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-022- 続、昼は短し、決せよ乙女!


「……さて、と」


 男たちに買い出しにいかせ、憂沙戯は雫と二人っきりになった。

 衣服の調達、シャワーという名目もあるが、それは表向きで――憂沙戯はこの状況を狙っていた。雫と二人で話す場を設けたかったのだ。

 そのことを考えてて、さっきは台詞を噛んで、失態を晒してしまった。

 どうも思考しつつ話すのは苦手だ。どもったり、噛んだりしてしまう。


「お洋服を探しにいきましょうか」


 雫も薄々感づいているのだろう。

 その表情は固い。


「そう、ですね」


 先にするべきか――それとも、後にするべきか――

 憂沙戯は少し、悩む。

 けれど、これから待っているのは楽しい楽しい服選びと、気持ちのいいシャワーだ。

 折を見ても良い気がしたが、問題の早期解決は基本だ。特にこの全バトという状況では、いつ何時危機に晒されるかわかったものではない。

 だから。

 気持ちを切り替える前に、尾を引くものは切っておかねばならない。

 それがお互い嫌なことでも、この後には楽しい時間が待っている。そう信じて。

 憂沙戯は踏み切る。


「あっ、そういえば雫さん。ひとつ訊きたいことがあるのですけれど――」


「はい?」


 単刀直入に。

 出来るだけ優しい口調で、


「なんで、撃たなかったのですか?」


「…………」


 案の定、彼女は口をつぐんだ。

 

「雫さん?」


「……私はちゃんと……言われたように、撃ったよ?」


「違う」


 打ち払うように、ぴしゃりと。

 雫の顔色がさらに曇っていく。


「たしかに、あなたはデバイスを撃ちはしました。けどそれは“当たらないように狙って撃った”。……違いますか?」


「…………」


 憂沙戯のデバイス、“皇帝の選択権"。

 起こりうる未来を選択し、決定させる常識から遺脱した機能を持ってしても、可能性のない未来を掴みとることはできない。しかし、それは逆説的に言えば“不吉な贈り物”の命中精度の高さを示すわけなのだけれど――いまは差し置くとする。


「威嚇すれば敵が逃げると思いましたか? でもそれは問題を先延ばしにしているだけだって、自分でもわかっているでしょう? ……雫さん、黙っていては分かりません。ちゃんと答えてください」


「……私には」


 雫は重く閉ざした口を震わせながら、


「人殺しなんて……できない……」


 と。

 それは訴えるようであり、祈るような声でもあった。


「……それで自分が殺されるとしてもですか?」


「…………」


「雫さん。あなたはこのチームの唯一の攻撃手段なんですよ? あなたのデバイス以外、この富山チームには敵を討つ手段がないんです。それ、理解していますか?」


「……たしかに、私はこのデバイスを所持しているよ」


 憂沙戯は頷く。


「だったら――」


「でも! それを所持しているからって、誰かを撃ち殺していいの? 誰かが私を殺そうとしているから、その誰かを殺してもいいの? ……そんな考え、私には出来ない」


「……それは……」


「多分、憂沙戯さんにはわからないよ。同じ与えられた力でも、私はあなたみたいには捉えられない。あなたは自分のデバイスの機能を喜んでいるみたいだけど……私にとってこんなの押し付けられた力。国から押し付けられた、持て余す暴力でしかない」


 雫は繰り返し『押し付けられた』と言った。その言葉に違和感を感じて、憂沙戯は自分を振り返る。自分は“皇帝”の力をどう捉えてきただろうか? と。

 便利な力、使い勝手のいい力、強大な力……少なくとも、雫のように押し付けられたなどとは、一度として思わなかった。


「……そしていま、私は、あなたに“殺人”を押し付けてられている」


 決定打。

 雫はまっすぐ憂沙戯を見返している。

 目は涙で滲んでいたが、それでも力強く感じた。

 零れだしたそれは頬をつたい、雫の顎からワンピースへと落ちた。煤けた灰色の生地にじんわりと無色の染みが広がった。

 踏んでしまった――と、思った。

 みんながそう思っていると思っていた。目指すモノは同じだと信じていた。

 ゲーム開始前、亜蓮るいから受けた説明から、憂沙戯はこれは“そういうものなのだ”と、求める結果に到る過程は仕方のないものだと自己解釈した。

 だって――弱者は強者の食い物にしかならないのだから。

 だから自分は、自分達はその立場にならなければならない。死にたくなければ、そうするしか道はないのだ、と。

 多分じゃなく、雫は本当に優しい。

 本人がそれを否定しようが、どうしようもないくらい優しい。

 たとえ愚かしくも純粋に――誰も傷つかない、誰も死なない未来を求めていたとしても――自分の良心を守り、精神の安定を求める自己擁護だったとしても。

 人としての一線を踏み切る覚悟をした憂沙戯には、雫を非難することも、否定することもできない。それが人間としての生きる上での必要なルールであり、誰もが持つべき最低限の道徳なのだから。

 代わって、憂沙戯は口をつぐむ。

 言葉もなかった。

 なんて言えばいいのか分からなかったのだ。

 唯一思いついたことといえば、この後に楽しく洋服選びは出来そうにないな……、とかそんなどうでもいいことだった。

 少し、傲慢になっていたかもしれない。

 慢心していたのかもしれない。

 胸にじくっと、小さな痛みを感じた。

 

「――でも、もういい」


 と、沈黙を破るように雫。

 虚を突かれ、憂沙戯の口から出た言葉はどこか情けないものがあった。


「私がやらなきゃ、あなたたちが困る。あの火の玉を作った誰かを殺さなきゃ、翔兵くんも、あなたたちも殺されてしまう」


 それはまるで自分は死んでも困らない、そんな風に聞こえた。


「撃つよ。次はちゃんと。ちゃんと撃つから」



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