第94話 『 〝紫鶴〟の涙 』
超 ・ 闇 黒 染 占
――斬ッッッ……! 僕が振り下ろした氷の刃が一刀両断された。
「……んっ?」
カランッ、切断された氷の刃の刃先が床に落ちた。
「……動けた――んだっ」
――バチンッッッ……! タツタくんの手を踏んでいた僕の足が弾かれた。
何が起こったかわからないけどもの凄い力だ……これは気を引き締めないと――……。
そこで僕の思考が停止した。
――タツタくんが僕の目の前にいて、既に拳を振りかぶっていたからだ。
「速っ……!」
……でも、挙動が大きい。
――パンッッッ……! 僕はタツタくんの拳を受け止めた。
……受け止めた? だとすれば僕は馬鹿だ。
「……なっ!」
……こんな威力のパンチ――受け止められる筈が無いじゃないか。
バチッ、僕の腕が弾かれる。
「……馬鹿……なっ!」
――ゴッッッッッッッッ……! タツタくんの渾身の一撃が僕の頬に叩き込まれた。
「――ッッッ……!」
僕の身体は弾丸のように吹っ飛ばされる。
それでも僕は空中で姿勢を直し、氷の床に着地した
「……っ!」
――脳が揺れた。
僕は堪らず膝を着く。
強い! 先程までとは比べようがないほどに強い!
――ふわっ、風が吹いた。
「――」
――タツタくんが目の前にいた。
――僕は咄嗟に後ろへ跳ぶ。
「――……ッ!」
――斬ッッッッッッ……! 黒い刃が僕の目の前で振り抜かれた。
……まさに紙一重。集中力を切らしていれば間違いなく当たっていただろう。
しかし、状況は決して絶望的なものではない。
僕の水魔法は極めて繊細なものであり、水や氷・水蒸気に留まらず、水を構成する酸素や水素を操るまでに達している。
だからこそ、水素を操りオゾンを生み出したり、ギルドさんの〝火炎球〟に過剰な酸素・水素を与えて無理矢理爆発させるということができたのだ。
又、僕の〝魔臓〟は簡単な火炎魔法を扱える……この火炎魔法は水素に引火・爆発を起こすこと利用していた。
そして、この空間一帯には高濃度のオゾンが充満しており、術者である僕以外の者ならば一度呼吸をすれば失神ものであろう。
又、僕の反射神経は辛うじてタツタくんの動きを捉えていた。
だから時間を稼
――掠ッッッ……。斬撃が僕の頬を切り裂く。
「……っ!」
――間髪容れずに二撃目が繰り出される。
「……させないっ!」
――ボンッッッ……! 僕はタツタくんの腕を小爆発させて、斬撃の軌道を逸らさせた。
し か し 。
「 左かっ! 」
――もう片方の腕が僕の喉元目掛けて伸びる。
「 かっ――わせる! 」
――僕は強引に首を捩って、タツタくんの腕から逃れる。
(……剣士相手にこの距離はいけない!)
零 距 離 爆 破
――ボンッッッ……! 僕とタツタくんが挟んだ空間が爆発した。
(まず、距離を稼ぐ……!)
そして――……。
霧 幕
……突如、氷の廊下に濃い霧が掛かった。
(……これなら彼には僕の姿が見えない筈だ)
そう、今回の作戦はあくまで時間稼ぎが目的だ。無理に闘う必要は無い、ただ時間を稼ぎ、彼が呼吸をするその瞬間を待つのだ。
「……」
「……」
深い沈黙が訪れる。
「……あっ」
超 ・ 黒 飛 那
――真っ白だった視界が一瞬にして、真っ黒になった。
次 の 瞬 間 。
――轟ッッッッッッッッッッッッ……!
……破壊の奔流が僕を吹き飛ばした。
「――がッッッ……!」
最早、霧など関係なかった。タツタくんはたったの一振りで、霧も、オゾンも、僕も、目の前にある全てのものを吹き飛ばしてしまったのだ。
吹っ飛ばされた僕は床を転がり、やがて静止する。
「……嘘だろ?」
……僕は氷の床の上、呟いた。
「何て威力なんだ」
全身が軋むように痛かった。とはいえ、いつまでも倒れている訳にはいかないのだ。
次の攻撃が来る。だから、僕は立ち上がらなければならな――……。
――カツン
……足音が聴こえた。
「……っ!」
僕は咄嗟に視線を上げる。
……タツタくんが僕の目の前にいた。
――ヤバい……。
僕は死ぬ。
たぶん、後――三秒後ぐらいに僕は――……。
死 ぬ 。
タツタくんが極黒の刃を振り挙げる。
僕は覚悟を決めて、直に訪れるであろう死を受け入れる。
「……」
……タツタくんが凶悪な笑みを浮かべた。
――ごめんなさい。
何故だろう? 僕はその言葉を小さく呟いてしまったのだ。
――ガッッッッッッ……!
……タツタくんが自分の顔をぶん殴ったのだ。
「……………………えっ?」
訪れるべき死の瞬間が来ないことに僕は困惑する。
「……おいおい、ふざけんなよ」
タツタくんは自分で殴っておきながら自分自身に文句を吐き捨てた。
「この腕は俺の腕だ、この拳は俺の意思だ」
……ペッ、タツタくんが口から血の混じった唾液を吐き捨てた。
「〝闇〟だか、何だか知らねェが、俺の許可もなく勝手に操ってんじゃねェぞ……!」
――ゴッッッッッ……! タツタくんがもう一度自分の顔をぶん殴った。
……するとどうだろう。たちまちにタツタくんの身体から闇黒のオーラが引いていったのだ。
「……何が起こっているんだ?」
僕は目の前の光景に、それ以外の感想を思い浮かべることができなかった。
「……ふう、やっと退いたか」
タツタくんは静かに面を上げる。その顔から先程までの冷たい殺意を感じることはなかった。
「……」
タツタくんが僕の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「ところでよ、お前」
タツタくんは静かに、まるで子供を諭すように僕に疑問を投げ掛ける。
「 何で笑いながら泣いてんだよ 」
気づかなかった。
わたしは笑っていた。
そ し て 。
――つぅ……、わたしの頬に一筋の涙が溢れ落ちた。
……泣いて、いたんだ。