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-015- 続、襲撃! 炎の涙!

 踵を返し、部屋へと戻る。

 電磁式の扉を開け、見えた窓からは煉獄に焼かれる富山の街が広がっていた。あまりに非現実的過ぎるその光景に、思わず立ちくらみを起こしそうになる。

 幸いにもまだ窓ガラスは割れておらず、室温こそ上がってはいるが、そこまで大したことではなかった。

 いまはまだ――ではあるが。

 足早にベランダを目指す、窓から覗き込むと、あった。

 ハッチだ。


「……ありますね」


「これで上の階にいける。たしか七階には屋上へいく階段があったはずだ。でも……」


 翔兵と視線が絡む。

 ハッチを開き、ハシゴを下ろして、上の階に移動する。

 簡単なことではある。

 しかし、その為には窓の外に出なければならない――つまりそれは、灼熱と化した外気に晒されなければならない、ということだ。

 憂沙戯は頷く。


「……覚悟を決めましょう」


 意を決して戸を開いた。

 気圧差によって外へ外へと出たがる空気に背中を押されつつ、ベランダに出る。

 チリつく肌、酸素が薄く息苦しい。痛みを伴った熱気が襲いかかってくる。外気に触れる部分がじわじわと悲鳴を上げ始めるのが分かった。長時間これに晒されればローストハムになってしまいそうだ。

 しかし、直接晒されているわけではないので辛うじて活動出来る範囲ではある。外壁に設置された階段ならこうはいかなかっただろう。

 雫の咄嗟の判断が功を奏した形となった。バスローブを濡らしたことも的確といえる。


「おっちゃん、背中貸してくれ!」


 バスローブを口に押し当て、翔兵が言った。外気温が高すぎて、呼吸するだけで強烈な痛みを発するからだ。

 その意図を察した目多牡は四つん這いになり踏み台になる。それに乗り、翔兵がハッチに備え付けられたハシゴを落とした。


 ガンッ。


「――ぶべらッ!?」


 ハシゴが目多牡の後頭部に直撃した。


「あ、ごめん。大丈夫かおっちゃん?」


 この人はとことん運がない――と、憂沙戯はそれを口には出さないが、思い出したように災難が目多牡に降り注ぐのは確かなことだった。

 それはまるで、神の見えざる手によって弄ばれているかのように。

 思いついたからとりあえずやっとけばいいや。とか、そんな具合に。


「ぐ、おお……う……」


 頭を押さえ痛みに悶える薫。

 可哀想に、と哀れみの目で見降ろしつつ、


「……オプション」


 憂沙戯は自分のデバイスの機能を呼んだ。

 視界に飛び込んでくる数多のビジョン。

 そこにはまだ最悪は映し出されてはいない。

 ……まだ、大丈夫。


「よし、これで上にいける!」


 折りたたみ式のそれはガチャンと音を立て、六階と七階を繋げた。

 急いで四人は上の階へと昇る。

 閉まっていた窓を翔兵がぶち破り、鍵を開け部屋の中へと逃げ込んだ。

 たった一、二分外気に触れただけで全身ぐっしょりと汗を掻いていた。喉の奥が枯れ、髪もぱさぱさになってしまっている。

 お風呂入りたい、そんな欲求は後回しに、


「……急ぎましょう。いつ敵の攻撃がくるかわかりません」


 息着く暇もなく部屋を出る。

 六階の通路と同じような構造、しかし決定的に違うのはエレベーターのフロアから屋上へと続く階段があることだった。

 階段を駆け上がり、階段室の扉を開く。屋上。

 ようやく――目的の場所へと移動することができた。


 ――が、


「……そんな……」


 屋上から見渡す――その光景に続く言葉が出なかった。

 炎が暗い夜空を一様の茜色に焦がし、煙と火の子と燃えッカスが、渦を巻きながらダンスをしていた。建物が焼け落ち、物が爆ぜ飛ぶ音が鼓膜を震わした。部屋からでは分からなかったが、街は思った以上の範囲で火の海に呑み込まれていた。

 どうしようもないくらいに――絶望に染められた風景がそこにはあった。

 生々しい感覚が湧き上がってくる。

 死の恐怖。

 首尾よく敵を討てたとして、この炎の中から果たして無事に生還できるのだろうか……?


