(4*9)*1
またやられた。亜紀と奈津子は、何が楽しくて私に危害を加えてくるのだろう。私なんかをいじめて何が楽しいんだ。もう学校が嫌になってきた。
私の何がいけなかったのだろう。テストで点数がよかったのが悪い? 転校してきたのが悪い? 容姿が気に入らなかった? 生意気にみえた? 一体どうして? どうして? どうして? どうしてワタシだけがコンナメニ
その日、四谷透子は嘆いた。自分だけがなぜ理不尽な目に遭うのかと。その日、四谷透子は絶望した。誰も救ってくれないこの世界に。だからこそ、普段は気にも留めない廃アパートに気を惹かれた。ここから飛び降りれば、自分は救われるのではないかと。彼女はりんごジュースを片手に1人で廃墟の中に入っていった。
三田奈津子はイライラしていた。昨日あれだけやってやったのに、四谷が今日にはケロっとしていたからだ。亜紀が思いついた教科書をノリでグチャグチャにする嫌がらせをやった時は胸がスカッとする気持ちだった。
四谷は2人がちょっかいを出した時、次の日には目に見えて落ち込んでいて、さらに常にビクビクしていた。三田はそんな彼女を見るのがたまらなく好きだった。無駄に警戒心を丸出しにして、弱気な癖にこっちを睨もうとして、目線が合ったらビクッとしてすぐに目をそらす。その姿が滑稽でまた虐めたくなる。
2人が四谷にちょっかいをかけ始めたきっかけは、彼女が転校してきたばかりなのにテストの点数が高かったからなのか、四谷の小動物みたいな雰囲気が癪に障ったからなのか、もう奈津子にもわからなかった。それでもちょっとちょっかいを出しただけで過剰に反応する四谷が面白可笑しく、ストレスのいい発散になっていた。
しかし、今日は違った。四谷の反応を楽しみにして登校してきたのに、四谷は昨日の事を気にしていないようだった。いつものようにオドオドしているわけではなく、笑顔で晴美と話していた。そんな四谷を見て三田はいつも以上にイライラが溜まっていた。まるで自分たちが飽きられて捨てられたおもちゃのようではないか。四谷如きに。四谷の癖に。四谷なんかに。
「で、なんかネタないの?」
「奈津子。もう大分やりつくしたじゃない。しばらくネタ切れ」
昼休み。二宮亜紀は面倒くさいなと思った。いつも以上に奈津子がイライラしていたからだ。
二宮亜紀と三田奈津子は保育園から続く幼なじみの関係で、今でも仲がいい親友同士だ。親友同士だからこそ、たまにその親友がめんどくさいと思う時があり、今がまさにそれだった。奈津子はイライラが溜まるとすぐに人や物にあたる。四谷透子というちょうど良いガス抜きが来たと思っていたが、どうやらそのガス抜きが機能しなくなりつつあるかもしれない。亜紀はそう感じていた。
「最近は頻度が多かった。吹っ切れた?」
「あのチビが? あいつはそんなタマじゃないっしょー」
「でも、まったく気にしてなかった」
「そうよ。だからこんなにもイライラするんじゃない! あーもう!」
奈津子は金色に染めた長い髪をボサボサに手でかき回している。大分溜まっている証拠だ。そのうちさらにイライラが溜まれば物を壊したり、人を殴ったりするだろう。
「奈津子。いいことを思いついた」
「何よ」
「押して駄目なら一度引く。少し間を置いて......」
「それじゃあその間何でこのイライラを解消すればいいのよ!」
「えーっ......」
亜紀の意見に異を唱えた奈津子は、急にニヤリと笑って言った。
「亜紀。アタシもいいこと思いついたわ」
「どうするの?」
「今まで以上にあいつに搦むわ。どうせ我慢しているだけよ。そのうち根気負けしてまたビクビクしはじめるっしょ」
「わかった」
亜紀にとって、奈津子の提案は悪いものではなかった。彼女にとっても四谷透子はストレス解消の道具であったからだ。
その日から、2人の嫌がらせはエスカレートしていった。四谷の好きなりんごジュースを彼女の弁当にぶちまけたり、バックに穴をあけたり、黒マジックで教科書を塗りつぶしたり、靴に画鋲を仕込むことなどもした。それでも、四谷は気にもしていないようだった。
