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まじかるタイム  作者: 匿名
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少女の日記 二人のバグ

「戻ったわよ。」


「ただいま。」


「おっかえりいいいいいいいいいいっ!! ほらほら見て見て!! 進君が初めてケーキ作ってくれたのっ!! 甘いものが好きな私達の為に、わったっしったっちっの為にいいいいぃぃいたっ。」


「桜っ、ちょっと煩い。二人共手を洗って来なさい、不格好だけど愛情は入ってるから大丈夫よ。ふふふふーっ♪」


「………あーっ、うっとおしい……。」


 家に戻ると同時の大絶叫に、ゆうは溜息にも似た愚痴を零しつつ、こめかみを引きつらせた。叫んで喜びを表現する桜もそうだが、新羅の方も大概言葉が踊っている。うっとおしいことこの上ない。そんな状況を作り出した当人は……。


「お、二人共おかえり。今日は結構遅かったな」


「(ギロッ)」


「ひっ!? ど、どうしたんだ!?」


「うるさい。何でもいいから自分の女には首輪でもつけて大人しくさせなさい。」


「あ、あはは……悪いな、今日はちょっと気が向いたから。」


「…………はあっ。」


 全く、今日何度目の溜息か知れない。最近は完全にここで暮らしているが、この空気だけはどうしても慣れない。目下最大のストレス要因だろう。


「ゆう……大丈夫?」


「大丈夫だから、先に行ってなさい。一緒に洗面所に行っても仕方ないでしょう。」


「(コク)」


 それに比べると翔はまだマシだ。先程のように偶に強情だが、基本的には素直で静か。まあその偶に出る強情が全ての原因を作り出しているのだが。


「……………。」


「何見てるのよ? セクハラはあの二人に告げ口するわよ?」


「……いや、今翔坊が『ゆう』って……。」


「ええ、翔から貰ったのよ。『しょう』か『ゆう』か、どっちか選べって強引にね。」


「……翔坊が……そうか……。」


 進はそれだけ言うと、じっと翔が居る洗面所の方向を見た。何か別のものでも見るような不思議な目だったが、ゆうは何も聞かなかった。特別興味もないし、詮索する趣味もない。


「……ゆう、か。うん、やっぱり良い名だな。」


「何よそれ、口説いてるの? 気持ち悪いから止めて、吐き気がするわ。必要ないけど、折角貰ったんだし、気持ちよく使いたいじゃない。」


「吐き気……相変わらず辛辣だな……、そんな事を思って言ったんじゃないよ。」


 ゆうの余りの言い草に、流石の進もカラ笑いで返すしかなかった。しかし、直ぐに真面目な表情でゆうを見つめ返す。


「今夜、少し話がある。翔坊を寝かしつけたら、リビングまで来てくれないか?」


「はあ? なによ話って、そんなの今ここですれば……。」


「大切な話だ、桜や新羅にも説明してからにしたい。」


「………分かったわ。」


 進の表情は、ゆうが今まで見た事がないほどに真剣だった。そして何処か、寂しげにも見えたのだった。












----

------

--------
















「ね、ねえ……本当に話すの? こんなの誰かに話したり、お願いすることじゃ……」


「進君、話すにしてもまだ早いんじゃない……?」


「駄目だ。少なくとも話すなら今でなくちゃいけない。今話すか、ずっと黙ったままでいるのか、そのどちらかだ。それにそれをどう受け取るのかを決めるのは俺達じゃない。ゆうちゃんだ。」


「ゆうちゃんって……え!?」


「……………。」


 夜、といってもまだ22時を回ったところだ。翔を早くに寝かしつかせてリビングへやってくると、どうやら、何かを話すかどうかで揉めているらしい。


「私はどっちでも構わないわ。話すなら聞くけど、話さないならそれでもいい。」


「……ゆうちゃん? ねえ、その名前って……。」


「翔がくれたのよ。なんだか良く分からないけど、何か問題あったの?」


「……いいえ、問題はないわ。でも、そういう事なら私も反対しない……良いわよね、桜?」


「うん、でも……あのね、ゆうちゃん。翔坊ちゃんに対しては今まで通りで居てあげて? 別に好いてくれなんて言わないから、嫌いになったりとか、逆に同情心を持ったりとか、しないであげて?」


