-007- お披露目会! 銃とコインと噴水と!
戸津甲翔兵、目多牡薫、月野憂沙戯らが話し込む中。
蒼井雫は視界に浮かぶモニター、そこに聞き覚えのある単語があることに気がついた。
左下のアイコン――その枠にはデバイスと表記されていて、どうやら音声認識でそのウィンドウが開くようだが……。
「“不吉な贈り物”……」
それは説明の際に雫が与えられたデバイスの機能の名だ。
つぶやいた言葉に反応するように、雫の視界にまた新たにウインドウが開く。そこには欄が三つあり、一番上にはアンラッキーギフトと書かれていた。
残り二つは空欄だった。
「開いた……! なにこれ……アンラッキーギフト?」
雫は見たままを口にした。
するとどこからか機械音が鳴り、雷が落ちたかのように一瞬周囲が光った。
ズドン、と一閃。
直後、目の前にあった噴水が水柱を上げた――というと、当たり前のようではあるが。
噴水は水を噴き上げるものだし、そうでなかったら噴水とは言わない。
しかし、水柱を上げた、と言ったのは間違いではない。
なぜなら――噴水はレーザーを受けて穴の空いたチーズのように一部分消滅し、破壊された水道管から大量の水が天高く噴き上がっていたのだから。
雫の背後には巨大な銃器。
それが甲高い音をたて、青白く光っていた。
「……っ!」
絶句、である。
流線形を描くメタリックフォルム、戦車の主砲ほどの大きさのそれは、どうしようもなく攻撃的な形状で――雫の背後に突如として現れた真っ黒い空間の歪みからその姿を覗かせていた。まるで四次元にでも繋がっているかのように――そこから突き出した銃身は異質とか異物と呼ぶ以外形容のしようがない。
銃身――というか、その大きさはもういっそ銃砲と言ったほうが適当かもしれない。
なんにせよ、それは雫の言葉に反応、出現し、噴水を破壊せしめた。
アンラッキーギフト。
“不吉な贈り物”。
持ち運びに特化した大型電磁投射砲だ。
「なっ……なんだよ、それ」
なにもなかった空間から突然現れたそれに、翔兵らは驚く。
「――ち、違う! 私じゃない、私なんにもしてない!」
「うわっ! 馬鹿やめろ、こっち向けんな!」
それは雫が振り向くと同時にその砲口を翔兵の方へと向ける。どうやら雫の向きに合わせ動くようだ。
しかし翔兵としては、たったいまその威力を見たばかりなのだから、そんなものを向けられては生きた心地がしない。万が一、間違って食らいでもしたならば跡形も残らないだろう。
「なんちゅう威力や……あばさけとる、そんなんもはや兵器やんか……」
騎士デバイス。
その威力に全員が唖然としていた。
それはチームにとって主力と成りうる火力であり、ゲームを勝ち進むためには振るわなくてはいけない不可避な暴力であるが……。
こんなものを人に向けて撃てっていうのか……?
雫は「違う、違うの」とその力に怯え、否定し続けている。
狂人でもない限り、持て余すほどの暴力は恐怖でしかない。
「……これが、デバイスの機能……」
刳り抜かれたように穴の空いた噴水。
それを見て憂沙戯が零した。
言葉に、翔兵はハッとする。
……まさか、他のチームもこれと同等のデバイスを持っている……のか……?
