表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/36

-003- 説明会! 白劇と奇抜な道化師!

 覚醒。

 意識を取り戻した翔兵の目に、まず飛び込んで来たのが真っ白なスクリーンだった。

 真っ白。

 スクリーンはもちろんのこと、教室のような部屋全て。壁も置いてある長机も、いま自分が腰掛けている椅子も、全て真っ白だった。


「……なんだ、ここ……っ痛って!」


 右耳に激痛が走った。

 神経を引っ張られたような鋭い痛み。

 しかし反射的に手をやって触れてみても、特に何もない。

 そこで翔兵は自分の右手首に見慣れないモノが着けられていることに気がつく。


「なんだよ……これ」


 腕輪……か? 

 シルバーアクセを思わせるそれではあったが、模様など何もなく。

 あるとすれば中央に何かを表示する為の小さな液晶と、その上には赤外線センサーのようなものだけ。それ以外は銀の棒を取ってつけたような、シンプルなものであった。

 ふと、隣を見ると翔兵と同じくらいの歳の少女がいた。

 長い黒髪が特徴的で、翔兵と同じように制服姿だ。

 その子は正体なさげに白い机を見つめている。

 俺と同じ参加者だろうか……?

 いや、そうと見て間違いはないだろう。


「あ、あの……」


 翔兵は少女に声を掛けようとする。

 しかし、


「きみ、たしか戸津甲くん……やったっけ?」


「――うわっ!」


 不意に背後から声を掛けられ、翔兵は身体をはねらせた。

 振り向くと、そこには中年の男がいた。


「ああ、すまん。驚かせてしまったみたいやな」


「えっと……あん……あなたは?」


「わしは目多牡薫めたぼかおるっていう者ですわ。……ああ、しまったな。こんなことなら名刺も持ってくるんやったな……。諸仁電子っていう、ちっこい会社やけどそこの課長やらせて貰ってます」


 めたぼ、が苗字だろうか? なんて書くんだろう。


「はあ……。っていうか、なんで俺の名前を?」


「きみがわしの後に選ばれてたからな。しかも面白い名前やったから覚えててん。戸津甲翔兵くんやろ? 特攻隊みたいで格好いい名前やなあって」


 それは翔兵もよく言われる。

 爆弾を搭載した戦闘機で目標に乗組員ごと体当たりする――太平洋戦争末期に行われた十死零生、必死必中の悲劇の作戦。

 大義を掲げ、その命を捨て飛翔する兵。

 特攻する将兵。戸津甲翔兵。

 縁起が悪いったらない。


「あの、目多牡さん。ここっていったい……」


「そんなもん、わしかって知らんよ。知ってることもきみと同じくらいやろうし。というか、これから仲間としてやってくんやから、そんな他人行儀に目多牡さんなんて呼ばんくてええよ。薫ちゃんとか、おっちゃんって呼んでくれたらええ」


「はあ……」


 少し馴れ馴れしい気もするが……この目多牡っておっさんは、どうやら良い人のようだ。

 そこまで言われては翔兵も歩み寄らなくてはいけない気がした。

 これから仲間として一緒にやっていくんだから――という台詞に、現実味はまったく感じないけれど。


「おっさんも、気がついたらここにいたのか?」


「……おっさんて……きみ、いきなりえらい砕けたなあ」


「…………」


 どうしよう、面倒くさい。


「薫のおっちゃん……」


 翔兵はつぶやくように言った。


「ん。まあ、それやったらええやろう」


 ……どうやら、おっちゃんはよくても、おっさんは駄目らしい。そのあたりの線引きには分かりかねるものがあるけれど。

 しかし、振りむいてみてわかったが、どうやらこの教室のような部屋には六人の人間がいるようだ。

 後ろにある出入口の扉、そこに銃を持った軍人らしき男が二人。

 中央左側の席には生気なくうつむいた制服姿の少女。

 その後ろにはニコニコと笑顔を繕った、どこか妹のゆゆに通じる雰囲気を持った女性。

 そして右側には翔兵と薫が縦並びに座っている。

 

