表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/36

-006- 全バト開幕! 月ウサギと拡張世界!

「離れろ――とは言っても、どこまで離れればいいのかしら?」


「流石にもう大丈夫だとは思うけど……」


 誰に言うでもなくぼやく雫の言葉に、翔兵は応じる。

 敷地内であればもうすでに出ている――が、しかし念のため、もう少し離れておこう。そんな心理が四人に働き、敷地から出てもその足を止めることなく進み続けた。

 施設を出て、交通量の多そうな通りを進み、大きな交差点を曲がる。

 そこで四人は揃って足を止めた。

 一分、また一分とその数を増す頭の中に浮かぶ時計。それが59分になったところでカウントダウンが始まったのだ。

 50……49……48……と。

 翔兵は身構える。

 他の三人は虚空を見て硬直している。視界に浮かぶそれを見ているのだろう。

 始まるのだ。この得体の知れないゲームが。

 耳元で爆音で唸る心臓の鼓動。押しつぶされるような不安。

 額ににじむ汗が気持ち悪かった。

 残り9……8……7……。

 ごくりと、唾を呑んだ。

 ……0。


<GAME START>


 途端、頭に文字が浮かび、直後、世界が一変する。

 全プレイヤーに埋め込まれたインプラントが一斉に始動し、現実を拡張させる。

 神経回路、視神経に張り巡らされたそれは脳に直接信号を送り――翔兵の視界はまるでモニターを通して見ているかのように変化。視界に現れたウィンドウ、その隅にはよく分らない数字が並び、左には時計と思われるデジタル表記、そのすぐ下にマップらしきもの。左下にはデバイスの名前とメニューという欄が表示されていた。


「なにこれ……」


 雫がつぶやく。

 それは全員の言葉を代弁していた。

 まるでSF映画の中に飛び込んだような。

 まるでアンドロイドの視界を見ているような。

 まるで、


「まるでゲーム画面を見ているような……」


 ゲーム画面。

 それが一番手っとり早く、わかりやすい表現かもしれない。


「……どいうことや、これ……わけがわからん。わしの身体どんだけ弄繰り回されとるんやろうか……」


 注射一本でこうなるものなのか? それくらいならばまだ、仮想現実や夢の世界――異世界にでも飛ばされた、というほうが納得もできそうだが……。しかし直面するそれは紛れもない現実だ。

 四人は交差点の真ん中で、しばらく立ち尽くしていた。……だが、いつまでもこんなところで立っていても仕方がない。

 視界に映し出されたそれに不快感を持ちつつも、歩き出す。

 交差点を曲がり、進む。

 少し歩いて左手にさっきの施設ほどの大きな建物が見えた。その建物に視線を移した瞬間、カーソルが出現し<富山県庁>と表示された。


「うおお、どういう仕組みだよ」


 どうやらナビゲージョンシステムもあるらしい。

 向って正面には公園。

 大きな噴水が目立つ、翔兵が想像したこともないような綺麗な場所だった。

 見るとカーソルには<県庁前公園>と書かれている。

 公園はわかるけど……県庁ってなんだろう……?

 翔兵は首を傾げ、考える。

 ……うん、わかんない。

 これだけ大きな建物なのだから、それ相応の機関ではあるのだろうが……。

 考えを遮るように、


「あの、一旦腰を落ちつけません?」


 蒼井雫がそう言った。


「ん、そうだな。禁止エリアからは離れてるし、これからどうするか考えなきゃ」


 と。

 断る理由などない三人はそれに応じ、公園へと入って行った。

 噴水を前に腰を下ろし陣取る。

 どっこいしょっと、と、実にオッサン臭い掛け声とともに腰を降ろす目多牡薫。

 左隣には噴水に腰掛ける蒼井雫。その右隣に月野憂沙戯が座った。

 

「んで? どうするんや、これから」


 最年長とは思えない、他人任せな発言をする目多牡。

 みんなを引っ張っていこう、とか、そういう考えはどうやらないらしい。


「どうするっても……」


 当てはない。


「あ、あのっ!」


 月野憂沙戯が手を挙げた。

 ……いや、別に挙手制をとった覚えはないのだけれど。


「み、み、みなさん、の名前もまだわたし知りませんし……で、ですので、まずは自己紹介をしませんか? ほ、ほらこのゲームはチーム戦ですし、コミュニケーションは必須だと、思います……」


 思うのですが……。と、おどおどと復唱して、憂沙戯は小さくなった。

 確かに、その通りで。

 これはチーム戦なのだ。コミュニケーションは必須と言える。

 一人では勝ち残れないし――生き残れない。デバイスの種類が“魔術師”の翔兵はまだしも、“皇帝”の憂沙戯は敵エリアに入れない、“騎士”の蒼井雫は相手の姫君には攻撃できない、というルールがあったはずだ。

 憂沙戯の言葉を受け、まずは蒼井雫が立ちあがる。


「……じゃあ私から。蒼井雫です、歳は17、高校二年」


 それだけ言って、雫は座る。

 さっぱりとした自己紹介だった。

 続けて目多牡薫が立つ。


「目多牡薫です。歳は47、会社員やらせて貰ってます。ちなみに子供が二人いて、二人とも男です。えっと……こんなもんやろうか?」


 以上ですわ。と薫は座った。

 雫、薫、と時計回りに来たのだから次は翔兵の番だ。

 そんな決まりはないだろうけれど、なんとなくそんな気がした。

 翔兵は立ち上がる。


「戸津甲翔兵、俺も17で高二だ。二つ離れた妹がいる。俺は家族を残して死ぬつもりなんてないし、こんなとこで死んでやるつもりもない。このクソみてーなゲームから絶対に生きて帰ってやるつもりだ。……えっと、……以上です」