一条晴美は困惑していた。友人の透子が最近妙に明るくなった気がしたからだ。晴美が透子と接点を持つ前から、二宮と三田による嫌がらせを透子が受けていた事は知っていた。透子から直接頼られて、彼女を慰めたこともある。そんな透子が晴美は好きで、頼られることも悪い気がしなかった。
しかし、最近は自分に頼る事もしないで、嫌がらせに耐えているようだった。それ以来、一条はモヤモヤしていた。どうして自分を頼ってくれないのだろうか。最近、透子は放課後になるとすぐにどこかに行ってしまい、付き合いが悪くなった。放課後、誰かに慰めてもらっているのだろうか? もう私なんか必要ないのだろうか? せっかく築き上げた『いじめられっ子にも仲良く接してあげることができる良い子』というポジションも意味のないものになりつつあると晴美は感じていた。
透子は晴美にとって踏み台のようなものであった。晴美には、透子なんぞ自分の周りにいる有象無象の1人だった。透子は世間体をよくして、内申点を上げるための道具だ。事なかれ主義の学級委員長の武藤や、担任の八木も透子関連の問題に関しては一条晴美に任せっきりであった。本気で解決しようとは思っていない晴美のみが透子に向き合っていたため、透子にたいしての嫌がらせは止まる事はなかったのであった。止まってしまっては、晴美にとっての世間体をよくする計画が頓挫してしまうからだ。本当に透子が追いつめられて、自殺をしようとした時に晴美がいじめを止める事で、命も救っていじめも止めたとして、周りから褒められるのを晴美は楽しみにしていた。だからこそ、晴美は知りたかった。誰が自分の計画を邪魔しようとしているのか。晴美は透子の後をつけることにした。きっとイライラしているあの2人を誘って。
四谷透子は分かっていた。一条晴美が自分を踏み台にしようとしていることなど。転校してきてすぐにいじめられるようになった透子には友達はいなかった。そんな自分に良くしてくれる、関わりを持とうとする人などいなかった。いないと思っていた。クラスメイトはその多くが自分が巻き込まれるのが嫌だから透子に話しかけるものなどいなかった。もし仮に自分がその立場なら、自分もそうだろうと思っていたから透子はクラスメイト達には悪い感情をだかなかった。
しかし、晴美だけが透子に話しかけてきた。透子にも晴美からにじみ出るいい子ちゃんでいたいオーラはその言動から感じ取る事ができていた。それでも、始めは話しかけてくれた事がうれしくて晴美と仲良くなっていった。だけれども、やはり、晴美にたいして透子はなんだかんだで一線を置いており、透子にとっての心の拠り所になることはなかった。
自分のことを知らない第三者を透子は求めていた。自分の子だからと大切に扱ってくれる両親や、いじめられているからすり寄ってきた晴美や、いじめられているからと近づかないクラスメイトではなく、もっと自分を、自分だから、自分だけを見てくれる人が身近に欲しかった。そして、彼女はそんな友人を手に入れた。今、彼女は友人の待つ廃アパートに向かっていた。友人と自分の共通の好物であるりんごジュースを持って。透子はワクワクしていた。友人に会える時間がくるのを。だからこそ気づかなかった。後ろをつけている3人のクラスメイトに。
「ナイーン! おまたせー!」
透子は廃アパートの302号室の扉を開けた。そこにいたのは、人気のつかないところで溜まっている不良や、誰もいないことをいい事に勝手に住居にするホームレスや、家出をして住居をなくした子供ではなかった。
それは、大きな心臓のようだった。内蔵のように赤く、鼓動を刻むように全身が震える様はまさに、巨大な心臓だった。違うところと言えば、天井に届きそうな大きさであるところと、9本の赤い毒々しい触手が生えていることだ。そのあまりにもグロテスクな見た目を気にせず、その巨体に寄りかかり、透子は語りかけた。
「ナイン。今日はね、亜紀や奈津子は大人しかったんだ。私の物もなんの被害もうけてない! ナインはどうだった? なにか変わった事あった? ......まぁ、なにもないよね。あっ、そうだ! 今日のご飯だよ」
