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まじかるタイム  作者: 匿名
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第0話:あの日の想いで おわりの日

「翔くん遅いよー?」


「あ、あははっ……、ごめん。」


 今日はいつも先に来ているはずの少年が珍しく遅れてきた。会えるのが待ち遠しくて、少女はついつい口を尖らせてしまう。とは言っても本当は少女も今来た所である。なんとなくこういうセリフを言ってみたかったのだ。というのも、テレビのドラマでこんな感じのやり取りをするカップルを見た事があったからであるのだが。


「どーしよっかなー。」


「ううっ、ごめん。許してくれない……?」


 少年は少女が本当に不機嫌になってしまったのかと不安になったのか、最初よりも弱気になってしまっている。そんな反応は少女の予想外だ。逆に慌ててしまう。


「え、えっと。うん、次からは女の子を待たせちゃ駄目なんだよ?」


「うん、頑張るよ。」


「なら許してあげる!! 翔くんだけ特別だよ?」


「ありがとう、澄ちゃん。」


 これも少年に対して言ってみたかった言葉の一つだ。思わず口から出てしまったが、結果的に良い方向に話が進んだのだから問題ない。


「でもどうしたの? いつもは私が早く来てもいるのに。」


「あー、うん、ちょっと……ね。」


「……んー?」


 これもまた珍しい反応だ、少年はいつも比較的にハッキリした物言いなのだ。質問に頭を抱えて悩むことはあっても、隠し事をするような人物ではない。少女は少年のそういう所も好きだった。だからなんだか気になってしまう。


「何かあったの?」


「えっと……、お婆ちゃんのお友達の人達がいっぱい来てて………いっぱい写真撮られた。」


「え?」


 翔が本当に疲れた様に報告する事が珍しいのもあり、澄はキョトンとしてしまった。翔は軽く溜息をついてベンチに座る。


「しゃしんを撮ってもらったの?」


「……うん。シュリさんとシュノさんとシュナさんって人が居てね。後アマツさんとかアマネさんとか他にも沢山来て……朝から捕まえられて沢山写真撮られた……。」


「え、えっと……大変だったね?」


「………うん。」


 本当に疲れた様に溜息をつく少年に、少女は思わず同情してしまった。この調子だと、ここに来るのも頑張ってくれたのだろう。


「それじゃあ今日は、遊ぶのやめる? 翔くん、疲れてるみたいだから。」


「ううん、澄ちゃんと遊ぶのは楽しいから大丈夫だよ。写真はちょっと苦手なの、お婆ちゃん達は僕にテンシとかコアクマとかいう服着せて遊ぶから……。」


「そ、そうなんだ。それじゃあ今日は……。」


 少年はこう言ってくれているが、取り敢えず最初の方は翔を休ませる意味も含めて疲れない遊びにするべきだろう。少女の前で少年が疲れた顔を見せるのはこれが初めてだったのだ。疲れ知らずで、途中で眠くなる事もないし、少年の事を少女は凄いなーと日頃思っていたのだが、やはり少年も苦手な事をすれば疲れるようだ。なんだかそんな当たり前の事に少女は安心していた。


「それじゃあ今日は……これ!!」


「……え? ご本を読むの?」


「うんっ、ベンチの周りなら電気点いてて明るいから読めるでしょ?」


「それもそうだね。うん、わかった。」


 少女の提案を少年は快諾した。あれから随分と経っているが、少年が少女の誘いやお願いを断ったことは一度もなかった。少女にとって少年は、少女の要望にはなんでも答え、望んだ答えをくれる様な存在である気さえしていた。そしてそんな少年の事が、少女は好きだった。どんな時でも、少女の味方をしてくれる存在であると信じられた。


「えっと……にんぎょひめ? って読むのかな? 本棚にあったのを持ってきただけだから分からないや。」


「うん、人魚姫で合ってるよ。」


 少年は少女のつぶやきに律儀に答えをくれる。そんなささやかな事が少女は嬉しかった。そのままの調子で表紙を開いてみると、沢山の絵と、僅かな文字が書かれている。


「えっと、ふかいふかい海のそこ……。」


 僅かな文字を一生懸命に読む少女の隣で、少年はニコニコしながらそれを聞いていた。ベンチを照らす街灯の明かりは充分とは言えなかったが、夜中に遊び慣れた二人には充分で、それが寧ろスポットライトのようだった。人魚姫が偶然海で助けた人間の王子に恋をする。そして、人魚姫は身の丈に合わない願いを持ってしまう。


