表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まじかるタイム  作者: 匿名
75/101

第75話:とある世界の目覚め

 夢を見ている様だった。


 私と、彼と、そこは二人だけの世界だった。


 夢であって欲しかった。


 私の世界を壊したのは、まぎれもない彼だった。








-------

-----------

----------------









「んっ………暗い。」


 真っ暗な部屋の中、彼女、澄はそう呟くとベットから身を起こした。完全な闇ではない、閉まったドアの隙間から、僅かだが光が漏れている。だがそれだけで足りる筈もなく、澄は部屋の明かりのスイッチを入れた。


「………怠い。」


 だが明かりをつけると、またベットに横になる。もう何日そうしているのだろう。携帯電話もカレンダーも見ずに、何日も経過したように思える。たまに家族の誰かが訪ねてきて、起きてる時は少し話をする。その時に一緒に食事もする為、食べた回数で日にちを考えるのは不可能だ。ふと隣を見ると時計があった。時間は14時を少し過ぎたところ。確か最後に時計を見たのは朝の3時だった筈だ。日にちをまたいでいるという事はないだろうから11時間程寝たのだろう。そのままぼーっとしていると、その内ノックの音がする。


コンコンッ


「………はい。誰?」


「私よ。」


「お姉ちゃん………どうぞ。」


カチャ


 ドアの開く音が聞こえ、琴が部屋に入ってくる。琴から澄へ送る視線はどこか呆れ気味だったが、同じくらい心配をしてくれているのだろうと分かる表情をしていた。


「まったく、なんで締め切ってるのよ。明かりなんかつけなくても明るい時間でしょうに。」


「寝る前は夜だったもん。」


「あのねぇ………。」


 澄の言葉に、今起きたばかりなのだと予想した琴は、溜息を一つつくと澄の部屋の窓を開け、続いて雨戸を開けた。日の光が差し込んで、澄の体に当たる。人口の光と違って、体が活動を求めるように動き始めた気がする。もっとも、澄は特に何かをしようという気力が沸かなかったが。


「御飯は?」


「食べてない。」


「じゃあリビング行くわよ、何か作ってあげるから。」


「………良いよ、すぐ寝ちゃうし。お腹も空いてないから。」


「もう、そんなんじゃ病気になるわよ?」


 琴がそういって澄を促したが、澄はベッドの上から動こうとはしなかった。髪はボサボサのまま整えようとはせず、掃除されていない部屋は、散らかってはいないものの埃が少し立っていた。なんというか、とてつもなく不健康である。琴が言うまでもなく、その内体調を崩してもおかしくないだろう。澄を心配する琴の視線がなんとなく分かってしまい、澄はその視線から身を背けるようにベットの上を転がった。


「平日の真昼間っから本当に不健康ねー。」


「良いじゃない、休日なんだし………。って、平日?」


「ちょっと……ボケないでよ。今日は思いっきり平日よ。」


「………平日のこの時間になんでお姉ちゃんが家にいるの? まだ学園あるよね、生徒会だってあるし。」


「……あー、うん。それは……。」


 と、澄は聞いてから気が付いた。琴の洋服は水色のワンピース。確かあれは琴のお気に入りの一着だった筈だ。更に薄い化粧にも、心なしかいつもより気合いが入っていて、出掛けるにしても単なる買い物に行くわけではないだろう。と、なれば……。


「……学園サボってデートな訳ね。今から行くの? それとも帰り?」


「………帰ってきたけど、また行くと思うわ。」


「へー、忘れ物か何かしたの? というか、お姉ちゃん誰と………。」


「……………。」


「あー、うん。そっか、なるほどね。」


 澄も、琴の反応で大体理解した。恐らく翔とのデートなのだろう。なのに自分に気を使ってわざわざ見に来てくれたのだ。それとも、翔に見に行ってくれとでも頼まれたのだろうか? 単純に気を使われただけの可能性もある。これまでの付き合いで、翔の性格は大体理解しているのだから。澄がその話から興味を失ったように沈黙すると、琴が澄のベッドに寄り添うように座り込んだ。


