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4話 魔物退治は…お仕事です?

「――っ、カケル!」

「任せろ!」


 ハァハァと荒い息のままに走り、叫ぶように前方に居るカケルを呼ぶ。

 彼はニヤリと笑って剣を構えた。そして俺の後ろから走ってくるソレに跳びかかり、両手に持った金色に輝く剣を振るう。

 何かを叩き折るような音と共に甲高い何かの鳴き声が聞こえるが、俺はそのまま10メートルくらい走り、それからカケルと俺を追いかけてきていたであろうモノが居た方へと振り返った。


 カケルの剣によってそれらは叩き斬られ、俺を追いかけてきた時の勇ましく恐ろしい声ではなく、子犬がいじめられて親に助けを求める時のような甲高い声で鳴き、そのまま絶命していく。

 全てのそれらが動かなくなると、カケルはつまらなさそうな顔で俺を手招きした。


「ガレオン、おまえ相変わらず逃げ足は速いよな、逃げ足は」

「『命を大事に!』がモットーだからね。当然でしょ」

「あはは、懐かしいなぁ。やっぱりそれも歴代勇者様たちの言葉なわけ?」

「そうだよ。勇者様たちの世界では有名な言葉って書いてあったけど、本当だったんだね」

「だな。オレもまさか異世界でその言葉を聞くとは思ってなかったよ」


 そう言って笑いながらカケルは剣を腰へと下げて道具袋からナイフを出し、俺も腰の鞘からナイフを引き抜いた。

 彼が叩き切って絶命したそれら――ブラックウルフという魔物――をふたりで解体していく。

 数週間前は絶叫しながら魔物と戦い、その身を恐る恐る解体をしていたのだが、今ではそんな風に軽口をたたきながら無駄なく解体できるように……手際よく解体できるように、教え込んだ。

 死なないとはいえ、彼が殺されなくて済むように。彼がちゃんとこの世界で生きていけるように。


 魔物とは魔王の力を浴び続けた獣が変化したもので、その性質は凶暴で凶悪。

 旅する者たちを襲い、人々が育てた畑や家畜を荒らす存在である。

 魔物を倒す事は可能だが、それは歴戦の――兵士や傭兵等の戦いを生業とする者たちであるからこその事なのだ。普通に暮らす人々にとっては脅威以外の何ものでもない。


 そんな魔物ではあるが、その身から採れる恩恵は大きく、その身から採れるものに無駄はない。

 毒のない魔物であれば肉は食べれるし、骨や爪・牙や毛皮などは武器や防具、それから魔法媒体の素材にできるのだ。

 自分で使ってもいいし、売り払ってお金に換えてもいい。

 魔物を狩れるようになれば、生きていくのに困る事はないだろう。

 …とは言っても、カケルは勇者であるのだから、彼の意思とは関係なく、その勇者という身分ゆえに魔族にも襲われるだろうし、ゆくゆくは魔王をその手で殺さねばならないのだから、戦う術を磨くのは生活云々の前に彼自身の安全の為でもある。


 そこまで考えて、俺は溜息をつく。

 異世界で争いのない国に生まれ、一般家庭で育ったというカケル。

 この魔物や魔族との争いの絶えないこの世界。

 わかっていたとはいえ、覚悟をしていたとはいえ、やはり彼をこの世界の事情に巻き込んでしまった事が心に重くのしかかる。

 ブラックウルフの毛皮や骨を道具袋に押し込みながらチラリとカケルを見ると、彼は鼻歌を歌いながら火を起こし、ブラックウルフの肉を小さめに切ると順番に串へと刺していた。


