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研究所のナベリウス  作者: マヨ果物
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プロローグ

 街灯も淀む曇天の空だった。

 大伴月子は長時間の塾で酷くこった肩をぐるぐると回しながら、帰路についていた。

 高校での成績はそれほど悪くはないし、むしろ良い方なのだが、親から一人暮らしを許す条件として「塾通い」を提示されたのだから仕方が無い。

 「ザ・名門」と呼ばれる生粋の優等生が集まる高校にその場の流れと意地で入学してから、通学距離をできるだけ短縮して勉強に集中する為に引越ししたは良いが、留年を防ぐ目的の塾がハイレベル過ぎて頭が痛くなる。やれ数学やら古文やら地理やら公民やら。将来絶対使わないであろう知識に月子はウンザリしていた。月子の将来の夢は小説家だった。しかも純粋なファンタジー。毎日パソコンに向かって文章を打ってはいるものの、こうも毎日勉強漬けになっては全く集中できない。

 目の前に広がる真っ白な画面を想像すると、今日で何回目か分からない溜息がほうっと飛び出た。上向いた瞬間、曇り空に浮かぶ満月が綺麗に輝いているのが見えて、月子は満月を見つめながら路地を歩いた。辺りに人はいない。


「それは月の夜の出来事だった……」


 お遊び半分で文章を編んでいく。帰り道のささやかな時間が月子の幸せだった。電車を使わず徒歩で行き来する唯一の理由でもあった。

 歩を進めるごとに、満月が雲の隙間を見え隠れする。月子の長い黒髪がたなびく。月子は、静かに息を整え、瞬きをした。

 月が見える。

 月が隠れる。

 月が見える。

 月が隠れる。

 月が____歪んだ。


「え、何?」


 満月が突然、三日月に変わった。細く変形して、月子のそばの電柱に向かって伸びてきた。黄色に光る「それ」が、電線に蛇のように巻きついたかと思うと、「それ」はすぐにびたんと地面に落ちた。「それ」は痛ましいうめき声をあげ、必死に電柱から遠ざかろうとしていた。そして、近くで腰を抜かしていた月子に這って近寄った。黄色い布に似た体がぐにゃりぐにゃりと奇怪に歪む。「それ」は何十メートルもの長さで、コンクリートの道が埋まるほど大きかった。


『オ、オトモ……』


 「それ」から紡がれた名に、月子は心底震えた。自分の名字だ。カタカタと震える体を必死に動かして、後ずさりをするも、すぐ足下まで「それ」は迫っていた。

 致命傷となる頭だけは守ろうと、月子は鞄を顔の前に突き出した。それに、化物の黄色い姿をもう見たくなかった。

 もう何もかも諦めた次の瞬間、月子の目の前で壮絶な悲鳴があがった。金属を擦り合わせたような不快な声の後から、卵の腐った悪臭が漂い始め、月子はようやく鞄と持ち手の間から様子を窺った。

 月の魔物はもういなかった。

 代わりに、そこには人がいた。

 いや、カラスだった。

 中世ヨーロッパで猛威をふるった伝染病・ペストを専門に扱う医師達が装着していた、くちばしの形をしたマスク。仮面の鼻部分から、鳥のクチバシが生えたマスク___ペストマスクだ。


 こんな知識、役に立つ筈は無かったのに。

 こんな雑学、役に立つ目的で学んだ訳じゃないのに。


 大伴月子は知っていた。

 その仮面が、どんなに恐怖を煽るかということを。

 でも今は、その仮面が何よりも勇ましく、美しく思えた。

 文献とは違う、金属製であろう暗い色のマスク。頭髪を隠すように被られたシルクハット。夜風にはためくガウン。握られた木製の杖。

 想像していた通りの、死神を彷彿とさせる容姿。


 ペストマスクのヒーローは、月の魔物を踏み潰すと、杖で押さえつけた。魔物は、所々欠損し、そこから大量の蝿が湧いていた。思わず吐き気を催し、月子はもう1度顔を覆った。ペストマスクのヒーローは、こちらを振り向く事は無く、気付いてもいないようだった。

 本物の青白い満月を背景に、ペストマスクのヒーローは月の魔物を掴み、木の杖で地面を叩いた。

 月子は、一瞬で消えた相手に呆然とすると同時に、心の内にあのペストマスクを刻み込んだ。


「ヒーローだ……!」


 大伴月子の将来の夢は小説家だった。

 大伴月子の性格は夢見がちな部分があった。

 彼女は、突拍子もなく、途轍もなく、躊躇もなしに、全てを放って、大幅に、全力で_____ヒーローを、求めていた。




初めましてマヨ果物です。よろしくお願い致します。

できるだけこまめに更新していきたいと思います。

へっぽこですが暇つぶしに読んで頂けたら幸いです。嬉しいです。

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