-010- 幕間! ハゲによるギャップ萌え講座!
――ブツっと。
そこで映像が途切れる。
立体映像が消えて、会議室のようなただっ広い部屋は薄暗くなった。
『……うっざいなあ』
奇抜な格好をした女性が不機嫌そうに漏らす。亜蓮るいだ。
長机のような大きな立体投射機の前。盛大に体勢を崩して椅子にもたれ掛かるその様は怠惰の一言だ。
『どうかしましたか? おや、経過を見なくていいのですか?』
頭部が無残にもハゲ散らかったおっさん。
脇野周三は、持ってきた紅茶を丁寧に亜蓮の前に置いた。
『……なんていうのかなあ、ああいうあからさまに狙ったキャラ? っていうのかな……見てるとほんっと腹立つ。なにあれ純情ぶっちゃって……ぶりっこなんて今更流行んねーから! どうせ裏じゃ(※大変如何わしい表現のため、台詞を一部伏せさせて頂きます。ご了承ください)ってしちゃってんでしょ! どうせ!』
『るいちゃん。自主規制音無しだと大変なことになりそうなことを言わないでください』
『脇野さんはああいうのどう思います? イラっとしませんか?』
『……そうですね。私は初々しくて可愛らしいと思いますが』
ドカっと、亜蓮は机型の立体投射機に足を上げた。
ティーカップが音をたて、透過スクリーンがふるふると揺れる。
『あー、やだやだ。男の人ってばホントそーいうのに甘いですよねー』
ふて腐れるように言う亜蓮。
脇野は淡々と返す。
『試しに一度、仕草、作法を改めてみては? るいちゃんも容姿だけは可愛いんですから』
『えっ? え、えへへ……そうかなあ? でも、作法っていっても行動クラウドにそんな細かいデータないからなぁ……自己学習も面倒だし』
エフン、と。
わざとらしく脇野は咳ばらいをして、
『ならば私がお教えしましょう、るいちゃん。それはずばり、ギャップです』
『ギャップ?』
『そうです、ギャップです。男性は意外な一面に弱いのです』
『……意外な一面……ですか?』
『そう――いうなればそれはスパイス。人は完全を求めません。ベタではありますが、メガネ少女が実は超絶美少女だった――とか、文武両道容姿端麗の完璧美少女が料理だけは地獄級の腕前だった――など。そういった不意に垣間見るプラス面、マイナス面に人は惹かれ、それが魅力となるのです』
ううむ、と亜蓮は顎に手を添え、悩みこむ仕草をする。
脇野はどこか自慢げに続ける。
『るいちゃんにも分かりやすく、男性の例を挙げましょうか。想像してください。とあるところに、誰もが恐れる超ヤンキーの高校生がいたとします。それが雨の中、段ボールに捨てられた子猫を前に……「お前も一人なのか?」と、寂しげにつぶやく。そして持っていた傘を仔猫にそっと立て掛けてあげる……どうですか?』
『……っ! やばいですそれ! キュンときます!』
両手で胸を押さえ、目を輝かせる亜蓮。
『でしょう? では、もう一つ挙げましょう。次は映像を交えていきましょうか』
言って、脇野はスーツのポケットから小型の通信端末を取り出すと、ポチポチっと馴れた手つきでそれを操作し、机の上に置く。すると端末の液晶部が光を発し始め、空中に立体映像を浮かび上がらせた。
亜蓮は机に身体を乗り上げ、それを見る。
そこには線の細い、軟弱を絵に描いたようなスーツ姿の青年が映し出されていた。
『……なんだか頼りなさそうな男ですねえ』
顔は普通。短髪で着こなしもまあまあ。
清潔感は感じられるが、魅力となるポイントを探せといわれると、悩む。
スタイルはいいとして、どうしてもひ弱さが拭えない。圧倒的に男らしさが足りていない印象だった。
『ふむ。では、少し脱がせてみましょうか』
『そんないきなり!? ちょ、待って、流石にそんな、いやん! わたしにだって心の準備というものが――』
なぜか嬉しそうに悶える亜蓮。
『……るいちゃんがなにを想像しているか知りませんが、少しラフな格好になって貰うだけです』
『……あ、そうですか』
立体映像が切り替わる。
スーツ姿だった青年はタンクトップにパーカーを羽織り、ズボンはジーパンという、ラフなスタイルのテンプレートを思わせるような格好になった。
『あら……意外と筋肉質なんですね』
服の上からでは分からなかったけれど、合い間から覗かせるそれは意外にも男らしいものであり、いやらしさを感じさせない適度に引き締まった筋肉、その二の腕には細身のくせして「自分、お姫様だっこ余裕ですから!」と言わんばかりの包容力と力強さが感じられた。
その青年の外見との差に、亜蓮は素直に驚く。
『実は彼、幼い頃から空手を嗜んでおりまして。日々の鍛錬は怠りません。さらに言うと段位は黒帯です』
『なんとまあ!』
『これが、彼の腹筋です』
映像が見事に六つに割れた青年の腹に切り替わる。
『おうふ……バッチリ割れちゃってますね……バッキバキじゃないですか』
『彼は鍛えていますから』
『こう、首元に浮かび上がる鎖骨って……いいですよね』
『そこもポイントのひとつですね。しかも彼、先に起こった戦争では敵とのゲリラ戦を交え、実戦の経験もあります』
『……? それは強いのはスポーツだけじゃない、って意味ですか? でも、どこの国も徴兵制とってるんですから、出兵もめずらしい話じゃありませんよね』
『彼はナイフ一つで一拠点を制圧したり、石ころ一つで戦闘ヘリを墜落させたり、あまつさえ単騎で百の軍勢を撃ち破ったり……と』
『どこのランボーですかそれ! 子犬みたいな顔して中身は狼ですか!』
『そんな粗暴ではありません、繊細な青年なのです。そんな彼の趣味は料理です』