「海のそこにすむまじょは、言いました。」


 声に変わり足を与えましょう。しかし、もしも王子様と両想いになれなければ、その時は、人魚姫は泡となって消えてしまいます。

 犠牲を出しても、全てを捨てても、人魚姫は願いを叶えたい。素敵だなーと澄は思った。他に何もいらない、ただ一人だけいればいい。家族も、声もいらない。一人の王子様がいればいい。とっても憧れる。もしも自分が人魚姫なら、きっと王子様は……。


「………? どうしたの?」


「なっ、何でもない!! え、えとっ、人魚姫は王子さまにあいにいきました!!」


 本を読むのをやめてポワーっとしていた少女に、少年が首を傾げて尋ねると、少女はまた慌てて読み進める。

 王子様には婚約者がおりました。このままでは王子様と婚約者は結婚し、人魚姫は泡となって消えてしまいます。そう、あのユウとか言う子がこいつなのだ。澄はそう思うと、少し不機嫌になった。


「人魚姫はこえがでないばかりに、きもちをつたえられず、王子さまのけっこんしきになってしまいました。けっこんしきは大きなふねのうえでおこなわれます。」


 少女は焦った。このままでは王子様が取られてしまう。そんなのは駄目だ。

 しかしそこは物語、王子様の婚約者が、海の底の魔女が作り出した幻だと判明する。


「王子さまはしんじつをつたえにきた人魚姫のなかまたちにおれいを言うと、なかまたちといっしょに、へんそうしていたわるいまじょをけんでさしました。」


 絵には苦しそうな表情になり、船の上で倒れる魔女と、消えていく婚約者が描かれている。

 これで安心だ、もう邪魔ものはいない。


「こえをとりもどした人魚姫は、王子さまとえいえんのあいをちかいました。めでたし、めでたし!!」


 最後まで読み終わると、本をパタンと閉じて、少女はしばし余韻に浸った。とても良い話だった、きっと将来、二人とも幸せになるだろう。誰にも邪魔されず、今の少女達の様に、幸せであり続けるだろう。そう思って、少女は隣の少年を振り向いた。


「………? どうしたの?」


「このお話、僕が知ってるのと違う。」


「え……?」


 少年がふと呟いたその言葉に、少女は首を傾げた。少年は不思議そうな表情をしたまま続けていった。


「前に見た人魚姫はこんな終わりじゃなかったんだけどなぁ。なんで違う結果になったんだろう。殆んど一緒だったのに。」


「……読んだことあったんだ。」


「うん、ユウが読んでるのを隣で見てただけだけど。」


「………また、ユウちゃんなんだ。」


「でも多分、違うお話なんだね。」


 何故だろう。偶に出てくるユウという名前を聞くと無性にイライラする。やっぱりその子は悪い魔女だ、少年と自分との仲を引き裂く魔女なのだ。少女は内心イライラと腹を立てながら、人魚姫の結末を少年に問いただした。


「じゃあ、その人魚姫はどういうお話なの?」


「んっと、殆んど同じ。でも最後に王子様は婚約者と結婚して、悪い魔女の呪いで人魚姫は泡になって消えちゃうの。」


「………!! な、何それ、そんなの人魚姫じゃない!! だって王子さまは人魚姫のことが好きでっ!!」


「……でも、僕が読んだのでは王子様は人魚姫の事を海で助けられた女の子だって気づかないんだよ。だから好きにならなくて……婚約者の方を好きになって。」


「そ、そんなのおかしいよ!!」


 少年が以前読んだ物語を完結に説明すると、少女は叫ぶようにそう言って少年に詰め寄った。少年もいきなりの事に驚いたように目を丸くしている。そして、言葉が続かない少女の代わりに、少年が自分の意見を述べた。


