-031- 最凶最弱の道化師!
目多牡薫は考える。
この世界はなんなのだろう? と。
それは元々いた22世紀の大日本帝国のことではなく、世界線の違う日本――つまりは“全世界仰天無差別バトル・ロワイアル”の舞台である100年も前のこの異世界のことを差す。
デバイスなる未知の武器を持たされ、誰もいない知りもしない土地に投げ出され、殺し合いをさせられる――ここまではいい。ここまでは。納得は出来ないにしても、受け入れることは出来る。
だが、この武器はなんだ?
このデバイスという腕輪はいったいなんなのだ?
常識から逸した能力を備えた、超高度AIが生み出した前人未到人類未到達の兵器――だとしても雫のデバイス、”不吉な贈り物”や敵“魔術師”の持つ炎を生み出す機能、無から有を生み出し、出現させ、現実として反映させる――そんな物理法則を完全に無視したものを認めろというのか?
……いや。
それも百歩どころか千歩、万歩譲って認めるとしよう。
しかし。
しかし、だ。
いま目の前で起きていることを、どうやって現実として受け入れられようか?
「うあ"あ"あ"あ"あ"あ"ああああああぁぁぁああぁぁぁッ!!」
二車線道路の中央に横たわる少年。
見間違えるはずもないそれは戸津甲翔兵であり、薫が見つけたときには、上半身と下半身が切り離され、見たくもない中身とともにアスファルトの上に無惨なモノとなって散らばっていた。
間違いなく、散らばっていた“はずだった"。
「――うっっっぜえええんだよ畜生があああぁぁあぁッ!!」
また少年は巨大な双鎌に凪ぎ払われ、横一閃に瞬いた刃が胴体を真っ二つに切り分ける。
「しっっつけえぇぇんだよ! 死ねよッ! 死ねッ! 死んでッ! 死ね死ね死ね死ね氏ねしねしねシネシねやっおらああぁぁあ゛ぁッ!!!」
凄惨極まる光景。
八太郎は地に滑るように転げた上半身のみの翔兵めがけ、そのカマキリのような双鎌で滅多打ちにする。
「――ッ! ――ッ!! ――ッッ!!!」
カチ割られた頭蓋から脳漿が飛び散り、そこに詰まっていた彼を形成する知的物質が漏れ出――なお続く刺殺行為に溢れだした血、肉が交わり訳の分からないモノへと瞬く間に変貌していく。
翔兵は沈黙。
完全に沈黙。
八太郎は肩で息をし、バラバラになった少年を見据える。その表情は底のない穴に落ちていくような、そんな畏怖の色に染まっていた。
目下の翔兵は完全に死を体した状態――
「……おい……」
だが、
「……やめろよ……もう、もうやめて……やめてくれ……」
目を疑うのはここからだ。
「よくない……ぜんっぜんよくない……なんだこれ、なにがどうなって……」
八太郎は狼狽する。
理解出来ないモノに対しての恐怖。
当然だ。
翔兵の右手首にはめてあるデバイスの発光――それがこれ以上ないほどに青黒く光輝いた直後、かつて少年だった腰から下の部分、散らばるモノが合わせるように光り、そして弾けた。
光の粒子となったそれは、すでに下半身を失いかつて少年だったモノに吸い寄せられ、やがて人の形を形成していき――
バクンッ。
まるでバネのように勢いよく身体が折れ曲がり、全身が痙攣を始め――そして、
「――がっ――はっ!」
と。
無となったモノを有へ。
万象がそうであるように、形あるモノはすべからく終わりを迎える。それが人間でいうところの死であり、決して抗うことの許されない自然の摂理のはずだ。
それが、どうだ?
