第95話 『 少女の願い 』
「 僕はアスカ=クラリスです 」
……女の子は女性の質問にそう答えた。
「宜しい、それでは貴方は男の子ですか? それとも女の子ですか?」
女性は女の子の教育係であった。
「男の子です」
「素晴らしい」
教育係が質問投げ掛け、女の子がそれに答える、これは朝の日課であった。
「それでは貴方の父親は?」
「ヴェル=クラリスです」
「貴方の母親は?」
「リジェ=クラリスです」
「お見事です」
質問は機械的にされ、女の子もその質問に対して機械的な返答をする。
「クラリス家は?」
「歴史にして千年以上の間、栄え続けている誇り高き血族です」
「正解です」
……次で今日の朝の教育を終わります、と教育が一言挟んだ。
「それではアスカ様」
「はい」
「貴方は――……」
何 者 で す か ?
「僕はアスカ=クラリス――……」
ク ラ リ ス 王 国 、 第 一 王 子 で す 。
……わたしの家はとても裕福だった。
ウェルタン大陸の北東にわたしの父が治める国はあった。
毎日ふかふかのベッドで寝て、豪勢な食事を摂って、使用人に身の回りのお世話をしてもらい、本当に贅沢な生活を送っていた。
しかし、お母様の身体が弱かったこともあり、お父様とお母様の間から子供は中々生まれなかった。
それでも、やっとのことで生まれたのが――わたしとわたしの兄、アスカ=クラリスだったのだ。
やっとのことで生まれた第一子、お父様とお母様は国を上げて祝福した。
とはいえ、本命は兄でわたしはおまけだった。
……わたしが女だったからだ。
国を統べる者は代々男である必要があったからだ。
それでも、わたしは何不自由なく育てられていたので特に文句はなかった。
……しかし、事件はわたしとアスカが生まれて五年後、わたしとアスカの誕生日会で起きた。
わたしとアスカの誕生日会とは言うものの、未来の国王様であるアスカを祝うものであった。
扱いの差に慣れているとはいえ、相手にされないのは退屈だったわたしはこっそりとわたしは勝手にパーティーから脱け出した。
それがわたしの運命の転機であった。
……そのパーティーでわたしの父親とアスカが――暗殺されてしまったからだ。
わたしと体調不良で病床に伏していたお母様を置いて二人は死んでしまった。
それから国は二人の死を隠し、お母様は代理で国の統治していた。しかし、初めての女の国王ということもあり、近隣諸国の目は冷ややかなものであった。
それから大臣の間で新しい男の王様を求めるようになった。
しかし、今、王族の血が流れているのはわたしとお母様だけであった。
新しい世継ぎを生もうにも、お母様は多忙な上、生まれつき身体が弱かった為、これ以上の出産は厳しいものであった。
そこで大臣は一つ提案した。
――妹君をアスカ様として育てましょう。
……とんでもない提案だった。
国民には暗殺されたのはわたしで、生き残ったのはアスカだと公表するという話であった。
幸い、双子である為、わたしとアスカの容姿は瓜二つであったが、こんなのわたしの存在の否定以外の何物でもなかった。
……しかし、お母様はそれをあっさりと受け入れた。わたしに逆らう術はなかった。
次の日、わたしはアスカ=クラリスになった。
同時に本物のわたしは死んでしまった。
それから、王様になる為の教育が始まった。
正直、教育は厳しかったし、アスカを名乗るのも苦痛だった。それでも、少しづつではあったがそれに慣れていった。
気づけば、わたしは当たり前のようにアスカ=クラリスを受け入れていた。
寧ろ、誰かに必要とされることに喜びを感じるようになっていた。
しかし、そんな生活が何年か過ぎた頃、終わりは唐突に訪れた。
――お父様の別の子供がわたしの前に現れたのだ。
……彼は所謂異母兄弟であり、お父様と愛人である大臣の娘との隠し子であった。
それが今になってわたしの前に現れたのであった。