透子がバックからリンゴジュースの紙パックを取り出すと、ナインは触手をパックに突き刺し、中のジュースを触手を使って、吸収し始めた。
「おいしい? 今日は果実100%の奴を買ってきちゃった」
ナインは言葉を話す事は出来ないが、人の言葉を理解する事は出来るようだった。透子の話す内容に答えるように、使っていない触手で透子に感情を伝えていた。
「そっか、やっぱりナインも果実100%好きだよね。私もなんだー!」
出会った頃は、透子にもナインが何を伝えたいかわからなかったが、透子が喋った内容を理解していることに気づいてからは、透子とナインの意思疎通が可能になるまで時間がかからなかった。
4階建てのこのアパートは5年前に住居人がいなくなり、取り壊す事が決まっていた。しかし、取り壊そうとすると、相次いで事故が発生し、作業員が重傷を負うため、いつしか取り壊しが休止され、だれも近づかなくなった。以前、そんな話を近所の人と母親が話しているのを聞いた透子は、死ぬにはいい場所だと思った。
透子が自殺しようと廃アパートに入ったあの日。飛び降りようと上へと登る透子は3階で物音を聞いた。呪いでもお化けでももう自分に怖いものはない。どうせ死ぬなら、超常現象に巻き込まれて死ぬのも悪くはない。そう思った透子は、その物音がする302号室を覗いてみる事にした。
そこにいたのは、透子の理解を遥かに超えていた。小さいと言われる自分じゃなくても感じる巨体。赤いグロテスクな物体。そして、9本の触手。いくら死を恐れていないと思っていても透子はただの学生。その見た目に驚いてしまい、手に持っていたりんごジュースを落としてしまった。すると、怪物はこぼれたりんごジュースを触手を使って飲み始めた。触手が動くたびに減っていくりんごジュース。それを見ていると透子は不意に可笑しくなって笑ってしまった。
「貴方もりんごジュース好きなの?」
怪物は答えない。いや、答えられない。言葉を発する器官を持たないからだ。それでも、透子は怪物がりんごジュースが好きだと言っているような気がした。そう思うと急に恐怖はなくなった。透子は怪物に近づき、怪物も透子を触手で優しく包み込んだ。透子の小さな体はほとんど見えなくなっていた。
「私は四谷透子。貴方は?」
怪物は答えない。
「しかたないか。貴方、しゃべれなそうだものね。ねぇ、私につきあってよ」
怪物は答えない。それでも、透子は怪物が肯定してくれた気がした。私のことを知らない。どんな扱いを受けているかも知らないし気にしない。それでも自分と仲良くしてくれるのではないか? 透子は理想の友人を得た。
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「うーんりんご自体は食べれないのね。そりゃそうか。貴方には口がないもんね」
「オレンジジュースは嫌だった? まってて! すぐりんごジュース買ってくるから!」
「貴方、私の言っている事が分かるの?」
「貴方、捨てられたの? 誰に? わからない? そう......」
「へぇ、貴方って名前ないのね」
「なら、私がつけてあげる! そうねー......シュヴァルツ•ヴォン......え? 嫌だ?」
「じゃあ、ナイン! 9本の触手があるからナイン! これならどう?」
「ナイン! 今日もやられた! あいつらなんで私なんかにかまうの!?」
「お母さんもお父さんも今日は仕事で帰らないんだって。だから今日は一緒にいよう?」
「ふふっ......ナイーン! 貴方は私の事すき?」
「うん、私もナインのこと大好き!」
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3人は恐ろしかった。その異形の怪物が。そして、その怪物と普通に接する事ができる四谷透子と言う少女が。
「おい、晴美。こんなの聞いてないぞ! なんだよあれ」
「わ、私だってこんなの知らなかったわ」
