-030- 幕間! ロジカルデバイス!
『あはっ! やった! やっと死んでくれましたね、翔兵さん!』
例によってただっ広い薄暗い室内。
映し出されている立体映像を前に、亜蓮るいはさぞや楽しそうに跳ねた。
『ずいぶんとご機嫌ですね、るいちゃん』
コト、と小さい音を立て、脇野周三は持ってきた紅茶をテーブルの上に置いた。立体投射スクリーンには、もはや何が何だかわからなくなってしまった少年の肉塊が映し出されている。
『えへへ! そりゃそうですよ!』
満面の笑みを見せる亜蓮。
『なんたって、わたしが直々に選んであげたデバイスなんですからねえ!』
『……はて。なんでしたか、彼のデバイス……』
『あら、脇野さん。やっぱり歳ですねえ! それ更年期障害じゃないですか? ハゲ散らかってる場合じゃないですよ! 食事とかストレスからも来るらしいですし、一度食生活を見直してみては?』
『……ストレス、ですか。……いったい誰のおかげでしょうか』
『さあ?』
嘆息する脇野。
その元凶は素知らぬ顔で首を傾げる。
『……それで、彼のデバイスは……』
『“摂理への否定”、ですよ』
『ああ……あの最弱の」
『“最凶”、と言ってください』
『しかし彼、甘いですねえ。まだまだ青いというか……』
『まあ、そこは同意ですけど』
でも――と繋ぎ、
『臆病って言い方になっちゃいますけど、戦場ではそういう人間のほうが、使い勝手がいいんですよね』
『……と、言いますと?』
『こんな話知りません? 戦場に駆り出された兵士は臆病な人ほど敵前逃亡を謀らないっていう』
『さあ……。逆に一番に逃げそうなものですが……』
『ですよね、普通はそう思えます。ですが、それには理由があって――仲間を捨てる勇気が持てない、逃げれば敵だけじゃなく、支援してくれる仲間を捨てることになる。臆病であればあるほど、いま自分が置かれている状況を正確に把握したがり、それらを天秤にかけ、結果、問答無用で殺しにくる敵と仲間の板挟みを避けて、結局最後まで戦ってしまう――』
ホント、便利ですよね――と、亜蓮は憂えた笑みっぽいものを浮かべた。
将棋やチェスなどのボードゲームでは、前線に置かれた駒に後退の選択肢はない。前進あるのみ。使い捨てるための駒だから――だからルールがそれを与えてはいない。
『純情ビッチちゃんはまんまと乗せられちゃいましたとさ。月野ちゃんも、なかなかどうして軍師向きですよねー。……まあ、当たり前ですけど』
数時間前の作戦会議。
あの程度のことなら憂沙戯は当然、考えついていたはずだ。しかし、彼女は自分から意見を出さなかった。
何故か。
これはみんなで話し合った結果、導き出されたものであり、共有の意思。そのほうが聞こえもいいし、使い勝手もいい。個々の意見を尊重することにより、責任感も生まれ、同調から敵前逃亡的な行動を防ぐことにも期待できる。
と。
そう判断したのだろう。
『えへへ、本当に面白い。ニコニコと取り繕って、印象操作して――おどおどとして、他人の警戒心を解いて』
すこぶる楽しそうに、悦に濡れた顔で、
『それで近づいて、言葉を交わして、コミュニケーションを取って、同調して、協調して、絆を深める――』
亜蓮は続ける。
『あははっ、ほら、見てくださいよ脇野さん。いつの間にか出来上がってるじゃないですか、駒が。齧歯類風情に誘導されてるとも知らずにねえ。本っ当、面白い』
引いた視点で見てしまえば、そうなる。
見事なのは一切の独裁色を消したその手腕か。
『るいちゃん。揚げ足を取るようですが、ウサギは齧歯目ではなく、ウサギ目ですよ』
『…………』
『…………』
『……うわ、出た。私知識ありますよアピールだ……うざっ』
『…………』
『でもでも、それだけに傑作ですよね、翔兵さんの奇行。脇野さん見ました? 月野ちゃんのあの顔……ぷふふふ、翔兵さんグッジョブです!』
シニカルな笑みで親指を突き立ててみる亜蓮。
画面越しにいる翔兵は、元の姿が想像できない程度にお肉になっているので、わりとシュールな図ではあった。
『……るいちゃんって、性格悪いですよね』
『んや? なにを言いますか脇野さん。わたしほど性格の良い女の子は三千世界――ひいては大梵天の梵天も両手を叩いて絶賛するレヴェル――」
ガンッ、と。
まるで『黙れ』と言わんばかりのタイミングで、彼女の頭めがけ金ダライが落ちてきた。
それを見てから余裕でしたと亜蓮は昇竜拳っぽい動きで打ち払う。
タライは木っ端微塵にはじけ飛んだ。
一体どういう叩き方をすればそんな粉々に破壊できるのか、想像もつかない。
『え、なんでタライが落ちてくるんですか? 室内ですよ、ここ』
『梵天さまがお怒りになられたのでは?』
