-032- 刹那(殺)意!
不死。
そんな馬鹿げたことがあっていいのだろうか。
これらデバイスが兵器であるならば、それは科学であり、いくら超高度AIとてその範疇から遺脱することはありえない。ありえないはずだ。
死んだ人間を蘇らすなんて、それはもう魔法の領分ではないのか? ……まあ、自らでそれを実体験してしまった以上、科学であろうと魔法であろうと、関係のない話ではあるけれど。
しかし。
肉体は差し置くにしても、精神が元通りに形成されるというのは、いささかおかしな話のような気がする。脳を構成する神経細胞と神経情報を出力する側、入力される側の構造を考えれば人間の脳も――言ってしまえば、心も科学で解明できる単なる電気反応の結果に過ぎないのかもしれないけれど、だとしても、それで終わらすには寂しいものがある。
構造が同じなら、抱く思いも同じなのか?
戸津甲翔平という仕組みが、情報が、複写され複製され、模造されたとして、心も全く同じように動くのだろうか?
否。
そんなの、全く哲学なお話でロマンはあるが、ロマンチックではない。突き詰めていけば、サドスティックな話になるけれど(マゾヒズムかもしれない)――仮に万が一そうであれば、そうであるとするならば、人間なんてものは単なる人間でしかない。
脳からの信号を出力する為のアプリ。単なる周辺機器。さしずめ心は零と唯、0と1を書き並べたテキストファイルか。
全く、笑える話だ――
「へへっ……まるでアンドロイドにでもなった気分だぜ……」
「なにゆうとんのや翔兵くん。頭打って気いでも狂ったんか?」
「…………」
気が付くとおっちゃんの顔が目の前にあった。
「…………いや、近くねっ!?」
文字通り目の前。
膝枕のような形で薫に覗き込まれていた。
近い。
鼻毛まで丸見えだ。
勘弁してくれ、と思う。
目覚めが良い悪いかかわらず、覚醒早々見せられて気持ちのいいものでは全くなかった。
うええ、と吐きそうになりつつも、拒むように薫を手で押し、上体を起こす。腹をさすってみると、ちゃんとあった。お腹。ほっと一息着いて、翔兵は訊いた。
「おっちゃん、……八太郎さんは?」
薫はくいっと首をやり、
「あっちでノビとるわ。ガツンと入ったからなあ、しばらくは起きんと思うで」
見ると、道路に大の字に横たわっている八太郎の姿があった。口から血を流し、鼻血まで出ていた。無我夢中でよく覚えていないけれど……まあ、喧嘩両成敗ってことで。それにこっちは全身刺されまくりの切られまくりだったわけだし、前歯くらいはご容赦いただくとしよう。
「翔兵くん、その……なんていうんや、……大丈夫なんか?」
と、どこか怯えた様子で薫は訊いてくる。
「……大丈夫。ちゃんと俺だよ」
意味深だったであろう翔兵の返しに、薫は顔を傾げた。
「……うわあ、ていうか、思い出すだけで嫌になってくるな……」
身体のあちこちを触ってみる。
何度吹き飛ばされたかわかったもんじゃない頭。何リットル溢したかわからない血液。それも全部何事もなかったかのように今、この身体に収まっている。気持ち悪い……。
何気なく、頬をつねってみる。
ぎゅう。
思いっきりつねってみる。
ぎゅぅぅぅぅ。
「…………少し、痛いな」
揶揄でも比喩でもなく、絶命するほどの痛み――それこそ死んでもなお受け続けたわけけれど、どうやらまだ痛覚はあるらしい。しかし、途中からある一定レベルを超える痛みは全く感じなかった(上半身、下半身切り分けられたときとか)。
……いや、感じないと言えばそれは嘘になるけれど、麻痺したというか、身体が対応したのか、それこそ遮断されたように鈍感になっていたのは間違いない。
痛覚は命を守る大切な感覚、と聞いたことがある。
人間は痛みを経験し、学習する中で自分の行動を制御していくし、痛みを感じることができるから、身体の変調に気付き、危険から身を守ることだってできる。死してなお生きていることから、脳が勝手にそれの重要度を下げたのかもしれない。生命の危機を知らせる信号など不必要だとばかりに。
なんにせよ、幸か不幸か、それこそご都合主義というものだ。
ともあれ。
「……まだ……だ。俺は……まだ……」
どうやら気がついたらしい八太郎を、このまま放っておくわけにもいかない。
自分のデバイスの機能を理解した今、翔兵が八太郎を恐れる理由はない。痛いのは――それは勘弁願いたいものだけれど。薫もデバイスの種類が“姫君”である以上、安全であるはずだ。
「なんや、あいつまだやるんかいな……」
「……やるさ。何度だってあの人は立ち上がってくる。おっちゃん、ちょっと離れていてくれ」