晴美は予想外の出来事に困惑しながら、奈津子の問いに答えていた。
「漫画やゲームだけだと思ってた。あんな化け物がいるなんて」
「いったんにげよう! 見つかったら食い殺される!」
「そうね。私もまだ死にたくない」
亜紀と奈津子は訳の分からない事態に混乱し、身の安全を確保しようとしていた。
「......ちょっとまって」
逃げ腰になる亜紀と奈津子に、晴美が静止をかける。その顔は何か面白い事を思いついた幼児のように、とてもいい笑顔だった。
「どうしたのよ、晴美」
「2人はさ。昨日はナイフだか包丁で、透子の教科書メッタ刺しにしたでしょ? あれ、まだ持ってる?」
「そんなの持ってる訳「あるわ」もってるのかよ!」
奈津子の言葉を遮った亜紀はそう言うとバックからいくつものナイフを取り出した。
「護身用。四谷が逆上してきたときのため」
「亜紀。あんた、いつか捕まるわよ」
「大丈夫。私の父は警察の偉い人」
「職権乱用さまさまーっす!」
ナイフを見て騒いでいる奈津子を放っておき、亜紀は晴美に問いかけた。
「で、これをどうするの? 晴美」
「あの化け物。動きはのろそうに見えたわ。だから私たちであの化け物を殺す」
その言葉を聞き、奈津子は驚いた。
「ちょ!」
「後始末が大変じゃない?」
そんな亜紀の問いかけに晴美は笑顔で答えた。
「あんな化け物がいるなんて話を聞いて2人とも信じる? 信じないでしょ? 透子のことだから誰にも言っていないと思う。だから、きっとあれの存在を知っているのは透子と私たちだけ」
「ということは......」
「そう! あれを殺したって誰も困らないし気づかない」
その言葉を聞き、奈津子は面白そうに笑った。
「へへっ! 化け物退治か! 面白そうじゃないか!」
「じゃあ亜紀さん。そのナイフを私たちに」
「わかった」
「ナイーン! ふふっ! ナーイン!」
四谷透子は触手に包まれ、幸せに包まれていた。ナインの巨体に体を寄りかからせ、完全にリラックスしていた。ナインもそれに答えていた。また、ナインもずっと一緒にいた透子が寄り添ってくれているのがうれしかった。だからこそ、突然の襲撃者達に気づくのも遅れ、反応することすらできなかった。
「透子!」
「えっ!? 晴美!?」
突然の晴美の声に、透子は驚きを隠せなかった。
「おりゃあ! 死ね! 化け物!」
「死ね、死ね、死ね」
晴美が触手を切り裂き、透子をナインから離れさせると、亜紀と奈津子がナインを切り刻み始めた。その血液は人のように赤く、ものすごい勢いで周りにぶちまけられていった。
「やめて! やめて! ナインが死んじゃう!」
「よかった! 心配したのよ、透子!」
「何が!?」
「あの2人が貴女を追ってこの建物に入ろうとしてたのを見つけたの。それで、彼女たちを引き止めてたら、貴女が怪物に食べられそうになってるじゃない! だから彼女達にも手伝ってもらって貴女を救いにきたのよ」
「なんで......!」
「もう大丈夫だからね!」
そういうと晴美は透子を抱きかかえ、泣いているようだった。しかし、透子はそれを撥ね除け、ナインに攻撃をしている2人に叫んだ。
「いや! やめて! ナインは悪いモンスターじゃないの! やめて! 殺さないで!」
それを受けて、奈津子と亜紀は透子に目もくれずに答えた。
「へへっ! 四谷! 私たちに感謝するんだな!」
「そう、貴女は、この怪物に殺されるところだった」
「ちがう! そんなことしない! やめて!私 の友達をうばわないで! やめて! やめええええええええええええ!」
ナインの巨体のそのほとんどが液体であった。傷つけられ体液をまき散らしたナインは萎み、人よりも小さい大きさになっていった。
「よし! しとめた!」
「正義は勝つ」
奈津子と亜紀は勝利の余韻に浸っていた。その場でうずくまっていた透子を見かけた晴美は透子に話しかけた。
「よかった。よかったよ、透子。貴女が無事で」
「そ、そんな......」
「じゃあ私たちは帰るから。透子もここは危ないから早く帰ったほうがいいよ。この2人には貴女に手を出させないから」