いま少年は終わったはずの命を、
有るべき道理を覆し、息を吹き返した。
「はっ――はあっ――はあっ――」
自発呼吸を取り戻し、肩で大きく息をする翔兵。さっきまでアスファルト一面に広がっていた血が一滴も残さず消え失せている。
「――はあっ――はあっ――い、や……だ、嫌だ……嫌だ、嫌だッ! 俺が、守るから、だから、みんなは俺が――ゆゆは俺がッ――う、があああぁぁぁぁぁあああぁぁッ!!」
握った拳を振り廻し、滑稽にも無様に猪突猛進の体で殴りかかる。
が、生身の人間対デバイスでは話にならない。
八太郎は背中から生えたデバイスとともに回転、亜光速と言っていいほどの恐るべき速度で刺突を繰り出し、燐光の槍が振り上げた翔兵の拳ごと頭をぶち抜く。
手を貫通した刃は眼球を突き刺し、頭部を貫き、小気味良い音を立てて破裂。スイカ割りか、というほど撒き散らされた血と肉が、道路を赤に染め上げる。
「っ――――ぁ……、…………」
転倒し、這いつくばる翔兵。
八太郎は泣きだしそうなしたり顔でそれを見下ろす。
だが、無駄だ。
光が包み、破損した頭部、手に付着した粒子は例によってその欠損を補い、修復。
消えたはずの命をまたしても吹き込む。
「……嘘……だろ……」
だから、
「……意味わかんねえ……」
だから。
無駄なのだ。
“それ”は知らない。
“それ”は死を知らない。
“それ”は最も弱く、最も悪しく、最も禍々しき“前人未到、人類未到達兵器と半同化”した少年のなれの果ての姿――
魔術師デバイス――“摂理への否定”。
翔兵は“死”を“否定”し、摂理を冒涜せしめた。
「――ッゴキブリかよてめーはッ!!」
言い得て妙ではあるが、残念ながらそれ以上だ。このゴキブリは丸めた新聞紙で叩きまくっても死なない。死ぬには死ぬが、死んでも生き返る驚異のゴキブリだ。
もはや防御など不要と生き返るや否や、翔兵は眼前に見据えた八太郎めがけ、雄たけびを上げながらまたも突撃。
特攻。
十死零生、上等だ。
「俺は――――ぅぐッ!?」
言いかけて腹部に衝撃が走る。
見ると、腹に二か所、槍状に変形した八太郎のデバイスが突き刺さっていた。
だからどうした。
構うものか。
「……ぐっ、ぎぎぎぎ……俺は…………っ!」
自らそれをめり込ますように、足を前へ、前へ、前へ。
肉をえぐり、すり潰す音が身体を伝って鼓膜を震わす。
骨を擦り、削る音が脳に響く。
「俺は……ッ! 俺の“意味”を守る……ッ!」
腹に刃が突き通りながらも走る。
尋常じゃない痛み。内臓を削られ、バカみたいに溢れ出る血。口の中が鉄の味でいっぱいになる。しかし、それを凌駕する思いが翔兵を奮い立たせる。
俺は俺を肯定する。
全てに否定されようとも、正しいと信じた意思を貫く。
「――そこにもう――躊躇いはない――ッ!!」
意味を呑み込み、価値を噛み砕き、
真っ赤に染まった拳を、いま、固く、握る。
「――――ッ!」
ぶちかませ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっぁああッッッ!!!」
全身全霊を込めた一撃。全体重を乗せた拳が八太郎の顔面を捉えた。
束の間――時の流れがゆるやかに感じた。
軋むような音。
八太郎の前歯、鼻の骨が折れ、翔兵の血と混じり合い、宙を舞った。
ゆっくりと腹部から凶器が抜けていく感触。
渾身の力で振り放った拳打。腕が変な方向へ曲がっている。
「……りつ、か……――――」
八太郎のしゃがれた声が聞こえた――そんな気がした。
腕を伝い、衝撃が全身を貫く。
一瞬、脱力。時間の流れが元に戻る。
ドシャッと、鈍い音を立て、八太郎は地面を転がった。
翔兵もその勢いを殺しきれず、つんのめりながらも、なんとか立つ。ガクガクと勝手に震える膝、穴の空いた腹部からは内臓が落ち、吐き気を催すほどの血が流れ出ていた。
喀血し、アスファルトをさらに蚕食。
朦朧とする意識の中。
崩れ落ちる寸前、少年は拳を突き上げ、夜空に吠えた。
殺され――生き返り――また殺される――
無間地獄を思わせる光景。
果たして最後に立っていたのは戸津甲翔兵、その姿だった。
我らが戸津甲翔平はやはり格が違った!




