第118話 『 月夜の語らい 』
――俺はギルドとクリスをロープで身体にくくりつけ、雪原を駆け抜けた。
「タツタさんっ、大丈夫ですかっ!」
「大丈夫だ! あと、五分! 五分後の休憩まで突っ切る!」
俺の脚は〝闇黒の覇者〟によって強化されおり、まるでスノーバイクのような加速でいっきに前進する。
「カノン、そっちも行けるか!」
「うん、行けるよ!」
カノンはドロシーを背負い、〝雷華〟で加速し、雪原を駆け抜けていた。
あれから三日間。俺達は一刻も早く〝KOSMOS〟のアジトを目指して、長い長い雪原を踏破していた。
無論、普通に歩いても、三週間のタイムリミットに間に合わないので、俺は〝闇黒の覇者〟で強化、カノンは〝雷華〟で強化して、女性陣を背負って時間をショートカットしていた。
流れとしては、〝闇黒の覇者〟・〝雷華〟でいっきに前進→休憩→前進→休憩→前進のローテーションである。
とはいえ、〝闇黒の覇者〟や〝雷華〟を長時間発動するのはかなり身体にきていたが、早めに大陸を渡って、その分長く休憩すれば、大丈夫であろう。
それに、今日中にノスタル大陸を横断すれば、残る時間は歩きでも十分に間に合う計算であった。
とにかく、今は、ノスタル大陸を踏破することだけを考えればいい。
「カノン! 休憩まであと一分! 飛ばすぞ!」
「うん! 任せて!」
……俺は更に加速し、カノンもそれについていった。
……………………。
…………。
……。
「 着いた、か? 」
……既に日が沈み始める頃、俺達の足下の雪が途切れていた。
「やっと、着いたね」
隣でカノンが息を切らしながら、ドロシーを降ろして、そのまま地面に腰を落とした。
「皆、無事か?」
俺もロープをほどいて、ギルドとクリスを降ろした。
「はい、お陰さまで☆」
「申し訳御座いません、足を引っ張ってしまいまして」
「タツタさん、えっと、ありがとう」
よし、三人とも無事のようだ。
まっ、三日間、休憩を挟みながらとはいえぶっ通しで大陸を横断した俺とカノンの方がヤバイけどな。
「取り敢えず、闇黒大陸の手前で一晩寝過ごそうか」
「さんせー……」
俺の提案に、疲れきったカノンが賛同した。
「だったら、二人は休んでてください」
「うん、テントの準備は任せて」
「終わったら、お二人共にマッサージはいかがでしょうか?」
……マッサージか、それはいいな。
「わかった。今日はお言葉に甘えさせてもらうよ」
「わーい、マッサージー」
……俺もカノンも死にかけであったので、三人の厚意に素直に甘えようと思う。
……………………。
…………。
……。
『 ZZzzzzzzz…… 』
……テントを展開し、夕飯を食べて、少しの時間談笑すると、気づけば皆寝入ってしまっていた。
まあ、疲れていたのだ。今晩くらい休んでもバチは当たらないだろう。
「……」
しかし、俺は何だか寝付けなかった。
てか、筋肉痛が痛すぎて眠れなかった……カノンはよく眠れるなぁ。
「……駄目だ、眠れねぇ」
俺は外の空気でも吸おうと、テントから出ることにした。
「 あら、寝付けませんでしたか 」
……なんと、先客がいた。
そいつは美しく、
夜空から差し込む月光に照らされ、
ただただ優しげに微笑んでいた。
「ホットミルクでも淹れましょうか? タツタ様」
……ドロシーがそこにはいた。
「いや、ミルクはいいや。ただ、外の空気が吸いたかっただけだし」
「そうでしたか」
ドロシーが残念そうに俯いた。
「タツタ様」
「どうした?」
ドロシーが偉く真剣な瞳で俺を見つめていた。
「一つ、お訊ねしたいことがあるのですが」
「……何だよ、急に改まって」
どうやら、ただの世間話や談笑をしようという雰囲気ではなかった。
「タツタ様は私のことをどのように思われているのでしょうか?」
「……どうって?」
ふんわりした質問に俺は、質問を質問で返してしまう。
「……〝白絵〟様が襲撃されたとき私は何もしていませんでした」
「――」
「〝灰色狼〟との戦いでも応援することしかしていませんでした」
「……そんなこと」
「〝氷水呼〟や〝むかで〟との戦いでも私は何もしていませんでした」
「……そんなことな」
「いえ、私は何もしていませんでした」
ドロシーの言葉を否定しようとした俺の言葉を、ドロシーが一刀両断した。
「こんな何の役にも立たない私をタツタ様はどう思われているんですか」
「……どう、て言われても」
俺は少し考えた。俺がドロシーのことをどう思っているのか。
「 可愛いと思うよ 」
「――」
それが俺の答えだった。
「それに作る料理は美味いし、料理が好きなのがわかるよ」
「……」
俺の返答にドロシーが言葉を失った。
「マッサージも上手だし、周りによく気を回せてると思う。あとは少し内罰的なところがあるかな、今みたいに」
「そういうことを訊いているのではありま――……」
「そういうことだよ」
仕返しに今度は俺がドロシーの言葉を遮った。
「今、俺が言った言葉の中に〝足手まとい〟とか〝役立たず〟なんて言葉無かったろ?」
「……」
「これが俺の中のお前だよ」
「しかしっ」
……と、ドロシーは強い口調で切り返した。
「私は何もしていないのですよっ、そんなの役立たず以外に何と言うのですかっ」
「お前が自分自身のことをどんな風に思ってたって、俺はお前のこと役立たずだなんて思わないよ」
「……そんなの、納得できませんよ」
「無理に納得しなくていいよ、俺はお前じゃないし、お前も俺じゃない。全部が全部わかるってもんでもないさ」
俺が諭すも、ドロシーは今一つ納得できていなかった。納得しなくてもいいとは言ったものの、これでは埒が明かない。
「それにドロシーは美味い料理を作ってくれてるじゃないか、それじゃあ不満か?」
「……」
……不満そうだった。女心は難しいな。
「じゃあ、こうしよう!」
俺は一度仕切り直す。
「いつかでいいからさ、お前が俺達に気を許せるようになったらでいいから」
ドロシーは俺達に〝何か〟を隠している。それはドロシーがパーティーに入るときから承知していたことだ。
だから、そこを言及するつもりは無かった。
「お前のこと詳しく話してくれよ、俺もそのときになったらちゃんと聞くからさ」
なので、俺は待とうと思う。一年だって、五年だって待ってやるよ。
「まっ、そのときになったら、教えてくれよ。お前の本当の力って奴をな」
「……!?」
俺の言葉にドロシーが目を見開いた。
ドロシーは言った。
……「できなかった」のではなく「しなかった」、と。
それはきっと、ドロシーには〝何か〟強大な力があって、訳あって、それを使えず、又俺たちにも話せなかったということだろう。
「んじゃ、俺はもう眠いから寝る」
俺はドロシーに背を向けて、男組のテントへと戻る。
今のドロシーと言い合ったってきっと答えは出ないし、今はそのときではない気がしたからだ。
「あの、タツタ様……!」
――別れ際、ドロシーに名前を呼ばれた。
「……何だ?」
呼ばれた俺はドロシーの方へ振り返る。
「その、ありがとうございました」
……何のありがとうだろう? 俺はよくわからなかったが深くは言及しなかった。
ただ、月光に照らされるドロシーの細面はまるで月夜に舞い降りた女神のように美しかった。
「おう」
……俺は最後に「どういたまして」と言って、自分のテントの中に入っていった。




