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-012- 初夜! 少女の思い!

「埋め込まれたインプラントから網膜に投影して、視界にディスプレイを展開……あれ、違うか……思考が入力になってるんだから脳に直接信号を出力してるってほうがしっくりくる……むぅ? これもなんか違うな。打たれた場所的に視神経だから……直接信号を送ってるとすると……」


「あの……」


「ていうかこれ、わたしがオペレーティングシステムになったようなもんだよね。……マイクロソフト憂沙戯とかワンチャンあるな……いや、ないか……うん、ないな」


「……えっと、月野さん」


「――あっ、そうか! だったらわたしっていうコンピューターのデバイスにウィンドウ、メニュー、アイコンがグラフィックとして表示されてる、って考えたのほうが手っ取り早いか。それで電気信号と音声コマンドで操作している、と……」


「あのっ! 月野さんっ!」


「えっ!? あっ、ご、ごめんなさい! ……あの……なにか、言いました?」


「……月野さんって、独り言多いって言われません?」


「っ! なんで知ってるの!?」


 月野憂沙戯はさも驚いたように身体を反らせ、子供のように目を丸くする。


「いや、だってそれは……」


 そんな大声で独り言を言われれば誰だってそう思う。この部屋に入ってからというもの、憂沙戯はずっとこんな調子だった。


「考えてること、全部口に出ちゃってますもん」


「う……ご、ごめんなさい。うるさかった、ですよね……自分でも気をつけてはいるんですが……なんか出ちゃうんです……」


 別に迷惑ではないけど、自分の存在がないようで……それが嫌だっただけだ。

 心底申し訳なさそうにうつむく彼女。

 いつも笑顔で、それでいてどこか自信なさそうでーーでもちゃんと自分というものを持っている。

 そんな憂沙戯が、雫の眼には羨ましく映った。


「……さっきはすいませんでした。取り乱しちゃって」


 蒼井雫は静かに頭を下げた。


「えっ? ……ん? ……あっ! い、いいですよそんな。あんなものを持たされたら誰だって戸惑うと思います、から。だ、だから頭なんて下げないでください」


 特に気にも留めない風に言ってくれた。

 同調を得られ、少し気持ちが楽になった気がした。


「あの、それと……憂沙戯でいい、ですよ? なんでか、わたし、歳上って感じじゃないみたいで、歳下からも敬語はあまり使われないんです。だから、月野さんって呼ばれると……なんだかこそばゆくて」


「じゃあ……憂沙戯さんって呼んでいいんですか?」


「はい! わたしは雫さん、って呼びますね!」


 そこは「さん」付けなんだ。

 歳下相手に遠慮している風にも見えないけれど……。


「そういえば雫さん! ……えへへ。そのワンピース、可愛いですね。どこから取ってきたんですか?」


 さっそく呼んでやったぞ、と言わんばかりに憂沙戯は満面の笑みを見せた。

 雫は胸にじくっとしたものを感じ、視線を落とす。それは憂沙戯の無邪気さ、眩しさもあったが「取ってきた」という言葉に反応したのだ。

 こんな何気ない台詞にも簡単に感情が乱れる、そんな自分がたまらなく嫌いだ。


「いえ……これは翔兵くんがくれたもので……」


「! ほほう……なるほど……」


 憂沙戯はにんまりと笑った。

 多分、いまのは心の声だ。

 思考と感情が直結しているというか……この人、本当に子供っぽい。


「なるほど……これはあれか、閉鎖的空間に同世代の男女が時間を共有することで特別な依存感情を抱く、つまりはストックホルム症候群というやつか……。ううむ、大人しそうな顔して翔兵さんもやるなあ」


 また始まってしまった。

 どうやら、これは相当重症のようだ。

 しかもストックホルム症候群とは、犯罪を犯した者と、その被害者が同じ時間、空間を共有し、過度の同情さらには好意等の特別な依存感情を抱くことを差すものであり、憂沙戯は使い方を間違えている。

 しかもその場合、翔兵が犯罪者扱いされていることになる。

 けれど、誰もいないからという理由で、翔兵はショーウインドウの服を盗ったのだから、雫も違うとは言えなかった。

 自分の知らないところで、変態のうえに犯罪者のレッテルまで貼られた翔兵には、もう頑張れとしか言いようがない。


「憂沙戯さーん、帰ってきてー」


「……ハッ! す、すいません! またわたし、自分の世界に……」


 これじゃまるで本当にウサギみたいだ。

 無邪気で、好奇心旺盛で、人懐っこい。おまけに愛らしいときたもんだから――なんていうか最強に見える。

 それ以上に、雫にとっては安心だった。

 歳こそ離れてはいるが、それも五つも違わない。

 こんな稀有な状況に置かれ、女が自分一人だけだったらと思うと、それはぞっとする。

 頼れる姉……ではないけれど。それでも同性で、歳の近い憂沙戯の存在は、この上なく心強いものだった。


 ――深夜を迎えようとする頃。

 他愛もないガールズトークもそこそこに、二人は床に着いた。

 窓から見える月が、真っ暗になった部屋をほのかに照らしている。


「……憂沙戯さん」


 ぽつり、と。


「……まだ、起きてます?」


 薄明かりの静寂に溶けるような。

 雫の細い声。


「……眠れませんか?」


 それを汲むように、憂沙戯は返す。


「いえ。今日は、その……楽しかったです。憂沙戯さんがいてくれて」


「それは、良かった」


 ふと、


「……やっぱり私……あれを使わなきゃいけないんですよね」


 思いつめるように、訊いた。


「あれ? ああ……デバイスですか」


 ベットの中。

 シーツを掴み、怯えるように背中を丸くする。

 昼間のことを思い出す。暴発した雫のデバイス――“不吉な贈り物”はレーザーのような光線を放ち、噴水を一部消滅させたのだ。

 あれを人間に撃つと考えただけで、慄然として手足がすくむ。


「……いつか、そう遠くない未来に、私はあれを使って、誰かを傷つけなきゃいけなくなる時がくる……んですよね?」


「…………」


「…………」


「……雫さんは、優しいんですね」


 その言葉に雫は顔をあげる。

 真っ暗な部屋の中、憂沙戯は起き上がり、優しい表情でこちらを見ていた。

 視線が絡んだ。

 その穏やかな瞳に、思わず目を背ける。


「私は……優しくなんて、ないです」


 喉から出かけた本音を呑み込む。

 優しくなんてない。それは自分が一番よく知っている。


「優しいですよ。それに、正しい」


 ……違う。

 ぎゅっと、手を握り締める。


「暴力を否定して、人を傷つけることに躊躇いを持つ。それは根本から崩してはいけない、人として一番大切なものですから。見ず知らずの人間に思いやる気持ちを持つ、それはなかなかできることじゃないです」


 違う、そんなんじゃない。

 手のひらに爪が食い込み、痛みを発する。


「それに雫さんはそのデバイスの力を、暴力を、一番に『違う』と否定しました。雫さんのように優しい人ばかりなら、こんな世の中にはなっていないでしょうね。力を誇示したい人間は雫さんが思っている以上に少なくありません。だから――」


「――違うっ!」


 叫んでしまった。

 憂沙戯は驚いたように身体を一瞬跳ねらせる。


「……雫さん?」


「……私はただ……」


 逃げているだけだ。

 ずっと。

 いまだって、そうだ。

 いつも自分が傷つかないように、目を背けているだけだ。


 

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