第68話:放課後喫茶で話し合い
「おはよー、皆。」
「……おはよう、澄ちゃん……。……じゃあ、翔君………また後で……。」
「おはよう、澄。分かりました、それじゃあ後で。」
澄が教室に挨拶をしながら入って来ると、入れ替わる様に真夕が立ち上がって自分の教室へと戻って行った。翔の周りに居た優と美里、命、魔夜も澄へと軽く挨拶を返す。それを見た澄は不思議そうに首を傾げた。
「珍しいね、真夕先輩が来てるなんて。お姉ちゃんも一緒じゃないみたいだし。皆で何話してたの?」
「ああ………えっと、個人的な用事でね。」
「ちょっと私が相談事があるのよ、あんまり人に話したくない事だから、家に呼ぶことにしたの。」
「ふーん、そうなんだ。」
澄の疑問に翔は一瞬どう誤魔化すか悩んだが、優が翔をサポートする様にした発言の御蔭で澄は納得した様だった。今全員で話していたのは他でもない澄の事も含まれているのだが、流石にそれをそのまま伝える訳にはいかない。その内容と言うのは三つ。一つ目は単純に命の事を魔夜に報告したかった。二つ目は真夕が翔の家に住むことになった事だ。話した瞬間に美里も今日から家を出ると言い出したのだが、それは命がなんとか止めた様だ。少なくともちゃんとした手続きを経ないと駄目らしい。まぁ九条院のお嬢様で、家の跡取りなのだから当然だろう。部屋やその他の事は魔法でどうとでもなるから大丈夫だと優は言っていたが。そして、三つ目は澄の事だ。というのも、他の皆にした様に澄にも翔が思っている事や皆の今の状況を伝えようと、翔が今思っている事を皆に話していたのだ。琴は澄と一緒に学園に来るので話には参加できなかったが、真夕が後で内容を伝えておいてくれるらしい。問題は話すタイミングなのだが、これは取り敢えず今決めてしまわずに雰囲気次第となった。翔としては本当なら今日直ぐに伝えようと思っていたのだが、いきなり話しても澄が混乱するだけだと優が発言した為、翔が何処かでちゃんと時間を取る事になったのだ。翔がそんな事を考えていると、澄は翔の傍に寄って優達に聞こえない様にそっと耳打ちをした。
「それより翔君、ちょっと話したいことがあるんだけど………。」
「………なんだ?」
「………なんだ? って、本気で言ってるの? あの変な地下室の事よ。メール送ってきたじゃない、休みの間に出くわしたって。」
「あ、ああ、その事か。」
そういえば、色々あり過ぎたせいか澄にメールを送っていたのを忘れていた。命の家に行く直前に遭ったあの現象の事は、あの夜澄にメールしてある。それを休みが終わったら話し合うという事になっていたのを、翔は今更思い出した。それに気付いたのか、澄はジト眼になって翔を睨んだ。
「もう、大事な事なんだから忘れないの。どーせ皆にチヤホヤされて忘れちゃってたんでしょ?」
「………悪い。」
「………取り敢えず、今日の放課後とかどうかな? あんまり人の居る所で話すのもどうかと思うし。」
「ああ、分かった。生徒会の仕事は大丈夫なのか?」
「文化祭の事後処理があるけど、こうなるのを予想して日曜日に大体終わらせちゃったから、残りくらいなら帰って家ででも出来るし、こっちの件を放っておけないもん。」
「そうだったのか……ありがとな。」
翔がそう言って了承すると、澄は真面目だった表情を緩めた。どうやらメールを送った後に色々と考えてくれていた様だ。翔が素直に礼を言うと、澄はクスッっといたずらっぽく笑いながら、翔から離れて自分の席についた。すると、今度はそれを見ていた魔夜が、翔にだけ聞こえる様な声で囁いた。
「ごめんね。私、澄ちゃんの思ってる事の方は聞こえちゃってるから………。」
「……ああ、そうだったな。」
魔夜の力の事を忘れていた訳ではないが、澄はその事を知らないのだからしかたないだろう。魔夜の力に関しても、内緒話なんてのは話声は聞こえなくても注目してしまう物だし、発動してしまうのは仕方ない。
「もう、軽いわね。いつもなら意識しない様に頑張れば聞かないでいれたんだけど………これ、篠原君のせいなのよ?」