『はーい、皆さんちゅうもーく!』


 突然、そう。

 まるでずっとそこにいたかのように、教卓のように置かれた中央前方の机に二人。

 ハゲ散らかった頭の男――そしてその隣には奇抜な格好をした女がいた。

 翔兵の知っている顔だった。


「お、お前……亜蓮、るい……!」


『そういうあなたは戸津甲翔兵さんですね。このたびは全バト出場権獲得おめでとうございます! あ、他の皆さんもおめでとうございまーす! えへへ!』


 人を舐めたような口調。

 馬鹿にしたような態度。

 翔兵の押し殺していた感情が、ここで爆発した。


「――ふざっけんなッ! なにがおめでとうございますだよ! なんで俺がこんな馬鹿げたゲームに参加しなきゃいけねーんだ、勝手に決めてんじゃねえ!」


『うわっ! びっくりしたー。いきなり叫ばないでくださいよ、盛りのついた猫ですかあなたは!』


 亜蓮は大仰に驚いてみせる。


『……しかし、翔兵さん? あなた、おもしろいことを言いますねえ? あなたたちは任意でここにいるわけですから、ここにいる時点で参加を表明しているようなものなのですけどー?』


「……はぁ? てめーらが勝手に連れて来たんだろーが!」


『だから声を荒げないでって言ってるじゃないですか。そんな身も蓋もないことを言わないでくださいよ。こわいなあ、もう』


 自分でも気がつかないうちに翔兵は立ち上がっていた。

 後ろに座っている目多牡はなだめようとしているが、そんな声は翔兵には届いていない。

 険悪な空気を裂くように、亜蓮るいの隣の男――脇野周三わきのしゅうぞうが咳ばらいをした。


『戸津甲さん、落ち着いてください。とりあえず座りましょうか。それ以上は国家反逆罪に問われかねませんよ』


「なっ……」


『へーえ、翔兵さんって妹さんと二人暮らしなんですねー! その歳で妹の面倒みるってすごいなあ。いいなーしっかり者のお兄ちゃん、わたしも欲しいなあ』


 家族構成を把握されている……。

 しかもそれを圧力を掛ける道具に使われた。

 思わず殴りかかろうとするが、当然、翔兵も脇野の言葉の重みを知らないはずはない。


 国家反逆罪。

 大日本帝国憲法に記された刑法。それにこうある。


 国の統治機構を破壊、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、次の区分に従って処断する。

 一、首謀者は無条件で死刑に処す。

 二、謀議に参与し、又は群衆を指揮した者は無条件で死刑に処す。

 三、上記一、二に該当する者、その家族、親族も同罪と見做し、無条件で死刑に処す。


 つまり、死刑である。

 それも翔兵だけでなく妹のゆゆまで、だ。

 あんまり出しゃばってると殺すよ? 妹もろとも。と、亜蓮は暗に言っている。

 怒りに震える手は拳を作っていた。

 それを白い机に振りおろし、


「……くそッ!」


 吐き捨てるように言って、翔兵は席についた。

 ゆゆは翔兵の最後の家族だった。

 自分の振舞いで、妹の命を危険にさらすことなんて翔兵にはできないし――家族を失う痛みにも、今度こそ耐えられない。


『――それでは改めまして! 皆さん! 今回、全バト出場権獲得おめでとうございます! はい、拍手ー!」


 前に立つ二人だけが、拍手をした。

 もしかしたら入口に控えている兵士も拍手しているかもしれない――が、それはどうでもいいことだ。


『では、早速本題に移らせていただいます! 皆さんの参加する全バト、その第一試合は北陸地方――つまり福井、石川、そしてここ富山。この三県でエリアを掛け、戦ってもらいます! 言ってしまえば陣取りゲームですね!」


 陣取りゲーム。

 それは戦いにおいて、互いの陣地・陣を奪い合う遊びのことだが……。この場合、チームは三つ。陣地は北陸全域を対象としているのだろうか?

