蜘蛛寄りの糸
ここにきてようやく私は、
警戒と誤魔化しをしながらではあるが、
事態の把握に努めることになった。
まず、彼女の風体と、
街に至るまでの外観。
そしてこの街を見るに、
明らかにここは現代ではなかった。
かといって、突飛な考えが
私にすぐに舞い込む訳ではない。
創造力に乏しい私は、
いつものように消去法で
ここがどこなのか、決定し始めた。
明らかに現代に見えなくとも、
例えば、田舎の僻地にこんな
地域がある可能性だってある。
現代である、つまり荒唐無稽な
絵空事など起きていないという
前提を守るなら、
そう例えば
①実は地方にはこんな地域があった。
②地方で大規模な映画の撮影でもしていて、
これはみんな撮影のためのセットである
③ ①、②のどちらかで、しかも外国である。
④幻覚の類いで、私の脳に原因がある。
電車を降りていきなり、何故
こんな所にいるのかという謎も
あるが、突然記憶が飛んでしまうことは、
医学的にはなくはないだろう。
④なら言うまでもなくその謎に
対する答えも内包している。
ただ、④は駄目だな。
仮に真実が④だとしても、
これからの指針に役立たない。
④ならただただじっとしているか、
何かしら行動を起こすかを選ぶ
必要がある。しかし、前者を選んでも、
幻想が覚める根拠もないし、
後者を選んでも、幻覚や夢という
前提では、行動が無謀になってしまう。
それは予想が外れたときのリスクが
大きすぎるのだ。
では②はどうだろう。
これなら、常識的な思考回路を
崩さずにいれる。
さらには、
私はそこまで労力を費やさなくても
現状を打破できるのだ!
しかし、駄目だ。
同じ理由だが、予想が外れたときの
リスクが小さくない。
すでに私は一度殺されかけているのだ。
ここで、撮影用のカメラを探したり、
彼女が役者や関係者等ではないかと
決めつけ、安易に接してしまえば、
再び刃の切っ先が私に向けられ、
次こそ夢すら見れない状態に
なってしまうかもしれないのだ。
諦めの悪い私は、もう少し、
自分が望む方への結論を出せないかどうか
消去法で、思案を続ける。




