は無感情に応える。


 「初めて出会ったときの君はそれは表情豊かに笑っていたものだ」

 「……そうかしら、わたしは笑ったことが無い筈だけど」

 「ずっと昔の話だ、君が覚えていなくても無理はないさ」


 〝精霊王〟の素っ気ない返答にも〝むかで〟は無表情ながらも楽しげであった。


 「いつか、君も笑えるようになるよ。その為に俺は戦っているのだから」

 「……そう、ありがとう」

 「感謝には及ばないさ、君はただ、俺の傍にいてくれればそれでいい」


 〝むかで〟は〝精霊王〟の頬を優しく撫でた。


 「そうだ」

 「……どうかしたの?」

 「君に食事を、取って置きの〝御馳走〟を準備しているんだ」

 「……〝御馳走〟?」


 〝むかで〟は笑わない。しかし、まるでサプライズを明かす子供のような期待を言葉の端から感じさせた。


 「ああ、明日には準備が整う。楽しみに待っているといい」

 「……わかった、待つわ」


 ――〝御馳走〟


 ……それは、フレイちゃんのことを示しているのであろう。

 そう、移動時間・断食期間・食事期間――〝精霊王〟の食事の刻限は明日に迫っていた。


 「……眠いの?」


 〝精霊王〟が〝むかで〟に静かに訊ねる。


 「……少し、な」

 「……いいわよ、ここで眠っても」

 「そうしようか」


 〝むかで〟は椅子に腰掛けたまま、ゆっくりと瞼を閉じる。


 「……おやすみなさい」

 「……」


 〝むかで〟は応えなかった。彼は既に眠りについていた。


 「……わたしも寝るわ」

 「……」

 「……」

 「……」


 ――そこで、〝わたし〟の視界は真っ暗になった。











 「 〝むかで〟、寝ました 」



 ……それは〝KOSMOS〟のアジトから一キロ離れた茂みの中。


 「了解」


 ――T.タツタは極黒のローブに身を包み、茂みの中で息を潜めていた。


 わたしは〝霊王〟の能力の一つである、精霊と五感を共有する能力を使い、〝精霊王〟を介して〝むかで〟の同行を窺っていたのだ。

 そして、今、絶好の時が来た。


 「そんじゃあ、お前ら覚悟はいいか」


 タツタさんが出発の確認をする。


 「勿論♪」

 「愚問ですよ」

 「行きましょう、タツタさん」


 ……勿論、答えは一つであった。


 タツタさんが〝SOC〟に手を当て、


 わたしは〝太陽の杖〟を握り直し、


 カノンくんは〝火音〟の安全装置を外し、


 ドロシーさんはカノンくんから借りた〝黒朧〟を手に握っていた。


 ……臨戦態勢は整っていた。


 ……そして、始まる。


 ……長い長い夜。


 「 さあ 」


 ――〝フレイチェル〟奪還作戦。


 「 襲撃だ……! 」



 ――開戦……。


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