「気にならない? 翔ちゃんの事。」


「そうだね。パートナーが休んでちゃ、翔君にも迷惑かけちゃってるだろうし。」


「そう言う意味じゃなかったんだけど………。まあ、パートナーの事を心配してるなら、その心配は要らないわ。」


「何よそれ、どういう事?」


 琴が意味あり気に言った一言に対し、澄は反射的に琴に向き直り聞き返していた。澄が言った後で琴が小さく笑っていたのに気付き、澄は咄嗟に視線を逸らす。


「あら、気になるの?」


「別に。よくよく考えれば私がいなくても、翔君なら美里ちゃんや優ちゃん達が喜んでフォローするだろうし。」


「ふーん、悔しいんだ? 翔ちゃんモテるもんね。」


「そ、そんなんじゃない!!」


 からかうような琴の声色に、澄はカッとなりつい声を荒げてしまう。だが、次に澄が見た琴の表情は、澄の予想とは違い、ひどく真剣なものだった。


「ま、焦らなくて良いわよ。澄が居なくても心配要らないって言うのは、澄の思ってる理由とは大分違うから。」


「………何よそれ、どういう意味?」


「簡単な話よ、翔ちゃんも学園に来てないの。あの日からずっとね。」


「えっ………ど、どうして?」


「さぁね、なんでか知らないけど優ちゃんに止められちゃってるのよ。それで色々あって、翔ちゃんその内に光明学園から退学するかも知れないわ。」


「……………はっ?」


 琴が真剣な表情のまま言い放った言葉に、澄は一拍の間を持って反応を返した。琴の言った言葉の意味が理解出来ない。自分の聞き間違いであるかのように。


「え……何? 退、学? 何よそれ、いきなり。冗談でしょ?」


「そうね、冗談なら良かったんだけど………少なくとも優ちゃんは本気みたい。優ちゃんと……理事長は、何故か知らないけど澄と翔ちゃんの接触を嫌がってるのよ。進お爺さんや森羅さんって言う翔ちゃんの保護者になっている人も、翔ちゃんの事は優ちゃんに任せてるからって承諾しちゃってるし。」


「………い、意味が分からないわ。なんで優ちゃんが言ったからって直ぐにそんな事になるのよ……。いきなり退学って……。」


「それについては私も分からないわ。理事長達は、優ちゃんが翔ちゃんの一番の理解者だからって言ってたけど。………それよりも澄、驚かないのね。優ちゃんが貴方と翔ちゃんの接触を嫌がってるって。」


「……っ………。」


 翔の退学の事を知り、狼狽えていた澄だったが、琴のその一言で体をギクリと強張らせた。琴はそんな澄の反応に、やっぱりかとでも言いたげに溜息をついた。


「ねぇ澄、貴方やっぱり記憶………戻ったんじゃないの?」


「…………うん。」


「あー、やっぱりね。まぁなんとなく分かっていた事なんだけど。」


 10年前、庭先で倒れていた澄は何も覚えていなかった。皆の推理の中では、その記憶の中に今回の事件の核心がある筈なのだ。


「じゃあ、優ちゃんが澄を警戒する理由も心当たりあるんだ?」


「それは……正直良く分からない。少なくとも私は優ちゃんの事全然知らないし、でも……。」


「でも?」


「………私、思い出したくなかった。だから翔君もきっと………。」


「………そっか。」


 澄はそう言うと、また毛布に包まり琴に背を向けてしまった。そんな義妹の姿を見て、琴は何も言わずに毛布の上から澄の体をあやす様に叩いた。


「……こんな時に、しかも私の口から言うのもどうなのかと思うけど、今私ね。……ううん、私達かな。翔ちゃんと恋人関係になってるのよ。まゆまゆと美里ちゃん、命ちゃん、魔夜ちゃんと私。優ちゃんは良く分からないけど、多分優ちゃんも。」


「……………気付いてた。」


「あ、あはは………やっぱり? 皆で一緒にって、翔ちゃんに最初に言い出したのはまゆまゆなんだけどね、実はそれを吹き込んだのは私なのよ。翔ちゃんの性格上、個別で告白に行っても駄目そうだし、皆一緒にってのも中々いいアイデアじゃないかってね。」


 琴はいつもと変わらない調子で、澄にとっては驚愕の事実である筈の事を暴露していく。だが澄も翔の近くで過ごしていた女の子だ。自分以外の女の子の様子が変わっていった事くらい察知している。そしてその女の子と翔との距離が急激に縮まっていった事も、とっくに知っていた。翔は気付かれていないと思っていた様だが、男の甘い推測など、女性は常に上回っていくものだ。


