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-026- 続、続々、両雄対峙! ロリコンとシスコン!

 ――1時間前。



「話を……聞いてほしいんだ……」


 見立て、二十代前半の男は蚊の鳴くような声でそう言った。

 すでに陽は落ちて、空には真っ白い月が昇り、すでに街頭が点かなくなった住宅街を薄く照らしている。

 そんな闇の中、翔兵らは対峙していた。

 現前として眼前に燦然と現れたその男は石川県チーム――つまり、翔兵らの敵だ。 

 その男は怪我でもしているのか、右手にはグルグルと包帯が巻かれており、その包帯には赤く血が滲んでいて。手首には見間違えようもない銀の腕輪、デバイスがはめられている。


「……話? お前、石川の奴だろ? 昨日お前らが俺たちになにしたか……わかってないとでも思ってんのかよ?」


 手にはバット、翔兵は戦闘態勢を取り威嚇する。さっき手に入れたばかりの武器を、こんなに早く使うなんて思いもしなかった。


「それは――」


「動くなや、あんちゃん。話はこのまま聞いたる」


 制するように掌を押し出し、寄ってこようとする男に向かって、薫は低い声で言い放つ。

 薫の手にも同じように武器。刃渡り15センチほどのナイフが握られている。

 正面に見据える男との距離は約8メートル。この距離が安全なのかどうか――それはわからないけれど、ここまで接近してくるということは間違いなくあの炎、灼熱の月を落とした“魔術師”ではない。

 やはり“魔術師”はあの幼い少女……。


「昨日のことは……すまなかったと思ってる。詫びても詫びきれないってこともわかってる。でも、それでも謝らせて下さい。本当に、すいませんでした」


 男は深く頭を垂れ、謝罪をした。

 ……どういうつもりだろうか?

 いまここでわざわざ接近してまで謝りに来る必要がどこにあるというのか。しかし、薄暗いせいで男の表情こそ見えないが……騙し打ちをするような、そんな雰囲気は感じ取れない。

 罠……か?

 そう疑って当然だ。

 自らで確認を怠り、信用すると自分の意思を他人に委ねた時、人は騙される。これは翔兵がこの舞台に上がる前、名前も知らない女性に教わった教訓だ。

 同じ轍は、もう踏まない。


「(おっちゃん……どうする……?)」


 薫にだけ聞こえるように、小声で翔兵は訊く。


「(……わしらのデバイスじゃどうしようもないやろ……アレがなに企んどるんか知らんが……なんとかこの場しのがんと……)」


 表には出さないが薫も必死らしい。

 それは富山県チームで唯一の攻撃手段を持つ雫がこの場にはいない――というのもあるが、翔兵、薫らのデバイスが火力になる以前の問題に、その機能に至っては未だどういう能力なのかすら把握できていないのだ。公園以降、翔兵も何度か使用を試みたが、相も変わらずモニターに警告が出ただけだった。

 人数的には2対1で翔兵らが有利にも思えるが――しかし、相手がデバイスを使えば、こちらはその常軌を逸した機能に頼れない以上、言うまでもなく不利だし、仮にこの男が騙し打ちを企てているなら、それは間違いなく接近用のデバイス――という予測も付く。バットとデバイスじゃ、勝負にならないだろう。

 翔兵が思考する中、男は弱々しい口調で言う。


「こんなこと言える立場じゃないんだろうけど……俺たちを、助けて欲しいんだ……」


「……助ける?」


 男の言葉に翔兵は眉を寄せる。

 俺たち石川県チームのために死んでくれ――というわけでもなさそうだけれど……どうも意図が掴めない。


「昨日の、六華の――“魔術師”の“炎の涙”を打ち消したのは、あんたらのチームのデバイスだよな?」


「…………」


 打ち消した?

 “炎の涙”とは恐らくあのオレンジの炎――灼熱の月を差すのだろうと予測は出来るが……打ち消すというか、富山県チームの認識としては、あの街を飲み込んだ炎はいつの間にか消えていて――恐らく、石川で何かが起こり、襲撃した“魔術師”が戻らざるを得なくなった――と、思っていたのだけれど……しかし、この男の話しぶりからどうやらそれは違うようだ。

 翔兵らの沈黙を了と受け取ったのか、男は続ける。


「もしかしたら、それで消せるかもしれない」


「……消す? 消すってなにを?」


「あんたたちも見ただろ? 小さな女の子がいたはずだ。そいつは五木六華っていうんだけど……たしかに六華は昨夜、炎であんたらを襲った。でもあいつは……、あいつは“姫君”に洗脳されてんだ……六華だってやりたくてやったんじゃない! 六華はそんなことできるような奴じゃないんだ! 俺はあの子を助けたい、助けてやりたい! それだけなんだ!」