「僕も最後はハッピーエンドがいいよ。でも……、人魚姫は、償わないといけないんだよ。」


「つぐな……う……?」


「心配をかけた家族の人たちとか、友達とか、魔女だって人魚姫の願いを叶えてあげたのに、ただの悪者みたいに言われてる。だからそういうのは駄目なんじゃないかなって、思うんだ。」


「…………。」


 珍しく少年は饒舌だった。ユウという少女との想い出がそれほど大事なのか、それとも別の何かか。ただ一つ言える事は、その時の少年の表情はいつもの少女ならおかしいと気付く筈のものだったと言う事。だが少女は、自分の考えが否定されたショックで、少年が見せた諦観にも似た表情を見逃してしまった。


「……悪いことをしたら、償わなきゃいけないんだよ。」


「……んで。」


「え?」


「なんでそんな事いうの、なんでっ!? 王子さまは人魚姫の事が好きなんだよっ!! まじょはじゃまなのっ!! いらないんだよっ、そんな事も分からないの!?」


 突然の怒号に、少年は呆然と、ただひたすら言葉の刺を受けるだけだった。


「こんやくしゃは本当はいないのっ、わるいまじょが造ったんだから!! だからまじょを倒せば王子さまは人魚姫といっしょに幸せになるでしょ!?」


「それは……そうだけど……かわいそうだよ。」


「……なんでだめなの、なんで……。翔くんはおかしい、おかしいよ……。」


「っ………。」


 少女のその一言に、少年は胸を抑えるようにして俯いた。しかし少女にはそんな様子も見えていない様子で、浴びせるように少年に言葉を投げつける。


「そんなこという翔くんは知らないっ!! 私の好きな翔くんじゃない!!」


「あ……うっ……。」


「嫌いっ、嫌い嫌い嫌いっ!! 私の好きな翔くんじゃない!! 大っ嫌いっ!! そんなにユウちゃんがいいならそっちに行ってよ!! もう翔くんなんて友達じゃない!!」


 少女からぶつけられる言葉の重さは、はたして少女自身では分からない。それがただの嫉妬であったと、少女の寂しさ故の、子供ならば仕方のない独占欲であったと、少年には分からない。そして次に少女が我に返った時、










「うあっ……ああああああああああああああああああああぁぁっ!!!!!」


「…………えっ?」


 少年の絶叫。そしてそれに気付いた時、少女は公園から消えていた。いや、正確には……公園自体が消えていた。そこで絶叫する少年以外の全てのものが、公園にあったものだけ全て、まるで少年の拒絶に答えるかのように……。そしてそれから数瞬後、大きな爆発が起こった。後に原因不明と処理されたその爆発は、その事実を、そして少年の絶叫を消し去るかの様に……。









―――――――

―――――――――

―――――――――――





(ここは………。)


 少女は浮いていた。いや、もしかしたら立っていたのかも知れないし、何かに寄りかかっていたのかも知れない。寝転がっている可能性もあった。だがそれすら分からなかった。少女の目の前にはただ暗闇が広がるばかり。


「…………。」


(こえが……出ない!?)


 全ての感覚が失せ、声すらも出ない。喋っているのに自分の声が聞こえない。手足が動かない。動いているか、確認もできない。


(なんで!? 私、しんだの? 嫌だよ、しにたくない!!)


 少女のそんな声も、自分にすら届かない。心で望む、少年には届かない。


(助けて、翔くん……助けて、助けて……!!)


 叫んでも叫んでも意味がない。まるで人魚姫のようだと思い、少女はゾッとした。


(あわになって消えたくないよ………、翔くんに会いたいよ!! 助けて……助けて翔くんっ!!)


 何度も少女は叫び続けた。いつか、心の壊れるその時まで。全てを諦め、全てを忘れるその時まで。他の全てが無である世界で、少女は最後まで、少年の名を呼び続けた。少年が現れないと、悟るまで。













――――――

――――――――

――――――――――









「お、お父さんっ!! 女の子が倒れてる!!」


「……こらこら、琴。そんな滅多な事を言うもんじゃ………は?」


「………しょ……くん………しょう……。」


 少女が次に眼をあけたのはどれだけ後の事だったか。その時少女の顔には、涙の後などなかったと、その時見た人間は記憶していた。










 そして少女は、御島澄になった。









 そして少年は………

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