晴美はそう言うと、奈津子と亜紀を睨んだ。
「へいへい。晴美に頼まれちゃ、しかたないな」
「そうね」
瀕死のナインと絶望に顔を歪ませた透子を置いて、三人は帰っていった。
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「いや、いやだよ......どうして......ナイン......しなないで!」
「ナイン......? なに? わからないよ?」
「......そうだね。もう我慢する必要ないね」
「わかった。任せて」
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翌日。三田奈津子はとても清々しい気分だった。久々に見た透子の落ち込む姿。しかも、今までで一番のダメージを与えた気がしたので、溜まっていたイライラが全てなくなった気がした。
「いやぁ、あいつ。あんな化け物が好きだったなんてねぇ」
「趣味は人それぞれ」
「まぁ、そうだけどよ。だけどあれはイカレちまってるよ」
「かもね」
「それにしても、昨日のあいつの顔! 最高だったね!」
「奈津子。笑い過ぎ。変に思われる」
「でもさぁ! この世の終わりみたいな顔! 中々みれないよ!」
「もう教室につく。透子がいたら聞かれる」
「それもそうか。さて、今日もあいつの絶望した顔を拝んでやるか!」
しかし、それはかなわなかった。透子がいなかったわけではない。彼女はちゃんと自分の席に座っていた。だが、彼女は本を読んで笑っていた。異様だった。どう考えても今までで一番ダメージを与えたはずだ。2人には分からなかった。何故平気なのか?何故笑っていられるのか? すると、透子は教室から出ようとした。
「おい、どこにいくんだよ!」
「どこって......トイレ」
「は? ちょっとまてよ!」
2人を気にせずにトイレに向かう透子が気になり、奈津子は透子を追いかけていき、亜紀もそれについていった。
二宮亜紀には分からなかった。離れのトイレ。運動部がトレーニング中に使うトイレであるこの場所は、この時間はだれも使わないトイレである。なぜそんなところまで透子がきたのか。その違和感に気づかず、2人はついてきてしまっていた。
「おい、四谷! 昨日の「ちゃんとついてきてくれたんだね2人とも」あ?」
「どういうこと?」
「ここなら誰にも邪魔されないってこと」
そう透子が言うと共に、赤い9つの触手が透子から飛び出してきて、2人をそれぞれ拘束した。とっさのことに2人はなす術もなく捕まってしまった。
「は、はなせ!」
「なにこれ......」
2人がもがきながら困惑していると、透子は語りだした。
「貴女達のせいでナインは死にかけた。だから、私が助けたの。私と一つになることで」
「なにをわけわからないことを! はなせ化け物!」
「化け物? 三田奈津子。貴女達のほうがよっぽど化け物よ。人の事をなんとも思わない。自分が楽しいなら何でもやる貴女の方が」
「まって、助けて! たすっウグ!?」
奈津子の必死の懇願も残っていた透子の触手を口に突っ込まれ、とまってしまった。
「貴女はうるさいし、一番嫌いだったから食べる事にするわ」
「んー! んー!!!」
「奈津子! 奈津子!」
奈津子の口に入っていた触手が何かを吸い出すように動き始め、吸い出された物が触手を通じて透子の中に入っているようだった。吸い出すにつれて、奈津子の全身が萎んでいき、最初は必死に抵抗していた奈津子も、いわゆる骨と皮だけ位までになってからは抵抗も辞め、完全に動かなくなってしまっていた。
「奈津子ーーーー!!」
「ふぅ。ごちそうさま。」
透子は奈津子を放り投げ、捨ておいた。すると、突然透子は泣き始めた。
「やっぱりナインは優しいよ。そりゃ、そうだよね。私だってりんごジュースは好きだけどりんごジュースだけじゃ生きていけないもの。餌なんて私がすぐそばにいたのに」
「???」
亜紀には何がなんだかわからなかったが次は自分がやられると思うと、必死にもがき始めた。しかし、触手の力が強く全くほどける事はなかった。