『くぅ、あいつめ。背骨へし折ってしつけなきゃいけませんね!』
そういうのはしつけとは言わない。
というか仏法の守護神に向ってなんて口を利くのだろうか。あらゆる方面を敵に回しそうだから本当にやめて欲しい。
『話を戻しますけど――脇野さん。性格悪いって、意味わかって言ってます? 自虐ですよ、それ』
『……そこも含めて、まるで若い頃の自分を見ているようです』
『はんっ!』
ペチンッ、と不機嫌にテーブルを叩く亜蓮。
ティーカップが音をたて、投射機に映し出された翔兵(元)が残像を残し、ふるふると揺れ動いた。
『一個体で部隊を殲滅させた人がなにを言いますか! わたしはそんな乱暴じゃありませんよーだっ! ていうか、そんなこと言って回想でも始まったらどうするつもりですか! そんなエピソード誰も望んでませんからね! 脇野さんの過去ばななんて激しくどうでもいいんで自重してください! ハゲだけに!』
余程テンションが上がっているのか、手を足をバタバタとさせながら、饒舌に突っ込む亜蓮。
脇野はため息ひとつに、それを受け流す。
『まあ、それはとまれかくまれ、とことまれ――ということで!』
『……とことまれ?』
と、脇野は首を傾げ訊いた。
『単に語呂が良いだけで特に意味はないですよ、いちいち拾わないで下さい。そんな不毛なこと訊いてどうするんですか?』
『…………』
間。
身構える脇野。
『……おや? 追撃がくると思いましたが……』
『なにを言ってるんですか。なにを期待しちゃってるんですか。ドМですか、不毛さん』
『ふむ、なるほど。時間差攻撃を覚えましたか。腕を上げましたね、るいちゃん』
『っていうか、もう流石にハゲネタ飽きたんですよ。脇野さんてば、髪の毛も存在感も薄いから仕方なく振ってあげてましたけど、正直面倒です』
『…………』
本当に切なそうな顔をする脇野。
脇野周三というキャラクターのアイデンティティがあるとすればそこ一点だったのに、それを否定されてしまっては存在意義も無いに均しい。髪の毛皆無、キャラクター性も皆無となればハゲ以外のなにものでもなく、全く面白くもないただのハゲでしか無い。
言ってしまえば、亜蓮るいがボケるからこそ、脇野周三が輝くわけであり、一層輝くわけであり、それがなくなってしまっては脇野は輝くことが出来ない。頭的な意味でも。
散々たる不毛の大地を頭に掲げ、脇野周三はいま真価を問われていた。
しからばむべなるかな。
脇野周三の軌跡――
その根幹となる物語をいま縷々として紐解くとしよう。
それは戦争と戦闘の物語であり、血と肉片の物語であり、喜びと悲しみの物語でもあり、人と人、人と武器の物語――そしてなにより愛と勇気と友情の――果ては涙の物語であった。
戦地に赴く若き日の脇野は、何度と死の危機に遭遇しながらも、
面倒なのでカット。
『――そんな御無体なッ!』
脇野が叫んだ。
『うわっ、びっくりしたっ! なんですかいきなり! 誰に突っ込んでいるんですか脇野さん! 本当に更年期障害なんですか!?」
『……いえ、るいちゃん。……人は悲しみを乗り越えて生きていかなくてはいけないのですね……』
『脇野さんの場合は、悲しみを頭に晒して、の方が適当では?』
すごく嬉しそうな顔をする脇野。
『え、なんですかその顔。気持ち悪いんですけれど……』
亜蓮は頬を引き攣らせ、嫌悪感まるだしに言う。
ふと、そこで投射機に映し出された映像に変化があった。亜蓮はそれを見、えへへ、と邪悪に微笑む。
『――ようやく、ですね。……さあ、始めましょう翔兵さん。まだまだ踊り足りないでしょう? 未練と後悔だらっだらで死ぬなんて肯定できるはずないでしょう? あなたにはこの舞台で踊り続ける権利があり、義務がある! 死してなお喜劇に踊る道化師を演じ続けななさい! それがあなたに科された運命なのですからっ!』
『…………』
『……うん』
『…………』
『脇野さん』
『なんですか?』
『……えへへ。いまわたし、ちょっと黒幕っぽくなかったですか?』
『るいちゃん滅茶苦茶格好いい!』
『えっ、いや、誰ッ!? 脇野さんのキャラクター性が崩壊しているッ!? っていうか締めを奪われた! なんてことするんですか脇野さん!』
『to be continued……ッ!』
『何故にドヤ顔で明後日の方向を指差して!? その上体を反らした前衛的なポーズはなんですか!? カメラアングルなんて気にしている場合じゃないですよ! わたしの締めを返して下さいっ!』
バタバタと突っ込みを入れる亜蓮。
『落ち着いて下さい、るいちゃん』
『あ、元の脇野さんに戻った』
『そう――落ち着いて下さい。オチだけに、ね』
『……うわ、つまんね』
『…………』