『ほほう……』
と、興味ありげに声を漏らす。
『戦闘中、敵陣で孤立して、食料困難に嘆いた彼は帰国後、食の素晴らしさに目覚めます。段ボールに隠れ、携帯食を貪り、弾薬も食糧も底をついたときの絶望感は、それは計り知れないものがあったのです』
『……大変な思いをしたんですね』
なぜか親身になって話を聞いている亜蓮。
ギャップの説明として例をあげているはずだったのだけれど、いつのまにか青年の紹介みたいになっていた。多分、彼女はそのことを完全に忘れている。
目の前の立体映像、その青年に夢中だ。
『彼にかかれば超一流のおフランス料理から下町のB級グルメまでお手の物』
『家庭的な男性って素敵です!』
『水回りのトラブルから嫌いなあの人のPCクラックまで、幅広く対応可能です』
『ちょっと守備範囲広すぎません!?』
『おまけに歌唱力はプロ並みという』
『ああんもう、完璧じゃないですか! お嫁にしてください!』
いやんいやん、と、身体をよじってみせる亜蓮。
『わかってきましたね、るいちゃん――そう、一見うだつの上がらなさそうな男性も、内には色々な魅力を隠し持っているものです。ふとした瞬間にみせるそれは、受け手側からすると意外性となり、そして魅力となるのです』
うんうん、と亜蓮は神妙に頷く。
『これが、ギャップ萌えです』
『なるほど! これが、ギャップ萌えですか!』
脇野はドヤ顔だ。
頭部が前から上から砂漠化しているいい年こいたおっさんが、萌えについてこれでもかと力説する様はシュールを通り越して悲壮感すら感じられる。
『ちなみに、今見せた青年ですが……実はこれ、若い頃の私です』
『ええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇっ!?』
『そんなに驚くことですか』
『だ、だって……だって脇野さん、頭が! なにがどうなってそんなハゲ山になっちゃったんですかっ!?』
『突っ込むところはそこじゃないと思いますが……。それに、男性の頭髪はデリケートな問題なのです。もう少し労わってください』
『時の流れとは残酷なものなのですね……』
およよ、と。
泣いている素振りを見せるが、もちろんその目には涙なんて浮かんではいない。
『あ、なんかノリでお嫁に――って言っちゃいましたけど、わたしハゲはNGなんで。あれ、なかったことでお願いしますね』
労わる心なんてなかった。
脇野は物悲しそうな顔で昔の自分を見る。
いまは目も当てられない惨状と化してはいるが、若いころはフサフサだったのだ。生命生い茂る山だったのだ。
一息着くように、脇野が淹れてくれた紅茶に口をつける。
『ん、おいし』
カップを机に置くと、また机型の立体投射機に足を乗せ、盛大に体勢を崩して椅子に身体を預けた。
行儀が悪いにもほどがある。
それにいまの脇野の話の主旨は、礼儀作法を改めることだったと思うのだけれど……亜蓮はいったい何を聞いていたのだろうか。
まさかとは思うが、ギャップやべーとか思ってるんじゃなかろうか。
『いやあ、ギャップってやべーですね! ギャップ萌えぱねえです!』
そのまさかだった。
ああ、もう駄目だコイツ。早く何とかしないと。
『……ところでるいちゃん』
『はい? なんですか? お嫁さんの話ですか? 脇野さんも意外としつこいですねー』
『いえ、それじゃなくてですね』
『そりゃたしかに若いころの脇野さんは素敵だなあとは思いましたけど、いまの脇野さんはギャップもクソもないじゃないですか。ただのハゲじゃないですか』
『いえ、それじゃなくてですね』
『鏡見れば身の程ってもんがわかると思いますので、わたしオススメしときます!』
『いえ、それじゃなくてですね』
『…………』
『…………』
『……脇野さん、突っ込まないんですか?』
『ええ』
『そこは突っ込みましょうよ。わたし、可哀想な子みたいになってるじゃないですか』
『少し、面倒になってしまって』
『がーん』
擬音をあえて口に出し、消沈してみせる亜蓮。
怠惰な姿勢はさらに崩れて、もう椅子に座っているんだか寝ているんだかわからない状態になっていた。
わたし落ち込んでますアピールも、ここまでくるとあざとさすら感じる。
突っ込んだら突っ込んだで喧しいし、スルーしたらしたでいじけてうざったい。
面倒なことこの上なかった。
『……そんで? なんすか?』
この世の終わりみたいな顔で、投げやりに言う亜蓮。
アピールは継続中だ。
『ああ、やっとですか。いえ、大したことではないのです。実はさっきも言おうとは思ったのですが――そうやって足を上げていると下着が丸見えですよ、と』
『はあ?』
膝上20センチという際どいスカートを履いて足を上げれば、そりゃ下着だって見える。
というか、隠すつもりもないのだろう。
奇抜な格好をした亜蓮るいの下着は、それはそれは奇抜なヒモパンだった。モザイクに存在意義があるとすれば、それはこの下着を隠すためにある、といっても過言ではない。
脇野の言葉に亜蓮は「だからどうした?」みたいな顔で返す――が、そこでなにか思いついたのか、一変して顔を赤らめてみせた。
『……は、わ』
『はわ?』
『はわわわわわわ……』
脇野はふむ、と顎に手をあてる。
『るいちゃんがやると、なんだかギャグみたいに見えますね』
『…………』
『…………』
『……脇野さん』
『はい』
『なんだか、今日はやけに手厳しいですね』
『もう、面倒になってしまって』
以下ループ。