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-023- 両雄対峙! ロリコンとシスコン!


 ――試してみた? 失敗した? なに、かまうことない。 もう一度やって、もう一度失敗してみよう――でも、今度は上手に失敗するんだよ――


 これは20世紀に活躍した小説家、サミュエル・ベケットの格言であるが――彼が残した言葉には失敗し続けること、それでもやり続けることの大切さを主に置いたものが多い。


 失敗を恐れるな。

 挑戦することに躊躇いを持つな。

 そして諦めるという行為をするな――と。


 前向きで励みになる言葉だ。

 しかし、この全バトではどうだろうか?

 失敗が死に直結するこの舞台で、もう一度というチャンスが有り得ないこの舞台で――なにをどうやって上手に失敗すればいいというのだろうか?

 日常でならば、それでいい。

 しかし――ここでは、違う。

 後悔することすらままならない、終わったときにはもうすでに死んでいる。

 そんな稀有な状況に置かれ、閉ざされようとする未来に必死にしがみつく者たちに、なんて言葉を投げかければいいのだろうか?

 

「……………………」


 もし、仮に。

 仮に“ここで翔兵に言葉が届くとして”――仮に“彼がそれを理解できたとして”――だ。

 抗うことすら許されない唯一の絶対を前に、果たして少年にいったいなにが出来るというのだろうか?

 圧倒的絶望は存在する。

 いま、光は消えようとしていた。

 抗いようのない絶対を前に――後悔だけを残して――



 ――12時間前。



 大会二日目。

 石川県金沢市にある、とあるホテルの一室。

 ゆったりとした広さのある部屋、その中央に置かれたこれまた大きな木製テーブルの上。

 そこに座る奇妙な生き物に、石川県チームの“騎士”である耗部八太郎は釘付けになっていた。


「……なんだ……これ……」


 動いている小さな生き物。

 ……生き物?

 というよりは、童話か何かから飛び出て来たとか、架空生物がなにか間違って現実に飛び出て来たような、そんな違和感を見る側に与える。


『んぐ……もむもむ……ぷはーっ!』


 その奇妙なモノは自分の身体ほどもあるパンをたいらげ、満足そうにお腹をさすった。

 巧妙な人形劇を見ている気分だ。


『いやあ、満腹ですな! ……しかし、このパンとやら……スカスカしてて、余り好んで食べたくなるようなものではありませんなー』


 小人だ……。

 小人がいる……。


「……おかしい……明らかに同じくらいの体積だったのに……。いくらパンだからって物理的に無理があるだろ……」

 

 いや、違う。

 突っ込むところはそこじゃない。

 なんだこの生き物は? そもそも、生き物っていう認識でいいのか?

 形こそ人のそれではあるが、体格はジュースの缶と良い勝負をするほどに小さい。等身も三頭身ほどで、紐でもつけてぶら下げればストラップとして機能しそうだ。

 その姿はどこか子供向けの人形だとか、そういった愛玩具のように見える。


「なあ毒沢、これなんだよ?」


「…………」


 毒沢は朝食のサラダをフォークで弄び、八太郎をあからさまに無視した。淹れてあったコーヒーを一口すすり、カップをテーブルに置く。

 細めた眼でちらりと八太郎を見、また素知らぬ顔で皿をつつきはじめた。


「…………」


 ほとほと嫌気がさしてくる。


「あー……姫様、これはなんですか?」


 震える声で言った。

 姫様と呼ぶことを強要され、それ以外だと毒沢はこの調子だ。

 耐えがたい苦痛ではあるけれど、目の前のこれに対する興味のほうが勝ったので、八太郎はしぶしぶそう呼ぶ。


「……知らないわよそんなの。少しは自分で考えたらどうなの? 愚図ね、ほんと愚図」


 湧き出るそれを押さえようと頑張ってはいたが、耐えきれず左頬がヒクヒクとひきつった。

 なにが悲しくてこんなやつの下手に出なければならないのか……、忌々しきは毒沢のデバイスだ。それさえなければ、八太郎もこんな女の言いなりになんてならずに済んだであろうに。


『やや、もしかしてオコですかな?』


 小人は緊張感のない声で、その身体に見合わない大きな顔を傾げた。

 つぶらな瞳は毒沢を見上げている。


「……おこ? わけわかんないこと言ってんじゃないわよ。張っ倒すわよ?」


『短気は損気ともいいますぞ。深呼吸をして心の換気をするべきですな!』


「上手いこと言ったつもりかもしれないけど、全然上手くないから。なに得意そうな顔してんのよ、いいからあんたは黙ってなさい!」


 叱咤されへこむ小人。

 どうやらコミュニケーション能力はあるようだが……この生き物もデバイスの機能なのだろうか? 八太郎の知る限り、毒沢の“姫君”デバイスの機能は完全洗脳。“魔術師”である少女、六華のデバイスは空中に炎を生み出す機能のはずだ。それはあり得ない。

 ともすれば、この世界の住人か?