言って、立ち上がる。
足にむず痒さを感じた。それはさして問題ではないけれど、問題があるとすれば、このなんだか地に足がついていない感覚。足が蒟蒻にでも変形したように、自分のモノとしての感覚の喪失していて、うまく立てなかった。
言ってしまえば不安定。
でも、構わない。
だって、八太郎が出来ることなんて、もう、ひとつしかないのだから。
「……化け物が……」
よろけながら立ち上がる八太郎。
吐き捨てられた台詞に、胸の奥で小さな痛みを感じた。
畏怖すべき対象。害悪を見るような目。
少なくともそれは、人間を見るような、そんな目ではなかった。
「八太郎さん、もう終わりにしよう。あんたは俺を殺せないし、俺もあんたは殺せない。ドン詰まりだ。だから、引いてくれ。これはお願いだ」
「うるせえよ……」
その声は震えていた。
上位者からの施しに聞こえたかも知れない。
しかし、立ち場は完全に逆転しているのだから、それは仕方のないことだ。
「……いまさら、いまさら俺だけ生き残って何になるってんだよ……ッ! なんにもねえ……俺に残ってるもんなんて、もう……なんにもねえんだよッ!!」
「――ッ! 八太郎さん! 危ないっ!」
八太郎がデバイスを出現させようとする刹那、閃光が瞬いた。
咄嗟に翔兵は八太郎を突き飛ばす――はずが、足がもつれて体当たりになってしまった。なんとかレーザー光を回避し、八太郎と重なるように倒れ込む。
顔を上げ、その方向を見ると、富山県チーム“皇帝”と“騎士”が立っていた。
「憂沙戯、雫……」
「――戸津甲翔平ッ! あなたはいったい、なにがしたいのですかッ!」
憂沙戯が怒鳴った。
仄かな明かりに照らされる彼女らが、ひどく悲しい存在に見えた。
「翔兵くん……」
消えそうな声で言う雫。
後ろには件の電磁投射砲がその砲口をこちらに向けている。
「――……その声……」
と。
「……そうか、てめーが……」
デバイス“大鎌切り”――八太郎はそう呟いて、殺意の対象を憂沙戯に向けた。
八太郎の背中に圧し掛かっていた翔兵は勢いよく生えた二本の触手に飛ばされ、転げる。
憂沙戯のほうへ最大にまで伸ばされた鎌は地面を突き刺し、ゴムを引くように八太郎の身体を前へ、宙へ。
一瞬で距離を縮め、踊り出た八太郎は叫んだ。
「てめーが六華を――――ッ!!」
「――雫さん」
「アンラッキーギフト」
振りかかる鎌を雫の“不吉な贈り物”が撃ち抜いた。
強靭たる凶刃は撃ち砕かれ、欠片とともに八太郎は地面へと落ちる。
憂沙戯は冷やかに見降ろす。
八太郎は酷く歪んだ顔で見上げる。
「……カマキリ……ですか。たしかに。物々しそうで、恐ろしそうで、禍々しそうではありますけれど――残念ながら、その無骨な刃は月には届きませんでしたね」
「――やめろッ! 憂沙戯ッ!」
翔兵は叫んだ。
「黙れ」
と、冷たく、初めて聞くような声で、憂沙戯は翔兵を制した。
「翔兵さん。あなたには失望しました。あなたみたいなイレギュラーはいらない、本当――邪魔で仕様がありませんよ。なにを妄想しているのですか? なにを勘違いしているのですか? あなたの発言は竜頭蛇尾、言ってることに対し、行動が伴っていないんですよ。理解も出来ません。だから、そんな危険因子はいらない。あなたはいらない。……戦場でなら迷わずお払い箱にしてあげるところなのですけれど……」
憂沙戯はちらり、と雫を見、
「……残念で仕方ありませんよ、本当に」
視線を翔平に移し、そして眼下の八太郎へと向けた。
「……へっ……へへへ……」
八太郎は俯きながら、ゆっくりと立ち上がる。
「……なにが可笑しいのですか?」
「いや、なあに……」
ここで差異があった。
見えているものと、見ていないもとの差異。
雫のデバイスは機能の名を呼び、銃を出現させ、能力名をコマンドに発動する。憂沙戯のデバイスは能力名を呼べば数多ある未来のヴィジョンが出現し、選択する。
発現している。
そこにある。
その視覚的な意味から、全てのデバイスがその限りだと思ってしまっても、それは仕方のないことかも知れない。
だから、
「……やっと、やっと六華の仇を討てると思ってよ」
だから、いま出現させた二本の鎌が単なる機能であり、まだその“機能しか発動していない”だなんて、いくら憂沙戯とて想像できるはずもなかった。
現として。
耗部八太郎は“大鎌切り”の能力名を“まだ一度として発してはいない”――
「死ねや……グリム、イレイズッ!!」
今回短くてすいません。
9/12 誤字訂正しました。