 少し熱くなってしまったことを恥ずかしく感じたが、薫は拍手でそれを労ってくれた。

 最後は月野憂沙戯。


「えと、あの、月野憂沙戯です。21歳です。大学生、です。去年まで軍校に行ってて、それで、趣味は読書と、ゲームが好きです。B型です。えと、人前で話すのは人見知りで、少しだけ、苦手です……けど、あの……頑張ります」


 たどたどしく言った。

 読書が趣味のわりには文脈がめちゃくちゃである。

 人見知りなのはなんとなくわかってはいたけれど、どうやら相当重症のようだ。

 

「とりあえず、全員の自己紹介が終わったけど――これからどうすんだ?」


 結局、そこに戻ってくるのだ。

 素晴らしき自主性の無さ。

 絶対に生きて帰る、と、そう啖呵を切った翔兵ですらこれなのだから、先が思いやられる。

 これが洗脳教育を施され、受け入れることに特化した帝国民である。無意識的に指示を待っているのだ。機械のように。

 出力するには入力がいる、じゃあその入力は誰がするのか?

 そんなの決まっている。

 自分以外の誰か、だ。


「……まだ情報が足りません……ので、あの、まずはこちらの手札を確認、しませんか?」


 憂沙戯が言った。


「手札っていうと、この腕輪のことかい」


「それも、ありますが……目の前に浮かんでいるモニターみたいなもの、も」


 憂沙戯の促しに翔兵は注視する。

 視界に浮かぶモニター。

 左上には時計。時刻はPM00:30を回ったところだ。

 そのすぐ下にはマップが表示されていて、何かを示す青の矢印マーク。それの前には白い点が3つあり、いずれも点滅していた。


「……このマップみたいなの、俺たちがいる場所ってことだよな」


「恐らくね。矢印が自分、仲間がこの白い点……」


「うおおお! 広がりよった……!」


 突然、薫が喚いた。


「広がったって、なにがだよおっちゃん」


「このマップや! もっと遠目に見れんかなーって思ったら、ほら、いま県全域見れるまで縮小したで!」


「待てよ、それどうやんの――って、おお!」


 翔兵が思ったようにマップは縮小された。

 はじめは公園の周囲十数メートルだけだったそれだったが、いまは北陸全域にまで広がっている。どうやら念じるだけで拡大縮小が可能のようだ。

 白で囲われた部分が自エリア、赤が敵エリアと推測できる。

 そこで翔兵は気がつく。


「? この赤い点って……」


 富山には矢印、そして白い点が3つ。

 かわって石川、福井には赤い点が4つ点滅していた。

 これはいったい……?


「……敵、だろうね」 


 雫がそう。

 敵。

 このゲームの撃破対象。

 その赤い点滅に意識を合わせ、拡大する。

 石川県民代表は金沢市。福井県民代表は福井市にいることが見てとれた。


「この黄色い斑模様の区画は禁止エリアかな? さっきまでいた富山市役所も、そうなってるし」


 なるほど、と頷く。

 どうやら各チームは所属する県庁所在地、その市役所からスタートしているらしかった。


「じゃあこの緑の線はなんだ?」


 緑の線――正確には楕円であるが。それは石川県南部、加賀地方を中心に、福井から富山の故矢部まで歪に伸び、三県にまたがるように轢かれている。


「私にわかるわけないじゃない、なんでも訊かないでよ」


 雫は少し不機嫌を含んだ言い方をした。

 思わず、翔兵はむっとする。


「……中立エリア……ではないでしょうか? 北陸自動車道……って書いてありますね、多分移動ルート……ってことなのかな」


 どうだろう? と憂沙戯。

 いきなり未知の世界に投げられ、エリアを掛けて殺し合いをしてください。

 そんな笑い話にもならない状況なのだから、薫のように誰かの意見にすがるのも、雫のようにストレスで感情を上手くコントロール出来なくなるのも、当然のことだ。

 しかし、翔兵は考える。

 この憂沙戯はどうだろうか、と。

 どこか頼りない感じで、とても年上とは思えないような弱々しさだが……いま置かれている状況、持ちうる情報、そして手段。いまこの現状をこの場の誰よりも的確に、冷静に見ているのは彼女ではないだろうか――と。

 翔兵はじっと、憂沙戯を見た。


「…………!」


 目が合った。


「えっ? な、な、なんでしょうか?」


「あっ、いや、別に」


 ……しかし、本当にゆゆに似ている。

 顔とか体格とかじゃなく、空気感……というか、なんというか……。決して妹はこんなに大人しくはないのだけれど、そう感じさせる何かが憂沙戯にはあった。


「あ、あの困ります。そんな凝視されると、その……と、とにかく、困ります……やだ、もう……」


 またうつむいてしまった。

 ……気のせいかな。

 この頼りなさを見ていると、どうもそんな風には見えない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