「最初はあわよくば独占とかも考えてなかった訳じゃないけどね、私としては確実に初恋を実らせたかったし。」


「………お姉ちゃん、狡猾だね。」


「ふふっ、そう? まゆまゆでさえそれを狙っちゃうくらいだもの、私に限らず、人間誰しも独占欲ってのはあるのよ。美里ちゃんたちはちょっと特殊だけど。……でもね、本当はもっと違う理由もあったの。」


「違う……理由……?」


 琴の言葉に、澄は思わず聞き返した。琴が言った違う理由というものが、澄には分からなかったから。そんな澄に、琴は優しく微笑みかける。


「そうよ。澄が翔ちゃんの事を好きなのは簡単に分かったわ、だから私思ったのよ。二人で一緒に翔ちゃんの物になれば、本当の姉妹になれる、ずっと姉妹でいられるってね。」


「……………。」


 琴のそんな言葉に対して、澄が息を飲む音が聞こえた。本当の姉妹、血の繋がりのない義妹、それはこの御嶋の家に置いてタブーともされている言葉だ。


「澄、いつも私や家族に遠慮ばっかりしてたじゃない。昔苛められてた時だってそう、私は澄のお姉ちゃんなのに、澄は私に何の相談もしなかった。家族に対しても我儘を言ったりしないし、ほんのちょっとだけど他人行儀な気がしてた。」


「だって、それは………私、そんな事言える立場じゃ……。」


「なんで? 私と澄の血が繋がってないから? 澄が私達家族に対して恩義を感じてるから? そんなの関係ないじゃない。私と澄は姉妹なの、誰がなんと言おうと、血が繋がってなくてもね。それとも澄は、私の事お姉ちゃんだと思ってくれてない?」


 琴の言葉に対して、申し訳なさそうな声色で応えようとした澄の言葉を、琴はまた遮ってそういった。背を向けてしまっている澄からは琴の表情は読み取れなかったが、なんとなく、怒られているような感じがした。……だが、琴の表情は笑顔だった。妹の事を愛おしむ、姉の表情をしていた。


「私は澄の事、本当の妹だと思ってる。昔妹を欲しがった私の前にいきなり現れてくれたんだもの。きっと神様が巡り合せてくれたんだって、今でも感謝してる。それが、澄にとって辛い出来事の結果だったとしても。」


「っ………私……だって……。」


 琴の前で、澄はそれ以上の言葉を発する事が出来なかった。全てを思い出した澄の胸の奥で、琴の言葉の波紋が広がってゆく。………そして、暫くの沈黙の後、琴はゆっくりとベッドから立ち上がった。


「それじゃあ、私行くわね。薄情な様だけど、私も女だから。愛しい人に心配を掛けたくないのよ。特に私の彼は、とっても心配性だから……。」


「………待って、お姉ちゃん。」


「……ん?」


 そのまま立ち去ろうとした琴を、澄が引き止める。相変わらず毛布に覆われているため顔は見えないが、その声は明らかな涙声で、どこか嬉しそうな声色だった。


「……帰ってきたら、話したい事があるの。」


「………うん、分かったわ。」


 そして、振り絞った様な澄の言葉に琴はそれだけ返すと、表情に微笑みを湛えながら、静かに部屋から立ち去ったのだった。










ーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーー













「……翔君、なんだか難しそうな顔してる………。」


「ん、ちょっと、考え事してて………あの夢の事。」


「……そうなんだ………。」


 その日の夜、優は珍しくまだ帰ってきて居らず、先に真夕と一緒にベッドに潜り込んでいた翔に、真夕が心配そうな表情でそう気遣ってきた。考え事とは、澄の事と言えばそうであるし、最近良く見る不思議な夢の事でもあった。その事は、真夕にも良く話している。


「………見た事ない男の人と、二人の小さな女の子……だっけ……? ……その子、私とどっちが小さい………?」


「背は……真夕の方が小さいと思う。今真夕って何センチくらい?」


「ん……多分百四十センチくらい……かな?」


「おお……分かっては居たけど数値で聞くとかなり小さいな。」


「ごめん……嘘ついた……多分もっと小さい………。」


 翔の反応に対して真夕はそう言うと、赤い顔を隠す様に翔の胸元へ抱き着いた。その仕草を見ていると年上の女の子にはとても見えないのだが、それを言ってしまうと真夕は機嫌を悪くしてしまい、機嫌を直す為には結構深いキスを長時間続ける必要があるのだ。それはそれは魅力的なのだが。


