はい、よーじょ
特にストーリーはありませんね。
それは、ゴールデンウィークの一週間前の出来事だった。
「はい、よーじょ」
「……は?」
目の前にいる女がドヤ顔でそんなことを言ってきた。
「は? じゃなくて。はい、よーじょ!」
「だから意味わかんねーよ!」
そもそも幼女は見当たらんし。
「もー、ノリが悪いなぁ……」
「ねーちゃんの頭がおかしいだけだろ……」
そう、目の前にいる女は、俺の実の姉である。
一浪して大学に入学して、一年留年してなんとか卒業できた俺とは違い、現役合格はもちろん、大学院まで進学して、なんか有名な教授のゼミに入っていたとかなんとか。で、そこで出会った男性と結婚して、今では子供もいる立派な人妻だ。
「どうしてここまで差が……」
母親には『どうしてアンタはお姉ちゃんとこんなにも違うのかねぇ……』なんて言われたりもする。
「つーわけで、ウチの子の面倒、みてくれない?」
「いや、ちょっとま……」
「でもアンタ、ロリコンだからちょっと心配なのよねぇ……」
「……否定できんな」
俺がロリコンなのは事実だ。
「でもま、ウチの子はしっかりしてるし大丈夫か! 私に似て!」
「……うざ」
「あぁん?」
「な、なんでもないですお姉さま」
鬼がそこにはいた。無力な弟には逆らえない何かがそこにはあった。
「と、ところで、なんで俺がねーちゃんの子供の面倒を見なきゃならんのよ?」
「結婚記念日なのよ」
「……えーっと、つまり……?」
「海外旅行に、一週間ほど」
子供預けて二人でバカンスですか、そうですか。
「報酬は?」
「思い出話」
「もう一声!」
「よーし、ならばお菓子の詰め合わせとウチの子のお守りをする権利をやろう!」
「OK、留守は任せろ」
自分の子供を餌にするなんてひどい親だとか、そんなに譲歩されていないとか、そういうことに気付いたのは姉が自宅に帰った後だった。
そしてゴールデンウィーク当日。
「よっ、今回はすまないね」
「あ、義兄さん」
俺の目の前には姉夫婦とその子供達がいた。
義兄さんは爽やか系イケメンって感じで、俺とは対極の位置にいる人だ。
俺は……実家暮らしという時点でもうお察しだ。
で、ねーちゃんの子供は小学一年生で、しかも双子。そして二人とも女の子だ。
小さい頃のねーちゃんに似てるけど、義兄さんの面影もどことなく……あるようなないような……。
「この埋め合わせはちゃんとするから」
「あ、そんな気にしなくてもいいんですよ」
「いやいや、こういうことはきちんとしておきたいんだよ」
「職業病ってやつですかね?」
義兄さんは会社を経営してるし、貸借りには敏感なのかな?
「ははっ、そうだといいんだけどねぇ……」
……あれ? 急に義兄さんが遠い目をしだしたぞ……?
「あ、そろそろ出発しないと時間が」
と、急にねーちゃんが口を挟んできた。
「え? もう少し余裕あったような」
「時間が」
「そ、そうだね、余裕を持った行動は社会人の基本だもんね
じゃあ、そういうわけでよろしく頼むよ」
「は、はぁ」
……義兄さん、もしかして尻に敷かれて……?
「いやほんと、この埋め合わせは必ずするから!」
「旅行、楽しんできてくださいね」
「ほんと、僕が楽しめるといいけど」
姉夫婦の関係性が気になる言葉と子供達を残して、二人は旅立っていった。
「義兄さん……確かねーちゃんより年上だったよなぁ……」
女の人って、怖いなぁ……。
と、問題が発生したのはその直後のことだった。
原因は……なんと俺の両親だ。
「は? 父さんたちも旅行に行くの?」
「お父さんったら、この日のために貯金してたんですって」
「まぁ、そういうわけだから家のことは頼むぞ」
「ちょ、待ってよ!」
「どうしたクソ息子」
「あのさ、俺が言うのもなんだけど、犯罪者予備軍と子供達を残して無事に生活できると思ってるの?」
俺はできないと思ってる。
「さっさと捕まってしまえクソ息子」
「アンタは本当に親なのか!?」
クソ息子呼ばわりはさすがにひどいと思う。
「とまぁ、本音は横に置いといて、だ」
「本音!? 今本音って言った!?」
「お前にそんな勇気があったら、とっくに死刑判決出てるだろ?」
「母さん! 父さんが色々ひどいんだけど!」
「あら、私もお父さんと同じ意見なんだけれど」
「味方が誰一人としていない!?」
これが四面楚歌ってやつか!
