第6話 『 スピリット・オブ・クラウン 』
「 〝刀匠〟、カグラ……!? 」
……大陸一と謳われる魔剣の刀鍛冶師――カグラ。
そいつは俺の探している〝SOC〟の生みの親であった。
そして――カグラは俺の目の前に姿を見せた。
それは一体、何を意味するのか。
「旅人さんや」
「……何だよ」
カグラは依然として飄々とした態度を崩さず、一方俺は、警戒心を高めた。
「はて、何をそんなに警戒しているのかな」
「悪いな、生憎俺は臆病者なんだよ」
刃を構えて警戒する俺をカグラが楽しげに笑った……俺は少しばかりの苛立ちを覚えた。
「心配する必要はないよ、旅人さん」
カグラがそう言って、腰に据えられた白銀の剣を抜き出した。
「私はただ旅人さんにこの剣をプレゼントに来ただけなのだよ」
その剣は白銀の刀身で、刃に深紅の赤い石が埋め込まれていた。
「 〝SOC〟 」
ウサミミの老人が口角を吊り上げて笑った。
「これを探しに来たんじゃないかね?」
「……っ!?」
何だこの老人、何で俺の目的がわかるんだ。
「訳がわからないという顔をしているね」
……当たり前だ。
「旅人さんの疑問は二つ。一つは何故、私が君に〝SOC〟をプレゼントしようとしているのか? もう一つは何故、私が君の目的を知っているのか? ……違うかい?」
……違わない。大正解だ。
「これはナゾナゾではない。だから、その疑問に答えよう」
カグラが人差し指を立てた。
「まずは一つ目の疑問――何故、私は君にこの〝SOC〟をプレゼントしようとしているのか? だが、それは簡単なことだよ」
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「……一月前にね」
……カグラが笑った。
「……誰に?」
俺は不意に頭に過った疑問をぶつけた。
「 魔王――〝白絵〟様に 」
「……!?」
……とんでもない名前が出てきた。
意味がわからない。あいつは俺がこの世界に転移して間もないときに俺宛に魔剣を造らせたのか。
――敵である俺の為に……。
「意味わからねーよ」
……マジで。
「次に二つ目の疑問。どうして、私は君の目的を知ることができたのか? だったかな」
「ああ」
……その通りだよ。
「その正体はこれだよ」
カグラが人差し指を立てた。
その指先には空気と霧しか無かった。
「 〝霧の眼〟 」
カグラが指差したのは――霧だった。
「私の〝特異能力〟は〝霧の眼〟――霧を介してものを見て・聴いて・感じることのできる力だよ」
……なるほどね。その〝特異能力〟で俺とギルドの会話を聞き取っていたのか。
「疑問は解けたかい?」
「ああ」
「では、この〝SOC〟を受け取ってくれるかね」
「わかった、ありがたく戴くよ」
……その為にここまで来たのだからだ。
俺はカグラから〝SOC〟を受け取ろうとカグラに歩み寄った。
「 だが、私が素直に渡すとはまだ言っていないよ 」
……はっ?
「……どういうことだよ」
カグラの言葉に俺は足を止めて、その言葉の真意を問うた。
「確かに私は〝白絵〟様の命令でこの剣を造った。だが、しかし。私にだってこの剣を造った親心があって然るものではないかね」
「……」
――緊張感が走る。
「だから、試させてはくれないかね。君がこの剣の持ち主として相応しいかどうか」
カグラが笑う。
「 刃を抜け 」
〝SOC〟が納刀される。
「 そして。私の一撃を受けてくれないかね 」
……カグラが抜刀の構えをした。
「……」
……とんでもないことになった。
目の前に立つカグラは間違いなく強者だ。肌で感じるプレッシャーは間違いなく強者のそれだった。
そんなカグラが臨戦態勢に入っていた。
そして、俺の隣にギルドやギガルドはいない。俺は一人だった。
留目に、言わずもがなだが俺はクソ雑魚だ。
勝 て る の か ?
……当然の疑問だ。
いや、冷静になれ!
カグラは「一撃を受けろ」と言ったんだ。だから、必ずしも勝たなきゃいけないという訳ではない筈だ。
つまり、今からカグラが繰り出す抜刀を凌ぐ――それが俺に課せられた条件だ。
やることはわかった。だが、わかった上で俺自身に問い質したい。
――本当に受け止められるのか?
……俺ごときに。
心臓の鼓動が加速する。
冷や汗が頬を伝う。
そして、依然として俺の前に立ちはだかる――現実。
「 逃げるのかい? 」
カグラがそんな俺を嘲笑う。
「 君は臆病者なんだね 」
――ドクンッッッ……!
