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-014- 襲撃! 炎の涙!

 何かを得られる者は、必死にそれに向かい手を差し伸ばした者だけだ。



 ***



 初めに気づいたのは月野憂沙戯だった。

 季節はずれの暑苦しい夜――ベッドの上で寝返りをうち、窓から入ってくる光に彼女は目覚める。


「……ん」


 明るい、というか。まるで夕焼けのような茜色の光が窓から差し込み、部屋を赤く染めていた。

 くしくしと眠た眼こすり、窓の外を見る。


「……なんだろう、あれ……」


 夢かな?

 その光景を頭が理解するまでに数十秒を要した。

 地上から20メートルほどのところ――空中にゆらゆらとうごめくオレンジ色の球体が浮かんでいた。巨大なシャボン玉のようなそれは、少しづつ膨れ上がり、大きくなっていく。


「……綺麗……」


 そしてそれは、まるで憂沙戯が起き上がるのを待っていたかのようにみるみるとその形を変え――若葉に浮かぶ朝露よろしく、一粒。

 ぼとりと落ちた。

 大炎上。

 炎が夜空を焼いた。


「――っ!」


 昼間に戻ったような強烈な光に、おぼろげだった憂沙戯の頭は叩き起こされる。

 街に落下したそれは水のように弾け、爆炎を撒き散らしながら街を飲み込んだ。急激な気圧変化は凄まじい圧力となり道脇に止めてあった車をプレス、電柱は薙ぎ倒され、上昇気流が衝撃となって彼女のいる建物を襲う。ホテル全体が大きく揺れ、よろけた憂沙戯はベットから転げ落ちた。


「きゃっ!」


 お尻の痛みより早く憂沙戯の思考は回転する。

 ――攻撃を受けた、敵、攻撃の規模から推測するに遠距離、直撃しなかったということはつまり牽制か、相手がまだこちらの場所は大まかにしか掴めていないの二つ――いや、しかし夜襲において牽制をする理由など考えられない、つまりこれは後者である算段が高い。


「えっ、な、なに!?」


 爆音に、となりのベッドで寝ていた雫が飛び起きた。


「な、なんですかこれ、なんで街が燃えてるんですか!?」


「落ち着いて訊いて雫さん。多分、敵の攻撃を受けました」


「敵? 攻撃って……」


 雫の顔が青ざめる。

 窓から見える光景はよく言われる地獄と対して変わらない。


「大丈夫です。まだ敵はこちらの位置を正確には把握していない」


 憂沙戯は視線を視界の隅へと移す。

 そこに映るマップ。

 周囲100メートル圏内に光るドットは富山チームのものしかない。

 200、300と縮小――ついには県全域まで広げられたそれには、敵を表す赤いドットは見当たらなかった。

 ……なんで? なんでマップに敵が表示されないの?

 雫がいる手前、狼狽を表面には出さない。

 しかし、憂沙戯は混乱する。

 それは数十キロも離れたところからの超遠距離攻撃の可能性――そんなアンフェアな機能のデバイスが存在するのだろうか? それに憂沙戯らの位置から20メートルもないところへ炎の塊は落ちたのだ。見えもしない位置からマップを頼りに、そこへ攻撃したとすれば、それはとてつもない精度といえる。