「………じゃあ、おっぱいは……?」


「えっと……え?」


「……むぅ、だから……おっぱい、その子とどっちが大きい……? ……触って比べてみて……。」


 真夕はそう言うと、翔の手を取って自分の服の中に滑り込ませる。そして、就寝着故に下着を付けていない慎ましやかな胸へとその手を押し付ける。真夕の肌に触れた瞬間、真夕の表情に朱が差した気がする。


「い、いや、真夕。その子のを触ってないから分からないと言うか……。」


「………言われてみれば……………なら、仕方ない……。」


 翔が額から冷や汗を垂らしながらそう言うと、真夕は渋々と言った感じで追及をやめた。見た目ではどっちもどっちな感じなので、深く追及されなかったのはありがたい。と言うか真夕の手が服の上から翔の手を押さえつけているせいで手が動かせない事に今更気が付いた。うむ、真夕は策士の道をまた一歩歩んでいた様だ。最近スキンシップがどんどん過激になっていっている気がするが、気が付かないふりをしておこう。


「……なんだか翔君の顔、ちょっとえっち………。」


「そ、そんな事ないと、思うぞ? と、と言うか真夕、手を押さえつけられたら服から手が抜けないんだけど……。」


「……んっと………胸より、下の方がいい……? ……好きな方でいいよ……?」


「うぐ………ま、真夕、からかってるだろ。」


「……むぅ……ばれた………。」


 翔の赤くなった表情を見て、真夕がくすくす笑って居たので翔も流石に気が付いた。これで襲っていたら真夕はどうするつもりだったのだろうか……。いや、それはそれでベタベタに甘えて来るだろう事が予想できるのだが……。そんな事を考えながら真夕の方を見ると、今度は真夕が笑顔で優しい眼差しを翔に送っていた。


「………考え込まないで………きっと答えは、翔君の中にある筈………だから、焦っちゃダメ……。」


「真夕……。」


「……翔君には……笑ってて欲しいから………ずっと……私の隣で………。」


 先程の楽しそうな笑みとは違う、翔を気遣う様な微笑みを浮かべた真夕は、そのまま翔の唇を求めて、翔の頭を抱え込むように抱き着いた。


「……れろっ……ちゅっ……ちゅるっ……あむっ…………んくっ……。」


(俺の中に……か。)


 真夕の想いを直接注ぎ込むような深いキスを受け止めながら、真夕から言われた事を心の中で反芻する。そしてそれから、長い時間をそのままの状態で過ごし、真夕が満足して唇を放した時、翔の中にある言葉が蘇ってきた。それは、あの白い少女が、最後に翔に向けて言った言葉。


『翔坊ちゃんはいつでも来られるんだから………だって此処は………。』


「あ………。」


「……翔君……?」


「………そうか、あの場所は………。」


 夢に見る白い少女と、公園の白い少女、翔がいつでも来られる場所、そして、今まで見てきた知らない人間ばかりの夢と、何かを忘れている様な感覚が差す物。それらの意味。それが翔の中で、一気に明確化された。そしてその瞬間、あの少女の最後の言葉の続きが頭の中に流れ込んでくる。


「あの場所は………俺の記憶の中……心の中なのか。」


「翔君……? んっ!?」


 翔は先程のお返しとばかりに、真夕の唇を少々乱暴に奪った。真夕は最初、驚いた様に眼を見開いたが、直ぐにそれを抵抗せずに受け止めて、うっとりとした表情のまま、全身の力を抜き、翔に体を預けるように抱きしめられた。そして翔がキスを止めると、目を虚ろにした真夕が脱力したまま翔に擦り寄って居た。


「………真夕、ありがとな。」


「………んっ……ふぁ……い………翔……く……大……好きぃ……。」


 それだけ言葉にすると、真夕はそのままコテンと眠ってしまった。そんな真夕を抱きしめながら、翔はあの公園をイメージする。翔には確信があった、自分が望めばあの場所にいける、そんな確信が。薄らぐ意識の中、何かが翔に語りかけてくる様な気がした。










おはよう。


私の可愛い翔坊ちゃん。








―――そして、翔の世界は目覚める



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