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後藤志貴には好きな人がいた。数ヶ月前に隣のクラスに転校してきた四谷透子という女の子だ。それは一目惚れだった。髪が短く、小柄で元気そうで、喋ればとても明るそうな女の子。それでも隣のクラスだから話す機会はなかった。
彼女のクラスにいる友人で、委員長を務めている武藤に話を聞こうとすると、彼女はやめておけと言われた。それがなぜかは教えてくれなかったが、この間見かけた時、女子2人が彼女を虐めているのを見かけた。きっと武藤が言わなかったのはこの事なのだろう。とっさに止めようと体が動いたが、後藤よりもまえに同じクラスの彼女の友達が来て、彼女を慰めていた。自分には出る幕がないなと思い、後藤はその場からはなれていった。
それから数日後、彼女を虐めていた2人の少女が行方不明になっているという。警察が力を入れて捜索しているらしいが、いっこうに見つからないらしい。なにか事件に巻き込まれたのかと思うと可哀想に思うが、正直、彼女を苦しめる要因がいなくなったと思うとすこし嬉しくなってしまう自分が後藤は憎く思っていた。現にあの2人がいなくなってから、彼女はとても明るくなったと思う。あの時彼女を助けていた少女と共に今日も明るい笑顔が眩しい。
明日、彼女に告白したい。一目惚れというのは彼女の内面も何も知らずに好きになるという事で、正直あまりいいものではないかもしれない。それでも、彼女ともっと仲良くなりたい。どんな内面でも受け入れる。後藤はそう思っていた。
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北斗奈々は見てしまった。隣の席の四谷透子と、最近性格が丸くなったと言われる一条晴美があの呪われた廃アパートに入る所を。いじめコンビの二宮亜紀と三田奈津子がいなくなってから透子は活発になったと北斗は思う。きっとあれが本来の彼女なのだろう。だからこそ、北斗は邪推してしまった。あの2人がいなくなったのは透子が何かしたからではないかと。
そんな時、最近、廃アパートには変な噂が増えた。誰もいなかったはずなのに、何かの血液が3階から漏れているという奇妙な噂。新聞部である北斗奈々はその噂を確かめに、廃アパートに向かった。しかし、なにかがあった痕跡のある302号室と、なぜか扉がひらかない303号室以外には、特にめぼしい物がなく、収穫も得られなかったため、がっくりして帰路につこうとしたところ、あの2人が廃アパートに向かう所にはち合わせてしまった。
これは何かあると、カメラを片手に彼女らについていくと、なんと鍵がかかっていた303号室を晴美が開けていた。なんとかドアを物音をたてずに開ける事ができ、中を覗くと、そこには異様な光景が広がっていた。
まず第一に目に入ったのが、行方不明になった三田奈津子の死体と思われる物体だ。全身から何かを抜かれたように萎んでいて、彼女のつけていた奈津子お手製の星形のピアスをみて辛うじて三田奈津子の死体だと分かった。そして、つぎに男が2人倒れているのが見えた。2人とも気絶しているようで、1人は武藤委員長だった。これは不味い。そう思った北斗は急いでその場を離れようとするが、背後には部屋に入ったはずの四谷透子が立っていた。
「こんなところで、何をしているの? 北斗さん?」
「い、いやぁ......最近話題のナゾの血液の取材を......」
「そう、なら中に入ってよ。私それについて詳しいから教えてあげる」
「遠慮しておこうかな? それじゃ、アタシはこれで!」
そう言って、北斗はその場を離れようとするが、足に2本の黒い触手が絡み付き、それによって倒れてしまった。
「なかなかファンシーな物をお持ちで......」
「いいでしょ? もっとみせてあげるよ」
「は、はははは......お手柔らかに......」
四谷透子が食事を終え、部屋に戻ると、一条晴美はまだ食事中だった。
「あれ? ナイン。まだ食事おわってなかったの?」
「トウコ。この男は、君のエサよ。」
「私の? 遠慮しないでナインが食べてよかったのに」
「この男の、きおく、みてみるといい」
「記憶......?」
あの日、一条晴美が四谷透子に捕まったあの日。一条晴美はその中身を全て吸い出されて吸収され、その器を透子の中で生きていたナインが使う事で、ナインは一条晴美として生を受け、一条晴美は四谷透子の真の友となった。9本の赤い触手はナインが晴美の体と同化させて定着し、透子は二宮亜紀から作り出した2本の黒い触手を同化させて定着させた。ナインは一条晴美の記憶を共有し、学校では一条晴美として、
それ以外ではナインとして透子と常に一緒にいる。透子は、言葉でもナインと意思疎通ができるようになり、大層喜んだ。
しかし、彼女達に問題が発生した。2人ともこの体になってから、食欲が止められないのである。一度人の味を覚えた熊が危険なように、一度人の味を知ってしまった彼女らには、もはやりんごジュースでは代用できず、彼女達の暴走が始まった。
まず2人は自分たちの家族に手を出した。両親だけでなく、兄弟までにも。そうすることで、1週間は持つことができたが、また飢えが始まった。そして、次に透子に近づいてきた男子生徒と武藤委員長をてにかけたのだった。予定していなかった北斗奈々を食したことで、既に満足していた透子だったが、ナインの言う通り、委員長に後藤と呼ばれていた男の記憶を覗く事にした。
透子は泣いた。それが何故なのか透子本人にもわからなかった。それでも、この後藤をどうにかする気にはなれなかった。
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後藤が目を覚ますと、そこは病院だった。目を開けると後藤の父と母が泣きついてきて、後藤には何がなんだか分からなかった。後藤は一週間昏睡状態が続いていたという。好きだった女の子に告白しようとしたら一週間経っていたため、後藤は困惑していた。そして、明日には学校に行けるかと聞くと、父と母から衝撃の一言を聞かされる。
「あの学校は、もうないんだ。」
「え?」
「志貴が見つかった次の日、授業中に突如化け物が現れて、学校にいたほぼ全員が死んだか行方不明だ」
「は?」
「これがその新聞よ」
新聞の記事には『謎の怪物襲来』と書かれていた。人に触手を刺し、そこから血液や体液を吸い付くし殺してしまう怪物が突如学校に発生し、その場に居合わせた生徒や先生のほとんどが死亡。1クラス単位の人間が行方不明になるという事件が発生したとされていた。また、廃アパートで1匹の怪物の死体が発見されたとして、その写真が掲載されていた。この死体が発見されてから、被害がなくなったため、捜査も打ち切るとされていた。怪物の死体には、どこかで見た事のある星形のピアスがついていたが、後藤にはそれがどこだか思い出せなかった。
後藤は、武藤を含む友人の殆どが死亡していることと、あの彼女が行方不明になっていることにを嘆いた。それでも、彼女がどこかで生きていればと彼は強く願った。
もし、後藤が四谷ともっと早く出会っていれば。
惨劇は回避されたのかもしれません。