-021- 昼は短し、決せよ乙女!
屋上にあがるもの大変だったが、崩壊しかけたホテルから出るのも大変だった。
ヒビの入った廊下が崩れて薫が巻き込まれかけたり。
階段を降りる際薫が滑って転んで頭を打ったり。
崩れてきた瓦礫に薫が挟まれたり――と、それはもう、大変だった。
なんていうか、悪霊にでも取り憑かれているんじゃないかな、このおっさんは。
「ううぅ……なんでわしばっかこんな酷い目に合うんやろうか……」
百獣の王であるライオンは、愛ゆえに子を谷底に突き落として育てる、というし。可愛い子には旅をさせろ、ともいう。もし神がいるとすれば、間違いなく薫は愛されている。だから、こんな思いついたように不幸に見舞われるのだろう。
多分、薫は未来永劫こういったことには事欠かない。
なんとなく、そんな気がする。
「日頃の行いが悪いからだよおっちゃんは。ほら、昨日だって振ったコーラ渡して俺をからかったし」
「んなアホな! わしほどの善人は三千世界探してもそうおらん――ぶぉッ!?」
ガン、と。
頭上から金ダライが落ちてきて、薫の頭にクリーンヒットした。まるで『黙れ』と言わんばかりの絶妙なタイミングだった。
多分、焼けたビルのバスから偶然風に乗ったかなんかして移動し、それが偶然窓から落ちて、偶然にも真下を歩いていた薫の頭に直撃したのだろう。
偶然なら、仕方ない。
ともあれ。
ホテルから見渡す景色もそれは酷かったが、その地に足をつけて歩いてみると、凄惨ここに極まれり、といった具合に富山の街並みは荒みきっていた。
建物、電柱、看板、自動車、道路、何から何まで全て真っ黒だった。
よくあの状況から生還出来なあ、と思う。
「――そういえば、なんで火が消えてるんだ? 憂沙戯が例の皇帝デバイスで消したのか?」
煤けた道路の真ん中を歩きながら、翔兵は憂沙戯に訊いた。
「いえ、そんなことは流石に。そもそも、それが出来たならあのとき意の一番に消してますよ」
たしかに。そりゃそうだ。
「わたしが気がついたときには、火はすでに消えていました。それに、なぜかあの状況で敵は追撃を止め、石川に戻ったようです。マップを見ればわかると思うましゅが……思いますが、石川、三つあります」
噛みつつも平静を装い、言いきった憂沙戯。
たどたどしさは出会った当初ほどではないけれど……まだどこか緊張でもしているのだろうか?
言われてマップを見ると、石川には敵を示す赤い点が三つあった。
「三つ? 残りの一つはどこいったんだ? まさか……」
この辺りに潜伏している、のか?
しかし、憂沙戯は翔兵の意を察してか、首を振り、
「その可能性は低いと思います。もしそうである場合、わたしたちが気を失っている間、攻撃しなかった理由がありませんし。多分いま見えている三つのうち二つ以上は昨夜、わたしたちを攻撃したモノとも見て間違いありません」
言っていることが難しくて、翔兵には少し理解できなかった。
小首をかしげ、訊いてみる。
「なんで二つ以上って言えるんだ?」
「昨夜、攻撃されたときに、石川にはドットが一つしかありませんでした。普通に考えれば、残っているのは敵エリアに入れない“皇帝”で、他の三人がわたしたちを攻撃しにきた、という可能性が一番有力に思えますね」
でも――と彼女は言葉を繋ぎ、
「それだと、少しおかしいことになっちゃいます」
「おかしい……ってどういうことだ?」
「だって、“皇帝”を一人にするんですよ? “皇帝”がやられれば、チーム全員が失格になるこのゲームで、そんなことはまずできません」
なるほど、と翔兵は感心する。
昨夜の一件でわかってはいたけれど、憂沙戯は賢い。少なくとも翔兵よりずっと。
「陽動で他県の攻撃を誘った――ということも考えられますが、わたしたちが攻撃されたんですから、その可能性も削除とします」
「……つまり攻撃手の内に“皇帝”も加わり、ここまで来たってことか?」
「多分、それもないでしょう」
「? なんでそう言いきれるんだ?」
「あの炎の雨は、間違いなくわたしたちを殺しにきていました。しかもあれは石川県チームの“魔術師”のもので――」
「“魔術師”? なんでわかる?」
翔兵の質問攻めに、憂沙戯は少し表情を曇らす。
「見ませんでしたか? 陸橋の上で、一人のデバイスが青色に光ったでしょう? 噴水の公園での出来事を思い出してみてください。デバイスを試すとき、翔兵さんのデバイスは何色に光りました?」
「あ……」
そういえば、青だ。
ともすれば“騎士”は赤で、“姫君”は白。そして“皇帝”は黒、となる。
しかし、どれだけ記憶力がいいのだろうかこの憂沙戯は。あの命がけの状況でそこまで冷静に周りを見ていたのか。
「なので、あのときいた敵のうち、一人は“魔術師”。さらに言えば、三時間以上も敵は攻撃を続けたにもかかわらず、その手を止め、石川へと戻った。これは――翔兵さんにはわからないかもしれませんが、“皇帝”はその場にいなかった、と、わたしは考えます」
「……強力過ぎる力、だからか」
「そう。石川の“皇帝"がどんな機能なのか――それは想像もできませんけど。いたとすれば、わたしたちはこうして無事に生きてはいなかったとこでし……いなかった、ことでしょうし。それだけは確信めいたものがあります」
“皇帝”デバイスを持つ彼女がそういうのだから、そうなのだろう。
