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2話 説明するのもお仕事です

 召喚の間と呼ばれる薄暗い石造りの部屋。

 そのの床にある1枚の大きく平らな――人が3人くらい横になって寝れるくらいの大きさ――の上に、白竜の逆鱗を石臼で挽いて作った粉を使い線を描く。

 まずは中心から左右上下、どこと比べても対称になるような円を描く。

 白竜の逆鱗の粉は貴重なものであるから、失敗はできない。慎重に、ゆっくりと、丸く描く。

 それが出来たら次は線だ。出来上がった円の中に5本のまっすぐな線で5つの角のある星…ご先祖様の日記では五芒星(ごぼうせい)と呼ばれる図形を左右対称になるように角の大きさは同じにして描いていく。


「――…ふぅ」


 粉を吹いてしまわぬように、板から降り、張りつめていた息を吐く。

 板の上を見ると、真円の中に五芒星を擁したそれ…魔方陣はうっすらと白い光を放っている。

 円が非対称であるか五芒星の線が曲がっていればこのように光る事がないので、この魔方陣はまずまずの出来と言えるだろう。


 それを確認した俺はナイフを手に取り、親指の腹を少し切った。そこからぷっくりと血が出てくるので、それを五芒星の角と角の間に、1滴ずつ垂らしていく。この時、血が出なくなってきたらその度にナイフでほじくり返さねばならず、それはとても痛くて辛いので、最初に切る時に思い切りよく切るのがポイントだ。

 5か所すべてに血を垂らすと魔方陣の光の色が白から青へと変わる。

 原理は知らないが、白から青へと変化したのは魔方陣が正しく動いているという証なので問題ない。


 俺は自分の描いた魔方陣を見てひとつ頷いた。

 そして、部屋の入口に立て掛けておいた杖――血涙の宝玉と呼ばれる赤い石のついた我が家の家宝の杖である――を手にとり、魔方陣の前へと進む。

 ちなみに部屋には俺以外には誰も居らず、部屋の唯一の出入り口である扉もしっかりと閉めてある。


 ――気が乗らないが仕方ない。

 俺は身体の中の息を全て吐き出し、大きく深く息を吸う。



≪海は空へと通じ空は海へと通ず、天界は天であり空であり空は海である≫


 種の言葉――魔法を発動する為の言語――を謳えば、目の前にある魔方陣の青い光が強くなる。


≪海は深淵に通じ深淵とは異界へ通じる門である≫


 五芒星の線に沿って種の文字が溢れ出る光によって書き込まれていく。


≪深淵は真円となり天に瞬く星の力を借りる、我が道を示す道標となるのだ≫


 五芒星の線の両側を光の文字が埋めると同時に、青かった光が赤くなる。


≪呼び声に応えるは光の(たま)持つ強き武人、呼び声に答えるは光の剣持つ賢き文人≫


 魔方陣の円に沿って、赤い光が種の文字を走らせた。


≪強く賢き者に強く願い、願いは天へ溶け異界へと通ず≫


 光は赤から青へ、青から白へ、2度に分けて色が変わる。

 そして、魔方陣からあふれる光と共に、急激に力が抜ける感覚が俺を襲う。

 ここで倒れれば失敗に終わってしまう。

 杖に体重を半分預け、倒れないように両足を踏ん張り直し、気合で魔方陣の中心へと意識を向けて、口を開く。


≪我が願いに応え、世界を越えて現れ給え≫


 その言葉を言い終えると同時に、魔方陣は強く光り、部屋をその光が染め上げた。

 種の言葉を謳い終え、力が抜けるままにその場へ座り込んだ俺は思わず目を閉じる。

 まぶた越しでもわかるその光の色は白かった。


 そしてその光が弱くなって納まった頃、俺しかいないはずだった部屋に、俺以外の男の声が響いた。

 それは勇者召喚が成功した証であり、他力本願な俺たちが無関係の一般人に責任を押し付ける事に成功した証でもある。


『――ここ、どこよ?』


 その声の主は魔方陣の中心に立っていた。

 ぼさぼさな黒髪と黒にも見える濃い茶色の目を持った20代半ばくらいの男がキョロキョロと辺りを見回している。そして、座り込んでいる俺に気付いたらしく、近づいてきた。

 俺の前にしゃがみこみ、俺と視線を合わせてもう一度口を開いた。


『きみきみ、ここがどこだかわかる?』


 その言葉は日本語という、初代勇者の母国の言語であった。



☆  ☆  ☆



 勇者召喚を無事に成功させた俺は、日本語――先祖代々に伝わっている初代勇者の母国の言語――でその男と少し話をした。

 最初は目を白黒させていた男だったが、俺との話を進めるうちに目を輝かせて力強く叫んだ。


『つまりオレって最強って事だよな!』

『……最強ではないかな』

『なんでだよ。オレは勇者なんだろ? 勇者と言えばチート! チートと言えば最強! それが世の常識ってもんだぜ?』


 さすが歴代の勇者が呼ばれる異世界なだけあって、その世界では異世界召喚というものがあふれているらしく、俺たちの世界以外へ呼ばれた勇者たちはその強力な能力によって、数々の悪を倒しているらしい。

 しかし残念ながら、俺たちの世界へ呼ばれたばかりの勇者たちにそんな強力な力があった事は初代勇者が呼ばれてから今に至るまで、ない。

 なので真実を告げるべく口を開いた。


『チートと言ってもそれは殺されても死なないってだけで、最初から強いって訳ではないよ』

『なななななななな、なんだってー!』


 驚いたにしても、少しどもり過ぎではないだろうか。

 男は口と目を大きく見開き、それから床へと崩れ落ちた。

 両手を床に付き、『しくしく』と声に出して泣いて……泣くふりをしている。


『……とりあえず、名前を聞いてもいいかな。俺はガレオン・タナカ・マエリージュ。ガレオンと呼んでほしい』

『タナカ? 日本人…じゃないか。日系人か何かなのか?』


 俺がそう言うと男は顔をあげて――やはり泣いていなかった――不思議そうに呟いた。

 『ニッケイジン』とやらが何かはわからないが、『日本人』というのは『日本語』を使う者の事だったはずだから、ええと。


『ニッケイジンが何なのかはわからないが、俺が日本語を使えるのはご先祖様のひとりにタロー・タナカという勇者様がいたからだよ』


 だから言葉が通じているのかと、男は頷いた。

 異世界なのに日本語が通じるのかと疑問だったらしく、俺の言葉でその理由がわかり納得したらしい。

 男は考えるように腕を組み、何度か宙に向かって頷くと、俺をまっすぐに見た。


『痛いのは嫌いだから勇者になりたくないけど、魔王を倒せないと帰してくれないのは理解した! 俺は……名前が先でいいんだよな? 俺はカケル。カケル・ナイトウ。カケル様でもナイトウ様でも、好きなように呼んでくれ!』


 男――カケルはそう言って俺の手を取ると『よろしくの握手!』と言って、上下にぶんぶんと振ったのだった。

※1月4日 サブタイトルに話数を追加しました

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