 ひとチームがここにいる四人であるなら、少々規模が大き過ぎる気がするけれど……。


『まずは皆さん、腕をご覧ください! もうすでにお気づきのことと思いますが――その腕輪。それが今回の全バトの武器となります!』


 うながされるまま、翔兵は腕輪を見た。

 銀色の流曲線を描いたリング。

 小さな液晶のようなものは暗く、何も映し出してはいない。


「武器? これが武器ってどういうことだ?」


『はい私語は慎む! 質問は後でまとめて聞きますので、いまは黙って聞きやがれください』


 翔兵は険呑な目で亜蓮をにらむ。

 亜蓮は素知らぬ顔で続けた。


『その腕輪はデバイスといいます。呼び方が気に入らなかったら義勇軍の絆とか、富山県民の輪とか、いろいろ勝手につけちゃって呼んでくれていいですよー!』


『るいちゃん。余計なことは言わなくていいです』


『……ジョークですよ、もう。脇野さんは冗談通じないなあ。義勇軍の絆とか、なかなかカッコいいじゃないですか。……まあともかく、そのデバイスですが――まだ機能はありません。これは後から支給しますので、先に今回のルールを説明しますね!』


 言って、スクリーンに映像が映し出された。

 翔兵はしかめた顔をさらにしかめることになる。



 激闘! 全国43都道府県対抗バトル・ロワイアル!


 大会ルール

 ・大会期間は一試合10日間となります。

 ・期間内にクリアできなかった場合、失格となります。

 ・選手は他チームのエリアを奪い、規定のエリアを全て獲得すればクリアとなります。

 ・地方エリアには自エリア、中立エリア、敵エリアの三つがあり、試合毎に設定されます。

 ・敵エリアは自皇帝が敵皇帝デバイスを得ることで奪取可能です。

 ・皇帝は敵エリアへ進入することは出来ません。

 ・騎士は敵味方問わず、姫君に攻撃することは出来ません。

 ・皇帝が失格となった場合、そのチーム全員が失格となります。

 ・自エリア、敵エリアは時間経過で縮小していきます。

 ・試合毎に指定されたエリア以外へは移動出来ません。移動した場合、失格となります。

 ・当初支給されたデバイスは固有の物となり、脱着において種類及び機能の変動は発生しません。

 ・同じ種類のデバイスを強化使用することで、所持するデバイスを強化することができます。

 ・デバイスの強化は騎士2回、魔術師2回、姫君1回となります。(※例外もあります)

 ・皇帝デバイスの強化は行えません。

 ・政府関係者、及び施設を攻撃するなどの反政府活動は禁止とし、違反した場合失格となります。

 ・デバイスを外し、24時間経過した場合、所持者にはペナルティが発生します。

 ・大会中に死んだ場合もペナルティの対象となりますのでご注意ください。



「……皇帝? 騎士? どういうことだ?」


 それにルールの最後にある一文の意味が分からない。死んだらペナルティもクソもないだろう。


『ほらほら翔兵さん、私語厳禁って言ったでしょ? 次やったら隅っこで立っててもらいますからね! それでは皆さん、ちんぷんかんぷんだろうと思いますので、説明しますね! ちなみにこのルールはゲーム開始後、いつでも観覧できますので安心してください!』


 まずはこれを見てください、と亜蓮は右手を差し出した。

 その手首には翔兵らと同じ腕輪がはめられている。


『“盤上の支配者”、インストーラ―!』


 ドン、と。

 重量感のある音が響き渡った。

 亜蓮がかかげた手から機器が落ちてきた。それは真っ白なこの部屋にすこぶる似つかわしくない、それほどの圧倒的存在感をかもし出していた。

 異物のようにも見える。

 というか、言ってしまえば真っ白い部屋に、いきなり真っ黒い正体不明のモノが現れたってだけなのだけれど――それをいうと亜蓮の格好も奇抜で浮いているには浮いているので、それとどっこいどっこいではあるが……ともかく。亜蓮はそれをどこからか出した。