「でも……」


 それでも、動く。

 否。

 じっとしていたら、どうにかなりそうだった。

 むくむくと透視のきかない煙幕が盛り上がる中、憂沙戯は必死に首を振り、敵を探す。

 中立エリアでは位置情報が表示されない――その予想が当たっていれば、敵はそこにいるはず。見つけられなければ……それは考えたくもないことだが、四人仲良くローストハムだ。


「……見つけた!」


 インター入口のすぐ近く、陸橋の高いフェンス越しに男の姿があった。そのすぐそばには乗って来たのであろう闇に溶ける黒塗りのワゴン車。

 遠目からでよく見えないが、そのとなりには背丈が男の胸にも満たないほどの幼い少女が立っていた。


「……あんな小さい子まで、参加させられているの……?」


 ふと。

 少女と目が合った。

 瞬間。

 憂沙戯は腹の底から押し上げるものを感じた。恐怖が全身の皮膚を逆撫でに走り抜け、戦慄する。少女が掲げた右腕――その手首にはめられた銀色のデバイスがコバルトブルーの輝きを見せたのだ。

 “魔術師"の攻撃が、発動した。


「――雫さん撃って! 早く!」


「えっ? え? 撃つってなにを……」


「あなたのデバイスです! 敵はインター入り口から右、陸橋の上にいます! こちらの位置がバレました、攻撃される前に早くっ!」


 慌てて少女のほうを指差し、促す。

 雫は気づいたか、表情を一気に強張らせた。


「……で、できるわけないでしょ!? あんなの撃って当たったら、あの人死んじゃうじゃない!」


「そんなことを言ってる場合じゃ――」


「……なあ、これってマズイんじゃねえか……?」


 翔兵は空を見上げ、言った。

 視線の先に目をやると、そこにはオレンジ色の球体があった。むくむくと膨れ上がりいまにも落ちてきそうだ。

 憂沙戯は眼下に広がる黒い消し炭となった街を見た。

 アレを落とされれば、自分たちもああなってしまう――思わず、叫ぶ。


「死にたいんですかッ!? お願いだから撃って! 撃って下さいッ!!」


 雫はうなじに手を差し入れ、髪を思い切り握り、いやいやをする。

 状況が許すなら憂沙戯だってこんなことは言いたくない。だが、それ以外に方法はないのだ。焼き殺される前に撃ち殺すしか生き残る手はない。

 いま、富山県チームの命運は雫の細い肩に掛かっていた。

 

