-024- 続、両雄対峙! ロリコンとシスコン!
――8時間前。
燦々と照らす太陽。
アスファルトは陽炎で揺らめき、立っているだけでじんわりと汗が滲んでくる。こちらの世界がいま何月なのか、それは翔兵の知るところではないけれど――現実と同じ時期であれば6月。だとすれば季節はずれの猛暑だ。
富山市街地。
戸津甲翔兵と目多牡薫は街路で立ち尽くしていた。
共に背に大きなリュックサックを下げ、その中には憂沙戯に渡されたメモに書いてあったものがこれでもかと詰められている。
中身は食糧から始まり、医療品の数々、簡単な寝具に雨具、数日の着替え。他には通信用の携帯端末に、ナイフといった物騒なものまで入っている。
リュックに収まりきらなかった金属の棒が隙間から突き出、陽光を反射しきらりと光った。
包丁の扱いなら自信はあるけど、俺はナイフなんて扱えない――と、翔兵は自分の武器として金属のバットを選んだのだ。
リーチもあり、難しいことは考えずぶん回すだけでダメージを期待できる。デバイスにはもちろん劣るだろうけれど、遠心力の乗った金属は相当の破壊力が出るはずだ。
「……おっちゃん、どうしよっか」
「どうしようなあ……待つしかないんやろうなあ……」
買い出しは問題なく終わった。
この時代の日本の物資はそれは豊かで、ショッピングセンター『ワロス』なる場所で簡単に揃った。逆に物があり過ぎて目移りするほどだった。
早々に用事を済ませ、視界モニターの時計を見るとちょうど正午。
そのときタイミング良く視界の右端からテロップが流れ始め、見るとその内容は禁止になったエリアと次回禁止エリアとなる場所の通知だった。
簡単にまとめてみると、
石川県は北東部、能登半島の先端に位置する珠洲市。次回禁止はその隣の輪島市。
福井県は南西部、尻尾みたいな形をした小浜市。次回はその右隣の敦賀市。
富山県は北東部黒部市から北、入善町に朝日町となぜか広範囲で、次回はその下隣の魚津市。
予想はしていたけれど――いずれも中立エリアである北陸自動車道からは遠い場所ばかりだ。まあ、当然と言えば当然か。
その禁止エリアついでに憂沙戯らの位置をマップで見たが、特に動きはなく。昼時もあって薫と二人で昼食を取り、そろそろかとマップを見ても、変わらず動きはなかった。
女性の買い物は長い。
あいにく――待ち合わせ場所は特に決めていなかったので、翔兵らは彼女らと別れた場所の付近を亡霊のように彷徨っていた。
「……翔兵くん、せっかく他にも服の種類あるんに、なんでまた学ランなんや?」
「着なれた服装が落ち着くんだよ。派手なの嫌いだし……」
「そっか」
「うん」
さて、どうしようか……。
男同士でショッピングなんて楽しいものでもないし、話題だってすぐに底を付く。
しかし、暑い。たまらなく暑い。
もう駄目だ――と言わんばかりに、翔兵は歩道に設置された大人二人が余裕を持って座れそうなベンチに腰を降ろす。背負っていたリュックを足元に置き、盛大に姿勢を崩し、背もたれを枕にするように空を仰いだ。
歩道に植えられた木々の葉の合間からは太陽が燦々と輝き、眩しいくらいに綺麗な街並みを照らしている。こちらの世界ももうすぐ夏といったところなのだろう。梅雨のじめったい空気よりは幾分マシではあるけれど――暑いのもそれは勘弁願いたいものだった。
春のやんわりとした陽気とか、秋のもの悲しい涼しさとか。
そういったほうが翔兵は好きだし、なにより自分に合っていると思っている。
「……ん?」
『っ!』
ふと、上下の反転した視界――道路を挟んで向かい側になにやら動く影を見た。それは翔兵の目に映ると同時に、サッと建物の隙間へと消えた。
「…………?」
……いま、猫みたいなものがいたような……。
気のせいか?
