-033- 刹那殺意!
放たれたその言葉。
直後、八太郎の背中から生え、欠けた二本のデバイスが結合し、赤黒い発光を伴った一本の巨大な死神の鎌へと変貌した。
それに怯えたか、雫はほぼ零に等しい距離でアンラッキーギフトを発射。
しかし。
着弾までの半刹那以下の速さで、鎌はレーザーを弾いた。
否。
その表現は適当ではない。絶大な攻撃力を誇る“不吉な贈り物”のそれを、“大鎌切り”の刃が斬った――いや、まだ説明には足りない。さらに正確さを規すのであれば、“消滅させた”、が正しい。
騎士デバイス“大鎌切り”の能力とは、触れたものを“消滅させる”防御不能、絶対斬の死神の鎌――その恐るべきは圧倒的な早さにある。人間には感知できないほどの速さで、まさに光速の斬撃を持ってして八太郎は雫のレーザーを粉微塵に切り裂いたのだ。
もちろん。
雫も憂沙戯も翔兵も薫も、この場にいる八太郎以外にわかるはずもないし、視覚が脳に情報を送るよりも当然速いのだから、例えこのとき憂沙戯が“皇帝の選択権”を使用していたとしても(していただろうが)、起こったことすら把握できないだろう。
その異常なまでの速さを持ってして、防御だけで終わらすはずもない。
死神の鎌は一瞬で彼女らを細切れにする――
と。
ここまで一瞬の――半刹那ん分の一以下の出来事なのだけれど。富山チームの命運が明確に別れることになったのは、ここだ。
もし仮に八太郎の攻撃が、憂沙戯より先に雫に当たっていれば、間違いなくその身体を切られ、瞬く間に意思の持たぬ肉塊になっていただろう。……いや、肉すら残さず消滅していたかもしれないけれど。
とにかく。
少し思い出してみてほしい――初めて四人が集まり、自己紹介をしたあの噴水の公園での出来事を。自己紹介をし、雫が噴水を破壊し、翔兵らがデバイスを初めて使用したあの時のことを。
目多牡薫がデバイスを発動したとき、そこには憂沙戯、翔兵しかいなかった。
つまり、雫は受けていない。
“姫君”の絶対防御の加護を受けてはいない。
ここで補足しておくとするが、目多牡薫の持つ姫君デバイス――“お姫様の包容”。これの発動には翔兵の持つデバイスと同じく条件があり、仕様には制限がある。
条件とは他デバイスの機能、もしくは能力が付与対象と接触すること。
制限は一度発動すると、二度と使用することが出来ない。つまり、絶対防御は一度きり――事実上、公園で姫君の加護を発動した瞬間に、薫はすでに用済みのブタになり下がっていたということだ。
故に。
これで雫は本人も知らぬうちに二度、命を拾ったことになる――が、それはさておくとして。耗部八太郎の敗因を挙げるとすれば、そこであり、それ以外にはなかった。
消滅させる鎌、消滅させる加護。
矛盾のようで妙ではあるが、機能そのものを根底から打ち消す“お姫様の抱擁”が死神の鎌に勝ったのは言うまでもない。
パキン、と。
ガラスが砕け散るような音が鳴り響き――八太郎のデバイス“大鎌切り”が光を放ち、次の瞬間、雲散霧消した。雫の一歩前に立っていた憂沙戯に掛けられた姫君の加護が、それを打ち消したのだ。
「な……っ」
八太郎は怯む。そしてあろうことか振り向き、翔兵を見、
「――翔兵ッ! てめえがやりやがったのか――」
生まれた一瞬の隙。
それを逃す憂沙戯ではない。
八太郎のがら空きの膝裏めがけ、放たれたのは強烈な右ローキック。
「――ぐッ!?」