 信じてくれ、と。

 男の言っていることが嘘か誠か――それを翔兵が見抜けるわけはなかったが、その様子は少なくとも見ている分だけには、本当のことを言っているように見えた。


「力を貸してください! 頼む、この通りだ!」


 重ねて、男は頭を下げる。

 翔兵は意見を求めるように薫を見た。どうやら薫も考えは同じようで、小さく頷いた後、スッと立てたナイフを下ろしてみせた。

 様子を見よう、ということだろう。

 それが正しい選択なのかは分からないけれど、少なくともこう下手に出る人間を相手に、話も聞かず突き放すことは二人にはできなかった。

 しかし、それは信用した、とは違う。

 あくまで様子見――だ。


「……言いたいことは、わかった」


 言葉に、男は勢いよく顔を上げた。その表情はまるで光を得たような、暗かった心の中に一点の明かりが点じられたような、そんな顔だった。


「でも、まだあんたを信じたわけじゃない」


「こっちの信用が欲しいんやったら――そら誠意見せて貰わんとなあ。やなかったらわしらかっておいそれと信用なんかできんよ。間違ったってできるはずもない。なんたって、あんちゃんは敵やからなあ。信じた瞬間後ろからドスリって可能性もあるしなあ。なあ、あんちゃん。あんちゃんはそこんとこ、どう思う?」


「……誠意……ですか……。どうすれば、信用して貰えますか?」


 薫はナイフの切っ先を、ひょいと八太郎の腕へと向けて、


「とりあえず、それ、外そか?」


 それ、とはデバイスのことだ。

 一転して男の表情が曇る。

 

「それは……出来ない……」


「なんでや? 信用して欲しいんやろ?」


「これを外せば、あんたたちは話を聞いてくれなくなるかもしれない。攻撃……してくるかもしれない。それに……」


 俺が死ねば、六華を助けてやれる奴がいなくなる――と、哀れみを誘うように、男は最後にそう付け加えた。

 たしかに、相手の心境を思えばデバイスは盾であり、命綱だ。交渉するに当たって外すという選択肢はないだろう。その言い分は当然と受け取れる。

 しかし、ならばどうするのか。

 それじゃあ話は平行線で――どちらかが何かを捨てなければ進展はない。

 そのとき。

 ヴヴヴ、と。

 翔兵のズボンのポケットに入れておいた携帯端末が震えた。

 男から視線を外すことなく、翔兵はそれを受ける。


<翔平さん!? 無事ですかっ!?>


 騒然とした、甲高い声。


「……憂沙戯か? おっちゃんも俺も、無事だよ」


<良かった――というか、いまそれどういう状況ですか? そっちに敵が来たら逃げるって、作戦立てたじゃないですか>


「敵に……相手に交渉を持ちかけられた。いまは――」


 敵が中立エリアである北陸自動車道から降り、男が一人単身で翔兵らの元へ来た(これはマップを見ていた憂沙戯も当然知っているだろうが)こと。

 そしていま男から聞いた話を砕いて、憂沙戯に伝えた。 

 逆に憂沙戯からは、今いるこの場所が彼女らの構えた狙撃ポイントから、完全に死角に入っていると聞かされた。


<…………>


「たぶん、あの人の言ってることは本当だと思う。俺たちはどう動いたらいい?」


<……ちょっと、その人に代わってもらえますか?>


 私から話します、と。

 説得に応じるつもりなのだろうか?

 憂沙戯がなにを考えているのか、それは把握しかねるけれど。やはり彼女のことだ。なにか策があるに違いない。

 翔兵は男を見た。


「……なあ、あんたに話があるってよ」


 持っていた端末を地面に置き、翔兵は後ずさる。薫も同様に。

 男が一歩を踏み出し、翔兵らは一歩下がる。一定の距離を保ちながら、男は端末を手に取った。


「――――――――」


 この距離では男が憂沙戯となにを話しているか聞こえない。持ったバットを弄びながら、待つ。しばらくして、


「話は着いた。……ほら」


 男は足元に端末を置いた。

 例によって同じように、互いの間合いを縮めることなく、翔兵は端末を取った。


<……男との距離はどうですか? これが訊かれそうなら無言で、大丈夫なら咳ばらいをしてください>


 んんっ、と咳ばらいをし、合図する。

 男との距離は変わらず8メートルほどだ。


<……翔兵さん。男の言っている打ち消すというデバイス、それに心当たりはありますか?>


「……いや」


<ですよね。その男には、翔兵さんの持つ魔術師デバイスがそれだと伝えました。恐らく男の持つデバイスは“騎士”です。これで翔兵さんにも手は出せないでしょう。“魔術師”のほうはわたしたちが討ちますから、翔兵さんらはその男の注意を引いてください>


「え?」


 虚を突かれたような声が出た。

 ちょっと待て。憂沙戯はいまなんて言った?

