-006- 全バト開幕! 月ウサギと拡張世界!
「離れろ――とは言っても、どこまで離れればいいのかしら?」
「流石にもう大丈夫だとは思うけど……」
誰に言うでもなくぼやく雫の言葉に、翔兵は応じる。
敷地内であればもうすでに出ている――が、しかし念のため、もう少し離れておこう。そんな心理が四人に働き、敷地から出てもその足を止めることなく進み続けた。
施設を出て、交通量の多そうな通りを進み、大きな交差点を曲がる。
そこで四人は揃って足を止めた。
一分、また一分とその数を増す頭の中に浮かぶ時計。それが59分になったところでカウントダウンが始まったのだ。
50……49……48……と。
翔兵は身構える。
他の三人は虚空を見て硬直している。視界に浮かぶそれを見ているのだろう。
始まるのだ。この得体の知れないゲームが。
耳元で爆音で唸る心臓の鼓動。押しつぶされるような不安。
額ににじむ汗が気持ち悪かった。
残り9……8……7……。
ごくりと、唾を呑んだ。
……0。
<GAME START>
途端、頭に文字が浮かび、直後、世界が一変する。
全プレイヤーに埋め込まれたインプラントが一斉に始動し、現実を拡張させる。
神経回路、視神経に張り巡らされたそれは脳に直接信号を送り――翔兵の視界はまるでモニターを通して見ているかのように変化。視界に現れたウィンドウ、その隅にはよく分らない数字が並び、左には時計と思われるデジタル表記、そのすぐ下にマップらしきもの。左下にはデバイスの名前とメニューという欄が表示されていた。
「なにこれ……」
雫がつぶやく。
それは全員の言葉を代弁していた。
まるでSF映画の中に飛び込んだような。
まるでアンドロイドの視界を見ているような。
まるで、
「まるでゲーム画面を見ているような……」
ゲーム画面。
それが一番手っとり早く、わかりやすい表現かもしれない。
「……どいうことや、これ……わけがわからん。わしの身体どんだけ弄繰り回されとるんやろうか……」
注射一本でこうなるものなのか? それくらいならばまだ、仮想現実や夢の世界――異世界にでも飛ばされた、というほうが納得もできそうだが……。しかし直面するそれは紛れもない現実だ。
四人は交差点の真ん中で、しばらく立ち尽くしていた。……だが、いつまでもこんなところで立っていても仕方がない。
視界に映し出されたそれに不快感を持ちつつも、歩き出す。
交差点を曲がり、進む。
少し歩いて左手にさっきの施設ほどの大きな建物が見えた。その建物に視線を移した瞬間、カーソルが出現し<富山県庁>と表示された。
「うおお、どういう仕組みだよ」
どうやらナビゲージョンシステムもあるらしい。
向って正面には公園。
大きな噴水が目立つ、翔兵が想像したこともないような綺麗な場所だった。
見るとカーソルには<県庁前公園>と書かれている。
公園はわかるけど……県庁ってなんだろう……?
翔兵は首を傾げ、考える。
……うん、わかんない。
これだけ大きな建物なのだから、それ相応の機関ではあるのだろうが……。
考えを遮るように、
「あの、一旦腰を落ちつけません?」
蒼井雫がそう言った。
「ん、そうだな。禁止エリアからは離れてるし、これからどうするか考えなきゃ」
と。
断る理由などない三人はそれに応じ、公園へと入って行った。
噴水を前に腰を下ろし陣取る。
どっこいしょっと、と、実にオッサン臭い掛け声とともに腰を降ろす目多牡薫。
左隣には噴水に腰掛ける蒼井雫。その右隣に月野憂沙戯が座った。
「んで? どうするんや、これから」
最年長とは思えない、他人任せな発言をする目多牡。
みんなを引っ張っていこう、とか、そういう考えはどうやらないらしい。
「どうするっても……」
当てはない。
「あ、あのっ!」
月野憂沙戯が手を挙げた。
……いや、別に挙手制をとった覚えはないのだけれど。
「み、み、みなさん、の名前もまだわたし知りませんし……で、ですので、まずは自己紹介をしませんか? ほ、ほらこのゲームはチーム戦ですし、コミュニケーションは必須だと、思います……」
思うのですが……。と、おどおどと復唱して、憂沙戯は小さくなった。
確かに、その通りで。
これはチーム戦なのだ。コミュニケーションは必須と言える。
一人では勝ち残れないし――生き残れない。デバイスの種類が“魔術師”の翔兵はまだしも、“皇帝”の憂沙戯は敵エリアに入れない、“騎士”の蒼井雫は相手の姫君には攻撃できない、というルールがあったはずだ。
憂沙戯の言葉を受け、まずは蒼井雫が立ちあがる。
「……じゃあ私から。蒼井雫です、歳は17、高校二年」
それだけ言って、雫は座る。
さっぱりとした自己紹介だった。
続けて目多牡薫が立つ。
「目多牡薫です。歳は47、会社員やらせて貰ってます。ちなみに子供が二人いて、二人とも男です。えっと……こんなもんやろうか?」
以上ですわ。と薫は座った。
雫、薫、と時計回りに来たのだから次は翔兵の番だ。
そんな決まりはないだろうけれど、なんとなくそんな気がした。
翔兵は立ち上がる。
「戸津甲翔兵、俺も17で高二だ。二つ離れた妹がいる。俺は家族を残して死ぬつもりなんてないし、こんなとこで死んでやるつもりもない。このクソみてーなゲームから絶対に生きて帰ってやるつもりだ。……えっと、……以上です」
少し熱くなってしまったことを恥ずかしく感じたが、薫は拍手でそれを労ってくれた。
最後は月野憂沙戯。
「えと、あの、月野憂沙戯です。21歳です。大学生、です。去年まで軍校に行ってて、それで、趣味は読書と、ゲームが好きです。B型です。えと、人前で話すのは人見知りで、少しだけ、苦手です……けど、あの……頑張ります」
たどたどしく言った。
読書が趣味のわりには文脈がめちゃくちゃである。
人見知りなのはなんとなくわかってはいたけれど、どうやら相当重症のようだ。
「とりあえず、全員の自己紹介が終わったけど――これからどうすんだ?」
結局、そこに戻ってくるのだ。
素晴らしき自主性の無さ。
絶対に生きて帰る、と、そう啖呵を切った翔兵ですらこれなのだから、先が思いやられる。
これが洗脳教育を施され、受け入れることに特化した帝国民である。無意識的に指示を待っているのだ。機械のように。
出力するには入力がいる、じゃあその入力は誰がするのか?