それらしいものは見当たらない。なんだったのだろう、と思案するが、
「……なあ、翔兵くん……」
と。
神妙な語り口で自分を呼ぶ声に、中断される。
「……今度はなに?」
「その格好、暑ない? せめて上脱いだら? 見てて暑いねん」
やかましい。
余計なお世話だ。
「……暑いは暑いけど……。おっちゃんこそ、その格好サムくない?」
「ん? いや、涼しいで?」
薫は着ていた背広を脱ぎ、短パンにTシャツ、その上からアロハシャツを羽織り、足元はなぜかビーサンという、ラフ過ぎる格好になっていた。
いったい何を目指しているのだろう? 海にでも行くつもりなのだろうか?
なんだか老けたチンピラみたいになっていて、見ていてサムい。
ちなみに、この場合のサムいとは、身体が冷えて肌寒いとかじゃなく、周囲に気まずさを与えるようなものを差す。目多牡薫の腹はそれはメタボリックなもので、着ているTシャツはぴっちぴち。仕替えたばかりだというのに、もうすでに汗でぐっちょりと濡れていた。
むさっ苦しいにもほどがある。
格好はサムイのに。
頼むからせめてどっちかにしてくれ、と思う。
「あっ! いたいた!」
不意に聞こえた声。
そのほうへ首を振ると、木漏れ日を縫って手を振り駆け寄ってくる憂沙戯、その後ろには雫の姿があった。
ようやく、服の調達が終わったらしい。
「もう、散々探しましたよ」
「散々待ちくたびれたよ。……ほんとに」
彼女らと別れてから、かれこれ半日は経っている。早々に用事を済ませた翔兵らにとって、その時間の半分以上が待機時間だったのだから、なんていうかもう、うんざりだった。
「ふぅ……ちょっと疲れましたねえ」
すとん、と地べたに腰を降ろす憂沙戯。となりの雫はどこかツンとした様子だ。
「…………」
二人のその服装に、思わず二度見をしてしまう。
「あっ、翔兵さん、目多牡さん。言ったものちゃんと揃えてくれましたか?」
「え? ああ、そこは問題ないけど……」
問題というか、疑問というか。雫は……まあ……良いとして。とても良いとして。
仮にあるとすれば憂沙戯の格好がそれだった。
たまらず翔兵は、
「なあ、ちょっと……訊いていいか?」
「なんですか?」
はてな、と首を傾げる憂沙戯。
「その格好……なに?」
「……?」
斜めになった顔の角度がさらに鋭角になり、口元に指を置いて意を得ないといった顔をする。少し間あって、彼女は思いついたように笑みを見せ、
「ああ、なるほど! いきなり服装が変わっててびっくりするのも無理はないですよね。自分でいうのもなんですけど、可愛くて思わず変な声出しちゃいましたし!」
「そうそう、俺もいま大体そんな感じだ。だから、できたら説明してくれるとありがたいんだけど――」
「わたしがやりました!」
「端的過ぎてわけわかんねえよ!」
なんだか犯人の自白みたいな台詞になっているし、そんな勢いよく手を挙げられても困る。説明もへったくてもあったもんじゃなかった。
「え、なんでですか。この場合雫さんの服装しかないでしょうに! というか、翔兵さん? 女の子が着替えてきたんですよ? そんな突っ込むばかりじゃなくて、なにかもっと気の利いた言葉あるでしょう。あえて翔兵さんらの服装に触れないあたり、ちゃんと察してくださいよ。レディーファーストって言葉くらい知っているでしょう?」
「うっ……」
「そらそやな。ここは男の甲斐性ってもんを見せたらなあかんとこやで。センスの見せどころやんか!」
それは、そうかもしれないけれど――少なくとも下品なアロハシャツのおっさんに、センスうんぬん言われたくはない。
あえて憂沙戯に帆を立て、回避しようとした節も、たしかにある。しかし、照れくさいというかなんというか……。こういう感想的なものを求められるのは苦手だった。
ちらりと雫を見る。
黒のシックなフリルのショーパンに、あえてワンサイズ大きめのホワイトシャツ。そのタックインした裾をゆるっとさせ、清楚さの中に甘さをアピールしているあたり、雫らしい。そのシャツに合わせて、ヘアはアップに。高めの位置で無造作にふわっとお団子を作り、白い小さなリボンの髪留めがアクセントになって、艶やかな黒髪をいっそう際立たせている。