完全に不意をつかれた八太郎は膝をくの字に折り、崩れようとする――が、憂沙戯がそれを許さない。すくい上げるように彼女の左拳が八太郎みぞおちを打ち上げ、そして遠心力の働くまま、くるりと回転。しなやかにも振り上げられた憂沙戯の右踵が、一切の迷いなく八太郎の顔に迫り――
ドゴッ。
目の覚めるような一撃。
ローキック、ミドルブロー、上段後ろ回し蹴りの見事なコンビネーションを食らい、八太郎は空中で反回転し、その場に崩れ落ちた。
すかさず、憂沙戯は持っていた『abedesu』のタオルを八太郎の口に当たるように被せ、引く。肘を取って逆極めにし、膝で押さえつける。エビ反りになった八太郎は完全に制圧された形となった。
八太郎のデバイスに添えられた憂沙戯の右手、数秒して、電子音を立ててデバイスが彼の腕から外れた。彼女はそれを払いのけると、シングルアクションでバタフライナイフを取り出し、八太郎の目の前に刃を突き立てた。
「抵抗は無駄、質問に応じなさい。応以外を口にすれば、眼球にこれを突き刺します」
「――……っ」
一瞬の出来事に、翔兵は息を呑む。
「……先に言っておきますと、拷問なんて柄じゃないんですよ、わたし。なので、手が滑って思わず深く突き刺しちゃうかもしれません。……知ってますか? 脳に直接損傷を与えるとどうなるか。それはそれは面白い動きをするんですよ、人間って。……あなたは踊りたいですか? それとも答えたいですか? さあ、選びなさい」
零度以下の声色。普段の憂沙戯からは想像もつかない。
同じ身体に対極の精神を宿しているかのような、それほどの豹変振りに戸惑う。
でも、
「憂沙戯、その人を放してやってくれ」
おぼつかない足に鞭を打って、言った。
憂沙戯は深い深いため息を付き、
「……なぜですか?」
鋭く細めた眼で翔兵を睨め付け、
「わざわざこれを制圧した理由がわからないんですか?」
と。
「そもそも――翔兵さんの勝手な振る舞いで、あなただけじゃない、みんなに危険が及んだんですよ? その元凶であるあなたが、何を間違って口を挟めるだなんて思いましたか?」
「…………」
「解放する理由はありません。問題は潰しておくに限ります」
「……それは、殺すって意味か?」
「他になにが?」
「重ねて言うぞ。ふざけんなッ! そんな簡単に人を殺すなんて言うな、死ね! いや、生きろ! 全力で生きろ!」
ガキか、と自分でも思う。
「……駄々に付き合ってる暇はないのですけれど」
「それでも付き合って貰う。お願いだよ、憂沙戯。八太郎さんを行かせてやってくれ。デバイスは奪ったんだ、もうこれ以上奪うことなんてないだろ? 頼むよ」
「…………」
「頼む。その人を、殺さないであげてくれ」
「逆に訊きます。八太郎――ですか? これを開放することで得られるメリットはなんですか?」
「八太郎さんが命を拾う」
「――ぷっ」
と、翔兵の返しがあまりに間抜けだったのだろう。
憂沙戯は笑った。
「……八太郎さんは、俺なんだ。これ以上の理由もなにもない」
「憂沙戯ちゃん、わしからもお願いするわ」
いつの間にか隣に薫がいた。
ていうか、そういえばいたな。ごめん、存在感無さ過ぎて忘れてた。
「……憂沙戯さん。私も、無駄に殺すなんて、するべきじゃないと思う」
雫の擁護も加わった。
少し複雑な気持ちになったけれど、ここは素直にありがとう、と思っておく。
皆の言葉に、はあ、と嘆息する憂沙戯。
そしてなにか諦めたようにふっと笑みを見せて、
「……ホント、翔兵さんって馬鹿ですよね」
「……おかげさまで」
「褒めてませんよ。……お馬鹿」
憂沙戯はナイフを収めた。
9/12 恒例行事の誤字訂正を行いました。