そんなの決まっている。
自分以外の誰か、だ。
「……まだ情報が足りません……ので、あの、まずはこちらの手札を確認、しませんか?」
憂沙戯が言った。
「手札っていうと、この腕輪のことかい」
「それも、ありますが……目の前に浮かんでいるモニターみたいなもの、も」
憂沙戯の促しに翔兵は注視する。
視界に浮かぶモニター。
左上には時計。時刻はPM00:30を回ったところだ。
そのすぐ下にはマップが表示されていて、何かを示す青の矢印マーク。それの前には白い点が3つあり、いずれも点滅していた。
「……このマップみたいなの、俺たちがいる場所ってことだよな」
「恐らくね。矢印が自分、仲間がこの白い点……」
「うおおお! 広がりよった……!」
突然、薫が喚いた。
「広がったって、なにがだよおっちゃん」
「このマップや! もっと遠目に見れんかなーって思ったら、ほら、いま県全域見れるまで縮小したで!」
「待てよ、それどうやんの――って、おお!」
翔兵が思ったようにマップは縮小された。
はじめは公園の周囲十数メートルだけだったそれだったが、いまは北陸全域にまで広がっている。どうやら念じるだけで拡大縮小が可能のようだ。
白で囲われた部分が自エリア、赤が敵エリアと推測できる。
そこで翔兵は気がつく。
「? この赤い点って……」
富山には矢印、そして白い点が3つ。
かわって石川、福井には赤い点が4つ点滅していた。
これはいったい……?
「……敵、だろうね」
雫がそう。
敵。
このゲームの撃破対象。
その赤い点滅に意識を合わせ、拡大する。
石川県民代表は金沢市。福井県民代表は福井市にいることが見てとれた。
「この黄色い斑模様の区画は禁止エリアかな? さっきまでいた富山市役所も、そうなってるし」
なるほど、と頷く。
どうやら各チームは所属する県庁所在地、その市役所からスタートしているらしかった。
「じゃあこの緑の線はなんだ?」
緑の線――正確には楕円であるが。それは石川県南部、加賀地方を中心に、福井から富山の故矢部まで歪に伸び、三県にまたがるように轢かれている。
「私にわかるわけないじゃない、なんでも訊かないでよ」
雫は少し不機嫌を含んだ言い方をした。
思わず、翔兵はむっとする。
「……中立エリア……ではないでしょうか? 北陸自動車道……って書いてありますね、多分移動ルート……ってことなのかな」
どうだろう? と憂沙戯。
いきなり未知の世界に投げられ、エリアを掛けて殺し合いをしてください。
そんな笑い話にもならない状況なのだから、薫のように誰かの意見にすがるのも、雫のようにストレスで感情を上手くコントロール出来なくなるのも、当然のことだ。
しかし、翔兵は考える。
この憂沙戯はどうだろうか、と。
どこか頼りない感じで、とても年上とは思えないような弱々しさだが……いま置かれている状況、持ちうる情報、そして手段。いまこの現状をこの場の誰よりも的確に、冷静に見ているのは彼女ではないだろうか――と。
翔兵はじっと、憂沙戯を見た。
「…………!」
目が合った。
「えっ? な、な、なんでしょうか?」
「あっ、いや、別に」
……しかし、本当にゆゆに似ている。
顔とか体格とかじゃなく、空気感……というか、なんというか……。決して妹はこんなに大人しくはないのだけれど、そう感じさせる何かが憂沙戯にはあった。
「あ、あの困ります。そんな凝視されると、その……と、とにかく、困ります……やだ、もう……」
またうつむいてしまった。
……気のせいかな。
この頼りなさを見ていると、どうもそんな風には見えない。