「……なんでだ? 俺が何かしたか?」
「………篠原君を好きになっちゃったせいで、他の女の子が篠原君に近づくと勝手に意識が向いちゃうのよ………。ま、まぁ篠原君の性格とか状況は分かってるからそれが嫌だって事はないし、そ、そういう所も結構好きなんだけど…………って、ああもう私何言ってるのよ……。」
「………なんか、ごめんな? 俺も気を付ける様にするから。」
「ううっ……もう止めて、気にしないで、恥ずかしいから………。」
魔夜から話始めた事なのに本人が顔を赤くして横を向いてしまった。なんというか、新鮮だ。こういった魔夜はいままで見ることがなかったし、こういう関係になったからこそ見せ始めた表情なのだが、正直なんかこう、クるものがある。とまぁ、それは置いておいて………。
「どこまで聞いたんだ?」
「……篠原君と澄ちゃんが危なそうな事してるってのいうのが分かるくらいまで。」
「………優達には内緒にしてくれよ……?」
「私としては篠原君に危ないことをして欲しくないんだけど………勿論澄ちゃんもね。でも、なんか大事な事なんでしょ?」
「まぁ、回避しようと思って出来ることでもないみたいだからな。」
翔がそう言って苦笑すると、魔夜は少し悩む様に唸ってから溜息をついた。
「…………何かあったら、直ぐに相談すること。絶対だからね?」
「ああ、ありがとな魔夜。」
翔が不安気な魔夜を嗜める様にそう言うと、翔の後ろの席にいる優が二人に声を掛けてきた。
「二人共、内緒話はそれくらいにして席につかないと。奏先生が来たわよ。」
「ああ、そうみたいだな。それじゃあ魔夜もまた後でな。」
「分かったわ。優、ありがと。」
「みさなーん、今日からは光明祭の後片付けですよー♪ 席について役割分担をちゃっちゃと決めちゃいましょう!! ちなみに先生はコスプレ広場の片付けに行くので後は篠原君と御島さんに任せますねー。」
全員が席に付くと、奏は教壇に立って一言そういうと、翔と澄に全てを丸投げにして自分はコスプレ広場に飛んで行った。翔と澄は顔を見合わせて苦笑すると、役割分担を決めるべく前に出るのだった。
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「へぇー……。此処ってお姉ちゃんに教えてもらったんだ。」
「ああ、そうだよ。中々良い雰囲気の店だろ? 俺も最初に来た時はびっくりしたよ。」
学園が終わり放課後、今翔と澄は例の件の相談の為に琴行きつけの喫茶店まで足を運んでいた。澄は琴に連れて来てもらったことがないと聞いていたので翔が軽く説明をすると、澄は多少不満そうな表情になってしまった。
「確かにそれも驚きだけど……、私は翔君とお姉ちゃんが二人で此処に来たって事の方が驚きだったよ? 翔君はホストにでもなれは一財産稼げると思うな、私。」
「ふふっ、確かにあの時の琴ちゃんは、恋する女の子の顔をしてたわね。……でもそっか、貴方が妹さんの澄ちゃんなのね。いつも話に出て来るわよ? なんだか初対面な気がしないわ。」
澄に注文されたケーキセットをテーブルまで持って来た那奈は、澄がそう言ってちょっと不機嫌そうにしていたのを見て、可笑しそうに笑いながらそう言った。那奈自身は琴から澄の事を聞いて写真も見せてもらっていたようなので、澄が琴の妹だと言うのは一目で分かっていたらしい。
「私は此処の店長の那奈よ。宜しくね、澄ちゃん。」
「あ、はい。姉がいつもお世話になっています。」
「ふふふっ、礼儀正しいわねぇ~。琴ちゃんの妹なだけあるわ。」
「「………え?」」
「あ、二人共? 流石にその反応は酷いんじゃないの? 琴ちゃんに言い付けちゃうぞ?」
那奈の台詞に二人が声をそろえて疑問の声をあげると、那奈も苦笑しながら冗談交じりに返した。まぁ、琴先輩は確かに見ず知らずの人には礼儀正しいし、澄もそういうところはある。二人の決定的な違いと言えば、琴はからかってくるのが好きで、澄は甘えてくるのが好きだという違いだろうか。なんだか恋人である筈の琴と、まだ何も話していない筈の澄で反応が逆な気がするが、そこは二人の性格なのだろう。澄は完全に心を許してくれているようだし。