翔兵にはめずらしく察しがいい――というか、それはずばりであり、福井、石川チームは勿論。全チームがそれと同等か、それ以上のデバイスを持ち合わせている。
「こんなんを使って相手チームを倒して……勝ち進めってのかよ……」
「……倒して? ……なに言ってるのよ、こんなの当たったら死んじゃうでしょ!」
雫は叫んだ。
一見クールそうな彼女が顔を真っ青に取り乱した。
しかし、雫はまだ17で、言ってしまえば子供だ。過剰な暴力に、一時的でも情緒不安定になるのも仕方のないことではある。
そんな彼女に追い打ちをかけるように、
「……でも、それを相手は撃ってくる……んですよ? 蒼井さん」
と。
憂沙戯は言う。
うつむきながら、目を合わせないように。
「……はあ? なにを……」
「あ、あの……ですから、相手のチームはそれを撃ってくるんですよ。……ゲームである以上は一定レベルの均等は取られるはず、です。から、相手も……」
ようやく意図を把握したのか、雫は泣きそうな表情を浮かべた。口元がかすかに動き、何かを言おうとするがそれを呑み込む。
「……同じようなデバイスを……他のチームも持っている……」
重い空気が流れた。
そう、これはデスゲームなのだ。
勝利条件は全てのエリアを獲得すること。相手皇帝デバイスを奪わなければならない。
失格とペナルティが死である以上、敵もそれを手放すことはできない。だから、どうあがいたって平和的解決の道はないのだ。
突きつけられた現実に耐え切れなくなった雫は、
「……ごめんなさい。少し、一人になりたい」
そう言って、公園の出口の方へと、力なく歩いていった。
雫の後ろ姿を翔兵はただ眺める。
こういう場合、駆け寄って心配でもしてあげるのが正解なのだろうか? しかし、この富山チームの面々は出会ってまだ一時間程度であるわけだし、やはり難しいものがある。
同性である憂沙戯が行くのが一番自然にも思えるが――いや、いまこのゲームの現実を突きつけたのは憂沙戯だ。それは出来ない。
「しばらく……そっとしておいてあげましょう。あとでわたしが、迎えにいきますから」
「ああ、そのほうがええかもな……しかし、たまげたな。まさかビーム砲が出てくるとは……憂沙戯ちゃんの言うように、敵にもそういうのあるんやろか……?」
翔兵は頷いて答える。
「そう思っていたほうがいいな。このゲームは――少なくともある一定レベルではフェア、それはたしか亜蓮も言ってた。敵にも同じような武器があると思って間違いない」
正確には薫を掴みあげたときに言っていたのだが、そこは言わないことにした。
翔兵なりの配慮である。
「銃器があるんなら刃物――剣とかそういうのも視野にいれとくべきかもな。もしかしたら生物兵器や毒なんてものもあるかも」
フェア。
それが彼らの考えではあるが。
残念ながら、どこの世界にも公平なんて温いものはないし、この理不尽極まりないこのゲームがフェアなどという、綺麗な言葉の枠内に収まるはずもない。
ちょうどその頃――九州で他に類をみないほど理不尽極まりない初見殺しにより、未曾有の大惨事に陥っていることを、翔兵らは知らない。
これは主催側から言えば事故であるだろうが……、まさか“ゲーム開始から一時間を待たずして広大な九州エリアが消滅した”だなんて、想像出来るはずもないだろう。
だからまだ富山チームには危機感というものがなかった。
それでも、不慮の事故ともいえる、デバイスの機能の暴発。それが雫の“不吉な贈り物”であり、富山チームに危機感を煽り、なおかつ、仲間を巻き込まず噴水の破壊だけでとどまったことはこの上ない幸運だった。
「あの、少し……デバイスについて整理します、ね。いま分かっていることは……デバイスは全部で四種類……“騎士”、“魔術師”、“姫君”、そして“皇帝”。チーム内で種類の重複は無く、“騎士”は“姫君”には攻撃できない。あとは……“皇帝”は敵エリアに侵入できない、かな。……えっと、他にはなにかあったっけ……?」
憂沙戯は簡単にまとめて言ってみせた。
そして意見を求めるように二人に目を配る。
目が合うとすぐさま反らされるのは、そろそろ馴れないといけないかもしれない。
「……いや、そんなとこだろ。そういえば“騎士”は戦力の要、とも言ってたな」
ほんの一瞬、憂沙戯の表情が曇る。
小さな手をぎゅっと握りしめ、深く息を吸い、そして吐いた。
その微妙な変化に気がつく者はいない。
「たしかに。うなずける火力やわ。あんなもの敵も持っていると思うと恐ろしゅうてかなん」
「暴力……としかいいようがないもんな……」
日に二度も銃という暴力に威圧される、翔兵の人生においてこれまでにない稀有な体験。ひとつは銃というか大砲というか、あまつさえその銃口を向けられたわけだけれど――そんなものを向けられて覚える感情なんて恐怖しかない。
ふと、思う。
自分はこれから誰かに暴力を向けられ、そして誰かに暴力を向けなきゃいけないのか?
もし、そのときが来たとして、俺はいったいどうするんだろうか……?
翔兵がそれに直面する日も、そう遠くはない。
生きるため、勝ち残るために捨てなければならないものは数多くある。甘い考えは捨て、覚悟を決めなければならない。
それに暴力は毒だ。
いまはその強大な力を否定している雫ではあるが――もし、それを肯定したら? 受け入れてしまったら?