 驚異以外の何物でもない。


「――いや、違う」


 直感がそう告げる。

 そんなものがあったとすれば、それは戦いでもなんでもない。ただの一方的な狩りだ。

 何かを見落としている――だが、それがなにか分からない。

 北陸三県を見通せるまでに広くなったマップ、それを見て憂沙戯はハッとする。


「……石川……一つしかない……」


 あるはずのドットが地図にはなかった。

 金沢に一つのみだった。

 各チームは四人のはずだ。ならば残りはどこにいったのか――


「……中立エリア?」


 それはひとつの可能性でしかなかった。

 しかし、そのわずかな情報から憂沙戯は繋げる。


「……もしかして、中立エリア内にいるとマップに位置が表示されない?」


 もしそうである場合、状況から見て石川チーム三名が自分たちのすぐ近く、中立エリア内に潜伏し、攻撃を仕掛けてきていることになる。

 ともすれば敵はこの炎の範囲外、そして――


「……狙う位置は、少なくともこの高さと同じかそれ以上の場所――雫さん、屋上に上がりましょう」


「えっ? なんで?」


「多分時間はありません。移動しながら説明します、早く着替えて。できるだけ厚着がいいです」


 言われるまま雫は着替えを済ます。

 とはいっても着替えなんてものは制服と、翔兵から貰ったワンピースくらいのものだったので、丁度バスにあったバスローブを手に取った。


「……多分、濡らしたほうがいいよね」


 咄嗟の判断で、雫は二着あったそれをめいいっぱい濡らした。


「憂沙戯さん、これ」


 と、雫からバスローブを受取り、二人は部屋を出た。

 右を見て、左を見る。

 照明が不気味にちかちかと点滅する通路。壁に飾ってあった絵画が衝撃で落ち、脇に置いてあった壺などの装飾品はことごとく床に散らばっていた。

 右手にあるエレベーター。

 憂沙戯が駆け寄ると同時に、その扉が開く。


「――雫っ! 憂沙戯!」


 そこから現れたのは戸津甲翔兵。そして目多牡薫だった。


「良かった! 無事だったか! つかなんなんだこれ、外見たか?」


「ええ、ちょっとのんきしてる場合ではないようですね」


「ちょっと待ってや、なにがどうなっとるんや? 状況が把握できんねんけど」


「おい雫、呼び捨てに反応してる場合じゃねえぞ」


「とにかく一旦屋上へ移動しましょう、恐らく第二撃が来ます」


「ち、ちがっ! べ、べつに反応なんかしてない! そっちこそ気安く呼び捨てになんかしないでよ! 変態のくせに!」


「憂沙戯ちゃん、なんで外が燃えてるんや? 火事か? 火事なんか!? それやったらはよ外出て安全確認せなあかんやんけ!」


「火事って言えば火事ですけど、いまお外に出て行ったらこんがりお肉になっちゃいますよ――って、そんなこと言ってる場合じゃ!」


「変態いうな! それに『さん』付けなんて柄じゃないんだよ。ってかなんでお前らバスローブなんか着てるの?」


「あんただって着てるじゃないバスローブ!」


「これはおっちゃんがコーラぶちまけたから、着る物なくて」


「いやちゃうで? 振ったのはわしやけど、それは翔兵くんが開けて吹いたんやから、わしのせいではないやろ」


「だいたいおっちゃんのせいだろ」


「っていうか、なんで目多牡さんもバスローブなの?」


「全員バスローブやな」


「どんな集団だよ」


「あーもう! みんな落ちついてッ!!」


 憂沙戯は大声で一喝。

 ひよこのように囀っていた三人は静まり返る。


「……いいですか? これは敵の攻撃と見て間違いないです。規模から考えてわたしたちを確実に殺しにきています。少なくともこの一回の攻撃で終わるとは思えません。なので、次の敵の攻撃が来るまでに、こちらから打って出ます。……ここまでいいですか?」


 言葉に三人はうなずく。

 コントなんてやっている場合じゃない、いまはシリアスな場面なのだ。

 

「次の攻撃っても、いつくるか分かるのか? それに敵の居場所だってわかんねーだろ」


 そう翔兵は訊くが、そんなこと憂沙戯にだって分かるはずはない。

 しかしながら、彼女のめまぐるしく回転する思考は最適解を導く。適度な危機感を与えつつ、希望となる道しるべを置ように。


「多分、あの炎の攻撃には時間が掛かります。加えて、恐らく敵もこちらの位置を正確には把握していません。幸い、このホテルはここ一帯では一番高いですから、屋上に上がれば周囲を見回せるはずです」


 時間が掛かる。

 これには確証こそないものの、確信めいたものはあった。ベットで横になりながら憂沙戯はそれを見ていたのだ。夢うつつではあったけれど……あのとき、オレンジの球体が地上に落下するまで、少なくとも五分程度はあったように思う。