 討ちます、と言ったか?


<この位置からでは敵“騎士”、“魔術師”ともに目視できないので、その間にわたしたちはポイントを移動します。“魔術師”は中立エリアにいますよね? 出来る限りその場から遠ざけてくれるとやりやすいのですけれど――>


 淡々と。

 彼女はなにを言っているのだろう?

 確定的な言葉こそ使ってはいないが――憂沙戯が無感情に言っているそれは、紛れようもなく人を殺すということで。彼女はいまもそのプランについて説明をしている。

 無感動に。

 さも、当たり前のように。


<合図はこちらから出します。万一を考え、逃走ルートを考えておいてください。合図があり次第、翔兵さんは全力で逃げてください。目多牡さんはともかく“魔術師”の翔兵さんには――>


 なんだろう。

 自分がおかしいのか――それとも憂沙戯がおかしいのか――

 罪の意識が曖昧になったこの世界で、正義とはなんだ? 悪とはなんなのか? なにが正解なのか不正解なのか――頭の中がこんがらがって、どうにかなりそうだ。

 やり場のない焦燥が腹の中でぐつぐつと煮え返る。

 憂沙戯、お前の言いたいことは。

 お前の言っていることは。

 つまり、こうか?


 騙せ。

 裏切れ。

 そして、殺せ――と。


「……けんなよ……」


<え? なんですか? いま、なんて?>


「――ふざっけんなっつったんだよッ!!」


 激昂。


「俺にこの人を騙せってのか? 助けを求めてる人間を裏切って、殺すなんて――んなこと出来るはずねーだろうがぁッ! お前にはそれができんのかよ憂沙戯ぃッ!!」


<――ちょっ、翔兵さん!? そんな大声で、自分がいまなにを言っているのか――>


 持っていた端末を地面へとぶちつける。自分でもなにをしているのか分からなかった。しかし、憂沙戯の言うそれは違うと銘打つものが翔兵の中にたしかにあった。

 感情に流されたといえばそれまでだろうが、認めたくないという思いが翔兵を動かした。

 浅はかにも。

 突発的に。

 酷く青い感情が理論を凌駕した。


「どうしたんやいきなり!? 翔兵くん、いったいなにがあったんや?」


「…………ッ!」


 名状しがたい不快感が翔兵を粟立てる。胸の中に湧いたわけの分からない憤りに震え、吐き捨てるはずの言葉さえ出てこない。噛みしめた奥歯がギリッと軋むような音を立てる。


 自分はなにをしているんだ? なにをやってるんだ?


 まさか――まさかまさか、誰も傷つかず、誰も死なないなんていう牧歌的な未来を、まだ今更この後に及んで愚かしくも望んでいたとでもいうのか? そんな甘っチョロい肥溜に捨てるべき思いに、未練がましくもしがみついているとでもいうのか? それならあの作戦会議はなんだったのか。あの瞬間から人を殺す計画を四人仲良く輪になって、それこそ綿密に案を打ち台に、人間をあちら側に送るプランを立て上げたじゃないか。本当に殺すと思わなかったか? 誰かがやってくれると思ったのか? その御はちが自分に回ってくるだなんて想像だにしなかったのか?

 なにをそう苛立つことがある? なにをそう憤ることがある?


 ――俺はいったいなにがしたんだよ! 戸津甲翔平ッ!!


