自分だけの世界
翌日、浩之は目が見えなくなったことに関するカウンセリングを受けた。突然目が見えなくなると、パニック状態になりやすいからだ。
しかし、カウンセリングを受けたからといって、浩之の心がすぐに晴れるはずはなかった。
「母さん。僕やっぱりつらいよ・・・・・今母さんがどんな顔をしてるのかさえ、僕にはわからないんだよ」
浩之はベッドに腰掛けたまま、延子につらい胸の内を明かした。
「母さんはいつも笑ってるよ。浩之の前ではいっつも。だからニコニコしてる母さんの顔思い浮かべてね」
延子はやさしく浩之の手を握った。握った手の上に延子の涙の粒がそっと落ちた。
翌日も、浩之の心の中は闇に覆われていた。
「母さん! 何で僕だけ目が見えないの? テレビゲームもできないんだよ!」
浩之は病室で自分の運命に対する怒りを延子にぶつけていた。延子は浩之にかける言葉が見つからず、病室の外で声を殺して泣いた。
翌日、延子はまた浩之の病室へとやって来た。しかし、気持ちが沈んだままの浩之に、延子は何も言うことができなかった。
「ちょっと飲み物買ってくるわね」
そう言って延子は病室からそっと出て行った。すると、「ガラガラガラ」と、ドアの開く音がした。高森がまたやって来たのだ。
「タカモリか?」
高森の歩き方は独特なので、音だけで浩之にはわかった。
「ああ。気分はどうだ?」
「普通だよ」
本当は気分が沈んでいる浩之だったが、無理をして強がった。
「今日は窓が開いてるな。空気が良いと、気分も良くなるんだ」
窓はさっき延子が開けたのだ。
「タカモリ。僕、やっぱり目が見えないのが嫌なんだ」
浩之はベッドの上で胡坐をかいたまま、高森に相談した。
「またそれか。じゃあ一体お前は何を見たいんだ?」
「何って? 全てだよ! 今まで見えていたもの全て!」
「オレは今この目で窓から外を見てる、でも、別にそれほど素晴らしい景色でもないぞ」
高森が外を眺めながら言った。
「それでもいいから見たいんだ! 何だか、僕だけみんなと違う世界にいるみたいなんだ。真っ暗で、誰もいない。声しか聞こえない」
「でも声は聞こえる」
高森が浩之の顔を見て言った。
「今お前はオレの声を聞いてるだろ。お前はオレの姿をどう描いてる?」
「・・・・・・・・・・・・」
「そういうことだ。お前はオレの本当の姿を知らない。でもな、知らないっていうことは、オレの姿を変幻自在に操れるってことなんだ。わかるか? お前の中のオレは百六十センチにもなるし、二メートルにもなれるってことだ。オレの着ている服だって、青にもなるし黄色にもなる。つまりお前は無限の可能性を持ってるってことだ」
この高森の言葉を聞いた瞬間、浩之の顔がパッと明るくなった。
「僕は無限を持ってるの?」
「そうだ。お前は自分の目で現実を見たいのかもしれないが、現実の世界なんて大したことない。現にお前は現実の世界で酷い事件に遭った。そんな世界、お前が見る必要なんてない。お前はお前の世界を造るんだ」
「世界を造るの?」
世界を造る、目の前が暗闇に閉ざされていた浩之にとって、この言葉は衝撃的だった。
「そうだ! お前だけの世界を造るんだ! お前だけの国を!」
「僕だけの国」
「お前が総理大臣だ! お前の住む家はとんでもなく高いマンションの最上階だ! そこからお前は自家用ヘリでどこへ行く? 買い物か? それとも映画を観に行くか? ヘリの窓から見える町は、全部お前の町だ! どんな店を並べる? おもちゃ屋か? ケーキ屋か? 全部お前が決められるんだ!」
「どなた?」
盛り上がっている二人の元へ、飲み物を買いに行っていた延子が戻って来た。
「あっ、すいません。すぐ出ていきます」
延子が来たことに驚いた高森は、そそくさと病室から出て行った。
「イテッ!」
慌てていた高森はドアに脚をぶつけた。
「大丈夫~?」
浩之はクスッと笑った。高森が浩之の心を見事に晴らしたのだ。
「フフフッ」
浩之の笑顔を見ていた延子も笑った。そして浩之を、こう励ました。
「あの子だって目が見えなくても頑張ってるんだから、浩も頑張らなくちゃね」




