第105話 『 崩壊。 』
「……いけない。つい眠ってしまっていました」
……私はどうやら、〝氷熊〟を撃破した直後眠っていたようだ。
やはり、〝お父様〟の召喚は酷く体力を消耗するようであった……まあ、召喚とは言うものの、私の身に危険が及ぼしたら私の意思とは無関係に出てくるのだが。
取り敢えず、〝お父様〟のことや魔物を引き寄せる体質のことはタツタ様にバレてはいけないということは確かだ。
もし、バレてしまえば一緒に旅へ連れていってもらえなくなるかもしれないし、そうなれば〝白絵〟様との契約も違えてしまう、それはあってはならないことだ。
私は氷の迷宮を歩く、しかし、いつまで経っても人の姿は見えなかった。
(……もしかして、戦いはもう終わってしまっているのかもしれませんね)
景色も代わり映えもない、話し相手もいない退屈な散歩を続けるとやがて、反対方向に歩く二つの人影が見えた。
「……おや?」
それは、性別不詳の小柄な人物と顔立ちの整った美男子であった。二人とも身なりはボロボロで激闘の後を物語っていた。
「君は?」
性別不詳の小柄な人物が訊ねた……声から察するに女性のようである。
「初めまして、私はタツタ様に仕える、ドロシー=ローレンスという者です」
二人から殺意や敵意を感じなかったので、包み隠さずに答えた。
「ああ、タツタくんの」
どうやら彼女はタツタ様のことを知っていたようだった。それならば話は早い。
「それで、タツタ様はどちらへ向かわれましたか?」
「彼ならこの先を真っ直ぐ進んだ先の〝玉座〟にいる筈だよ」
……そこで、〝氷水呼〟 という名のわたしの主と戦っている。と少女は付け加えた。
「貴女方はこれからどうされるのですか?」
私は更に質問を重ねた。
「わたし達は負け犬、敗者に居場所は無い。だから、これからは好きに動くよ」
「右に同じく♪」
敗者らしからぬ清々しい笑みで少女と美男子は答えた。
「そうですか、情報提供ありがとうございます」
私は一礼して、二人の歩いてきた道を駆け出した。
「……皆様、ご無事でしょうか」
もし、〝氷水呼〟と呼ばれる彼らの主にやられていたらどうすればいいのだろうか。
……戦う?
……〝お父様〟を召喚して?
――無理。
……私の体質や〝お父様〟のことがバレてしまえば、私はもう仲間に入れてもらえなくなってしまうのだから。
だってそうでしょう。今まで、散々騙してきた上に魔物を引き寄せるお荷物を誰が仲間に入れてくれるって言うのですか。
……それなら――見捨てるの?
「……」
頭の中の自分からの質問に、私は閉口する。
私の記憶の中にはタツタ様たちとの楽しかった思い出があった。それらは決して、作り物なんかではなかった。
……ギルド様との料理対決も結構楽しかった。
……カノン様の女顔の苦労話も笑ったな。
……フレイ様は可愛くて、沢山可愛がりたかったけど子供扱いは嫌がってたな。
……タツタ様は身の上を話せない私も受け入れてくれた。
そんな皆様を見捨てることができるのであろうか。
それに、この数ヵ月間、何度も甦るのは暗黒大陸でアクアライン一家を失ったあの戦い。
あのときの皆様の涙が頭から離れなかった。
あの戦い、私は戦えない振りをして戦わなかった。アクアライン一家を見捨てたのだ。
確かに、あのとき私が戦いに混じろうと相手が〝白絵〟様となれば結果は同じだったであろう。
それでも、タツタ様もカノン様もギルド様も幼いフレイ様でさえ戦った。
……私だけが何もしなかった。
その事実が私を苦しめ続けていた。
「……どうしろって言うのっ」
……私を一人、苛立たしげに呟いた。
「……あれ?」
私が走りながら葛藤していると、氷の廊下に腰を下ろしている三つの人影があった。
「……タツタ様?」
近づくとやっぱり人影はタツタ様とギルド様とカノン様であった。
……あれ?
――一人、足りない?
「皆様、大丈夫ですか!」
最早原形を留めていない程に崩壊した氷の廊下と満身創痍なタツタ様たち、とても何事も無かったとは言えなかった。
「……一体……何があったのですか」
私はタツタ様に現状を問い質した。
「……」
タツタ様は悲痛な面持ちで沈黙していた。
「それにフレイ様は?」
「 フレイはいなくなった 」
――理解できなかった。
「……盗賊に奪われた、もう帰ってくることは無い」
「……そんなっ」
もう、ここには居ない。あの愛らしくも勇敢な少女はもう居ないのだ。
「追いましょう! 今ならまだ間に合――……」
「 無理なんだよ……! 」
――タツタ様が吼えた。
「……でも……そんな」
「今の俺達じゃ引っくり返っても敵わないんだよ……!」
こんなに弱々しく吼えるタツタ様は初めて見た。アクアライン一家のときでさえここまでではなかった。
「……諦めるんですか、フレイ様のこと」
「……」
「フレイ様は大切な仲間ではないのですかっ」
「……」
言葉を畳み掛ける私にタツタ様は沈黙を徹すばかりであった。
「 少し黙ってて……! 」
そう怒鳴ったのは――ギルド様であった。
「……タツタさんは死にもの狂いで頑張ったんです! 何度も何度も死にかけて、何度も何度も立ち上がって、闇に魂を売ってまでも戦っていたんです!」
……ああ、
「今来たばかりで、何も見ていないあなたに何がわかるんですか! もうこれ以上、タツタさんを追い詰めないでください……!」
……自分はなんて軽率なことを言ってしまったのだろう。
タツタ様が簡単に仲間を手放す筈がない、それはギルド様やカノン様も一緒で、皆様は死にもの狂いで戦って――敗れたのだ。
私は自分の身体を見た。
……傷・汚れ一つ無い綺麗な身なりであった。
私は今回もまた、何もしていなかったのだ。
「……」
ギルド様の言葉に反論できる筈もなく、私は俯き沈黙した。
「……申し訳ございません、タツタ様。好き勝手言ってしまいまして」
「……別にいいよ、何でも」
タツタ様は偉く投げやりに答えた。
「もう、仲良しごっこは終わりだ」
そう言ったのはタツタ様であった。
「俺にお前達を守れる力はねェ、今日、それがはっきりとしたよ」
タツタ様は静かに立ち上がり、氷の廊下を歩み出す。
「もう、失うのはうんざりなんだ」
タツタ様の背中は酷く弱々しかった。
「 だから 」
……その背中は語っていた。
「 T.タツタは今日を以て解散する 」
……もう限界だと。そう、語っていた。