雫がいままで見せなかった細い首のライン。
色っぽいうなじ。
こんなものを見せつけられては、翔兵も思わずどきっとせざるを得ない。
足元がスニーカーなのは機動力を考えてのことだろうが、ここはマイナス点だ。
しかしそれでも、雫のその格好はクールの中に女の子らしさを織り交ぜた、絶妙なコーディネートに仕上がっていた。
お世辞とかじゃなく、素直に可愛いと思う。
いや、めっちゃ可愛い。超可愛い。
「……なによ。ジロジロ見ないでよ。……変態」
「…………」
見た目はいいのだけれど……どこか子供っぽく感じるのは雫の性格からだろうか? この悪態がなかったら雫ももう少しは大人っぽく見えるかもしれない。
でも、こういういじらしい態度もそれはそれでありかもしれない。
というか、ありだ。
「……いや、そうじゃなくて」
「ちなみに雫さんの服装はわたしが見繕いました。コデっちゃいました!」
「だ・か・ら、そうじゃなくてだな。お前だ、お前! お前の服装だ!」
「へ?」
翔兵が訊きたかったこととは、雫の服装ではない。興味がなかったと言えばそれは嘘になるけれど――それをともかくとしても、目下の憂沙戯、その格好に突っ込みを入れないわけにはいかない。
彼女の服装を再度よく見てみる。
上は……紺色のジャージだ。獣が飛び跳ねているようなメーカーのロゴが、なんていうか、とても健康的だ。
下も……ジャージだ。多分、セットなのだろう。あっ、違う。下は捻くれたUみたいなロゴが入っている。どうやら上下でメーカーが違うらしい。どうしてそんな面倒なことをしたのか、甚だ疑問ではあるけれど――いまは努めて気にしないようにする。
足元は雫と同じように機動力を優先し、スニーカー……のようではあるが、やっぱりどこか違う。なぜか先端がやけに大きく、全体的に重そうな印象の靴だ。
他には特になにも身につけてはおらず、あるとすれば首から下げた白いタオルくらい。例によってそれにもロゴが入っており、小文字で『abedesu』と書かれていた。
「……あべ、です……」
安部だろうか? 阿部だろうか?
いや、本当にどうでもいいなこれ。誰だよあべって。
ともかく。
本当にともかく。
憂沙戯の服装は趣を感じさせる――というか、自分が公園に趣くというか、統一感のありそうで全くないそのスタイルは、さながら公園でジョギングをするスポーツ少年のそれだった。
すうっと、大きく息を吸って、
「――おっさんかよっ!? せめてジャージくらいメーカー統一させようよっ! そもそもなんでジャージなんだよっ!」
と。
身振り手振りも交え、突っ込みもなかなか様になってきた翔兵である。
「……なっ!? 失礼な! これ以上動きやすい格好もないでしょうに!」
「っていうかその靴なに? もしかして安全靴!? 安全靴なの!?」
「翔兵さんって、そんなとこだけ妙に鋭いですよね。ズバリ、安全靴です!」
見せびらかすように足をあげてみせる憂沙戯。
本人は気付いていないだろうけれど、下のジャージのロゴみたいなポーズになっている。
「うん、安全靴やな」
「安全靴だね」
揃えて頷く薫と雫。
「なんでそんなもん履いてんだよ!」
「え、だって、固いものに爪先ぶつけても大丈夫なんですよ? すごくないですか?」
……すごいかなあ?
いや、たしかに、いまや焼け跡となった街中を歩くなら安全はファッションを差し置いてでも優先すべきことではあるけれど――それでも憂沙戯も女の子なのだから、もう少しなにかあって欲しかった、と、切に思う。
「じゃあ、そのタオルは、なに?」
「そんなとこまで説明いります? いわずもがな汗を拭くためです。あと、何かあったとき止血にも使えますし、あって便利じゃないですか」
「……そりゃあ、そうだろうけどさあ……」
器が違うというか、なんというか。
憂沙戯はどこまでも現実的だった。
女の子のジャージ姿って良いと思います。