 どこからか。

 何もなかった空間から、である。

 その光景に一同息を呑む。


「な……どっからでてきたんだ、それ……」


『はい翔兵さんアウトー! 隅っこの方で立っててください!」


 ……しまった。

 これに逆らうと国家反逆罪となってしまうのだろうか? というかリアクションも許されないのかよ。

 引き攣った顔で少し考えてから翔兵は立ち上がると、しぶしぶ隅っこの方へ行った。

 しかし、どこもかしこも真っ白いせいで距離感がつかめず、壁に頭をぶつけた。

 踏んだり蹴ったりである。


『ふふふ。いいですねーその豆鉄砲を食らったカラスのような顔!』


『カラスではなく、正しくは鳩ですね』


 脇野が突っ込んだ。

 もう、どっちだっていいじゃないですか……と、亜蓮は愚痴をこぼしつつ、出現させた機器に手を置き、話し始める。


『これは皆さんのデバイスに機能を付与する機械、インストーラ―といいます! 機能の付与は後でやってもらうとして――とりあえず、デバイスについて説明しましょう。

 皆さんのデバイスにはまだなんの機能もありません。それをいまから支給します。

 支給されるデータは“皇帝”・“姫君”・“騎士”・“魔術師”の各一種づつ。

 これは種類も機能も無作為に選ばれます。

 ちなみに、同じチーム内でデバイスの種類が重複することはありません。

 “騎士”は白兵戦に向いた近接用から、狙撃に特化した遠距離型まで幅広くあり、戦力の要と言っても過言ではありません。それとルールにもあるように“騎士”は敵とはいえど“姫君”には攻撃できませんので、そこは注意してください。

 “魔術師”は敵を攻撃、撹乱など、付与されるものは様々です。どちらかといえば、サポートに向いているものが多いですかね。

 “姫君”はそのほとんどが防御や補助です。これは完全なサポートタイプですね。

 “皇帝”はその他デバイスとは一線を画すほどの強力な機能を持っています。まさに王様っていうすんごいのばかりですから、選ばれた人はラッキーかもですね!

 ただ、“皇帝”は中立エリア以上先には進めないので、そこには注意してください。

 いずれの機能もゲーム開始直後から使用できますので、その機能につきましては実際に使用して把握してください。

 ちなみにこちら側から機能の詳細をお教えすることはしません。これは皆さんの公平を規すためですので、ご了承願います』


 ひと通り話し終えたのか、亜蓮は口をつぐむ。

 何か悩んでいるようだった。


『……論より証拠と言いますし、習うより馴れろですね! 最後にするつもりでしたが、先にやっちゃいましょうか!』


 誰からでもいいのでこのインストーラ―にデバイスをかざしてください、と、亜蓮はそう言った。

 しかし、誰ひとりとして動こうとはしない。

 先立つ警戒心がそうさせるのか、当然といえば当然だが――なんとも帝国民らしい、と言うこともできる。

 政府から洗脳教育を受け、無理強いを受け入れることに長けた彼らである。自主性と呼べるものを持ち合わせていなくても、それは仕方のないことかもしれない。

 わたしたちはあなたの指示を待ちます。わたしたちは受け入れる側なのです。

 と、いった具合だ。

 まこと洗脳教育の賜物である。


『ほらほら、誰からでもいいですってば!』

 

 少しの間の後、亜蓮の言葉に促されるように、少女は立ち上がった。

 そしてその足を進め、機器の前で止める。


『一番手は蒼井雫あおいしずくさんですね。では、どうぞ!』


 蒼井雫。

 少し躊躇いながらも、彼女は腕輪を機器にかざした。

 ……だが、特になにもなかった。

 変化があったとすれば、腕輪の液晶部分が紅く光ったくらいだった。


「……?」


 彼女も何か起こると思っていたのだろう、あまりのあっけなさに少し戸惑った様子だ。

 武器っていうから何が起こるのかと思えば……。

 翔兵としては、なにかこう、凄いことになるんじゃないかと思っていただけに、少し期待はずれではあった。


『どれどれ? ほうほう種類は“騎士”、付与された機能は“不吉な贈り物”ですか! なかなか面白いものを引きましたね! おめでとうございまーす! はい、それじゃあ次はだれにしますかー?』


