謎の男 高森
「ザッ、ザッ、ザッ」
誰かが近付いて来る。誰なのかは全くわからない。スリッパの音だけが聞こえてくる。
「バキッ」
プラスチックが割れるような音がした。おそらく、さっき浩之が叩きつけたテレビゲームソフトのケースを踏んだのだろう。
「誰?」
浩之が、布団の中から恐る恐る謎の侵入者に聞いた。
「バキッ」
またケースが割れる音がした。浩之は布団の中で顔を手で覆った。いきなり殴られるかもしれないと思ったからだ。あの事件以来、浩之は人に対する信用を失ってしまっているのだ。
「どっか行ってよ~」
浩之が、今にも泣き出しそうな震えた声で言った。すると、侵入者が小さな声で呟いた。
「ずいぶん病んでるようだな」
少し低いけど、声変りが終わっていないような若い青年の声だ。
「ゲームソフト、マンガ」
青年は床に散らばっていた物を拾い上げた。
「誰なの?」
浩之がまたしても震えた声で聞いた。
「オレは高森心。中学三年だ」
「何で僕の部屋に来たの?」
浩之が布団の中から聞くと、高森は少し間をおいた後、キザな口調で答えた。
「別に理由なんかねえょ」
それから数秒間、二人の間に沈黙が続いた。
「ガラガラガラ」
高森が病室の窓を開けた。
「窓ぐらい開けろ。じゃないと部屋には良い空気が入って来ねぇぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
浩之は沈黙を保った。
「お前、名前は何だ?」
高森が浩之の隠れている布団を向いて聞いた。
「高野浩之」
浩之がボソッと言った。
「高野・・・・・・、オレの名前と似てるな」
高森はクスッと笑った。
「オレ達名前が似てるから友達になれそうだな」
高森は浩之と仲良くしたいようだったが、浩之は何も言葉を返さなかった。
「じゃあオレはもう戻るけど、人と話す時くらい布団から出ろよ」
そう言って謎の中学生高森は病室から出て行った。
翌日、母の延子が浩之の病室へとやって来た。浩之は反抗的な態度をとりながらも、昨日やって来た高森のことを話した。延子は「不思議な人ねぇ」としか言わなかった。
その日の夕方
「ガラガラガラ」
浩之は突然の誰かの訪問に驚き、一旦布団を頭まで被ったが、また高森が来たのかもしれないと思い、布団からぬうっと頭を出した。
「タカモリなの?」
浩之が聞くと、すぐに高森の声が帰って来た。
「窓を開けろって」
高森は冷たい声でそう言って、浩之のベッドの近くまで歩いてきた。
「窓を開けろ。そうすればいろんな音が聞こえてくる。楽しいぜ?」
高森は閉め切ってあった窓を開け放った。
「タカモリ。タカモリは何の病気でここに入院してるの?」
窓から入って来る心地よい風を感じながら、浩之が聞いた。
「オレは腕の骨折だ。大したことない。お前はどうなんだ?」
「僕は目が見えないんだ」
「そうか、お互い大したことないな」
高森が笑いながら言った。すると浩之がとても怒った口調で言い返した。
「大したことあるよ! 僕はこの先ずうっと目が見えないんだよ! 僕の気持ちも考えてよ! 骨折なんていつか治るじゃないか!」
「まあまあ落ちつけよ。怒ったところで解決することじゃないだろ」
高森が冷静な口調で浩之をなだめた。
「タカモリは・・・・・・・・・僕のこと可哀そうだって思わないの?」
浩之が小さな声で聞いた。
「思わない」
高森がきっぱりと言い放った。
「何で? 僕はあの子達のように世界を見ることができないんだよ」
ちょうど窓の外から子供達が遊んでいる声が聞こえていた。
「・・・・・・・・・確かに多くの人は世界を見ることができる。でも、世界を見ることができないのはお前一人じゃない。それを忘れるな・・・・・・・・・」
高森は小さな声でそう言って、静かに病室から出て行った。