「じゃ、旅行先でいつお前の逮捕の連絡が来るか楽しみに待ってるぞ」
「もう人として最悪だな!」
素敵な言葉を言い残して両親も旅立っていった。
「さて、俺も仕事をこなすとしますかね」
頼まれた以上、子供の面倒はしっかり見る。ついでに幼女成分も摂取する。
そう、思ってたのに……。
「……あー、とりあえず俺の話を聞いてくれる?」
リビングにて。ソファーに腰掛ける二人の女の子に向かって、俺は土下座をしていた。
「だまれです」
「……」
どうしてこうなった。
両親が出かけるまでは借りてきた猫のようにおとなしかった二人が、いきなり化けた。
「ねえ今どんな気持ち? どんな気持ち?」
というか、化けたのは二人のうちの片方だけで、もう片方は特に変化はなくただ黙っているだけだ。
「えっとさ、俺たち初対面だよね?」
「誰が喋っていいと言った? てめぇの耳は飾りか? あぁん?」
「……」
……そういえば、ねーちゃんも小さい時はこんなだったなぁ……。
だけど、今は違う。俺は大人になったのだ。あの頃とは違う!
「ほ、ほら。ご飯にするから大人しく……」
「するのはお前だ」
「あががががががっ!?」
どこからか取り出したスタンガンで、俺を攻撃してきた。
薄れゆく意識の中、俺はこう思ったんだ。
やっぱり二次元が全てだ、と。
目をさますと、辺りは闇に包まれていた。
「……!?」
いや、違う。これはアイマスクだ。ついでに口元にはガムテープが貼られ、さらに両手両足もひもかなにかで縛られている。
……俺、別にこういう趣味はないんだけどなぁ……。
「あ、やっとお目覚めですか」
「……」
いやね、しゃべれないんですよ。だってガムテープがあるし。
「うーん、しゃべれないのは少し不便ですね。ちょっとまっててくださいねー」
そう言ってとたとたと足音を鳴らしてどこかへ行き、またとたとたと帰ってきた。
『カチカチカチッ』
……あれ? どこかで聞いたことのある音だな……。時計の針の音に聞こえなくもないけどこれは……。
「本当はサバイバルナイフがあればよかったんですけどね……」
……え、なにこの状況。なんでこの娘はこんなにも狂気で満ちた発言をしているの……?
「ちょ、アンタなにしてんのよ!?」
「あ、お姉ちゃん」
頼む、この状況をなんとかしてくれ……!
「せっかく縛ってるんだから、もっとこの状況を活かしなさいよ!」
……うん?
「つまり……どういうことですか?」
「簡単なことよ」
そうか! これは油断させるための嘘なんだね!
「放置プレイよ」
「ああ、なるほど」
わかった、実行犯は姉の方だな。最初から態度悪かった方だよな。……妹の方もかなり怖い部分があるけど。
「「では、三日後にまた」」
「……」
……なんで息ぴったりなの?
人間は生きるために自ら発狂することがあると何かの本で読んだことがあるけど、いざそういう状況になってみればなるほどと思わないこともない。
視覚を奪われるということがこれほどまでに恐ろしいことだったとは。ましてやその相手は幼女。俺の信仰の対象だったものだ。
過去形になってしまっているのは、まぁこの体験が原因だ。
というか、無事に生きていくことができるのだろうか……。
「お兄さん、起きてますか……?」
えっと、この声はどっちだろう……? というか、三日も経ったかな……?
「あ、そういえば喋れないんでしたね」
うん。できれば口元のガムテープをどうにかして欲しいんだけど……。
「やっぱり不便ですし、どうにかしますね」
……普通に外してくれればいいんだけど。できれば丁寧に。
「今私の手元にはカッターナイフとライターがあるわけなんですが、どちらで対処すればいいと思いますか?」
手で! ハンドで! 道具なんて邪道だよ!