「……無理だよ、できない……できたとしても当たるはずない……」


「わたしのデバイス、“皇帝の選択権”は“可能性のある未来を選択し、決定させます"。雫さんがデバイスを撃ちさえすれば、わたしは命中する未来を掴んできます!」


「……っ」


 雫はぎゅっと目を閉じる。

 そして意を決したように、見開く。

 涙が宙を舞った。


「……“不吉な贈り物”」


 言って、雫の腕にはめられたデバイスの液晶部が赤く発光する。

 大気が捻じ曲げられたような得も言えない震動音と共に、彼女の背後で空間が黒煙より黒く渦巻き始める。そこから件の大型電磁投射砲がその巨大な砲口を覗かせた。

 掲げた腕、雫の視線に合わせるように敵を捕捉し――タービンが高速回転するような、電子音とも機械音ともとれる甲高い音を立て始め、銃身が次第に青白く光り出す。


「……アンラッキーギフト……ッ!」


 刹那。

 強烈な光の塊が立ち昇る黒煙を切り裂き、陸橋めがけ一直線に瞬いた。

 それはフェンスを融解させ貫通。けたたましい轟音とともにワゴン車のすぐ横、陸橋を貫き、その下のアスファルトにどこまでも続く大穴を作り出した。


「……えっ、なんで……」


 ――外れた。

 その結果とは別の理由で、憂沙戯は狼狽する。

 なかった。

 掴み取れるはずの未来が、並べられた幾多の選択肢の中になかったのだ。

 わけがわからなくて、頭の中が真っ白に溶け落ちそうだった。まるで海の真ん中に放り出されたように呆然と立ち尽くす。

 海とはいっても、それは火の海だけれど。


「なんで……見えないの……?」


 憂沙戯の持つ皇帝デバイス――“皇帝の選択権”。

 それは数多ある近い未来、起こりうる事象を垣間見、取捨選択し、それを決定させる機能なのだが――彼女はそれを誤解していた。

 公園でコインを25回振り、その全てを表にさせたことから、天文学的数字の確率をも簡単に引き起こすことが可能だと思っていた。確率分母三千万分の一以下ですら容易に掴み取る、得てして雫の放ったレーザーも敵に命中するはずだった。

 させるはずだった。

 しかし。

 それは積み重ねられた確率であり、一回のコイントスでコインが表になる確率は無作為に五割。回数をこなし、何乗にも膨れ上がった数値がそれである。

 “皇帝の選択権”が掴み取れる確率こそ定かではないが、ある一定レベルで起こりうる可能性、その未来の決定であり、“まず起こりえない未来"を決定させることは出来ない。

 だから。

 だから、外れた。

 しかし憂沙戯は目まぐるしく回転する思考の中、二つのことに気付く。

 自分のデバイスの機能、その欠点と伸びしろの高さ。

 もう一つは外れた事実に対する雫への疑惑。あまり考えたくはないことだが――それはつまり雫が――

 

「おいおいおいおい、落ちてきた、落ちてきたぞッ!?」


 翔兵の悲鳴に、憂沙戯はハッと我に返る。

 呆けてなんている場合ではない。

 見上げるとオレンジに輝く灼熱の月が、夜空を覆い尽くさんほどに膨れ上がっていた。

 あれを落とされればホテルは炎に包まれること必至だ。


「あかんっ! あかんて! わしまだ死にたくないッ!」


 薫が叫ぶ。

 憂沙戯も身が縮む思いだった。みぞおちのところがバクバクと力強く脈打つのが分かった。

 狼に襲われる子ウサギのような感覚。

 圧倒的などうしようもない感。

 強大過ぎる死の影。


 でも。


 それでもまだ憂沙戯は諦めない。

 震える膝を無理やり立たせ、チリつく空気を胸いっぱいに吸い込み――そして吐いた。


 ……まだ、負けてない……。


 ……まだ、生きている……。


 だったら――残された一分一秒、全力でもがくッ!


 憂沙戯は空から舞い降りる月をにらみつけた。

 それは生への渇望で。

 そして死への抵抗だ。


「――わたしはッ! こんなところで死ねないッ!!」


 再度、憂沙戯は未来を垣間見る。

 コンマ数秒で膨大なビジョンを処理、組み合わせ、最善の未来を判断する。


「雫さん! あれを撃ち抜いて!」


 雫がアンラッキーギフトを使う未来を決定。

 巨大電磁投射砲は球体の外郭、中心からやや左方向を打ち抜く。

 レーザーを受け、飛び散った液状の炎が気流に乗って黒煙と共に舞い上がった。

 さらに、選択。


「……やっぱりそうだ……」


 視界いっぱいに広がる無数のヴィジョン。

 そこに一瞬前までは見えなかった映像があった。

 炎が降り注ぎ、四人が焼け悶える未来。そして偶然にも散った炎が当たらない未来。


「未来は……連鎖できる……っ!」


 憂沙戯は決定する。

 当然、炎は四人には飛散しない。

 雫のデバイスによって大きなオレンジの月は左半分を失った――が、それでもまだ余りある。

 炎で主柱が溶け落ち、宙を舞った交通表記の看板が凄まじい上昇気流に乗りそれをはたく。爆発を重ねに重ねて、不自然にも飛び上がった乗用車が灼熱の月を横殴りにする。


「――みんな伏せてッ!」


 突如、大爆発。

 ガソリンに引火した車が炎の中心でけたたましく哭いた。それと同時に、屋上に設置された貯水タンクが弾け飛んだ。雫が撃ち抜いた炎が降り注ぎ、鋼鉄のタンクの側面に穴を開け水蒸気爆発を起こしたのだ。