人は変わる。良くも悪くも。
この全バトという悪意渦巻く状況下において、良い目というのもそう無いだろうけれど。
ともかく。
憂沙戯の言うところの手札。
その一角があらわになった。
“騎士”デバイス、“不吉な贈り物"。
しかし、そうなると気になるのが他の三人のデバイスの機能なのだが……。
「……待てよ、たしか俺のデバイスって“魔術師”だったよな」
「ん? ああ、そうや。わしの姫さんと交換してもいいんやで?」
「それは遠慮しておくけど……。まさか、使っていきなり爆発とか……しないよな……」
「そんな、ハチャメチャなものは、ないと思いますが……。多分……」
さっきがさっきなだけに、不安は残る。
だが、調べないわけにはいかない。
翔兵は恐る恐る、
「……“摂理への否定”」
言って、視界にウインドウが開く。
そこには二つの欄があり、上はアンデッドクラウンと書かれていて、下は空欄だった。
「なんか書いてある……。これを言えば、さっきみたいに能力が発動する、ってことだよな?」
「多分そやろ。ちなみに、なんて書いてあるんや?」
「アンデッ……いや、待てよ? これ言ったら発動すんじゃね?」
「あ……そうか。そりゃそうやわな」
あぶねえ!
おっちゃんのおかげで、危うく読み切ってしまうところだった。
「みんな、ちょっと離れていてくれ」
と。
翔兵は二人を促し、公園の外へと誘導する。
もし最悪、爆発でもして仲間を巻き込むことだけは避けたかった。
爆発はし無さそうな名前ではあるが……注意を払って損をすることもあるまい。
一呼吸置いて。
叫ぶ。
「アンデッドクラウン!」
噴水が水を噴き上げた。
……というと、語弊があるが。
噴水は水を噴き上げるものだし、さらに言えばその噴水はさきほど雫のデバイス、アンラッキーギフトにより破壊され、終始水を噴き上げていたのだから、わざわざ描写するまでもないことだし、くどいと言われるかもしれないけれど――翔兵から離れたところで見ていた二人の視点からはそう見えた。
そうとしか見えなかった。
端的に言って、
「え……なんも起こらないんですけど……」
だった。
噴き上げた水が風に乗って翔兵を濡らす。
少しだけ自分のデバイスの機能に期待し、ほんのちょっとだけわくわくしていた心を冷やすように。
ええい、もう一度。
「アンデッドクラウン!」
視界に<機能発動中>と赤字で出た。
……発動中? なにが?
なにかしらの能力はあるようだが、正体は不明だ。
「どうしたんや? なんも起こらんやんけ」
戻ってきた目多牡は拍子抜けしたように言った。
一番それを痛感しているのは翔兵なのだけれど。
「なんか、ウインドウに発動中って出てる。発動はしてるらしいけど……なんだろ。よくわかんない」
表示されているのは、それだけではない。
だが、翔兵は気付かない。
「アンデッドって、不死って意味……ですよね。クラウンは王冠……でしたっけ」
……不死の王冠? 意味が分からない。
というか、生き物ですらないのに不死もクソもない気がするけれど……。
「よっしゃ、なら次わしいこか」
言って、目多牡は視界に目を巡らせる。
左下に浮かぶデバイスのアイコン。それを意識すると同時にウインドウが開いた。
だがそこにある文字を見て、露骨に嫌そうな顔をし、口をつぐんだ。
「……? どうしたおっちゃん、危なそうなら離れとくけど……」
「……いや、ええよ。多分大丈夫や……けど、これ言わなあかんのかなあ……」
なんの罰ゲームやこれ……と、小さく嘆く目多牡。どうやら、そこに書かれている言葉が相当嫌であるらしい。
「“お姫様の包容”……」
思わず、翔兵は吹きかけた。
言葉だけを見ればそれは雅らかに聞こえるが――この富山チームにとっての姫君とは目多牡であり、中肉中背の中年のおっさんなのだ。そこから連想するそれは吐き気以外のなにも催さない。
しかしながら、この戸津甲翔兵も危うく薫の立場――つまり“姫君”というデバイス、機能を付与される可能性もあったわけで。いい歳こいたおっさんの“姫君”よりは、男子高校生のほうが幾分はマシではあるだろうけれど、やはり男である以上、胸にくるものがある。もちろん、それはそういった性癖がないことが前提だが。
恥じらう薫を前に、翔兵はそれを引かなくて本当に良かった、と再度強く思う。
「……プリンセスガード」
少し間を置き、しぶしぶといった風に薫が言った。
すると突然、三人の周囲が光り出した。
急な出来事に思わず翔兵は身構える――が、しかし、特に危害はなさそうだ。
粒子と呼べそうなそれはふんわりと空間に漂い、そしてゆっくりと翔兵らの身体の表面を包むように付着。
しばらくして、消えた。
「……?」
「なんだったんだ?」
翔兵のデバイスと同じく、その能力についてはわからない。
そこで憂沙戯はあることに気がついた。
「……なんでしょうか、このアイコン。さっきまでなかったような……」
「アイコン?」
「え、えっと……ほら、あの、デバイスって書かれた枠の上のところに……ありません?」
あった。
丸で囲まれた人間のアイコン。それはさっきまではなかったものだ。
恐らくは薫のデバイス――“姫君の包容"、プリンセスガードによるものだろうが……その能力は果たして。
「どこか、守っているようにも見えますね。バリヤー……的な?」
「敵からの攻撃を防ぐってことかいな」
「それは……わかりませんけど……」
「隣の、天使の輪みたいなのはなんだろうな」
「天使の輪? トトゥーリアのことかい?」
「いや違う。人の上に輪っかが浮かんでいるようなマークあるだろ?」
「……輪っか?」
「ありませんけど……」
二人は見当のつかない顔をした。
……俺だけ、なのか?