「あ、そういえばこの家には電動ドリルがあったような……」
これ絶対妹の方だな。なんというか邪気がすごい。つか電動ドリルがなんで一般家庭にあるんだよ……。
「なんて、冗談ですよ」
よかった。本当によかった。
「本当はピーラーでなんとかしますから」
……ピーラーって、野菜の皮をむいたりするアレのことかな……?
「じゃあ、いきますよー?」
え、ちょ、幼女の手が俺の頭をがっしりつかんでいるという事実に興奮しないと言えば嘘になるけどそんな状況じゃないよ俺の脳!
口元のガムテープに何かが当たる感触。なるべく怪我しないように頼むよ……。
だけど、いつまで待っても肉をえぐる感触が襲ってくることはなく、代わりに勢いよくガムテープを剥がした時の独特な痛みが襲ってきた。
つまり俺は助かったというわけで、同時にこの幼女に弄ばれていたことになる。
「あ、まだアイマスクはとってあげませんよー?」
「……まぁ、それでいいよ」
会話ができるようになっただけ随分マシになったと思う。
「あ、お姉ちゃんはもう寝ちゃいました。……睡眠薬で」
「そ、そう……」
この娘はヤバイ。ねーちゃんに振り回され続けた俺が言うのだから間違いない。ねーちゃんのリミッターが外れたら多分こうなるとは思うけど、常時これとかどうかしてる。
「私たちは、ママから貴方がロリコンだと聞かされました。お姉ちゃんはよく理解できなかったみたいですが、私は違います」
「ならどうして君のお姉ちゃんはあんなに俺に対して刺々しいのさ?」
だいたい予想はつくけど。
「あれはお姉ちゃんなりの愛情表現なんですよ」
「……は?」
何を言っているんだこの娘は。
「ママがお父さんにいつもやってることですから、それを異性に対する愛情表現だと思ったのでしょう」
「義兄さん……」
「あ、でもたまに攻守交代というか、立場が変わることもありますよ?」
「え、そうなの?」
「ええ。その時のお父さんは日頃の恨みとばかりに凄まじい勢いなのですが、その後自分のやったことを深く後悔するわけですが」
「報復が怖いもんなぁ……」
「ママも満更ではなさそうですがね」
「……うん?」
ねーちゃんが……満更ではない……?
「さて、私は貴方のことが気に入っています。もちろんお姉ちゃんもそうなのでしょう」
「う、うん。それで?」
幼女に主導権を握られているこの状況……アリだな。
「完全服従してください」
「うん、嫌だ」
「……」
だって三次元の幼女より二次元の幼女の方が……その……断然良いって気付いたから……。
「そうですか。それでは仕方ありませんね」
「うん、わかってくれたならアイマスクを外して……」
「貴方の部屋にあるフィギュアを一つずつ燃やしていきましょうか」
「なにゆえっ!?」
「いいですか? ペットを手懐けるのに必要なのは褒美ではありません」
「ペット……?」
「誰が主人であるかちゃんと教えてあげることこそが重要なのです」
「えっと……お嬢さん?」
「安心してください。フィギュアがなくなったら次は本です。それもなくなったら身体に教え込んであげますよ」
根性焼きとかかな。
「えっと、できれば燃やすのは勘弁して欲しいんだけど……」
「おや、口の利き方がなってないですねえ」
「私はご主人様の奴隷です」
「うん、よろしい」
その後、なんとか体の自由は得られたものの、俺は絶対服従の身に。ゴールデンウィークの間だけだと自分に言い聞かせ、なんとか乗り切ることに成功した。
「どうだった? うちの娘達は」
「……さすがねーちゃんの子供だなって思ったよ」
特に妹の方が。
「また機会があったらよろしくね」
「全力で遠慮するわ」
「あぁん?」
「ま、任かせてよ」
なんだろ、この親娘のコンボは卑怯に思えるのだけど。
「じゃ、またねー」
「おう」
……そういえば、義兄さんはどうしたんだろ……?
ちなみに、両親は俺が逮捕されなかったことを本気で安心喜んでいた。息子をなんだと思ってるんだよ。
あと、ご主人様がちょくちょく遊びに来るようになった。両親は嬉しそうだ。俺は……元気にやっている……よ?
最初は大どんでん返しを書こうと思っていたはずが、いつの間にか雲行きが怪しくなっていて……。
友人には是非ともこうならないで欲しいですね。