第69話:邂逅の公園で君と
「翔君、なんだか慣れてない?」
「えっと、いきなりどうした?」
「だって絶対おかしいよ。私よりも女の子向けの店に詳しいなんて……。」
「それは………まあ、確かにそういう意味では慣れてしまっているのかもしれないけど……。」
翔は部屋のインテリアにどうかと思い、澄をファンシーショップ系の小物屋に連れて来ると、澄は明らかに微妙な表情になって翔を睨みつけた。
「さっきの喫茶店もそうだし、洋服店だって翔君の方が詳しかったし、この店だってそうだよ。明らかに女の子向けの店なのに……。」
「えっと………ここも琴先輩に………な?」
「………今までに何回デートしたの?」
「い、いや、一回だけだけど。」
「なるほどね、一回は翔君もデートと思ってる事をしたんだ……?」
「いや、その…………。」
ヤバい、買い物を続ければ続ける程に澄の機嫌が悪くなっていくのが分かる。でも琴と以前買い物で回った時にめぼしい店をかなり教えてもらったから女の子と出かけるとなるとその時の経験を無意識に生かしてしまうのだ。エスコートする身としてはなるべく楽しめる所に案内しているつもりなのだが、どうも澄には逆効果だったらしい。
「もうっ、いくらお姉ちゃんでも女の子とデート中に他の女の子の事考えちゃ駄目だよ?」
「ああ、悪い。でも俺が知っている雰囲気の良い店って大体が琴先輩か優から教えてもらった場所だからなあ……。」
「まあ確かに私もお店に不満はこれっぽっちもないけどね? 素敵な場所だと思うし。でも、お姉ちゃんもこういう場所来るんだね。ちょっと意外かも知れない。」
澄はそういって近くに置いてあった犬のプリントがされているマグカップを手に取った。どうやら機嫌は多少回復したらしい。ホッとしながらも、翔は澄の意見に疑問を抱いた。
「なんでだ? 琴先輩は猫のぬいぐるみとかそういうファンシーな物が好きだったろ?」
「それはそうなんだけど、お姉ちゃんは猫が特別に好きなだけでファンシーな小物とかそういうのは部屋に何も置いてないの。それになんでも猫のぬいぐるみは知り合いの職人さんにオーダーメイドで一匹一匹作ってもらってるらしいし。」
「それはまた………凝ってるな。でもなんでそんなに猫が好きなんだ?」
「なんでも小さい頃に子猫に出会ってからゾッコンらしいのよね。でもお姉ちゃんは子猫を可愛がり過ぎてストレス与えちゃって、それで可哀想だから猫のぬいぐるみを可愛がる事にしたんだって。」
「へー。なんか、らしいって言えばらしい理由だな。」
「その結果、真夕さんにはお姉ちゃんの鬱憤がダイレクトに反映されてるみたいだけどね。」
「………ああ………なるほど。」
きっとその時の真夕先輩も断れなかったんだろう。猫耳を固定するくらいに鬱憤の溜まっていた琴先輩がちょっと想像出来ないけど、きっと真夕が無条件降伏するくらいの表情をしていたに違いない。どっちかと言えば、憐れみを誘う様な表情で。翔はそこまで考えて、不意に何かの違和感を感じた。澄の発言だろうか、行動だろうか、何かに小さな引っかかりを感じて……その瞬間、澄が何かに気付いた様に商品棚に小走りに駆け寄った。
「あっ、これなんて可愛いんじゃないかな? 翔君はどう思う?」
「なっ、なんだその猿は……魂を抜かれた様な顔してるぞ?」
「うん、最近流行りの鬱カワ系マスコットだよ? 他にも生きることを諦めたホッキョクグマとか、全てを悟った牛とか。」
「そんなのが可愛いのか………? 俺にはさっぱり分からないんだけど。」
澄が商品棚から取り上げた人形を見て、先ほどの違和感は消え失せてしまった。しかし、なんだか持っているとこっちまで気が滅入りそうなデザインだ。誰が考えたんだそんなの。本当に流行ってのは意味が分からない。
「うーん、翔君はこういうの駄目なんだ………。あ、じゃあこれは?」
「猟奇ウサギって………それも似た様なもんじゃないか………。」
「えー? そうかなあ、可愛いと思うんだけど。」
「……………マジか。」
澄が持ちあげたのはチェーンソーを持った二足歩行の山ウサギという謎のキャラクターのキーホルダーだった。さっきの鬱カワ系とやらといい、この猟奇ウサギと良い、なんだか澄のセンスが外れてる様な気がしないでもない。確か部屋に行った時はこんな感じのグッズはなかった気がしたのだが……。
「澄、昔からそういうのが好きなのか? 前に部屋に行った時はたしか……。」
「ううん、好きになったのは最近だよ? なんだかこういうのを見てると心が落ち着くと言うか、妙な安心感があると言うか………。」