大臣の間では混乱が起きた。
彼は王族であるお父様の血を継ぎ、尚且つ男であった。
一方、わたしは王族の血を引くも、女であった。
話し合いは三日三晩続いた。
そして、出された結論は――……。
……わたしは王子を降り、代わりに彼が第一王子になる。
というものであった。
酷い話だ。わたしよりも適した人材が見つかったので、わたしは用済みになってしまったのだ。
そして、わたしは国外追放を命ぜられた。
ぽっと出の彼を王子を仕立てあげるには、わたしの存在は邪魔だったからだ。
わたしは従者二人引き連れて、ウェルタン大陸からイーストピア大陸まで移動した。
しばらくの間、イーストピア大陸の小さな国で生活をしていると、〝氷水呼〟と呼ばれる少女と出会い、わたしは彼女に才能を見出だされ、仲間にならないかと勧誘されたのだ。
〝氷水呼〟曰く、魔王様の命にて北の大陸にある宮殿を守護しなければいけなくて、その人手を〝氷水呼〟は捜していたそうだった。
わたしは彼女の勧誘に、二つ返事で受け入れた……わたしはどんな形であれ、誰かに必要とされたかったからだ。
そして、わたしは従者二人の制止を振り切り、〝氷水呼〟の部下になった。
それからしばらくして、わたしには〝紫鶴〟という呼び名が与えられた。
それから二年間、わたしは〝四泉〟の一人、〝紫鶴〟として宮殿の守護をまっとうした。
その二年間、わたしは幸せだったのか……それはわたしにもわからなかった。
〝氷水呼〟に必要とされることは嬉しかった。
しかし、人を殺したり、傷つけたりすることはしたくなかったのだ。
その二つの感情がわたしを苦しめ続けていた。
それでも、わたしは〝紫鶴〟であり続けた。〝紫鶴〟でいなければ、それこそ誰にも必要とされなくなってしまう、わたしの存在意義が無くなってしまうだろう……それはわたしには堪えがたいことであった。
……でも、
……本当はもっと別のことを願っていたんだ。
……それは、本当に小さくて、
……人に言ったら笑われそうだけど、
……わたしにとってはとてもとても大事なことで、
……本当に叶えたい夢があったんだ。
……わたし、本当は。
……〝紫鶴〟を辞めたかった。
……でも、アスカ=クラリスにもなりたくない。
……そう、わたしは死にたかったのだ。〝紫鶴〟を殺して欲しかったのだ。
――だから、笑っていたんだ。
……でも、違うんだ。
……確かに僕は〝紫鶴〟を殺して欲しかった。
……でも、死ぬのが恐くない筈がないじゃないか。
……わたしは死にたかったけど、本当は生きたくて、
……生きて。
……そして、
……わたしの夢は。
……わたしの夢は?
……………………。
…………。
……。
「 わたしは愛されたかった 」
……わたしはタツタくんにそう吐き捨てた。
「でも、それは〝紫鶴〟としてでも、アスカ=クラリスとしてでも無く」
……それはずっと抑え込んできた感情だった。
「わたしはわたしとして愛されたかった……!」
気づけば涙が感情と共に溢れ落ちる。
「わたしをわたしとして見て欲しかった……!」
わたしは泣いた。まるで迷子の子供のように泣いた。
「……」
タツタくんはそんなわたしを静かに見つめていた。
そして――ゆっくりと口を開いた。
「 名前、何て言うんだ? 」
「――」
……その質問にわたしの頭の中が真っ白になった。
「……〝紫鶴〟とかアスカなんちゃらは違うんだろ? じゃあ、本当の名前は何なんだよ」
……名前?
……わたしの名前?
……何だっけ?
「ゆっくりでいいよ、お前のペースで、言いやすい言葉で話してくれ」
タツタくんの声はやけに落ち着いていた。
「……わたし……わたしは…………」
……〝紫鶴〟? ――違う!
……アスカ=クラリス? ――違う!
「……わたしは」
……言え!
「……わたしは」
……言え!
「 ルチア=クラリス 」
……それがわたしの本当の名前であった。