「何の話か分かりませんから、確約なんて出来ませんけど。でも同情心に関しては分かりました。」


 三人共揃って真剣な表情で視線を送り合い、頷き合う。ゆうは三人の対面の椅子に座り、その話を待った。態々翔を抜いての話と言う事なのだから、恐らく翔に関する事なのだろう。そんなゆうの予想は桜の発言で完全に確信へと変わっていた。


「もう分かっていると思うが、話って言うのは翔坊に関しての事だ。あの子が他の真魔と違うのは、ゆうちゃんも真魔なんだから分かるだろう?」


「ええ、男であるのがそもそもおかしいわ。真魔特有の知性もないわね。尤も、一般的な基準では天才でしょうし、頭の回転が遅いってだけで知識自体はあるようだけど。それになんかやたらと眠くなるみたいだし、自分の体がまるでコントロール出来てないわ。あれじゃあ普通の人間よ。とは言っても、真魔の力自体はあるみたいね。私のところまで来れたのもそうだし、怪我をしても直ぐになかった事になる。なんだか微妙に発動が遅い気がするけど、それもおかしい点って言えばそうかしら?」


「そっか、そこまで分かってるなら話が早いね。ゆうちゃんの言ってることは全部正解、翔坊君は……この世界のバグなの。……ううん、ある意味ではこの世界のって言い方はおかしいかな。私達真魔って存在自体が世界から外れた存在だから。そういう意味では、世界から生まれたバグだけど、世界の外に存在しているバグ、デバックで見つかったけど改善不能な異物ってところかな……。」


 そう言った新羅の表情は、酷く苦々しいものだった。それが現実だとしても、本当なら口に出したくはないのだろう。バグ、異物、そのどちらも自分の大切な孫に向ける言葉ではない。人間に本来向けるような言葉ですらないのだから。しかしゆうは動じず、溜息を吐き出すだけだった。


「馬鹿にしないでよ。一日中一緒にいるのよ? それにもう初めて会ってから何ヶ月も経ってるの、私も真魔なんだから分かるわよ、あの子がバグなんだって事くらい。私だって……同じなんだからね。」


「え……?」


「聞こえなかった? 私もバグだって言ったのよ。」


「な、何言ってるの? 貴女がバグって……そんなの何も感じないわ。」


 しれっと言ったからか、冗談と思われているらしい。まあそれもそうだろう、本来バグが出れば気付くのだ。真魔とはそういう存在なのだから。だが、ゆうは他の三人が予想だにしない事を暴露し始めた。


「それはそうよ、私は本来のバグの定義には当てはまらない。翔と違って女だもの。でも、確かにバグなのよ。」


「どういう事?」


「私は貴女達のような普通の真魔とは違う点を持っている。簡単に言えば、無制約なの。生まれる際も世界からの影響は受けてないわ、だから……世界だって簡単に壊せる。世界を守らないといけない、とかそんな事は微塵も思ってないわ。気に入らなければ全部書き換えてやれる。」


「な、なんですって!?」


 意地の悪い笑顔で放たれた少女の言葉に、三人共絶句していた。あまりに突拍子もない話だったからなのか、言葉が出てこないようだった。


「………そんな、ど、どうして……。」


「藍紗……だっけ? 私の母親。その人が死ぬ間際に、お腹にいた私に真魔の魔法を掛けたみたいなのよ。私もまだ心が完成される前の状態で、反発することなく真魔の魔法の影響を受けた。多分母親が死ぬのに巻き込みたくなかったんでしょうね。心が磨り減りながらも無事に生まれるようにって真魔の力が、母性か何かに反応したんだと思うわ。」


