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 第119話 『 兄妹。 』



 ……フレイが俺たちのアジトに来てから一週間と一日が経過していた。


 「 はうー! 一週間振りのごはんですー! 」


 ……フレイは物凄い勢いで薬草のサラダを頬張っていた。


 「……それ、そんなに美味しいの? ただ三種類の薬草を刻んだだけだよ」

 「……まあ、美味しくはないんですが、もう食べられれば何でもいいです、ハイ」


 先程までのハイテンションから一変して、フレイの目は死んだ魚のように濁っていた。

 死んだ魚のような目でサラダを見る! 死んだ魚のような目でサラダを見つめ、サラダにフォークを突き刺す! 死んだ魚のような目でサラダを食べる! をフレイは坦々と繰り返す。


 (……凄い、サラダしか見えていない)


 ……まあ、仕方ないのかな。

 だってフレイは、この一週間水しか飲んでなかったからなー。

 それにしても、物凄い勢いで食べていくなー。このサラダを作った俺もこれだけ食べてくれるのは少し嬉しかったりする……切っただけだけど。


 「はふー、もうお腹一杯です」

 「てか、精霊って餓死しないって聞いたんだけど、お腹減るの?」

 「いえ、減らないんですがやっぱり何か食べないと元気でないんです」

 「……どういう身体の造りだよ」

 「……不思議です」


 ……精霊ってやっぱり謎が多かった。

 肉体を短時間であれば霊体化できるし、食事を摂らなくても死ななくて、でも、食事を嗜好的に行う。なのに、食事をしても排便をしない。謎だ。


 「凄い食いっぷりだったね」

 「そっ、そうですか」

 「あと、目が死んでた」

 「もうっ、そんなとこまで見ないでくださいっ!」


 赤面してそっぽを向くフレイが可愛らしかった。

 かれこれ一週間、俺はフレイのお世話係兼監視をしているけど、なんだかんだ仲良くなっていた。


 「あっ」

 「……? どうかしましたか?」


 俺はフレイの顔をまじまじと見つめた。


 「目の下にくまできてるけど、寝てないの?」

 「……隈、ですか?」

 「うん、隈」


 フレイの目元はうっすらと黒ずんでいた。


 「……ちょっと、眠れてないかもしれません」

 「……」


 そりゃあそうだ。だって、フレイは一週間後には〝精霊王〟に食べられる運命なんだ。グッスリ眠れる筈が無かった。


 「……ごめん」


 俺は何だか不甲斐ない気持ちになって謝ってしまった。


 「何で謝るんですか、ユウさんは何もしていないじゃないですか」

 「うん、だからごめん」


 俺はまた謝った。


 「〝むかで〟は俺の恩人だし、兄貴みたいなもんで、それに戦ったって十中八九負ける」


 ……ああ、言い訳しか出てこない、俺って格好悪いなぁ。


 「フレイを助けてやることはできない、だから、ごめん」

 「……」


 謝る俺をフレイは静かに見つめる。


 「……そんな、謝らないでくださいよ」

 「でも、俺、何にもできないし」

 「いいんです、それで。ユウさんが謝ることなんて何も無いんです」

 「……でもっ」


 ……フレイは優しかった。それに強かった、俺よりもずっとずっと強かった。

 俺は何だか情けなくて、悔しくて、自分が自分で許せなかった。


 「 ありがとう 」


 ――俺の頬に小さな温もりが添えられた。


 「気持ちだけで嬉しいです、ユウさんの気持ちはちゃんとわたしに伝わってます」


 ……どうして、こんな境遇でフレイは笑ってられるんだ。


 「タツタさん達と離れ離れになって絶望の淵にいたわたしを笑わせてくれたのはユウさんなんです」


 ……どうして、こんな俺に優しい言葉を掛けられるんだ。


 「だから、笑ってください。そして、できればわたしの手を握ってください」


 ……俺の頬に添えられたフレイの手は微かに震えていた。


 「そうすればわたしも怖くなくなるから」


 ……そうだ。怖くない筈が無いじゃないか。


 「……どうか、わたしに勇気をください」


 ……まだ、こんなに幼いのに、死ぬ覚悟なんて簡単にできる筈が無いじゃないか。

 フレイには大切な人がいて、その人もフレイのことを大切に思っていて、未練だってまだ沢山ある筈なんだ。


 「……頑張れ、って……言ってください」

 「――」


 ――ガシッ、俺はフレイの手を力強く握った。


 「……ふふっ、力、強すぎですよ」


 「 頑張れっ 」


 「……ふふっ、変なのー」


 「 頑張れっ 」


 「……ユウさんの手の方が震えてますよ」


 「 頑張れ……! 」


 「……えへへっ、変なのー」


 ……俺はフレイの手を握って、彼女を鼓舞し続けることしかできなかった。


 ……俺は弱くて、


 ……鳥籠の中の鳥で、


 ……〝むかで〟は強くて、


 ……俺なんて全力を出しても歯が立たなくて、


 ……フレイを守れなくて、


 ……彼女の手の震えすら止めることのできないくらい無力で、


 ……ちっぽけな存在なんだ。


 「 頑張れっ、頑張れ、フレイ! 」


 俺はフレイの手を握って、何度も何度も鼓舞し続ける。

 しかし、彼女の震えは止まらなかった。


 ――頑張れっ……!



 ……その言葉をかけ続ける。それしか、俺にできることは無かったのだ。


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