天使の輪、それを思わせるマーク。
どうやらそれは他二人の視界には現れていないらしい。そこでやっと、翔兵は気がついた。
これは自身のデバイスの機能、“摂理への否定"である、と。
「多分、それって――」
「ああ。俺のデバイスの機能……なんだろうな。つってもアイコンが出ただけで、やっぱりどんな能力か分からないけど」
なにかしらの付与はあるらしい、だが、薫のデバイス機能同様、不明のままだ。
発動するためにはなにか条件があるのか……?
「うーん、なんかパッとせんなあ……。蒼井ちゃんのデバイスのインパクトが強すぎたせいかな」
あんな兵器がほいほい出てきてもらっても、それは困りものだが――しかし、不明瞭なデバイスがこうも続くと、そう思ってしまっても仕方ない。
薫のデバイスは光って音沙汰なし。
翔兵のデバイスは本当に何もなかった。少なくとも見た目上は。強いていうならば、アイコンが出たくらいか。
これらを武器に敵と戦えだなんて、無理強いにもほどがあるだろう。いっそのこと、バットでも持って戦った方が賢明なんじゃないかとすら思える。
「それじゃ残るは――“皇帝”やな」
薫は憂沙戯を見て、言った。
翔兵は息を呑む。
“皇帝”――『他のデバイスとは一線を画くようなすんごい機能』と亜蓮は言っていたが……思うに、このゲームで“皇帝”は他デバイスに比べると制約が大きい。
自身が失格になればチーム全員が失格、それに敵エリアに侵入できない、というルール。
あまり頭の良い方ではない翔兵にも、バトル・ロワイアルにおいて、これがどれだけのハンデになるかくらいはわかる。
“皇帝”から見れば、敵はいつでも仕掛けてこれる状況だし、しかも自エリアへと逃げれば追撃の手だてはなくなってしまう――つまりそれは攻略不可能な絶対的な防壁で――必然、“皇帝"は否応なしに受けの立場を選択せざるを得なくなる。
敵の陣地に入れないというのは、それほど大きいハンデだ。
……しかし、裏を返せばそれは“皇帝”には、それ以外のデバイスをまとめて相手出来るほどの力がある……ということにはならないだろうか?
