-016- 続々、襲撃! 炎の涙!
魔術師デバイス、“炎の涙”。
能力の名はフレイムティアーという。
それは戸津甲翔兵ら富山県チームを街ごと襲い、未曾有の大火災を引き起こした石川県チーム、五木六華の持つデバイスの機能であるが――傍から見ていても寒気を引き起こすほど、現実離れしたものだった。
上空から落とす炎の塊。
その威力は戦闘機ミサイルと言われても差し支えないほどのものだし、さらに厄介なことにこの炎は、ねばねばと燃え尽きるまで対象にへばりつく。
空襲に使用されるクラスター爆弾以上の範囲、気化燃料爆弾を超える威力、そしてボンドのような粘着性を持った炎。その特性から異常なまでの効率で街を飲み込んだそれは、当然、富山県チーム全員を焼き殺してしまうと思っていた。
――が、しかし。
現実にはそうはならなかった。
「おいおい……」
富山インターから近く、フェンス越しに街を一望できる陸橋の上。
耗部八太郎はうろたえる。
「なんだよ、いったい何をしたんだ……?」
六華が出現させた炎の球体は、爆風に舞った看板や車などによって軽減され、尚信じられないことに落下の直前、ビルがまるで意思を持って避けるかように傾き、直撃を免れたのだ。
「偶然、か?」
……いや。
そんなことが都合よく起こるはずがない。
これは敵のデバイス、その機能と見て間違いない。
だがしかし、いったいどんな能力を持ってあの灼熱の月を回避したというのだろうか……? ビルを傾けるほどの力、そんな馬鹿げた能力を持つデバイスなんて存在するのか?
八太郎には想像すらつかない。
しかし、
「……ッ!」
悠長に構えている場合ではない。
反撃が来る。
追撃を止めれば、またあのレーザーが飛んでくる。
いま、いたわしく思っていた対象が畏怖すべきものへと完全に転化した。
「六華、乗れ! ここにいたらまずい!」
車に乗り込み、エンジンを掛ける。六華も無言で助手席につく。当然、相手の目印になるようなライトは点けない。
「……くそ! なにをどうしたらあんなん防げるってんだよ、ああ、よくない。なんでこんなことしてんだ、俺……」
愚痴を溢しながら、考えを巡らせる。
咄嗟に思いついたのは移動しながらの攻撃だ。
距離でのアドバンテージが取れないにしても、相手の攻撃は点であり、こちらは面だ。それに街が燃えている以上、敵に逃げ場はない。
分は断然こちら側にあった。
「……お前がそんなんじゃなかったら……あんな奴に従わなくて済むんだけどな……」
「…………」
「どうせなら、お前が姫君だったらよかったのにな」
「…………」
「なあ? 六華」
「…………」
少女は言葉を返さない。離れていく敵のほうばかりをじっと見つめていた。
いまの彼女は姫君の命令しか頭にないのだろう。
毒沢の姫君デバイス、“お姫様のわがまま”の機能、パーフェクトメランコリーにより、五木六華は哀れな人形となり果ててしまっている。
しかも、その命令は八太郎の行動にまで制限を掛けるいやらしいものだった。
「……約束は守るぞ」
無言。
「俺が、守ってやるから」
それでも八太郎は少女に声をかけ続ける。
切なく、祈るように。
虚しく、懇願するように。
「絶対に助けてやるから。だから、もうちょっとだけ待ってろ、六華」
「……………………」
ふと、窓の外を見る六華が、小さくかすかにその首を縦に揺らした。
八太郎はそれに気付かない。
そもそも――彼をここまで突き動かすものはなんなのだろうか?
実際、八太郎は少女、五木六華と出会ってからまだ一日も経ってはいないのだ。そう必死になって助ける理由もないように思える。
それは良心か――それとも他の理由からくるものなのか――
案外。
八太郎は寂しいだけなのかもしれない。
孤独が、怖いだけなのかもしれない。
誰からも必要とされていない自分の価値とはなんなのだろう? それから目を反らすために、必要とされたいがために、自分は少女を助けたいのではないだろうか……? だとすればたまらなく滑稽だ。
でも。
それでも。
失いたくないという気持ちは、紛れもなく本物で――その思いは、彼を突き動かすには十分過ぎるものだった。なにかを守る――それは人間を動かす強烈な動機となる。
瓦解した石川チーム。
その渦中で、八太郎は必死に自分の“意味”を見出そうとしていた。
追記 8/16 誤字訂正しました。