-019- 未知との遭遇! ホテル編!
主婦の朝は早い。
全バト二日目。北陸エリアで唯一枕を高くして眠れた石川県チーム“姫君”である毒沢桐子は、その習慣で朝陽よりも早く目覚めた。
見覚えのある風景ではないそこは、石川のとあるホテルの一室だ。
「……ああ、そうだったわね。冗談じゃないわ、ほんとに」
寝起き早々、嘆息する。
しかし、いつものように家族の朝食をこしらえる必要はない。義務から解放され、少しだけ楽な気持になる。二度寝でもしようか――と、布団を被るが、じわじわと胸を押し上げてくる不安がそれを許さなかった。
面倒で仕方なかったことがいまは愛おしくも感じる。
日常とはかけがえのないものなのだと、毒沢は初めて知った。
「あ、そういえば……」
視界モニターに映るマップを見る。
昨夜、彼女は耗部八太郎と五木六華に命令を下し、富山チームを攻撃させたのだ。なぜ富山かといえば――それは近いから。他には特に理由はない。
もちろん。富山で繰り広げられた地獄のような一夜を毒沢は知らない。
マップを見るに、どうやら八太郎と六華は、北陸自動車道を北へ進んでいるようだ。味方を示す白い点が、毒沢のいる金沢のほうへと少しづつ動いている。
首尾良く事を運んだのだろうか?
縮小し、富山までそれを広げてみる。すると、敵を示す赤い点が、富山インター近くの場所に集まって光っていた。敵を殺せばこの光が消えるのかどうか、それはわからないけれど――普通に考えれば、富山チームはまだ生きている。存在するという意味が、マップにいまだ映し出されているからだ。
つまり、八太郎と六華はしくじったのだろう。
そしていま敵から逃げ帰ろうとしている真っ最中なのだろう。
負け犬のように。
尻尾を巻いて。
「まったくもう。使えない、ほんっと使えないガキたち!」
と、悪態ついたそのとき、
『ひゃっ!』
「ッ!?」
驚くような声が聞こえた。
「だ、誰っ! 誰かいるの!?」
そんなはずはない。
寝る前にちゃんと部屋の扉には鍵を掛けたはずだ。そもそも、そんな人が入り込めるような隙を醜悪聡明な彼女が作るはずがない。しかし、その声は空耳などでは決してなく、間違いなく聞こえた。甲高い、子供のような声が。
恐る恐る毒沢はベットから起き上がる。
首を振って部屋を見回すが、人影なんて見当たらない。
『誰もいませんぞ!』
「いや、いるじゃない! 喋ってるじゃない! 誰よあんた、どこにいるのよ!」
毒沢に突っ込みをさせるとは、只者ではない。
姿の見えない声は、どこか幼い印象だ。かといって、どこから聞こえているかわからないのだから気持ちのいいものではない。
ふと、ベッドの正面、木製のデスクの椅子をよじ登る“それ”を見つけた。
“それ”は椅子を登頂すると、デスクの上へとぴょんと跳ね、着地。
振り返り、両腕を組んで仁王立ちをした。
「……え?」
目が合った。
三角にとんがった赤色の帽子。
ぱっちりと愛らしさを感じさせる目。
帽子と同じく赤色のサンタクロースのようなローブを身にまとい、その足に履いたブーツの先にはウサギの尻尾のようなモコモコしたものが付いている。
形は人だった。
しかし、一見しただけで、それは人間ではない、と断言できた。
毒沢の知っている人間とは、少なくともデスクに設置された照明スタンドよりは大きいし、ポケットサイズの手帳の上に立てるような大きさではない。
つまり、違うと断定できた理由はそこであり――それ以外にはなかった。
なぜなら“それ”が単純に小さすぎたからだ。
『いやはや、見つかってしまいましたな!』
隠れる素振りもみせず、その小さい人の形をしたものは言う。
よくある言葉で表すなら、それは“小人”だった。