 簡潔に。

 一言でそれを表すなら、


「……やってらんねーよ……」


 だった。

 世界は狂っていた。どうしようもなく、歪に。

 信頼を置く人間が見せた悪意、狂気を認めたくなかった。助けを求め、差し伸ばした手に裏切りを乗せるなんて――そんなの人間のやることじゃない。

 だから、それは、憂沙戯のためでもあり、彼女の良心を守ることにも繋がる――

 ……いや……違う。

 やはり……自分のためだ。

 ここに穏やかな空間なんてない。優しい想いなんて、ない。

 感情なんて消えてしまえばいいのに、と思う。

 それだったら、暴力でねじ伏せることも、利己的に人間を処理することも、恐ろしく簡単なことに思えるのに。


「……おい、待てよ。……騙すってなんだ? お前、お前ら……俺を、騙すつもりだったのか……?」


 慄然と、怯えるように言う男の顔は、どこかいまにも泣きだしそうなものがあった。

 翔兵はわなわなと震える唇を動かし、


「それは……違う」


 と。

 いつの間にか握り込んでいた拳が、同じように小刻みに揺れる。地面へと落とした視線、その先には、バラバラになった携帯端末が散らばっていた。


「……あんたを騙すよう、騙して殺すように、指示を受けた……」


 隣にいる薫がうめく。

 敵に手の内を晒したのだから、それは当然だ。

 どんな表情をしているのだろうと気になったけれど、怖くて見れなかった。


「でも……それは違うんじゃないかって、思うんだ。たしかにあいつは正しい。いつもちゃんとしてて、考えてることだって、言ってることだって……。でも、それでも人を殺すってことは……やっぱり違うって思うんだ。そんな簡単に言っていいことじゃないし……少なくとも俺はそんなこと言えない。俺は……あいつとは違う。あんなの、間違ってるって思うんだ」


 言い訳のように出てくる言葉を並べる。

 いや。

 これは、まんま言い訳だ。

 翔兵は憂沙戯を否定することで、自分の精神的安定を求めた。言っていることは間違ってはいない。

 少なくとも――道徳的には。

 これで二人がそれに頷き、同調を得られれば、自分の中にある矛盾も少しは和らぐと思っていた。『たしかにそうやわな!』と、薫も同意してくれると思っていた。

 しかし、


「……だから、俺は――っ!?」


 ぐっ、と。

 荒々しく引き寄せられる力に、翔兵は言葉を遮られた。

 突然のことに思わず息を引く。

 胸倉を掴み上げられ、目の前にはこれまで見せたこともない、殺気立った表情の薫の顔があった。眼球が飛び出しそうなほどにひき剥いた眼が、翔兵を睨みつける。


「――なにをゆうとんのやッ! このジャリがあッ!!」


 唐突に、一喝。 


「わしらがやっとるのは遊びとちゃうんやぞ!? 命掛けたデスゲームや! 気ぃでも狂ったんか? ああッ!? 覚悟も出来とらん人間が覚悟した人間になにを言えることがあるんや! なあ、おい! 訊いとるんか! 翔兵くんッ!」


 薫は辛辣な言葉を翔兵にぶつけた。

 普段の温厚な薫の姿はそこにはない――般若のような顔で、ドスの利いた声で、口調で、翔兵を叱りつけた。


「……う……あぁ……っ」


 情けないことに。

 本当、どうしようもないくらい情けないことに。

 翔兵は泣いた。

 翔兵の思い――仲間の思いは彼が思っているより、現実的で、無慈悲なものだった。あの灼熱の炎で殺されそうになったとき、心の底から震えあがった狂気は敵だけではない、仲間にもあった。

 憂沙戯にも、薫にも。

 そんなはずはない、と信じたかった。

 しかし、それをいま否定された。

 込み上げる悲哀のような感情が涙となって溢れ出る。

 少年は未だ、本当の意味で現実と向き合えていないのかもしれない。


「……うぅ……ぐずっ……」


 持っていたバットが翔兵の手から離れ――カランと音を立て、地面に転がった。

 傍から見れば、それはアロハシャツを着たガラの悪い中年男性にカツアゲされる高校生の図に見えなくもない。薫の手にはナイフがあるのだから、尚更だ。

 泣かされた。

 17歳にもなって、戸津甲翔兵は怒られて惨めにも泣かされた。


「……アホか。男が人前で簡単に涙なんか見せんなや」


「……ごめん、おっぢゃん……。でも、それでも俺は……この人のことを信じる……信じたい。助けて……あげたいんだ……」


 差し伸ばされた手を取ってあげたい。

 鼻をすすりながら、ぐずりぐずりと。

 泣きながら――まるで駄々を捏ねている子供のように。


「……そこに覚悟はあるんやろうな?」


「……?」


「ちゃんと胸張って言える覚悟ってもんが、翔兵くんにあるんかって訊いてるんや!」


 こくん、と。

 翔兵は力強く首を縦に振る。


「よっしゃ。なら話は早いやんけ。その姫さまんとこいって、殴ったればええ」


「……え……?」


「わしも着いてったる」


 笑って、薫はそう言った。



追 8/27 一部訂正、誤字修正しました。


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