-004- 続、説明会! 混沌とする会場とクソ豚の姫君!
『さて、各自デバイスが決まりましたね! ここまでで何か質問ありますか? 機能については先に言ったように説明できませんけど――』
すっと、蒼井雫が手を挙げる。
『はい、どうぞ蒼井さん!』
「この腕輪を外す方法は?」
『んと、これも後に言う予定でしたけど……まあいいか。デバイスはゲーム開始後、液晶上部に付いているセンサーに5秒ほど触れていれば外せます。あ、ちなみに機能発動中は取り外し出来ません。でも試合中はいつ敵が襲ってくるかわからないので、極力外さない方が賢明ですよ? 無くしちゃうとペナルティが発生しますし。それと、失格した場合、そのとき所有しているデバイスは即分解されてしまいますので、気を付けてください!』
分解という。
あまり聞き慣れない単語が、亜蓮の口から出た。
バラバラになって、もう付けることができなくなるのだろうか?
翔兵と同じようにその言葉に疑問を持ったらしく、蒼井雫は訊く。
「……あの、分解って?」
『分子分解爆弾って、ご存じですよね?』
さらっと。
亜蓮はそう言った。
それを知らない者はいない。
第三次世界非核大戦において強国が使用した人類未到達の大量破壊兵器。一都三県を文字通り跡形もなく分解し、大日本帝国を敗戦に追い込んだ忌々しき死神――と、翔兵も小さい頃からそう教わっている。
『簡単に言ってしまうと、それの超小型化したものがそのデバイスに搭載されています。範囲は3メートルくらいですかね。あっ、失格以外では絶対に作動しませんので、そこは安心してくださいね!』
腕に爆弾をつけさせておいて、なにを安心しろというのだろうか。
つまりそれは、エリアから出れば即、死ということになる。
ルールにあるように皇帝ならば敵エリアに入れば即死。指定エリアから出れば即死。縮小され禁止となった自エリアでも即、死だ。
「亜蓮さん、いまさっきあんたが言った……ペナルティ、ってのはなんや?」
続けて、目多牡が訊いた。
『えっとですねー、皆さんにはゲームを快適にプレイして頂くために、ここに来る際に腕に付けさせてもらったデバイスの他に、現実を拡張するためのインプラント(埋め込み機器)をお注射させて貰っています。いま所持しているデバイスを外し、24時間が経過するか、ゲーム中に死んじゃったりするとペナルティとなり、ペナっちゃうとインプラントの使用権が剥奪――っていうか、自爆プログラムが作動し、一定時間後デバイスと同じように爆発します。ですので、くれぐれもデバイスを無くしたり、死んじゃったりしないように気をつけてください!』
「なっ……」
思わず、うめく。
インプラント……ってなんだ? 注射されているという言葉から察するに、すでにそれは体内にあって――それが自爆するってことか?
ペナルティっていうから、軽くはないものだと思っていたが……体内で爆発があって無事で済むはずはない。
『簡単に言っちゃえば、あったまパーンですね!』
亜蓮は両手を広げ、大仰におどけてみせた。
それとは対照的に四人の顔から血の気が引いた。
頭がパーならば笑ってみせることも出来たかもしれない。それに一字加わるだけで言葉とはここまで暴力的になるものなのだろうか。
『……あれ? や、やだなあ、急にどうしたんですか皆さん、そんな顔しちゃって。大丈夫ですよ、いま言ったように死んだり、無くしたりしなきゃいいんですから!』
「どうした……? どうした……やと? 人様の身体に勝手に爆弾つけて、さらには身体ん中にまで仕掛けといてどうしたとは、どの口が言ってるんやッ!」
目多牡は声を荒げ、立ち上がる。
ついにキレた。
キレる中年。中年だってキレる。人間だもの。
『うわっ! なんですか、なんなんですか! いきなり怒るの流行ってるんですかっ!? 流行っててもわたしは怖いので、やめてくれると助かるのですけど』
