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-028- 鏡面! アンロジカルデバイス!

 ――15分前。


「……なんや? 憂沙戯ちゃん出んやんけ、電波悪いんかなあ?」


 目多牡薫は顔を傾げて携帯端末をねめつける。

 耗部八太郎と対峙した二車線の道路。

 薄暗くなったその歩道脇で、地べたに腰をおろしながら、翔兵は薫の姿を遠目に見ていた。


 『殴ったればええ――わしも着いていったる――』


 おっちゃんの言葉を思い出し、馬鹿だなあ、と思う。

 自分が言えることじゃないけれど、短絡的というか、楽観的というか……殴ってどうこう出来るような問題ではない。どうあがいたって相手を殺さなければならないのだから、慈悲をかけたところで、結局は敵“皇帝”からデバイスを奪わなければならない。それが相手チーム全滅を意味するとしても。

 再確認した。

 これは一切の躊躇もなく、微塵の遠慮も配慮もなく突きつけられた、茫然唖然空前絶後の史上最低のクソみたいなゲーム。一言で言えばデスゲームだった。

 うんざりする。


「しゃーない、わしが行ってきたろ。あんなことあった手前、顔合わせるのバツ悪いやろ?」


 振り向き、翔兵を見、笑顔でそう言う薫。


「ああ、ありがとう。おっちゃん」


 ホント馬鹿だ、と思う。

 助けてあげたいとは言っても、それは一時凌ぎにしかならない。

 そんな人間性を見せたところで、善意を見せたところで、結果的にはどちらかが死んでしまうのだから――言ってしまえばただの偽善だし、自己陶酔に浸りたいだけの、勝手な我がままでしかない。

 そんなことは自分でもわかっているし、薫だってわかってるはずだ。

 理性と心の間にある曖昧を有耶無耶にして、目を背けているだけ。この行動に“意味”があるのかと訊かれれば、結果だけを見ればそれは無いのだろうし、非効率で非建設で非合理なだけの、無駄な行動でしかない。

 なのに、


「任せてや。上手いこと説得するから。こう見えておっちゃん営業得意やねん!」


 薫は胸をドン、と叩いてみせる。

 返すように笑顔を作って、翔兵は微笑んでみせた。

 上手く作れたかはわからない。


「あ、そうや――なあ、あんちゃん」


「はい?」


 思い出したかのような薫の声に、隣に座っていた耗部八太郎が顔を上げ、反応した。

 

「念のため言っとくけど――もし、翔兵くんに手ぇ出したら……その歯ぁガタガタんなるまで、引き摺り廻したるからな。そこんとこ、よう覚えといてな?」


 お前のことは信用していない。

 そう言いたげな目で、八太郎を睨みつけ、「んな、ちょっと行ってくるわ」と、軽く手を振って憂沙戯のところへと向かって行った。

 次第に小さくなっていく後姿を眺め、


「…………はぁ」


 大きく嘆息。

 なにしてんだろうなあ……と、思う。

 翔兵の勝手な行動が状況をややこしくしてしまっていた。

 少女を助けたいという八太郎は、妹を守りたいという翔兵に通じるものがあったのかもしれない。そんなものは甘い考えだし、チョロいって馬鹿にされて当然だろう。

 八太郎の切なる思いに翔兵は動かされた、と言えば聞こえはいいだろうけれど、それが本当に正しかったのか? と訊かれれば、やはり返す言葉も見つからない。


「……なあ。ありがとな、えっと……」


 隣に座る八太郎が呟くように言った。

 視線が絡み、意図を察した翔兵は、

 

「戸津甲翔兵って言います」


 と、名を告げた。


「……面白い名前だな。なんか特攻隊みたいな」


「よく、言われます」


「俺は耗部。耗部八太郎だ」


「えっと……もしかして大家族の末っ子とかですか?」


「いや、長男だ。妹が二人いて――……いや、いたって言ったほうが正しいかな」


 小さくなる声に、台詞の後半が聞こえなかった。


「妹がいるんですか。……ていうか、長男なのに八太郎って、面白いですね」


「よく言われる」


 ははっ、とお互い微笑した。

 耗部八太郎。

 茶髪でサイドを刈った短い髪。華奢なくらい細い体格にジーパン、Tシャツ、茶色のジャケットを羽織り、普通の、それこそどこにでもいそうな青年だ。

 異色を放つとすれば手に巻かれた血の滲んだ包帯。

 ふと、


「その手……」


 訊いてみる。


「ん? ああ、これか。大したことねえよ。ちーっとばっか駄々っ子に噛みつかれただけだ。……へっ、可愛いもんさ」


 八太郎ははにかみ、包帯でぐるぐる巻きの右手をひらひらと振ってみせた。


「噛みつかれたって……その……六華ちゃんに、ですか?」


「……お前……あ、いや。翔兵って、変なとこ鋭いな」


 それもなんか最近、誰かに言われた気がする。


「御明察だよ。色々あってな――噛みつかれた。人の気も知らないで呑気なもんだ。ま、俺が好き勝手やってるだけなんだけどさ。……翔兵も気をつけろよ?」


「なにをですか?」


「その性格だよ。自覚してるかわかんねーけど、結構危ういぜ? さっきもそうだけど、普通俺みたいなのが来て、話聞き入れるなんてまず出来ねーよ。ましてや、こんな状況でな」


