第0話:あの日の想いで 二人の時間
「こんばんわ、翔くん。」
「こんばんわ、澄ちゃん。」
もう日が暮れた公園の一角で、一人の少年と一人の少女はペコリと頭を下げあった。なんともおかしな光景だったが、それを咎める人間は此処にはいない。暗闇の支配する公園の一角で、二人の時間が始まった。
「昨日は大丈夫だった? 怒られなかった?」
「うん、大丈夫。元々気にされてないから。翔くんは?」
「僕は大丈夫だよ、心配しないで。」
少女は少年が親に怒られないかと心配したのだが、そもそも少年は昨日も平然と遊んでいた事を思い出す。もしかしたら珍しいことではないのかも知れない。
「翔くん、今日は何する?」
「んー、何でも良いよ? 公園の道具で遊んだの、昨日が初めてだし、なんでも楽しい。」
「初めて? 今まで公園に来ても遊ばなかったの?」
「うん、1人で遊んでもつまらないから。」
平然とそう言った少年に、少女は何だか切なくなった。でも同じくらい、知りたくなった。
「じゃあいつも公園で、何してるの?」
「………んー。」
少女の質問に、少年は何やら悩み始めた。随分長い時間悩み続けて………首を横にふった。
「何してるのかわかんないや。」
「ふふっ、なにそれー変なの。」
少年はそんな少女の言葉に、少し寂しそうな表情になる。だがそれも一瞬の話、直ぐに踊るように笑顔になった。
「それじゃあ今日は、隠れんぼしよう!!」
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「澄ちゃん隠れるの上手だね……。」
「えへへ、そうでしょう?」
公園内を30分も探したが見付からず、結局しびれを切らした少女が現れた事で決着がついた。あまり広い公園ではなかったが、本気で隠れられると案外見付からないものだ。
「見付からない様に動くのは得意なの。」
「やっぱり動いてたんだ……ずるい。」
「作戦だよ、さ、く、せ、んっ。」
得意げにいった少女の笑顔に、少年は追求を諦めた。楽しそうなら問題はないのだ。
「んー、隠れんぼはダメかも……。」
「うん、じゃあ次は何しよう?」
「んっと、鬼ごっこ……は二人だから面白くないかも。ブランコは昨日やったし……。」
何をやるかを真剣に悩み始めた少女の隣で、少年はただ穏やかに微笑む。そんな少年に気付いて、少女は顔を少し赤らめた。
「翔君も考えてっ!!」
「ううっ……ごめん。でも、僕は遊びとか良くわからないから……。」
「んー………公園で遊ばないなら、お家では何してるの?」
「家で………んー。」
今度は少年が悩む番だった。少し悩んで、首を傾げて、何かを思い付いた。
「ご飯食べたり、寝たりしてるよ?」
「そーゆーのじゃなくてっ、家では一人で何して遊んでるのってこと!!」
「えっと……一人で遊ぶ……。」
少女は思った通りの答えが返ってこない事に若干苛立っている様だった。からかわれているとでも思ったのかも知れない。しかし、少年はうんうん唸るばかりで、少女の求めた答えはなかなか返ってこない。そんな時間が過ぎて、ついに少女はしびれを切らした。
「もうっ、家でご飯食べて寝る以外は何もしてないの?」
「……うん、ごめん……。」
「……………。」
少年が本当に申し訳なさそうにしているのを見て、少女も追求するのが段々申し訳なくなってきてしまった。暫く気まずい沈黙が続き、少女がまた何かを言い出そうとした時だった。
「あっ。」
「な、何? 何かあった?」
「うん、この前一度だけ、お家でユウと一緒にご本を読んだ。いつもはお外で読むんだけど、ユウが家で読んでくれるって言ったから。悲しい話だったけど、楽しかったよ。」
少年は嬉しそうにそう言った。子供がとても嬉しいことを話す時の笑顔で、少し自慢するような口調を含んで、本当に嬉しそうに言った。
「……ユウ? 誰それ?」
「えっと、僕と一緒に住んでる女の子。ユウの方から一緒に読もうって言って、家で読んでくれたの。」
その少年の口から出たユウと言う少女の姿が少女の中で描かれた。本を読んでいると言う事は大人しい子なのだろうか、頭が良い子なのだろうか、可愛い子なのだろうか、そんな想像が少女を支配して、最後にちょっと不機嫌になった。
「……ふーん、友達なんだ。」
「うーん……友達、なのかなぁ? でも友達って沢山お話するんでしょ? 桜お婆ちゃんと、新羅お婆ちゃんが言ってたよ。」
「……ユウちゃんとはお話しないの?」
「うん、うるさいって言われるから黙ってるの。黙ってたら一緒に本を読んでても良いって言ってくれたから。」
少年はいつもの調子でそんなことを言った。その一言で少女の中でのユウと言う少女のイメージが一気に悪女へと変化していく。きっと嫌な子なんだろう、きっとそうだ、翔が我慢しているのだ。そう思ったら、段々と心からもやもやが晴れていく様に感じる。気付いたら少女はいつの間にか笑顔になって、少年の手を取っていた。
「それじゃあ、私が翔くんの初めての友達だね!!」
「えっ……僕が友達で、本当にいいの?」
「うん、翔くんと私は友達。私も翔くんも、初めての友達だよ!!」
「……うんっ。」
少女の押し付けるような感情も、少年には心地よかった。自然と二人は笑顔になり、手をギュッと握り合う。そんな中、少女はあることに気付いた。
「翔くん、何で泣いてるの?」
「えっ? あ、えっと、なんでもないよ? ちょっと目が疲れちゃった。」
「ふーん、そうなんだ。じゃあちょっと休もっか? お話しよ? 友達はいっぱいお話するんだもんね!!」
少年はそう言う少女に連れられてベンチへと座らせられる。よく見ると、少女の顔も少し赤かった。それから二人は色々な事を話した。翔がいつもフラフラと外を出歩いていて、眠くなったら家に戻るという生活を続けている事や、父親と母親がいない事。澄がこの近くの孤児院に捨てられた子供であり、上手く馴染めていない事や、家出癖があり、大人から良く思われていない事。眠気も忘れて色々な事を話して、気が付いたら朝になりかけていた。
「……もうそろそろ戻らなきゃ。」
「……そっか。」
「明日も来るから、翔くんも来てね? 明日は……お昼頃、大丈夫? いつも夜だと、怪しまれちゃうから。」
「うん、必ず来るよ。」
「それじゃあまたね、ばいばい!!」
少女は少年のその答えを聞くと、安心した様に笑顔になった。そして、何度も何度も振り返りながらその場から遠ざかっていく。少女のそんな姿を、少年も笑顔で見送った。そして二人はそれから毎日会うことになった。どれ程の時が経ったのか、子供の時間の感覚など当てにはならないが、確かに長い時だったと二人は記憶していた。
………事が起こったのはそれから随分経ったある日の事だった。