「なんや、多分やら恐らくが多いな」


「……わたしだって神様じゃないんですから、絶対の保障なんて出来ませんよ。でも、このまま冷静を失ったまま行動してたらみんなホテルごと消し炭になる……ってことだけは分かります。急ぎましょう」


 ドンッ、と。

 ビル全体を震わせ、何かが爆発する音が響いた。

 その衝撃のせいか通路の電灯が消え、フロア全体が真っ暗になる。コンマ数秒置いて、非常灯が心もとない小さな明かりを灯した。


「……今度は何だよ、停電か?」


「……ッ!」


 やられた。

 憂沙戯は苦虫を噛み潰したようにその表情をしかめる。

 電線が切れたか、ホテルの受変電設備がやられたのだろう。

 ビルの電気の供給が止まった。

 それはつまり照明はもちろん、エレベーターも動かないということだ。幸いとすれば四人全員がそれに乗り、上がっている最中に閉じ込められなかったことだけれど――これはいよいよもって袋小路に立たされたことになる。

 電気が途切れれば水道だって出ないのだ。

 最後の手である籠城。炎を相手にその効果は薄いにもほどがあるけれど、ないよりはマシだった。それがいま実質不可能になった。


「あかん、エレベーター動かんようになってしもた……」


「もうやだ……なんでこんな……」


 ジリリリリ、と。

 思い出したように、いまさら火災警報装置が鳴り出した。この建物のどこかが燃え始めたのだろう。

 最悪は追い打ちをかけるように四人に襲いかかる。


「……そうだ、階段は?」


 憂沙戯の言葉に翔兵は首を振る。


「ダメだ」


「なんでですか? ビルなら階段くらい……」


「外……なんだよ。非常口って書かれた扉の向こう、壁面に設置されてるから、上がるならどうしても外に出なきゃいけなくなる」


 ともすれば火に焙られるのは必須だ。

 舞い上がる灼熱の炎はここ六階までは達してはいないが――それでも外は人体が耐えうる温度ではないことは容易に想像できる。


「……そんな……」


 言葉を失う。

 それは油断だった。

 開始早々、相手が打って出てくるとは思いもしなかった。

 奇襲をかけるならそれは夜。

 夜襲の効果は当然、憂沙戯だって理解していたはずなのに――後手に回ってしまったことを心の底から悔やむ。

 薄暗い通路。

 憂沙戯らのいた部屋、602号室の対面には601号室の扉。通路の一直線上に自動販売機が二つ設置された簡単なフロア、そこにエレベーターがあった。他に移動できる通路は非常用の外部設置の階段のみで、他にはない。

 ペンシルビル――それは大都市に多く見られる建築物、土地の狭さを補うための手法であるが、より大きな敷地に建設されるビルに比べ土地の効率的利用で劣り、避難路が狭いなどの問題がある場合が多い。

 この建物がまさにそれだった。

 部屋を無駄に広く豪華に見せるため、通路、階段などのエリアを削って建てたのだろう。

 設計者大丈夫か? と、憂沙戯は舌打ちをする。

 窓から差し込む紅の光は、どうしようもなく気味が悪かった。神の見えざる手が救ってくれないかな、と憂沙戯が懇願するほどに。


「ベ、ベランダから外壁を伝っていくってのはあかんのか?」


「それだと階段と一緒だ。外は火の海なんだぞ?」


「……ベランダ……だったら緊急避難用のハッチがあるんじゃないかな?」


「ハッチ?」


 雫が言った聞き慣れない単語に翔兵は首をかしげる。


「そう。カパッと開けるとハシゴがあって、それで下の階にいけるってやつだけど……。もしかしたらあれ、あるんじゃないかな?」


 それをアパート暮らしの翔兵が知らないのは無理はない。

 一般的に、災害時玄関から脱出できない場合を考えて、バルコニーやベランダから下の階へ下の階へと避難できる緊急用の通路がマンションには設置されている。

 ホテルとはいっても、ここにも同じようにベランダがあった。

 それがある可能性は高い。


「……もとより選択の余地はありませんし、その可能性に掛けましょう」


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