表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

1話 憂鬱なお仕事です

「――…とは言ってもなぁ」


 俺は読んでいた本から目をあげて呟いた。

 開いた本を閉じて横に置き、長机の上に突っ伏す。


「呼ばれた勇者(にんげん)はたまったもんじゃないよな…」


 突然知らない世界に呼ばれ、魔王を倒すことを強制された勇者たち。

 知らない世界に呼ばれた瞬間、何もわからず何も知らないままに殺された勇者たち。

 呼ばれた瞬間から殺されはするが死ぬことができず――寿命による死からは生き返れない――その上魔王と戦う事を強制され、どんなに泣き叫ぼうが絶望しようが何度も何度も魔王に送り出される勇者たち。


 たくさんの勇者たちを犠牲にして成り立っている、この世界。


「まあ、俺が言えるような事じゃないんだけどさ」


 俺はまだソレを行使した事はないが、自分の職業を恨めしく思い、そして同時に罪悪感が胸に広がる。

 どうしようもない事だが、それをしないとまた暗黒の時代と呼ばれた昔――魔王が勇者を倒し、人々を道具として扱った時代――に戻ってしまうのだ。

 他力本願すぎて情けなくなるが、それでも、それでしか魔王に対抗できないのだから、仕方ない。

 魔王に対抗できる力――聖なる剣を扱える者はこの世界には生まれない。

 だからこそ、聖なる剣を扱える勇者を異世界から呼ばねばならない。

 そして、その勇者が魔王を倒せるだけの力を身に着けるまで、決して死なせてはならないのだ。


「……周期的にはそろそろなんだけど、お願いだから俺の代では生まれないでほしいんだがなぁ」


 突っ伏したまま横を向くと、さっきまで読んでいた一冊の本――歴代の魔王と勇者と蘇生人について書かれたもの――の背表紙が目に入り、ため息が出た。


 俺はガレオン。ガレオン・タナカ・マエリージュ。

 セカンドネームで分かる通り、初代の勇者タロー・タナカの子孫であり、魔王が現れたら勇者を召喚し、そのサポートをする――勇者が泣こうがわめこうが絶望しようが、ほめて叱り、宥めて鼓舞し、何が何でも魔王が倒れるその時まで――死んだら勇者を秘術によって蘇生し続ける役割を持った、マエリージュ家の現当主である。


 俺のサポート対象である勇者は、まだ召喚されていない。



☆  ☆  ☆



「アンタは考えすぎなのよ!」


 いつもの愚痴をいつものように口に出すと、幼馴染の女――マリエル・ロワーヌがそう言った。

 ゆるく波打つ金色の髪を高い位置に赤いチェックのリボンでまとめている。

 目の色は青空のように明るい青で、その目は現在ちょっぴりつり上がって――機嫌が悪そうだ。


「そうは言うけどさ、本来なら自分たちでなんとかすべき事だろ、こういう事は」

「なんとか出来てればそもそも召喚なんてしないし、アンタの家や勇者だって存在しないわよ」

「そうなんだけどさぁ…」


 言い返せない。

 言い返せないが割り切ることができない俺がもごもごと口ごもると、マリエルはフンと鼻をならした。そして手に持った鞄で俺の頭を殴った。


「ああもう、うっとおしいったらありゃしない! 悩む暇があったら掃除でもしたらどう? どうしようもない事で悩んでぐだぐだぐちぐちしているよりは掃除夫にでもなった方が100倍もマシよ!」


 ぷりぷりと怒りながら、俺を睨み付けるマリエル。

 彼女はいつも怒りながらも俺の愚痴や悩みを根気よく聞いてくれる、大切な幼馴染だ。

 …ご先祖様の言葉で彼女はツンデレ女王という至高の存在らしいのだが、今のは痛い。ちょっと涙が出る。

 それと重要な事だが、俺には殴られて喜ぶ趣味はない。ふんわりとした優しい女の子が理想だ。


「…ちょっと、大丈夫?」


 屈みこんで殴られた頭を抱えていると、マリエルは少し気まずそうな声で隣にしゃがみ、俺の顔を覗き込んだ。心配そうな青い目と俺のちょっと涙目な目が合う。本当に痛かった。


「……鞄は止めてほしいかな。すごく痛い」

「りょーかい。ごめんね」


 ちょうど手に持ってたからつい殴っちゃったのよとマリエルは言うが、つい、で殴らないで欲しい。

 まあ、それでも反省してくれるだけマシかもしれない。

 ご先祖様の日記には殴るような理由を作る方が悪いと開き直ってさらに殴りかかってくるという、とんでもない女がいると書いてあった。俺はまだそんな女に会ったことはないが、会いたいとも思わない。

 …マリエルがそんな女じゃなくてよかったと心の底から思う。うん。


「それはともかく、どうしたのよ。ぐだぐだしてるのはいつもの事だけど、アンタが(ここ)に来るなんて珍しいじゃない」


 痛みが少し治まったので立ち上がると、鞄――医療バッグを持ち直し、この国に所属している看護兵の一人でもあるマリエルがそう聞いてきた。

 召喚師にして勇者を蘇生させる役目を持った俺は、自分の屋敷から滅多に出ない。

 役目は重要な事だがそれは魔王が出現しなければしなくていい事であるし、その特殊な役目があるからこそ、それ以外の仕事はしなくてよく、衣食住と嫁――自分で見つけられなかったら国が探してくれるが子作りは必須――は保障されている。


「…陛下に呼ばれたんだ」


 俺がそう言うとマリエルは驚いた顔になった。

 ある程度俺の年齢が高ければ、それは嫁を作って跡継ぎを早く作れという催促であったかもしれないが、俺はまだ15である。成人――この世界では16歳で成人と認められる――すらしていない。

 だからこそ、マリエルには、陛下が俺を呼びつける意味を理解したのだろう。

 さっきまでの俺の愚痴を思い出したのか、マリエルの眉尻が下がり、何度か口を開いたり閉じたりする。それを何度か繰り返し、そしてようやく言葉が声になったようで、その声は同情のような慰めのような声だった。


「そっか。周期的にはそろそろだったもんね…」


 勇者歴2047年、最初から数えて31番目の魔王がこの世界に生まれた。


 俺は今日、この世界の為の生贄に、異世界から勇者を呼び寄せる。

※1月4日 サブタイトルに話数を追加しました

※12月29日 誤字を修正しました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