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  第8話  『 Lv.96 』



 ――選別の谷。



 「……はて、タツタは元気にしているかね」


 ……私は一人お茶を飲みながら、迷宮砂漠がある方向を見つめた。


 ――空上タツタ


 ……〝白絵〟様が執着する謎の青年であり、〝SOC〟を所持し、半日で空龍心剣流を修得した私の二人目の弟子である。

 現段階ではまだ駆け出しの剣士であるが、そのポテンシャルは凄まじいものであった。


 「……普通、空龍心剣流は半日で修得できるものじゃないんだがね」


 ……しかし、空上タツタはたったの半日で修得してしまったのだ。


 (物覚えが早いという次元ではない。まったく――)


 ――身震いすらしてしまうよ、空上タツタの剣才には……!


 「まだ形だけでキレはまだまだだが、お前を越すのもそう遠くはないのかもしれぬな」


 ……私はここにはいない、一番弟子に笑い掛けた。



 「 なあ、〝空門〟 」



 ……今日も選別の谷には深い霧が掛かっていた。







 ……昔話をしよう。


 底辺高校を卒業した俺は引きニートで、親の脛をかじり、ダラダラと色んなことから逃げ出していた。


 いつまでもニートでいるわけにもいかないとか。


 優しい親に迷惑を掛け続けるプレッシャーとか。


 色んなものから逃げていた。

 いつも、ネットサーフィンとかアダルトビデオ鑑賞とかで現実逃避をしていたっけな。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 それは確か、八月のことだったかな。

 引きニートの俺であるが、実家のエアコンが壊れ、灼熱の蒸し風呂と化した部屋に耐えきれず、逃げるようにコンビニへ駆け込んだことだ。

 いつもならダウンロードで済ます、週刊漫画誌の最新話を立ち読みしていたときだ。


 「あっ、お前、もしかて空上? 確か三組の?」


 ……高校の頃の同級生と会ったのだ。

 そいつは高卒で自衛官になり、昇級試験に受かり、最近陸士から陸曹になったとか……興味の無い俺には陸士とか陸曹とかよくわからなかったが。

 あいつの名前は覚えていなかったが、あいつは訓練がキツいとか陸士の頃には規則が厳しかったとかとにかく苦労話をしていた。

 俺にはそんな苦労話をするあいつが何だか眩しくて、酷く劣等感に駆られたものであった。

 ……自分自身が惨めで仕方がなかった。それでも、俺には働くという一歩が踏み出せないでいた。

 話初めて五分が経った。あいつも話すことが無くなったのか、解散の雰囲気を醸し出していた。

 そんなときだ。あいつの足元に小さな赤ん坊がしがみついた。

 ……その赤ん坊はそいつの息子であった。

 あいつは結婚して、子供が一人いた。

 少し間を空けて、あいつの奥さんが挨拶をした。美人というわけではないが人の良さそうな人であった。

 ……あいつは幸せそうであった。

 そして、あいつは言ったんだ。

 自分の話や昔話ばかりしていたあいつが唯一、現在の俺に対してした質問だった。


 ――そういえば、今何やってんの?


 俺は何もしていない。

 ただ、親の働いた金を貪り、糞と二酸化炭素を生み出すだけの存在であった。

 俺はフリーターとだけ言って、その場を速足で去った。

 泣いたり、叫んだり、壁を殴ったり、そんな感情的なことはしなかった。

 ただ歩いた。

 ただ歩いて、俺は考えてはいけないことを考えてしまった。

 何って? そりゃあ、あれだよ。



 ――俺は何の為に生きているんだろう?



 ……無いよ。


 生きる理由も、


 生きていてほしいと思う人も、


 ……俺には何にも無かった。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 それからしばらくして俺は異世界に転生した、と思う(前後の記憶が曖昧な為、不明)。

 ……あれからかれこれ三週間が経ったが、俺は結局駄目な奴だった。

 ギルドのヒモになり、安全安楽な冒険をしていた。

 でも、何も変わらなかったわけじゃなかった。


 ……俺にも目標ができたんだ。



 ――強くなる。



 ……前よりも俺は努力するようになった。


 ……前よりも俺は笑っていた。


 ……前よりも俺は――生きていたんだ。


 だから。


 だからな。



 俺はこんなところで

     死ぬわけにはいかんのよ。



 ……………………。

 …………。

 ……。



     羅     閃



 ――斬撃一閃。〝人喰いワーム〟が一刀両断された。


 「……タツタ……さん」


 真っ二つにされた〝人喰いワーム〟が崩れ落ちる。

 俺は唾液まみれになりながらも、〝人喰いワーム〟の腹の中から這い出た。


 「誰にも邪魔はさせねェよ」


 ギルドが心配そうな顔をしていた。


 「せっかく、俺が生きているんだよ。あんな死んでいるような毎日を過ごしていた俺が初めて生きているんだよ」


 ……心臓のドキドキが止まらなかった。これが生きているという証であろう。


 「俺はこの世界で生きていくんだ! だから、俺を殺そうとするんなら誰であろうが叩き斬る……文句あるか」


 俺は笑った……それは以前の俺であれば絶対に見せないような笑顔であった。


 「……思ったより大したこと無かったな、〝人喰いワーム〟」


 俺はギルドの前まで歩いた。


 「……タツタさん……本当にタツタさん何ですか?」

 「当然だ」

 「……でも、Lv.40クラスの〝人喰いワーム〟に勝つなんて……まさか」


 ギルドは久し振りに俺の頭上のレベルを見た……このレベルは強く意識しないと見えないのだ。


 「……………………嘘」


 ギルドが俺の頭上を見て、目を見開いた。そして、呟いた。



 「 Lv.96 」



 ……俺はギルドも驚くほどの速度で強くなっていた。


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