「さて、次は二宮亜紀。貴女よ。次はちょっと趣向をかえようか」
「え? イッ!!」
透子は細い触手を亜紀の耳に突き刺した。その痛みに亜紀は苦痛を感じ、もがくのを辞めてしまった。
「へぇ、今貴女の頭の中を覗いているんだけれど、貴女もあの漫画好きなのね。ひょっとして、奈津子がいなければ私たちいい友達になれたかもね」
「なら、助け......あがっ!」
「でもそれは過去の可能性の話。今はもうありえない。」
「そんな......」
「フフフフフ! 貴女! おもしろいわね! さっき奈津子との会話で私の事を狂ってるとか言ってたみたいだけど、貴女もかなり狂ってるわよ」
「やめて......みないで......」
「触手になって奈津子を襲いたいだなんて! 笑っちゃうわ!」
「うぅ......」
「なら、せっかくだし、もし貴女が友達になれたらって感じるところもあったから特別に! 夢を叶えてあげる」
「え?」
「まぁ、多分貴女の意識なんて吹っ飛んじゃうと思うけどそこは我慢してね」
「あ」
その瞬間、亜紀の耳から触手も抜け、拘束された触手もほどけたと思ったら、瞬時に9つ全ての触手に亜紀は包まれ見えなくなった。
一条晴美は困惑していた。透子が普通に登校して普通に生活していることだけでなく、亜紀と奈津子が来ていないことに。何人かは見かけたというが、透子が外に出て行く時に着いていったきりで戻ってこなかったらしい。透子の隣の席にいる北斗奈々が透子に聞いたところ、2人とも今日の課題をやるのを忘れたからサボることにしたと言っていたらしい。
昨日のあの出来事を思うと本当にそうなのだろうか? 2人とも透子に殺されたんじゃと思う。人はいざとなればどんな行動をとるかわからない。次は自分じゃないかって思うと気が気ではなかった。そう思っていればもう放課後。帰ろうとすると、ついに透子が晴美に話しかけてきた。
「晴美。昨日はありがとう」
「え?」
「私が襲われていると思って助けてくれたんだよね」
「う、うん! そうだよ! 本当に心配したんだから」
「今日は私が奢ってあげる。行きつけの喫茶店があるんだ」
「そうなんだ。じゃあ奢ってもらおうかな」
「うん! いこう!」
晴美には透子が何を考えているかわからなかったが、ついていけばやられると思っていた。昨日のことはどう考えても、透子はショックを受けていたし、あの化け物は透子と友好的であった。ならば、確実に透子は嘘をついている。あの2人とは自分は違う。自分は特別なんだ。こんなところで死んでたまるか。晴美は昨日亜紀から拝借したナイフをポケットに忍ばせていた。
四谷透子はやはり、と思っていた。誰もいない路地裏。そこで9本の赤い触手と2本の新しい黒い触手で一条晴美を拘束していた。この路地裏に入った瞬間、晴美は透子にナイフで襲いかかったが、透子の11本の触手には太刀打ちできなかった。
「晴美はやっぱり私を信用していなかったね。こんなナイフを隠し持ってるなんて」
「なんで!? 私は透子を助けたかっただけなのに!」
「どの口が言うんだか。二宮亜紀の記憶から全部見たわ。ナインを傷つけようって提案したのは貴女じゃない」
「それは亜紀が嘘をついて!」
「彼女の記憶を読み取ったのだから間違いないよ」
「うぅ......」
「晴美。バレていないと思った?晴美が私をダシに自分の評価を良くしようとしていること。始めからわかっていたよ」
「え......」
「だけど、それでもよかったんだ。少しでも話しかけてくれたのはうれしかった。でも、やっぱりゆるせない。晴美のせいで、ナインの体がなくなったんだ」
「ごめんなさい。そこまであの怪物が大事だなんて「ナインのことを怪物って言うな!」うぅ......」
「晴美ってすごいよね。いつも自分がどうすれば良い風に見られるかだけを考えているんだもの。今もそうやってさ。自分は知らなかったアピール?そんな生き方疲れるだけでしょ。だから、私が楽にしてあげる」
「いやだ! 死にたくない! わたしは! わたしはああああああぁぁぁ!」