第117話 『 火龍と鴉 』
「 ……〝からす〟。これから二週間、コイツを監視しとけ 」
……昨晩、アジトに帰ってきた〝むかで〟が俺と顔を合わせるなり、そう命じたのだ。
ちなみに、コイツとは火の精霊――〝フレイチェル〟のことであり、〝フレイチェル〟は強大な魔力を持つ精霊、〝八精霊〟の一人だ。
「……」
「……」
しかし、一晩経った現在、俺と〝フレイチェル〟は一言も話していなかった。
彼女は無口だし、しかも、無愛想だったからだ。昨晩も、俺が話し掛けたのに無視するし、何か感じ悪かった。
「ねえ、何か喋ってよ。さっきから無視もするし、はっきり言って感じ悪いよ」
「……」
「ねえ、何で無視するのさー」
「……」
カッチーン。流石にイライラしてきたなぁ。
「 ……(ぼそっ) 」
……〝フレイチェル〟が何か言った。声が小さくて聞き取れなかったけど。
「ねえねえ、今、何て言ったの?」
「……さい」
「……さい?」
「 うるさいので、少し黙っててください 」
「……」
……カッ、カッチーン。もう、辛抱ならないね。
俺はアジトを出てすぐの茂みまで走り、草むらを這う巨大な青虫を捕まえた。
そして、巨大な青虫を片手に、〝フレイチェル〟の下へと走って戻った。
「……」
無言で睨んでくる〝フレイチェル〟に俺は青虫を背に隠して、〝フレイチェル〟に歩み寄った。
「……お前が悪いんだからね」
「……えっ?」
俺は〝フレイチェル〟が何か言うよりも早く、巨大な青虫を〝フレイチェル〟に投げ捨てた。
巨大な青虫は綺麗な放物線を描き、〝フレイチェル〟の頭の真上に着地した。
「ちょっ、何投げたんですかっ」
「でっかい青虫」
「ちょっ、嘘でし――って、ひっ!」
頭の上に手を這わせていた〝フレイチェル〟の顔がいっきに青ざめる。
「とっ! ととととととっ、取ってください!」
「アハハハハー」
「何がおかしいんですか!」
思わず笑ってしまう俺に〝フレイチェル〟がキレる。
「何だ、そんな顔もできるじゃん」
「……ふぇっ?」
「ここに来てからずっと辛気臭い顔で俯いてたよね」
「……そっ、そうですか」
そうだよ。
「てか、何でもいいので早く青虫を取ってください!」
……まあ、もう満足したからいいかな。
「ほい」
俺は軽く青虫を詰まんで、炎で燃やして、消し炭にした。
「……殺しちゃうんですか」
「……えっ、駄目なの?」
消し炭になった青虫を見る〝フレイチェル〟の目は悲しげだった。
「……いや、何も殺さなくてもよかったんじゃないですか?」
「だって、今から茂みまで行くの面倒臭かったし」
「……」
俺の回答に、〝フレイチェル〟は又も悲しそうな顔をした。
……変なの。
俺は〝フレイチェル〟のことが理解できなかった。
(……命を奪うことってそんなに悪いことかなぁ)
夜凪夕だった頃はテレビや本を視たり読んだりしたことも無いし、〝からす〟になってからも、俺の周りなんて殺人ぐらい当たり前だったからか、俺には〝フレイチェル〟の考えが理解できなかった。
ただ、〝フレイチェル〟にそんな目で見られるのは何だか嫌な気持ちになった。
「……ごめんなさい」
だから、俺は謝った。
俺は〝フレイチェル〟と喧嘩をしたかったのではなく、楽しく話がしたかったのだ。
〝KOSMOS〟のメンバーは全員、俺より年上だし、何より皆、マイペース過ぎて話が合わないからね。
「ふふっ」
〝フレイチェル〟が静かに笑った。俺は訳がわからなかった。
「どうしてあなたが謝るんですか?」
変なの、と少女は笑った。
「うーん、何でだろ? 俺にもわかんないや」
俺は頭を掻いて誤魔化した。嫌われたくないから謝るなんて、何だか格好悪かったからだ。
「ふふふっ」
「わーらーうーなー!」
朗らかに笑う〝フレイチェル〟とそれに振り回されてしまう俺。
……ああ、何だか楽しいなぁ。
俺は不意にそんな感想を抱いていた。
これが普通の会話なんだな、普通の談笑、自然な笑顔、俺には新鮮なものであった。
(……妹がいたらこんな感じなのかなー)
想像しただけで不意に笑みが溢れた。
「ほら、〝からす〟さんも笑ってるじゃないですかー」
「笑ってないよ!」
からかう〝フレイチェル〟に俺は振り回されてしまう。もう、どっちが年上かわかったもんじゃない。
「〝からす〟さんはいい人ですね」
「そうかな?」
「はい♪」
……〝フレイチェル〟は変な奴だ。
何故なら、俺は君を拐った〝むかで〟の仲間だし、しかも、俺も一回〝フレイチェル〟を強奪しようとしたのだ。
それなのに、〝フレイチェル〟は俺のことを「いい人」と言うのだ。
ほーーーんとに、変わった子だなぁ。
「なあ、〝フレイチェル〟」
「何ですか?」
〝フレイチェル〟ともっと仲良くなりたいと思った俺は一つ、彼女に提案する。
「その、〝からす〟って呼ばれると何か落ち着かないから〝ユウ〟って呼んでほしいなー、て……駄目かな」
「……えっと、それが〝からす〟さんの本当の名前なんですか?」
「うん、そうだよ」
うーん、と〝フレイチェル〟が少し考え込んだ。
「じゃあ、わたしからも一つお願いがあります」
「えっ、何?」
予想外な切り返しに、俺は戸惑った。
「わたしのこと〝フレイチェル〟じゃなくて〝フレイ〟って呼んでほしいんですが、いいですか?」
……フレイ、か。確かに〝フレイチェル〟って長くて呼びずらいな。
「わかった、フレイ、でいいかな?」
「はい、ユウさん♪」
ふふふっ、とフレイが笑う。
へへへっ、と俺も笑う。
「ヨロシクな、フレイ」
「こちらこそ!」
……こうして、俺にフレイという友達ができたのであった。




