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 第108話 『 大好きです。 』



 「 少し、お話をしませんか 」


 「……ギル……ド?」


 ……たった一人、部屋の隅で踞っていた俺をギルドが見つけ出した。


 「……何をしに来た」


 俺は静かに、かつ低い声でギルドを突き放す。


 「……もう、T.タツタは解散したんだ、さっさとアークと会いにでも行けばいいさ」

 「……」


 ギルドは動かない。動く素振りも見せない。


 「だから、俺のことはもう放っておいてくれよ! 俺とお前はもう――赤の他人、なんだ」

 「……」


 ギルドは動かない。ただじっと俺を見つめて立ち尽くしていた。


 「何か言えよ! じゃなかったら、さっさとどっかに行ってくれ!」

 「……」

 「俺の前から消えてくれ……!」



 「 嫌です 」



 ――ギルドが即答した。


 「……何で……だよ」


 俺はこんなに必死になって追い返そうとしているのにギルドは優しげに笑って受け流すだけであった。


 「……何で、消えてくれないんだよ」

 「ここに居たいからです」


 ギルドの顔を見ていると揺らぎそうになる。うっかり、決別を撤回しそうになる。


 「頼むからもう俺を惑わさないでくれ……!」


 今、ギルドと話すのは危険だ。俺の決意を鈍らせる。


 「迷惑なんだ! 目障りなんだ! 俺に付きまとうな! 俺は一人になりたいんだ! だから、さっさとどっかに消えてくれ!」


 「 嫌です 」


 ――またも、ギルドは即答する。


 ……何でだよ。

 ……何で、わかってくれないんだ。


 ――瞬間、頭が沸騰するんじゃないかと思うほどに熱くなった。


 「お前に俺の何がわかるって言うんだよ!」


 俺は激昂した。


 「俺のこと何にもわかってないくせに! 知ったようなこと言うんじゃねェよ!」


 ……何でわかってくれない!


 「俺の本質も知らないくせに! 昔の俺がどんなだったか知らないくせに!」


 ……何で消えてくれない!


 「俺はお前が思っているような格好いい人間じゃないんだよ!」


 ……何でそんなに落ち着いていられる!


 「本当は弱くて、情けなくて、格好悪くて、自分勝手で、努力が嫌いで、いいところなんて何一つ無くて、そんな自分を変えようとすらしない糞野郎なんだよ!」


 ……今までの俺は全部作り物なんだよ!


 「……………………だからっ」


 ……頼む、ギルド。


 「もう、俺につきまとうのはやめてくれ」


 ……わかってくれ――……。


 「 嫌です 」


 ――パンッッッ、俺は思わずギルドの頬に平手打ちしてしまった。


 「……っ」


 ……しまった。やってしまった。頭に血が上っていたとはいえ、ギルドに手を出してしまった。

 俺は途端に冷静になった。


 「ごめ、ん。ギル――……」


 「 良かった 」


 ……叩かれた筈のギルドが笑っていた。


 「やっと、こっちを見てくれたんですね」


 ギルドに言われて初めて、俺はずっと俯いていたことに気がついた。


 「……どうして」


 ……俺にはわからなかった。


 「……どうして……お前は俺を見捨てないんだ」


 ……こんな俺にどうしてそこまで拘るのか。


 「……俺は弱くて、情けなくて、格好悪くて、自分勝手で、努力が嫌いで、いいところなんて何一つ無くて、そんな自分を変えようとすらしない糞野郎なのに」


 ……俺は俺が大嫌いだ。


 「……どうしてっ」


 ……だから、わからないんだ。


 「……俺との繋がりを断ち切らないっ」


 ……こんな俺のどこがいいのかわからないんだ。


 「何でだよっ」


 ……こんな俺のいいところなんて。


 「わからねェんだよっ……!」




 「 大好き、だからです 」




 ……その声はただただ優しかった。


 ……柔らかくて、温かくて、疑惑や飾り気なんて一ミリも含まれてなくて、真っ直ぐに俺の心に突き刺さって、優しく溶けていった。


 「大好きです、凄く」

 「……どうしてっ」


 俺は反射的に否定してしまう。


 「俺は本当に駄目な奴なんだ! お前が見ていた空上龍太は作り物なんだよ! 本当の俺は、本当の俺は――空っぽなんだよ!」


 「わたしは好きなんです。タツタさんのそういうところも引っくるめた全部が」


 ……意味がわからねェよ。


 「作り物のタツタさんも、情けないタツタさんも、空っぽなタツタさんも、タツタさんが大嫌いだというタツタさんは、わたしの好きなタツタさんなんです」


 ……違う!


 「お前は騙されているんだ!」


 俺は何度もお前の危機を助けたし、少年漫画の主人公みたいな台詞も吐き捨てた。


 「お前は俺の外面を好きになっているだけなんだ! 本当の俺を知ったらお前だってきっと幻滅する筈だ!」

 「そんなことっ」

 「俺には何にも無い! 中身も! 信念も! 何にも無いんだ!」

 「タツタさん……!」


 ……俺は内に秘めた感情を次から次へと吐き出す。


 「お前は俺の外面しか見ていないんだ! 俺はカラアゲタツタを演じていただけなんだよ!」


 ……もう、ギルドの声も頭に入らなかった。


 「 俺は空っぽなんだよ……! 」



 ――パンッッッ、ギルドが俺の頬を平手打ちした。



 「――ッ」

 「……話を、話を聞いてください」


 ……俺は再び冷静になる。


 「……タツタさん」

 「……」


 ……この世界には俺とギルドしか居なかった。



 「 『伝説の八頭の龍』の話を聞いたことはありませんか? 」



 ……もう、ギルドの声しか聞こえなかった。


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