「カケル、ここで食べていくの?」

「当たり前だろ! こいつの肉うまいから、帰るまでオアズケとかムリムリ」


 腹減ってるしさ~とこっちを見ることなく言い切ると、串に刺さったその肉にパラパラと塩を振り、それを火の側へと突き刺していく。

 火にあぶられたその肉から脂がぽたぽたと落ち、香ばしいおいしそうなにおいが辺りを満たす。

 肉の焼け具合を見ながらたまに肉の位置を変え、早く焼けないかなぁと楽しそうである。

 そんなカケルはふと手を止めて、俺を見て言った。


「ガレオン、おまえも食べるだろ?」

「…ああ、いただくよ。このにおいの中で我慢しろとか、それこそ無理な話だよ」


 断るとは思ってないカケルの問いかけに、ついつい苦笑がもれてしまう。

 それを気にすることもなく、カケルは大真面目にそうだよな!と頷き、笑顔になるとまた肉の焼け具合を見る事に集中し始めたのだ。



☆  ☆  ☆



 ブラックウルフの肉を食べた俺たちは、今日は道具袋がもういっぱいだからと狩りを切り上げ、街に戻って素材を売り払う事にした。

 狩りを始めたばかりの頃こそ、その解体技術の未熟さから安く買いたたかれていたのだが、今ではそれなりに腕を上げ、それなりの値段で素材を買い取ってもらえるまでになっていた。

 それが終わったら、そのまま城へとまっすぐ帰る。しかし、カケルの割り当てられた部屋へではなく、まずは城内にある騎士や兵士たちの訓練所へと向かうのだ。


「あら、今日の狩りは終わったの?」

「お、マリエルちゃん! なになに、オレの雄姿とか聞きたい? 聞きたい?」


 模擬戦やその訓練で出た怪我人の手当てをしていたのであろうマリエルは、カケルのその言葉を今度ねと笑顔で受け流す。カケルは残念と言いながらも笑顔を崩さなかったので、本気でどうこうというわけではないようだ。

 カケルのようにではないが、俺もマリエルに声をかける。


「マリエルも早いね。今日はもう終わり?」

「ええ、そうよ。今日は舞踏会があるでしょ? 見回りとか護衛の打ち合わせもあるから、早めに終わったのよ」


 マリエルは笑顔で答えると、それから頬に手を置いて首をくいっと傾けた。

 そして俺とカケルを順番に見て、口を開く。


「そういう訳だから、お風呂へ行くならもう少し後の方がいいと思うわよ?」


 今行くと訓練上がりと今夜の当番たちでお風呂もいっぱいだろうから汗臭いわよきっと、と教えてくれた。

 その言葉に、うわぁという顔になるカケル。


「女の子なら嬉しいけど、野郎どもだらけな風呂は嫌かも…」

「そりゃ、誰だってそうだよ。俺だってそんな風呂には入りたくないし…」

「仕方ないから後にするか」

「そうだね、少し待てば空くだろうから、そのくらい待とうか」


 カケルの言葉に心から俺も同意すると、カケルが俺を見て頷く。

 そんな俺たちを見てマリエルは楽しそうに笑うと、私も夜の準備があるのよと言って去って行った。

 その後ろ姿を見送るカケルがちらりと俺を見て笑う。


「マリエルちゃんってかわいいよな」

「そうだね」

「幼馴染なんだろ?」

「そうだよ」

「…ガレオンって実は鈍い?」

「…? 何の事?」

「わかってないならいいよ。くくく、面白いなぁ」


 声に出して笑い、にやにやと嫌な笑顔で俺を見るカケル。

 いったい何だというのだろうか。とりあえず、勇者っぽくない表情である。

 なんとなくだが、からかわれてるのはわかる。悪い気しかしない。


「…カケル。ここで立ってても仕方ないし、風呂がもう少し空くまであっちで訓練でもしよう」

「ああ、悪い悪い。少しって言っても半刻はあるだろうしな。そうするか」


 むすっとした俺に気付いたのか、カケルは悪い悪いと笑いをこらえた表情で謝りながら、俺の提案を受け入れた。

 なんとなく納得いかない俺だったが、風呂が空くまでの間、訓練場でカケルと剣で打ち合いをはじめ、それが終わる頃にはからかわれた事をすっかりと忘れていたのだ。

 そして、その事に気が付いたカケルがこっそりと隠れて笑っていた事を、俺は知らない。


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