ワンサイドゲームにならないため、ワンマンチームにならないために。
付与された機能が、強力過ぎるがために、その活動範囲を制限されている――と。
「“皇帝の選択権”」
声にハッとする。
憂沙戯は右手を掲げ、皇帝デバイスを使おうとしていた。
翔兵は無意識的に後ずさる。薫も同じように。
「あの……使ってみます、ね」
翔兵はこくんとうなずく。
「爆発は、せんやんな……?」
薫はいつまで爆発を引っ張るのだろう。
それだけ雫のデバイスが衝撃的だったということだろうけれど。
とにかく、憂沙戯は皇帝デバイスを使う。
「オプション」
その機能の名を呼んだ。
憂沙戯の腕につけられたデバイス、その液晶が黒く光った。
すると憂沙戯は目をぱっと見開き、圧倒されたかのような表情を見せる。
「わ、わっ! すごい、なにこれ……!」
「…………?」
本人には何かが見えているようだが、それは翔兵らにはわからない。
「どうしたんだよ、なにか見えるのか?」
興奮を隠しきれない様子で、憂沙戯は答える。
「はい! あの、糸が見えて――それでその先に絵が見えて、それが……あっ、開いた! 開きました! 開きます、これ!」
「…………」
どうやら何かが開いたらしい。
が、全く意味不明である。
「なんのこっちゃ。わしにはなんも見えんで?」
「俺にも見えない。なあ、分かるように説明してくれよ」
「ご、ごめんなさい。……えっと、わたしもまだよくわかっていませんが――えっ? ……これって……」
「……? どうした?」
言い掛けて、憂沙戯は驚いたようにその口をつぐんだ。その姿はまるで一人芝居でもしている風に見える。
しばらくして、
「……大体、わかりました」
コインかなにか、ありませんか? と、憂沙戯。
そんなものを何に使おうというだろうか? 翔兵は薫と顔を見合す。
ポケットをまさぐり、探す……が、空だった。財布なんか必要にならないと思い、翔兵は持ち物を全て家に置いてきたのだった。
「ごめん、俺持ってない」
「わし持っとるで、ちょい待ってな」
薫はぴょんと跳ねた後、ジャケットの内ポケットに手を差し込んだ。
懐に手を入れるならジャンプする必要なかったんじゃないだろうか? と、そんな疑問はさておくとして、跳び跳ねた拍子にひらっと、名刺のような小さな紙が落ちた。
「ん? おっちゃん、なんか落ちたぞ」
「あっ、それあかん」
翔兵はそれを拾いあげる。
そこには派手な髪色をした女性の顔写真、プロフィール、その勤務先の店名と思われる名が書いてあった。
『特盛りガールズストア』みるきぃちゃん。
ご丁寧にスリーサイズまで記載されていた。
「……なにこれ?」
翔兵は訊いた。
憂沙戯は軽蔑するような目で目多牡を見ている。
「……ちゃうで?」
「なにが?」
「まあ、訊いてや」
「訊くけど」
「えっとな、会社のお得意さんと飲む機会があってな、そんで仕方なしにいって渡されてもてん。捨てよう思ててんけど、なんか残ってたみたいやなあー、あっはっは……は……」
「へえ」
まだまだ子供な翔兵にはわからないだろうけれど、既婚者で年季の入ったおっさんならば、それに人生の楽しみを見出すことも少なくない。
否。
むしろ、唯一の楽しみにだってなりうる魔力がそこにはある。
「まあ、接待なら仕方ないよな」
「……不潔」
目多牡の顔がヒクついた。
いまの憂沙戯の一言は、きつい。
「……いやあのな? 勘違いせんといてな? わし嫁さんおるし、そんな如何わしい場所いって若い子相手にあわよくばやらしいことしようなんか思とらんで? だいたい入るだけで八千円、そっから諸々つけて二万超えとか、サラリーマンにはやっとれんし。それやったらラウンジいってローズちゃんと飲むちゅう話やわ」
誰もそこまで訊いていないし、責めてもいない。誰だよローズって。
勝手に墓穴掘って自滅するのはやめて欲しい。
「あの……目多牡さん。ズボンの、お尻のポケットはどうですか?」
「ん? ……んっと」
憂沙戯に促され、目多牡は手を差し込む。
「お、あった。あったで。ほれ、憂沙戯ちゃん」
出て来たのは百円玉。
目多牡はそれを憂沙戯に渡した。
……いったい彼女は何をしようというのだろうか?
「見ていてください」
言って、憂沙戯は手に硬貨を乗せ、それを親指で弾いた。
コイントスというやつだ。
硬貨が宙を舞い、そして憂沙戯の小さな掌に落ちる。華の模様が描かれた面を上にその手に収まった。
表。
「……これが、どうしたんだ?」
それを確認した後、再度コイントス。
表。
さらにもう一度。
「……またや。また華のほうや……けど、これになんか意味があるんか?」
憂沙戯は答えず、黙々とそれを続けた。
24回、硬貨は宙を舞った。
すべて表だった。
「なんやこれ? この百円玉、華しかでんのかいな」
「おっちゃん、そんなはずないだろ。これが皇帝の機能――そうなんだろ?」
憂沙戯は得意気に頷く。
「んー、すごいんかすごくないんか、よう分からんわ」
「たしかに。地味……だな」
拍子抜けしたように言う二人だが。憂沙戯はそれを意に介すことはない。
単純に自分のデバイスの機能、その能力に感激していた。
16777216分の1。
この数字がいったいなにを意味するのか――それを知る憂沙戯はもう一度、25回目のコインを弾く。
手のひらの上で、華が描かれた硬貨がきらりと光った。