 蒼井雫が席についたのを見て、


「じゃあ、わたしが……」


 と、蒼井雫の後に座っていた女性が立ち上がる。

 翔兵は彼女の声に少し驚いた。

 常に笑顔だったので、もっと活発なものを予想していたのだが。

 か細い声だった。

 押せば崩れそうなほど。

 どこか妹のゆゆと似た雰囲気を感じていたが、それは一瞬で吹き飛んだ。

 ゆゆはもっと馬鹿っぽい声だし、なによりあんなにおしとやかで、謹みのある仕草はゆゆにはできない。


『さあどうぞ、月野憂沙戯つきのうさぎさん! しかし名前可愛いですねー! まあ、わたしには負けますけどね! えへへ!』


 蒼井雫と同じように、月野憂沙戯は機器に腕を近づける。

 そして同じように腕輪が発光。

 しかし、蒼井雫とは違いその色は黒色だった。


『おっと。早くも“皇帝”出ちゃいましたねー! 機能は……“皇帝の選択権”ですか。……これ扱いが難しいけど、大丈夫かなあ……』


「あの、えっと……」


『まあいいや! 頑張って使いこなしてください! じゃあ次は目多牡さん行ってみましょうか!』


 と、そのとき、翔兵はハッとする。

 “騎士”、“帝王”ときたのだから、残るは“姫君”と“魔術師”。

 つまり薫のおっちゃんか自分が“姫君”を引くことになる。

 男なのに、姫。

 そんなのどんな層にも需要はない。


「ま、待ってくれ! おっちゃん、先に俺にやらせてくれないか?」


 目多牡薫はゆらりと翔兵のほうへ振り向く。

 その顔は何かを決意した男の顔だった。


「……翔兵くんも気がついたか。そうや、どっちかが姫を引かなあかんのや……しかしな、先にやろうが後にやろうが確率は二分の一。仮に万が一にでも姫を引くんなら――わしは残りもんを食らうより自分で引いて納得したい……っ!」


 その言葉には熱が込められていた。

 目多牡薫は自分の前に拳を作り、鋭い目つきで腕のリングを見る。

 そして雄々しく、決め台詞を吐くように、


「悪いな、翔兵くん。“魔術師”――引かせてもらうわ」


 例えば――戦場に赴く兵士が出発前に「俺、この戦争が終わったら彼女と結婚するんだ」とか、脱出を強いられた主人公らの目の前に敵が現れ、「ここは俺が食いとめる、お前らは先に行け!」と仲間の盾や囮になるだとか。

 台詞や展開に期待感、希望感を与えておき、それを後でへし折る。

 そうすることで現実の無常感、悲壮感を強調するという手法が存在する。

 つまり前者の場合は戦場で死んで結婚出来ず、それを知らない彼女は故郷で恋人の無事を祈り続けている、といった具合だ。

 後者の場合は、「後で絶対追いつけよ!」とか、「絶対に死なないでね!」だとか仲間から声を掛けて貰えれば若干だが生存率は上がるが、基本的にそういう発言をした場合、死んでしまう可能性が非常に高い。

 しかし、死んだと思わせておいて主人公の危機に駆けつける、といったように、あえて立てたそれをへし折ることで意外性や強さを見せつける、という展開もないわけではない。

 ……とまあ、長々としてしまったが、この目多牡薫の発言もそれに属するものだったということだ。

 有体に言ってしまえば、


「おっちゃん……。それって、死亡フラグじゃね?」


 である。


『あ、そっか。残りは“姫君”と“魔術師”ですもんね! うわっ、これは痛いなー! どうせなら翔兵さんが“姫君”引いちゃいましょうよ! そしたらわたし、指さして笑いますから』


「うるせえよ」


 威勢のいい掛け声とともに、目多牡薫は腕輪をかざした。

 そして光った色は白色。


『……うわあ、“姫君”ですね』


 露骨に引く亜蓮。

 こうして、富山県代表の姫君(中年)が決定した。


「なんでやー! だれがこんなおっさん姫んなって喜ぶんやああああ!」


 喜ぶ人間は案外近くにいたりする。

 落胆する薫の隣で、翔兵は心の中で歓喜の叫びをあげた。

 ともかく。

 これで翔兵のデバイスの種類が決まった。


『ちっ。……んじゃ最後。翔兵さん、どうぞー』


 翔兵は歩きだす。

 露骨に舌打ちされたが、努めて気にしないようにした。

 

「悪いな、おっちゃん。“魔術師”引かせてもらうわ」


 と、力なくうつむいた薫に、そんな台詞を吐き捨てる翔兵。

 これは俗にいう死体蹴りと呼ばれるものであるが、面倒なので説明はしない。

 翔兵は腕をかざす。

 腕輪の液晶が青く光り出し、文字が浮かび上がる。


「……“摂理への否定”? ……なんだそりゃ」


 亜蓮は小さく、にやりと笑った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