「ふざけんのもいい加減にせい! なんの権限があってそんな――」
『国家権限、ですけど?』
被せるように、亜蓮はしれっと言う。
当たり前じゃないか。と、そんな風に。
『お忘れですか、目多牡さん。あなただって誓約書にサインしたじゃないですか』
「誓約書って、そ、そんなん知らんぞ。した覚えなんかない!」
「何言ってるんですか、してあるじゃないですか。ほらここ、拇印まで押してありますよ? 見ます? 見たいです? 仕方ないなーほらほら』
亜蓮は取りだした紙をひらひらと振った。
あれが誓約書とやらなのだろう、恐らくここにいる四人分作ってあるはずだ。
もちろん、翔兵もそんなものにサインした覚えなど無い。
しかし、反抗も反論も、もうしない。
ここに連れてこられたときから――いや、家にスーツ姿の女性が来て車に乗った瞬間から分かっていたことではあったけれど。
なにを言っても、どれだけ抵抗しようとも。
この国相手には無駄だ。
受け入れるしかない。
従うしかない。
その敷かれたルールで、踊るしかないのだ。
「そんなん偽造や! もう我慢ならん、このアマ引きずりまわしたる!」
そのことを大人である目多牡が分からないはずはない。だが、それはもう理屈も理論もない、ただの感情論だ。
目多牡は椅子を倒し、立ち上がった。ずかずかと距離をつめ、亜蓮に殴りかかろうとする。
しかし、
「――っ!?」
拳を握り、振りかぶったまま、目多牡は止まる。
再生されたビデオを一時停止するように――わりと難しい体勢でぴたりと静止した。
『“盤上の支配者"、ファニードール』
そういえば、亜蓮はさっきも言った――“盤上の支配者”、と。
『あれれー? もうルールをお忘れですかお姫様。見た目通り単細胞ですねえ、あはは』
亜蓮は手招きするように、腕を振った。
すると目多牡はそれに吸い寄せられるように、亜蓮の前まで止まった姿勢のまま、物理法則を完全に無視した動きでスライドする。それはまるで見えない糸に引っ張られているかのようだった。
『……実を言うとね、わたしだって本当はあなたみたいなの、今すぐこの瞬間にでも殺しちゃいたいんですよ。でもそれだと、ゲームも始まってもいないのにチーム同士の均衡が崩れることになっちゃうでしょ?」
可愛らしく、その小さい顔を傾けて。
「そんなのフェアじゃないじゃないですかあ」
どこか畏怖すら覚える、冷たい笑顔で亜蓮は続ける。
「――だから、仕方なく。本当に仕方なく大目に見てあげてるんですよ? 優しいでしょ、わ・た・し』
立てた人差し指で、リズム良く口元を叩く。
その唇から零れる言葉は、たまらなく挑発的なものだった。
「……ふざ……けるな……あほんだらあ……」
目多牡はうめく。
それを見た亜蓮は突然目の前にある机をインストーラ―ごと蹴った。
蹴り飛ばした。
放物線を描くことなく、冗談のように勢いよくぶっ飛んだそれは壁に当たって落ちた。
どんな脚力だ。
亜蓮は興醒めといった様子で目多牡の胸ぐらを掴みあげる。
『……あのさあ、いい加減察しようよ目多牡さん。月野ちゃんとかずーっと大人しく聞いてるよ? それなのに大の大人がなにギャーギャー喚き散らしてんだか……何歳だよあんた。いい歳ぶっこいてあーあーあーあーみっともない。冗談は顔だけにしてくれませんかねえ、ホントに。あんたには選手として選ばれた時点で人権なんて大そうなもんはないんですよ。選択権も拒否権も与えられてないんですよ。わかります? わかりますよね? わたしの言ってること、わかりますよね? ねえ、目多牡さん? ……だったら四の五の言わず黙って大人しく言うこと聞いてろ、このクソ豚野郎ッ!』
言いも言ったり、思いつく限りの暴言を吐き、亜蓮は目多牡を突き飛ばす。
その顔は悪意に満ちていた。
満ち満ちていた。
『目多牡さん、返事は?』
亜蓮は、消沈し、崩れ落ちる目多牡に訊く。
「……はい」
目多牡は力なくうなずく。
亜蓮は満面の笑みをみせた。