「…………」


「あのメタボなおっさん、あの態度が普通だ。怖いしうぜえけど、言ってることは至極真っ当。電話の女だってそうだ、『男の子に手を出すようなことがあれば、それ相応の覚悟してくださいね?』って、敵意まるだしだったからな。怖えったらねーよ、マジで。泣きそうだったもん、あのとき。……あ、お節介ついでに言っとくけど、ありがたく思っとけな。真剣に怒ってくれる人間なんて、そういるもんじゃないぞ」


「……そう、ですよね。わかってます。わかってる、つもりです」


 でも。


「それを言ったら、八太郎さんだって、同じじゃないですか?」


「同じって、なにがよ?」


「性格ですよ。危ういっていう」


「…………、……まあ。そうかも、しんね。なにしてんだろうな――って思うよ、正直。仲間仲間してるそっち側が羨ましくも思うし。……あーあ」


 よくないよなあーお互い、とため息のように漏らす八太郎。


「ていうかさ、あのメタボなおっさんさ……」


「メタボっていうか、目多牡なんですけどね、名前が」


「え、嘘だろ? まんまじゃねーか! ちょ待って待って、なんて書くのそれ」


 たしかに。冗談のような苗字ではある。

 しかしこの反応、どこかで見たことがあるような、ないような……。

 翔兵は自分の眼を指差し、


「目に、多い、と、牡牛座の牡で、目多牡です」


「当て字じゃねーか」


「冗談かと思いますよね。しかも名前が薫ですよ」


 ぶふっ、と堪え切れなくなったか、八太郎は噴き出した。


「完璧狙ってんな、それ。香ってきそうだもんな、あのアロハぴっちぴちだっだし。汗びっちょりだったし」


「むさっ苦しいにもほどがありますよね、見た目はサムいのに」


「どっちかにしてくれ、ってな」


 笑って言う八太郎。

 なんだろうか、やはりどこか八太郎とは近いものを感じる。

 まるで鏡を見ているような気分だった。

 少女のために躍起になって、危険を冒してまで敵に助けを求めに行く――それがどれだけ無謀なことか、大変なことか、覚悟のいることか。

 想像するまでもない。

 でも、翔兵だってゆゆがそんな状態になったら、大切な人がそうなってしまったら、無理を押してでも、必死になって同じことをしたはずだ。


「……実は、俺にも妹がいます。ゆゆって言うんですけど……これまたどうしようもない甘えっ子で。家事も出来なきゃ勉強もあんまり、そのくせ生意気で、自分はいつもテレビの前で寝転がってばっかで。親がいない手前、俺が面倒見てるんですけど……ああ、見てたんですけど。……ここに来てからよく思うんです。あいつ一人で大丈夫かなーって」


「……親、いないんだ?」


「はい。全バトで、俺が高校に上がる前に」


「……そっか。なら尚更可愛いよなあ、妹。妹っていうか、手のかかる娘――みたいなもんだろ?」


「間違いなく。……でも、それでいいやって思ってました。いまも思ってます。責任感じゃないですけど、やっぱり家族ですから。それに――何かをしてあげて返ってくるって、やっぱり嬉しいじゃないですか」


 ああ、たしかにな、と鬱っぽい顔をする八太郎。

 てっきり同意してくれると思っていたのだけれど。もしかしたら、失言だったのかもしれない。


「でも、なんだろうな。なんか、お前とは気が合いそうな気がするな。翔兵」


「……俺も、同じこと思ってました。八太郎さん」


 翔兵にも似たように、妹がいるから。八太郎にも同じように妹がいるから。お互いに気持ちが、通じる。

 頼られたい。尽したい。

 たしかに世の中は残忍で過酷で残酷かも知れないけれど、人は優しくあっていい。

 偽善でもおせっかいでも、大切な人のために。

 それが自分たちの価値で、そういう殊勝な生き方に意味を見出しているのだから――と、そんな風に思った。


「あーあ、なんつうかなあ……。よくないよなあ。こんなとこじゃなくて、もっと……違うとこで会いたかったもんだなー俺ら」


「うん。本当に……そう思います」


 翔兵は視線を落とし、小さく頷く。

 もし――違う形で出会えていれば、翔兵と八太郎は、きっと良い仲になれただろう。

 違う国、違う場所、違う世界でならば。

 大日本帝国の、北陸の、この異世界じゃなければ。

 

「……ん?」


 ふと、闇の奥に光が見えた。

 なんだろう? と、目を凝らしてみる。

 北陸自動車道――それを挟んだ向かい側が、薄く夕焼けのように明るくなっていた。空中にはまるで線香花火のようなオレンジ色の光が無数にあり、現れては落ちてを繰り返している。

 一見して、瞬時に脳髄に刻まれたアラートが危機を告げた。

 敵“魔術師”の攻撃だ。

 駆り立てられるように翔兵はマップを見る。そこには、あるはずのない場所――中立エリア内に味方を示す白いドットが一つ、そこから東にまた一つ映し出されていて、今も動き続けている。

 胸を締め付ける漠然とした不安。悪寒。予感。

 うねった。

 心臓が。

 バクンと。大きく。

 マップから視線を移すと、道路上に揺れ動くホタルのような青い光が見えた。

 光に伸びた影が、人型のシルエットを浮かび上がらせている。


「……女の子……?」


「あれ……六華か? あいつ、なにしてんだ、つかなんでデバイス使って――」


 それは一瞬の出来事だった。

 八太郎が台詞を言い終える前に。翔兵がマップから視線を移した直後に。

 見覚えのあるレーザー光が道路を駆け抜けた。

 その線は少女の影を遮り、消えた。

 後には何も残してはいなかった。



追記 8/30 一部内容の修正を行いました。

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