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-018- ボクっ娘(眼鏡属性)! in福井県!

 福井県、大野市。

 そこは静かな城下町だった。

 小さな山の山頂にそびえるライトアップされた城。短冊状に区切られた町並み、築かれた寺院が連なる寺町通りなど、400年を超える歴史を彷彿とさせる景観を今も色濃く残していることから、そこは北陸の小京都と呼ばれている。

 名水百選にある御清水おしょうずも有名だ。

 神谷葵こうやあおいは、とある公民館からぼうっと眺めるように、闇の奥に光る城を見ていた。

 大野城、と言うらしい。

 かつては栄えたであろう城下町には、建物だけを残し市民は誰ひとりとしていない。それはもちろん、福井県チーム、その四人を除いては、だけれど。

 怖いくらいの静寂がそこにはあった。


「ねえねえ。神谷くんはこれ、どう思う?」


 声に振り向く。

 長い髪を後ろに束ね、シルバーフレームの眼鏡をかけた女性が顔を傾げていた。福井県チームの“魔術師"である、斉藤詩織さいとうしおりだ。

 これ、とは先ほどマップに動きのあった石川のことを差しているのだろう。

 日が変わる少し前に石川県チームの赤い点が二つ動き、消失したのだ。

 葵は少し考えてから、


「……うん、どうだろうね。相手に位置を把握させない機能を持ったデバイスか、このゲームの仕様上のことか。……まあ、ないとは思うけど、仲間割れを起こして“皇帝"以外死んでしまった、とか?」


 パッと思い付いたことを並べる。


「んん? なんで“皇帝"以外って言えるの? 一番機能が強いから?」


「それ以前の問題だよ。ルールを思い出してみて。“皇帝"が失格になれば、そのチーム全員が無条件に失格になる――って説明のときに亜蓮さんが言ってたよね?」


「あーそういえば! 言ってた……かも?」


「だから一人残っている場合、それは“皇帝"以外ありえないってこと」


 なるほど、と彼女は頷く。


「神谷くんは頭いいなあ。ボクはどちらかといえば体育会系だから、考えるのは少し得意じゃないんだよねえ」


 ボク、と詩織は自分の一人称をそう呼ぶ。

 念のため確認しておくと、先にもいったように彼女は女性だ。実は男の娘でしたー! なんて伏線ではないし、そんな展開にもならない。

 女性なのにボク。

 しかしながら、徴兵制度のあるこの大日本帝国においてそれはさして珍しいことではなく、特筆すべきことですらない。


「頭が良いというか、初等戦術以前の基礎的問題だと思うけど……軍校で教えてもらったよね?」


「んっと、どうだろう? あんまり記憶にないかなあ。多分教えてもらわなかった気がするけど」


「…………」


 そんなはずはないのだけれど……と、神谷葵は心の中で嘆息する。

 実際、葵は軍校で懇切丁寧に教わったからだ。

 帝国では二十歳を過ぎた全ての国民に対し、兵役を科し、一切の例外なく一年間の軍事訓練を受けなければならない。

 比較的平和な国であれば、国防を務める自衛隊員は本人らの志願のもと形成されるだろうが――そうでない場合、この制度がとられる。

 というのも、それは単純に死の危険が高いから。

 祖国防衛だけでなく、強国に派兵を要請されれば大日本帝国にそれを断ることは出来ず、世界各地の戦争に出されることになる。それにより自衛隊員の死者数は当然伸びる。結果、志願者は減り、国としても防衛力を維持しなくてはいけないわけだから徴兵制度を敷くほかなくなるのだ。

 第三次世界非核大戦では強国連合に大敗を喫した帝国ではあるが――もともと大日本帝国の軍事力は他の国のそれと比べても高い水準にあった。

 逆に言えば、世界各国を敵に回し、戦争を出来るほどの力を当時の帝国は持っていた。

 敗戦の起因となった超高度AIが生み出した“分子分解爆弾”がなければ、あるいは今も戦闘状態にあったかもしれない。

 ともかく。

 ここで触れておきたかったことはつまり、大日本帝国において二十歳とは一種の線引きであり、それ以上か以下か、兵役に服したか否かで兵士としての知識や経験、純度がまるで違うということだ。


「……ところで、詩織さんはどう思ったの?」


「なにが?」


「マップのこと」


「神谷くんはどう思ってるかなーって」


「うん。点が消えたことに対しての君の見解を訊いているんだけどね」


「? それをボクが訊いているのに、なんでそのまま返してくるの?」


「……いや」


「なあに?」


「なんでもない」


 しかし、どうやらこの斉藤詩織にはそれが当てはまらなさそうだ。

 経験、技術はともかくとして、兵士としての知識――というか、一般的な常識まで可哀想なくらい足りていないように思う。

 出会ってまだ一日も経ってはいないが、なんとなく、彼女の性格が掴めてきた。

 見た目は深窓の令嬢とか、おしとやかで聡明そうな雰囲気を持ってはいるが……実際には会話していて面倒になるほど残念な頭をお持ちのようだ。


「へんなの。うちのおじいちゃんみたい。おじいちゃんもよくカレンダーに書かれたお姉さんと話してたけど、その人死んじゃったおばあちゃんによく似てるんだって。すごいよね!」


 詩織はいったいなんの話をしているのだろう。

 おっとりとした口調で、悪意のかけらもなくすっとぼけたことを言うものだから尚質が悪い。もしかして詩織の一家全員がこんな感じなのだろうか? もし仮にそうならば、少なくとも葵なら一日と持たず発狂してしまいそうだ。


「ねえねえ神谷くん。ボクらは動かなくていいの?」


「ん、もう少し待ちかな。まだ一日も経っていないんだから、そう急ぐ必要もないと思うよ。それに、漁夫の利を得られるかもしれないしね。わざわざ対岸の火事に首を突っ込むこともない」


「ぎょふのり? ……それって、食べ物?」


 真顔で訊いてくる詩織。

 彼女は本当に成人しているのだろうか?

 身体は大人、頭脳は子供なのだろうか?


「んっと……」


 そろそろ本当に面倒になってきた葵である。

 説明してもいいけれど……なんだかきりがないというか、詩織との会話自体が不毛な気がしてきた。今後、彼女の前でことわざや慣用句を並べるのは控えたほうがいいのかもしれない。


「……うん。ホカホカの白ご飯に乗せて、醤油をかけて食べると美味しいんだ」


 海苔的なノリで。

 ボケてみた。


「へーえ! 食べてみたい! え、それって待っていれば食べられるのかな?」


 予想通り、突っ込みは発生しない。

 詩織の疑いを知らない純真無垢な笑顔に少しだけ罪悪感を感じるが、呆れのほうが勝っていたのでスルーしておく。


「それはどうかわからないけど、可能性はあるかもね」


「よし、じゃあその可能性に一縷の望みを託そう!」


 右手の親指を立てて、突き出してみせる詩織。

 サムズアップ。

 それの意味は分かるけれど――残念ながら、葵にはそれの意味……というか、この詩織自体が理解できそうにない。


「……難しい言葉知ってるんだね」


「えー、そうかな? ふふ、これくらい常識じゃない?」


 どこか得意気に言う詩織。

 漁夫の利は知らなかったくせに……。


「……なんか煮え切らないなあ」


「?」


 先が思いやられる、と。

 深い深いため息をつく葵であった。

 

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