 選択。

 衝撃でぶっ飛んだタンクの破片は半欠けしたオレンジの球体、そして屋上に続く階段室の扉に突き刺さる。膨大な水蒸気は衝撃波に乗って炎を揺さぶり、飛散する火の粉を払拭する。

 決定。

 破片を受けた扉は破壊され、すでに火の海と化した七階フロアに空気を入れる。急激に入れ込まれた酸素はバックドラフトを呼び、吹き飛んだ扉はもちろん炎の球体に向かって一直線にぶっ飛ぶ。その爆発の衝撃はさらに追い打ちをかけるように大気を揺らし、結果となって起因を作り出し――そして起因が結果を呼び起因を作り出す。

 まるで偶然が意思を持ったかのように繋がり――乗倍するかのごとく次々と事象が連鎖していく。


「あはっ」


 笑った。

 小さく、不敵に。

 憂沙戯の思考は加速度的にその回転を速める。迫り来る死が彼女の集中力を人間のそれを超える領域にまで到達させた。瞳孔は見開き、落ちてくる炎の月を直視。たとえ網膜が焼き付こうとも彼女はそれを凝視し続けるだろう。

 瞬きする間もなく、“皇帝”は未来を積み重ねる。


 地上にある車が爆発した。


 焼けた建物が崩壊した。


 剥がれた外壁が気流に乗って宙を舞った。


 熱で膨張した水道管が衝撃で破裂した。


 電柱倒れ、鉄塔が崩れ落ちた。


 飛んできた空き缶が薫の頭に直撃した。


 黙視できないほど赤黒く染まった街で、描写しきれないほどの出来事が起こった。


 そして――


「……掴んだっ!」


 紡ぐ。

 あるはずのなかった未来への糸。

 何十、何百にも掛け合わされた偶然は、憂沙戯らの立つホテルを傾け始める。

 建物が崩落する寸前――奇跡的に止まった位置は果たして炎の球体の真下を外していた。零れ落ちた炎はホテルを掠め、轟音と爆炎を撒き散らしながら、地面へと落ちる。


「……なっ、なにが……起こってるの……?」


「助かった……のか……?」


 皆一様に呆然とする。

 全ての事象が憂沙戯らを守るように働いた。

 二を四に――四を八にするように――起こりうる可能性を積み重ね、事象を連鎖し、未来を“決して起こりえない領域”にまで到達させしめた。

 憂沙戯は再度、震える。

 自分の持ったデバイス――人知を凌駕し、世の理さえをも超越したその機能に。


 それは神の見えざる手か?


 ――否。


 超ご都合主義なのか?


 ――断じて否、だ。


 チートだの反則だの、なんとでも呼ぶがいい。

 これが彼女の持つ皇帝デバイス――“皇帝の選択権”の力だ!


「……憂沙戯……さん?」


 もうもうと――水蒸気が立ち込める中。

 憂沙戯は天を仰ぐ。

 熱っぽい黒い雨が、まるで彼女を祝福するかのように降り注いでいた。

 見上げる夜空は赤暗くて、厚い雲はどこまでも――どこまでも続いているような気がした。

 それでも。

 彼女は光差すほうへと手を伸ばす。


 ……だって、それを掴み取る力は、もうすでに持っているのだから。

 

「未来は……わたしの手の中に……」


 いま、富山県チームの“皇帝”が、その小さな産声をあげた。




 追記 8/15 恒例の誤字訂正をしました。

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