 死ぬ間際、自己防衛本能よりも母性の方が勝ったが故の事だった。それでもし自分の娘が真魔でなければ、どちらにしても死んでいただろうに。人間であるが故に、本能にもエゴが付き纏う。


「結果的に私は心が出来上がってこの世界に全てが確定するまでの間、その力に守られて世界からの一切の影響を受けなかった。母親の死や、子宮への栄養給与に加えて、本来ならそんな状態で生まれてくる事が出来ないって前提もぶち壊したわけ。本来世界からの制約の回避はオマケだったのよ。そして心が出来上がってからは自身の力で世界の影響を拒絶した。勿論、知識やなんかは真魔の力を自由に使ってかき集めたわ。制約がない分、私の方が物知りかも知れないわね。」


「藍紗の……そっか、守ったんだね。誰よりも死んだ旦那様の事を想っていたんだもの……二人の間に産まれる子供の為に、最後まで頑張ったんだ……。」


「……それには感謝しているわ。世界の平和なんてどうでもいい、それに良心と制約がどうとか、ただうっとおしいだけだもの。私は面倒が嫌いなのよ、バグ取りなんて他の人達で十分じゃない。」


「あはは、なるほどね。真魔にしてはやたらと攻撃的だからおかしいなーとは思ってたんだけど、全くの天然さんって訳なんだ。」


「悪かったわね、性格悪くて。でもアンタ達だって自分達の都合で、自分達の男に力を使ってるじゃない。結局世界の影響なんてそんなものなのよ、いくら上手く構築したところで、人間の持つ欲ってやつがその上を行く。だから数千年前に『浄化』なんて事をしなくちゃいけなかったのよ。いっそ真魔で完全に管理してやるべきだわ、そうなればバグは沸かない。世界なんて不安定な概念が支配してるからいけないのよ。」


「まあ……ね。」


 ゆうの暴論に、三人は苦笑するしかなかった。なるほど、これは嘘は言っていない。元々そんな嘘をつく必要もないが、これは本当の事の様だ。


「それで、話はそれだけなの? それだけならもう戻るわよ。あの子ずっと離れてると起きちゃうかもしれないし、翔が起きたら寝かしつけるの大変なんだから。あの子がバグでもなんでもいいけど、そっちの方が遥かに問題よ。」


 起きたら実際面倒くさいのだ。翔は異常にゆうに傍に居て欲しがる傾向にある。寝ている間は傍にいると約束しているから翔も今は信用してくれているが、裏切られたと思われたらそれこそ眠らなくなる可能性もある。ゆうとしても心が休まる時間が消えるのは避けたかった。


「ごめんね、もう少しだけ付き合って。本題はどっちかって言うと……こっちの方なの。」


「こっちと言うと?」


「翔坊が世界から嫌われている事についてだ。これも理由は分かっているのか?」


「バグだからでしょう? でもあの子は真魔だし、別に気にする程でもないんじゃない?」


 世界の影響を受けない真魔が世界から何をされたところで直接的な影響は出ない。そもそも世界が翔を殺せるなら今この瞬間に生きてはいないだろう。


「……ゆうちゃん、見て欲しいものがある。」


「見て欲しいもの?」


「此処から100kmくらい先にある一軒家。進君連れて私達も飛ぶから、ゆうちゃんも来てくれる? 私達はサーチ出来なくても、進君なら出来るでしょう?」


「……分かりました。」


 ゆうが頷くと、新羅達はニコッと微笑んで、次の瞬間には消え去っていた。


「………はあ、面倒くさいわね。」


 段階を踏んで、相手の心情を読んでの話回し。大事な話と言っていたし、相手にはそれが必要なのだろうが、手短に済ませて欲しいゆうには面倒なだけだった。一体何故一言で話さないのか、そんな事に苛立ちつつも彼等の話を無視出来なくなっている自分にまた、少し苛立った。


「あーもう、行けばいいんでしょう行けば!!」


 そんな、ゆうの愚痴と共に、その姿は消え去っていた。





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