澄のその発言はなんとなくアウトな気がしないでもない。てか猟奇シリーズとか鬱カワシリーズで心が落ち着くってなんか嫌だ。
「澄………何か疲れる様な事があったのか? 俺に行ってみろ。」
「翔君、それどういう意味かな? ………でも、強いて挙げれば何処かの誰かさんが原因なのは間違いないんじゃないかな……? なんかいつの間にか危ない目にあってるみたいだし。聞いたよ? なんか良く分からないけど命ちゃんの弟さんと戦ったりしたんだって?」
なんだか今のは自分で墓穴を掘ってしまった気がする。………それに、なんだか澄が知ってる筈の無いことを知ってるんだけど、まさか美里が教えたのか? 命の親父さんからは口外はなるべく避ける様にと言われてた筈なんだけど……。
「………えーっと……なんで知ってるんだ? あれは結構内密な話だったんだけど。」
「今言った事も含めて翔君はたまに無茶するから、自分達からだけじゃなくてパートナーである私からも何か言って欲しいって、美里ちゃんと命ちゃんに頼まれたの。……なんだか皆、私と翔君が何か危ない事してるって言う事には気付いてるみたいだし。私に向かっての事でもあるんだろうけど。」
「そ、そうだったのか。」
二人の判断は、澄ならば大丈夫だという事と、俺への本気の心配もあるんだろう。それとまあ、皆も感が良いし魔夜に至っては心が読める訳だから分かっては居たけど、俺が何かしてる事はやっぱり皆にバレてたらしいな。
「それにしても、あの二人なんだか印象変ったね。二人だけじゃなくて、魔夜ちゃんとか真夕さんとかもだけど。お姉ちゃんもなんだか翔君に対する態度がちょっと変わったように思えるし……。」
「……………。」
……澄も鈍感な方じゃないんだし、気付かない方がおかしいよな。今日、クラスの中だけでも特に美里辺りは気付いたら傍で寄り添っている事が多いし。命も魔夜も距離感が明らかに変わってる。優はあまり変わらないけど、元々一緒にいる比率が高いからな………基本的に用事がある時以外は傍にいるんだし。そんな状態じゃ言わなくてもバレもするだろう。………やはり、隠すのには限界があるのだろう。本当ならこのゴタゴタを解決させてからと思っていたのだが。
「……ねえ翔君、もしかして………。」
「………澄、ちょっと話があるんだ。」
澄の言葉を遮る様に翔が真面目な表情で言ったのを見て、澄は息を呑んだ。翔ももう、覚悟を決めた。あまり引き延ばすと状況は悪くなるのだ。なんだかもやもやとしたままなのが気になるが、今言ってしまうのが正解の筈だ。
「澄、実は俺は………。」
その瞬間、世界は暗転した。
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「翔君っ、翔君っ!! 眼を開けて!!」
「………澄……? ここは……どこだ?」
「分からない……。私も今眼が覚めた所で………。」
翔が澄に揺すり起こされ起き上がったその場所は、今まで翔の居た場所ではなかった。今まで自分は琴と一緒に行っていたファンシーショップに行っていた筈だ。確かそこで澄にあの事を話そうとして……。ああ、なんとなくどういう状況なのかは把握出来た。
「………間が悪いな、まったく。……澄、此処に居てくれ。」
翔は澄にそう伝えると、取り敢えず此処が何処かを確認しようと空へ飛び上がった。そして直ぐにこの場所の異様さに愕然とした。
「なんだ………此処は……。」
そこはまるで同じ場所をいくつも繋ぎ合わせた世界、地平線の彼方まで同じ場所が続いていた。今まで自分の居た場所を確認する為に下を見る。澄が居ると言う事以外は周りの景色となんら変わらないその場所には、木が一本だけ立っていた。一定の間隔で同じ様な高さ、姿の木が立っている。それ以外には何もなかった。翔はなんとなく澄から離れない方が良い気がして、澄の元へ戻った。
「翔君………なんなの此処……。」
「分からないな。ただ一つ言える事は、これも今までと同じ様な現象な気がするって事だけだ。」
「で、でも、地下に繋がる階段なんてどこにもないよ? それどころか、木が点々と立ってるだけで……。」
「確かにそうだな………でも此処はそんなに……。」
何故かそんなに悪い感覚はしないな。と、翔が言おうとしたその時、翔と澄の足元から地面が消えた様な浮遊感が襲った。驚いて身を竦める澄を、翔は咄嗟に抱き寄せた。
「こ、今度は何っ!?」
「………なんだか、デジャビュってやつだな。」