 ふむ、と少し思案する八太郎。


「……いやいや、それはねえだろ。……ねえ、よな?」

 

 いくらここが現実ではない異世界だとしても――それでも世界線の違う同じ日本という地なのだから、突拍子もなく現れたこのファンシーな生き物の存在を「はいそうですか」と受け入れることは八太郎には出来なかった。

 毒沢がそれについて説明してくれるのが一番手っとり早いのだが――この女は自分の知っていることならさぞや悦っぽい顔で饒舌に語るだろうし、言い回しから彼女も知らないと予想はつく。


「……そんなことより、あんたたち。敵を殺しもしないで、よくもまあのこのこと戻って来れたものね? 呆れて反吐が出るわ。いったいどれだけ愚図なのかしら? 見下げ果てて見えなくなっちゃいそうよ。大丈夫かしら」


「…………」


 八太郎は顔を伏せ、押し黙った。

 だれが好きこのんで毒沢の元になど帰るというのか。顔すら見たくないし、一分一秒でも同じ空間にいたくない。

 しかし、デバイス“お姫様のわがまま”により洗脳された五木六華――それ掛けられた制約が逃亡を許さない。毒沢に背けば八太郎は六華に殺され、そして彼女自身は自殺するよう命令を受けているのだ。

 残念なことに、八太郎はこの醜悪な“姫君”に逆らうことも、逃げることすらもできない。


「……六華の炎が消されたんだよ。多分、そういう機能を持った奴が富山にいた」


「言い訳しないで」


「……っ」


 毒沢は持っていたフォークを放り投げるように皿の上に落とす。

 ガチャン、と荒っぽい乾いた音が部屋に響いた。


「いたとして――だからなに? それが逃げ帰ってくる理由になるとでも思って?」


 逆に――

 俺たちが戦う理由は? その間、お前がのほほんと安全な場所でくつろいでいる理由は? 俺たちを奴隷のように扱う理由は? つーかお前の存在意義は? なんで生きてんの? なんで息吸ってんの? もういっそ死ぬか消えるかしてくれねーかな? それだけで俺の人生ハッピーになれるんだけど? もう死ねよ。ほら、早く。死んでくれよ――

 そう、心の中で思うだけで、口には出来なかった。


「……じゃあ、どうすれば良かったんだよ……。俺らに死ねってのか? それだと一番困るのはお前だろ?」


 毒沢にとっても、八太郎と六華が死ぬのは頂けないはずだ。

 俺たちは有用だろう? だったら、もう少し扱いかたを考えてくれ――という意図も少なからずあった。


「あら、口応え? いい度胸ね」


 しかしながら――醜悪であり聡明でもある彼女は、自ら不利になるようなことはしない。不利を招くような真似は決してしない。

 八太郎が思うことは紛れもなく事実ではあるが、それをおくびにも出すことなく、


「手を出して」


 と。


「……? なんでだよ」


 眉をひそめ、八太郎は訊いた。


「いいから。これは命令よ?」


 手をテーブルの上に置きなさい――その毒沢の命令に従い、八太郎はしぶしぶ右手を置く。

 なにをしようというのだろう?

 無性に嫌な予感がした。


「六華」


 言って、毒沢は皿に置かれていたフォークを少女に手渡す。


「この愚図の手に振り降ろしてやりなさい。思い切りね」


「はっ? いやお前なに言って――」


 ダン、と。

 一切の迷いなく少女は八太郎の手にフォークを突き刺した。

 血しぶきが、舞った。

 鋭い痛みが神経を走り抜け、八太郎の顔をくしゃくしゃに歪めさせる。

 貫通した金属の先は骨の間をすり抜けテーブルにまでおよび、反射的に引っ込めようとする手を封じる。激痛に悶える八太郎は膝を折り、手首を押さえながら鈍痛に悲鳴を上げた。

 身体も思考も痛みに支配され、自分という個性が入り込む余地がなくなった脳内は生理的な感情で埋め尽くされる。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛――


「いいこと? これは罰。あんたがちゃんと言うことを聞かないから、ちゃんと言われたことをしなかったから――だから当然の罰。甘んじて受けなさい。あんたが悪い、あんたが悪いの。わかる? あんたが悪い」


「あ……ッが……ッ!」


 言って駄目なら、暴力でわからせる。

 家畜をしつけるように――奴隷も、同じように。

 六華は八太郎も驚くような力で突き刺したフォークを抑えつけた。引きはがそうにもビクともしない。とても14歳の少女の力とは思えない。


「もっと」


 毒沢の声に少女はフォークを反時計回りに捻る。

 ゴリッという音がした。

 八太郎はその角度に合わせ身体を曲げ、パクつかせた口からは声にならなかった息が擦れ出る。いっそう悲痛を深めた表情にも少女は反応を示すことなく、飾られた人形のように感情ない眼で彼を見据えていた。


「……わ、わかった、わかったから! 今夜また行ってくるッ! それでいいんだろッ!? だ、だから、これをやめ、やめさせてくれ……ッ!」


 懇願するように叫ぶ八太郎。

 ようやくそれに耳を傾けた毒沢は少女に指示を出し、彼を開放した。

 冷めた様子で、コーヒーカップを手に取って口に運び――そしてテーブルに置く。

 血で赤く染まった手を押さえ、悶えうずくまる八太郎を見降ろしながら、毒沢はさぞやつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「……コーヒーがなくなっちゃったわ。新しいのを淹れてくれるかしら?」



タイトルでネタバレしてんじゃん! とか言わないように。

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