その言葉には説得力があった。
噛まなければもっとあったかもしれない。
「つまり、あのときいたのは“魔術師”と“姫君”か“騎士”ってことか」
憂沙戯は頷く。
「あれ? でもそうなると、敵の“皇帝”はどこにいったんだ? どうにしたって、一つ欠けているドットの説明がつかなくないか?」
「……ここからは、憶測に偏りますが……まず一つが敵のデバイスの機能で、敵の位置がマップに映らなくなった。二つ目に、何らかの理由で石川県チームに欠員が出た――つまり“皇帝”・“魔術師”以外の誰かがすでに失格になった、ということですね。そして最後は、敵のうちの一人、恐らく“皇帝”が緑の枠内――中立エリアである北陸自動車道に潜伏しているという可能性です」
「……………………」
そろそろ思考が追い付かなくなってきた翔兵である。
わかりやすいように三行くらいでまとめてくれないかなあ、と思う。
「まず一つ目は、ありえません。昨夜、攻撃時点でマップに石川チームの表示はありませんでした。しかし、いまは三つある。もし、敵にそんな機能のデバイスがあるならこれは矛盾と言えます。二と三については、現時点ではなんとも言えませんが――マップの動きを見る限り、福井県チームが攻撃したようにも見えませんし、恐らく三つめの、潜伏している可能性が高い、だと思います」
「――っ! じゃあ、いまも俺たちを監視しているってことじゃないか!」
ふー。
やれやれ、と。
憂沙戯は手をひらひらと振ってみせる。
「少しは考えましょうよ翔兵さん。監視しているのが“魔術師”なら、すでに攻撃してるでしょう? “皇帝”はそもそもこちらに入ってこれませんし。攻撃されなかったという事実はつまり、相手が攻撃出来ないってことなのですよ。ついでに言っておきますと、“騎士”か“姫君”がその場に残っている理由もありません……まあ、一瞬で移動できるテレポートみたいな機能なら、また話は変わってきますけれどね」
「……なんか、自分の無能さに泣けてくるよ……」
がくっと肩を落とし、消沈する翔兵。
「あっ、いえ、そんなつもりで言ったんじゃないんですけど……あの、すいません」
憂沙戯はあたふたと両手を泳がせ、フォローする。
彼女の年齢は21。
徴兵制度により、帝国から兵士としての教育はすでに受けている。
その差は戦闘状態になって顕著に現れていた。
ただの高校生である翔兵が教育を受けた彼女の話についていけなくても、それは仕方のないことではあるけれど――若いとはいっても、やはり男だ。
頼られたいという思いはある。
「えっと、話をまとめますと――敵は昨夜、攻撃を止めるなんらかの理由あり、戻らざるを得なくなった。攻撃手には“魔術師”がいて“皇帝”はいなかった。いま見えるドットのうち、二つ以上は昨夜攻撃に参加したモノで、確認の出来ないドットは中立エリアに潜伏し、それは“皇帝”の可能性が高い……と、いう感じですけど……ここまで大丈夫ですか?」
「……つまりあれか、いまは安全……ってことでいいんだな?」
「…………」
「……なんだよ」
「……翔兵さん。面倒くさくなりましたね?」
「ごめん、ちょっとだけ」
「もうっ!」
と、頬を膨らます憂沙戯。
「まあ、いいですけどね。たしかに、いまは安全です。いまは、ですけど」
あえて強調するように同じ言葉を重ね、そっぽを向いた。
仕草が実に幼い。
まるで、大きくなったゆゆを見ているようだ。
「でも、だからって今晩は攻撃されない保障はありません。ですので――はい、これ」
さっと差しだされた紙。
そこには、当面の食糧・水・携帯端末・武器になるようなもの(ナイフなど)・寝袋、毛布・雨具・医療品(出来るだけ多く)、と書かれていた。
「翔兵さんと目多牡さんで、これらを大きめのカバン二つに分けて、人数分集めてきてください。この時代の日本は裕福そうですし、物資も豊富です。近くにも大きな配給所があると思いますので、そう難しいことではないと思います」
「……別にそれは構わないけど、お前らはその間なにすんだよ? 俺たちパシリか?」
「わたしたちは服を選びにいきます」
「……は?」
突拍子のない返答に、きょとんとする。
「見てください、この格好」
ほら! と、憂沙戯は両手を広げてみせた。
「男の人はいいかもしれませんが、女の子は格好に気を払うものです。それに、シャワーも浴びたいですし……」
そういうものなのだろうか? そういうものなのだろう。
たしかに、バスローブはもう羽織ってはいないが服は煤だらけで、とても人様に見せられるようなものではなかった。雫のワンピースも昨日拵えたばかりだというのに、元の色が白色だったとは思えないほど黒く汚れている。
「うーん……」
観念したように、翔兵はため息をついて、
「……わかったよ、揃えてくりゃいいんだろ。……おっちゃん、行こうぜ」
「よっしゃ! んなら行きしなわしらも服仕替えよか。パンツまでびっちょりやし、たまらんわ」
丁度、燃え尽きた街並みと、火の手が及ばずその豊かそうな形を保っている街の境目に差しかかっていた。
翔兵、薫らは右に。憂沙戯、雫らは左へ。
一旦分かれる。
「あ、翔兵さん! 目多牡さん! マップからは目を離さないでくださいねー!」
憂沙戯はすでに遠くなった二人に大声を張って促す。
翔兵は振り返ることなく、片腕を上げて合図をした。