……心臓が鼓動した。
「……げ……よ」
「……?」
俺は剣の柄に手を当てた。
「 逃げねェよ 」
――俺は静かに抜刀した。
「……泣いていたんだ」
もう、後戻りはできなかった。
「ギルドが泣いていたんだ」
だが、そんなことはどうだっていい。
「俺はもうギルドの涙を見たくないんだ」
俺はあの日、己の弱さを悔いたんだ。
「だから俺は強くならないといけないんだ!」
もう、弱いのは嫌だ。
もう、ギルドが泣く姿なんて見たくない。
だ か ら 。
「 いけないんだよ……! 」
――戦うんだ!
「いい眼をしているね」
カグラが抜刀の構えをしたまま優しげに笑んだ。
「君の本当の強さを見たくなったよ」
――カグラのプレッシャーが跳ね上がる。
……正直、恐かった。
……正直、逃げ出したかった。
――だが、
――後悔は無かった。
「……」
「……」
……俺とカグラは抜刀の構えをしたまま無言で睨み合った。
俺はただ真っ直ぐカグラの〝SOC〟を注視した。
この勝負、カグラに勝つことを目的としたものではない。
この勝負はカグラの一撃を如何に受けるかにある。
だから、俺は〝SOC〟に全神経を集中させた。
目・耳・鼻・舌・肌――全ての五感を研ぎ澄ます。
「……」
「……」
まともに受ければ俺に勝ち目は無い。だから、やるからにはカグラの想像を超える一手を打たなければならない。
格下が初見の格上にやらなそうなこと――それは!
――ドッッッッッ……! 俺はカグラよりも先に飛び出した。
「……っ!?」
カグラが目を見開いた。
受けの課題において、まさかの反撃――これはカグラも読めなかっただろう。
俺はカグラの間合いに入る直前に――抜刀した。何故なら、入ってから抜刀するとカグラの抜刀に間に合わないからだ。
俺はできる限り身体を倒し、前傾姿勢でカグラの間合いに突入する。
「 面白い 」
――カグラが笑う。
「 空龍心剣流 」
――カグラの神速の抜刀が放たれる。
羅 閃
だが、右利きのカグラからの抜刀の斬撃線は限られている。加えて、俺は身を屈ませることで相手の攻撃線を絞ったんだ。
これだけすれば素人の俺でも――……!
「 受け止められる……! 」
――俺は〝SOC〟の斬撃線に予め挟んでいた剣でカグラの抜刀を受け止めた。
「 素晴らしい 」
……カグラが笑う。
――同時。
「 だが、甘いね 」
――ピシッ……! 俺の刃に亀裂が走った。
「 !? 」
そして、間髪容れずに――……。
――バキンッッッ……!
……俺の刃が粉々に砕け散った。
――敗けた。
……俺の敗北だ。
「……」
しかし、いつまで経ってもカグラの斬撃は俺の下へと届かなかった。
「 合格だ 」
……代わりにカグラの手が俺の頭に乗せられた。
「技術や力はまだまだだが、咄嗟の判断力・力量の差を理解した作戦・度胸、それらは素晴らしいものだったよ」
……合格? 俺は今一カグラの言葉が頭に入らなかった。
「君にならこの〝SOC〟を託せるよ」
そう言ってカグラは、俺に鞘に収まった〝SOC〟を差し出した。
やっと実感した。俺はカグラの試練を乗り越えたのだ。
「ありがとうございます」
俺は差し出された〝SOC〟を受け取った。
「君は素質はあるがまだまだ弱い。だから、精進するんだよ」
ニコリ、カグラが笑う。
「この剣に相応しい男になれるようにね」
「ああ!」
俺は今一度、カグラにお辞儀をして、その場を立ち去った。
「 やあ、また会ったね 」
……爽やかに別れたが俺はすぐに戻ってきた。
「すまん、霧が酷すぎて引き返した」
……格好よく出発しただけに何とも締まらないオチである。
「……ほう、では少しここで時間を潰すといい」
「ありがたい!」
カグラから暫しの滞在の許可を貰った。
「では、待っているだけでは暇だろうから少し剣の稽古でもしないかな」
「いいのか!」
それは嬉しい申し出であった。
「折角、良い刀を渡したんだ。持ち主も刀に負けぬようにな」
「ありがとな、カグラ!」
……それからおよそ半日、俺はカグラに空龍心剣流とかいう剣術を教えてくれた。
……………………。
…………。
……。
「見つけましたよ、タツタさん――って干物になってます!?」
……半日後、ギルドが俺の下へとたどり着いたが、その頃には、俺は既にしごかれ過ぎて満身創痍になり、干物みたいに地面を横たわっていた。
(……カグラ……スパルタ過ぎ……………………)
……何にしても俺は、魔剣――〝SOC〟を手に入れ、空龍心剣流という剣術を修得した。