世界から光が消えて、澄の不安そうな声と、翔を頼って抱きついてくる感触だけが残った。体が落下する様な感覚の中、澄を抱きしめながら、翔は以前と同じ様に体を浮遊させた。暫く立つと、世界に再び光が溢れる様な光景が二人の前に広がった。翔にとっては最近に見覚えがある光景。間違いない、此処はあの時の………。
「こんにちは、そして初めまして。」
「また……貴方ですか。」
「翔君……ここは……。」
あの時に降り立った公園の様な場所。話しかけてきた、光を纏った様な幼い印象の少女。どうやらまた同じ場所に来てしまったらしい。今までとはパターンが違って来たが、辿りついた場所は変わらない様だ。翔は取り敢えず澄にこの場所の説明をする事にした。
「メールで話しただろ? 俺が前に来た場所だ。そしてこの人が……。」
「初めまして、澄ちゃん。会えて嬉しいわ。」
「わ、私の事を知ってるの……?」
翔が澄に簡単に説明をすると、少女は澄の名前を呼んで微笑みかけた。澄が何故自分の名前を知っているのかと翔に確認の視線を送ってきたが、翔は澄の事を話した覚えはない。その意思を伝える為に首を横に振った。
「翔坊ちゃんは何も言ってないわ。私が貴方の事を一方的に知っていただけ。」
「な、なんで私の事を知ってるんですか?」
「さあね。でも、貴方も知っている筈だけど? 私の事は知らなくても、この場所だけは。」
「この……場所………。」
少女にそう言われて、澄は初めて辺りを見回した。澄は此処が公園らしき場所だと認識し、唐突に表情を歪めた。
「何なの此処……知らない………気持ち悪い………。」
「澄……? 大丈夫か?」
「早く帰ろう、翔君……。此処は……嫌なの。」
そう言ってこの場所から眼を逸らす様に、そして翔を急かす様に澄は翔の胸に顔を押し付けた。だが、翔はこの場所に関する印象が澄とはまるで違った。確かに気味が悪くはあるが、なんとなく懐かしくて、でも何故か一方的な嫌悪感もあった。自分はこの場所に来るのは二度目の筈で、特に思い入れもない筈なのに。
「なあ、此処はどこなんだ。」
「……………。」
翔の問いに、少女は何も答えなかった。なんとなくもどかしく思っている様な、そんな表情を一瞬したのを翔も感じたが、次の瞬間にはそれも消え失せ、少女は澄へと視線を向けていた。
「澄ちゃん。貴方にとって此処は……嫌な場所なのね。」
「………嫌よ。此処にいると……頭が痛いの………。」
「そう……。」
少女はそれだけ言うと、悲しそうに表情を変えた。この少女は何を知っているのだろうか? 澄は何故こんなにも辛そうな顔をしているのか? 翔かそれを聞こうとした時にはもう、少女は表情を元の余裕のある笑みに変えていた。
「なら、答えて。貴方は……翔坊ちゃんの事が好きかしら?」
「えっ……?」
「あんた、いきなり何を……?」
「とても大事な事よ、貴方は此処で、翔坊ちゃんの事が好きだって言える?」
少女の表情はいままで見たことが無いほどに真剣だった。翔の疑問も聞こえないかのように澄だけを見つめて少女は立っていた。澄は苦痛を訴える様な表情で少女の方を向き、言った。
「翔君は好き、好きだよ。だって翔君は私に、私に……優しくしてくれ……て………。」
澄はそこまで言って、何か違和感の様な物を感じた様に訝しげな表情になった。そして視線は少女から外され、何かを考え込む様にブツブツと言葉を紡ぎ出す。
「私は……翔君なら怖くなくて………初めて会った時も翔君だから………翔君だから………?」
「す、澄? どうしたんだ?」
「翔君は大丈夫……だって翔君は優しいから……優しいから初めて話しかけても大丈夫だった……? ……翔君なら……だって……だって……。」
口調が変わってから澄の様子が明らかに変わっていた。最後の方はもう聞きとれないくらいに小さな声で、聞こえている部分も意味がはっきりせず、チンプンカンプンな文字の羅列。かろうじて自分の事について何か言っている事は翔にも理解出来たが、それがどういう意味の物なのかも分からなかった。
「お、おい、これは一体どういう事だ……?」
翔が段々と怯える様に震える澄を庇う様に抱きしめ、少女を睨みつけた。少女はその視線を受けながら、一瞬悲しそうな表情になった。そして、覚悟を決めた様に翔へと強い視線を返した。
「もし、その子の事が知りたいと思うなら……。」
「えっ……?」
「また此処に来なさい。翔坊ちゃんならいつでも来れるんだから。………だって此処は………。」
少女がそう言い終わるかという時、以前の様に全てが光に包まれた。