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3話 先生になるのもお仕事です

『むずかしいなぁ、これ』

『がんばれ、カケル』

『どうせなら、かわいい女の子に応援されたい』

『勇者として魔王を倒したらモテモテになれるよ………たぶん』


 参考書を片手にうんうんと頭を捻るカケルが現実逃避気味につぶやきに、俺は言葉を返す。

 カケルは恨めしげに俺を睨むが、気にしていたら仕方ない。

 何をするにしても、これを身に着けなければ話が始まらないのだから。

 俺を睨んでも何もならないと思い出したのか、カケルは参考書を置いてノートに書いてある言葉を読み上げる。


『えーと、「はじめました、カケル・ナイトウです」』

『惜しい! 「はじめまして」だよ。そこの発音はもう少し舌を巻く感じかな』


 文法は合っているのだが、発音が少しだけ違った為にニュアンスが変わってしまったカケルの言葉に、訂正を入れる。

 カケルは『だああああ!』と叫ぶと机の上に突っ伏した。

 それを横目に時計を見れば、そろそろこの勉強会を始めてから2時間くらい経つ事がわかった。

 俺はカケルの肩をたたいて言う。


『カケル、そろそろ休憩しよう。お茶と何かつまむものを持ってくるよ』


 カケルは机の上に突っ伏したままこちらを見ずに頷いたので、俺はもう一度カケルの肩をポンポンとたたいて、部屋を出た。



☆  ☆  ☆



 紅茶とアーリ――日本語に直すと『りんご』――のパイの乗ったトレーを持って部屋へ帰ってくると、参考書は横の棚の上に置かれ、机の上はきれいに片付いていた。

 カケルは期待に満ちた視線をトレーへ向けている。

 つい苦笑がもれてしまったがすぐにひっこめ、期待に応えるべく紅茶の入ったカップとパイの皿をカケルの前に並べた。

 カケルは両手を顔の前で合わせ『いただきます!』と言ってからパイを口に入れた。


『うまい! これ、アップルパイか!』


 笑顔でそう言い、嬉しそうにパイをあっというまに平らげた。

 それを見て俺は紅茶を飲みながら、まだ手を付けていない自分のパイの皿をカケルに差し出す。


『これも食べるか?』

『…む、いいの?』

『俺は甘いものは少し苦手なんだ』

『それならもらおうかな。サンキュー!』


 カケルは嬉しそうにパイの皿を受け取ると、うまうまとあっという間に食べてしまった。

 年上とは思えないその様子が、少し微笑ましい。

 アーリのパイを全て食べ終えたカケルは、紅茶を飲んで息をはき出すと俺を見た。


『文法は日本語と似たような感じだけどさ、発音が難しいな! こっちの言葉』

『そうだね。日本語よりは舌を使うからね』


 カケルの言葉に俺は頷く。

 彼は今、この世界の共通語であるスフィート語を学んでいる。

 常に俺が居れば通訳できるのだが、俺はその特殊な役目の関係で死んではならないから、旅の最初のうち――この国の中は魔族はほとんど居らず、生息している魔物も比較的弱い――はともかくとして、魔族が出る地域へはついていけない。なので、彼は通訳なしでも話せるようにならなくてはいけないのである。

 勇者としての最初の行動が勉強だなんてとカケルは頭を抱えていたが、俺が『色町へは未成年の俺は付いていけないしさ』と言うとハッとしたように顔をあげ、『あるのか、風俗!』と叫び『ナンパするにも言葉は大切だよな!』と頷いて、やる気になったのは言うまでもない。

 人の本能とはいえ、扱いやすい勇者である。


…実は勉強せずとも“言霊の儀”を受ければ言葉は話せるようになるのだが、それは今はできない事なので、告げていない。儀を実行する為の素材が足りなく、その 素材は魔族が出る地域へと行かねばならないからだ。

 期待させてから落とすとかするほど、俺も鬼ではないし。

 それに学んで身に着けた方が、それが経験になり勇者としての力も上がる……らしい。

 ご先祖様の日記にはそう書いてあったのだが、残念ながら俺はカケル以外の勇者を見たことがないので、半信半疑ではあるが。


『さて、そろそろ再開しようか、カケル』


 俺の言葉に嫌そうな顔になったが、『会話ができるようになったら、かわいい女の子に会えるよ』と続ければお皿をカップを一瞬でトレーの上へ片づけ、参考書とノートを机の上に並べて『さあ、やりましょう先生!』とやる気になったのだから、現金な勇者もいたものである。

※1月5日 誤字修正しました

※1月4日 サブタイトルに話数を追加しました

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