「ふふっ、まあいいわ。それじゃあ、二人共ゆっくりして行ってね。」
「あ、はい、ありがとうございます。」
澄が律儀にお礼をすると、那奈は柔らかく笑ってカウンター席の方へ戻って行った。澄と翔が坐っているのはカウンターから一番離れた辺りの席で、周りに他の客はいない。話す時に落ち着ける場所を選択したらここの喫茶店が出てきたのだが、やはり他人でも他の誰かにこの話を聞かれるのはあまり好ましくないだろうと思い、那奈からも距離を取れる席に座ったのだ。那奈が離れたのを確認すると、澄はちょっと頬を膨らませて、翔を上目使い気味に睨んできた。
「翔君って、やっぱり女の人の知り合いが多いんだね?」
「まあ確かに、少なくはないと思うけど。そんなに言うほど多いか?」
「多いと思う。私も含めると、翔君が女の人と一緒に居ない所って見たことないもん。特に今日は、美里ちゃんと命ちゃん辺りはずっと翔君から離れなかったし。ううん、あの二人だけじゃなくて、魔夜ちゃんも翔君の事ずっと気にしてたみたい。優ちゃんに関してはいつも通りだけど、優ちゃんは前から翔君の傍にずっと居たしね。朝から真夕先輩が一人で教室に来てたのも気になるし……。うん、やっぱり翔君の周りには女の子が多いよ。」
「うっ、それは確かにそうだな………。」
特に恋人関係にある美里達に関しては、教室でもかなりべったりだし。前からと言えばその通りだが、今日の事を思い出してみても、やはり恋人になってからの方が密着度がかなり上がっていると思う。これは澄に指摘されてしまっても仕方ないだろう。
「もう、翔君はそんな事だから皆から恨まれちゃうんだよ。」
「ははは……気を付けるよ。」
まあ現段階で既に恨まれても仕方がない状態なんだけどな。澄はまだ知ってる筈もないけど。
「さてと、取り敢えず例の件について纏めてみよっか?」
「あ、ああ。そう言えばそれが目的だったんだよな。」
「だったんだよなって……翔君は危機感無さ過ぎだよ? 回数だけで言えば翔君の方が被害に遭ってるんだから、次もまた無事で居られるかも分からないんだよ?」
「確かにそうだな………悪かった。」
翔の発言に対して澄が怒った様な表情で反論した。毎回毎回随分と心配を掛けている様だし、澄が怒るのも無理はないだろう。翔は自身の発言が浅はかだったかと考えつつ、謝罪した。翔が素直にそう謝ると、澄は安心した様に微笑んで鞄からノートを一枚取り出した。
「取り敢えず、今までのケースを書いて並べてみたの。まずは地下室と言うよりも最早洞窟みたいだけど、例の階段が出現した場所ね。「学園」、「裏界」、「私の家」、「小波家の道場」の順番だけど……何か気になる点はある?」
「そうだな。取り敢えず、俺達が出向いた場所であること以外は特にないな。なんとなく、場所とはあまり関係ない気がする。」
「うん、私もそう思うわ。」
澄は同意すると、そのノートの端に『場所はランダム』と記載した。そして場所の下に澄と翔の名前を書き入れていく。
「まず学園が翔君と私、裏界が翔君だけで、私の家が私だけ、命ちゃんの家の道場が翔君だけね。……まあ命ちゃんの家に道場があるのは百歩譲って良しとするわ。なんか名家みたいだし、個人的にはなんで翔君がそんな所に居たのか問いただしたい所だけどね?」
「……ちょっと縁があってな。」
翔が適当にはぐらかすと、澄は翔をジト眼で見た後、諦めたように溜息を吐いた。なんだかその反応は少し悲しくなる。なんというか、『諦められた』と言った感じだ。だがここは藪蛇になりそうなので口出しは控えておく事にする。
「この話は後にするわ。まぁ今回の事で分かったのは、これが私だけを対象にしてる訳でも、翔君だけを対象にしている訳でもないって事ね。でも私達二人に関係してるのは間違いないわ。翔君と出会ってからだもの、こんな事になったの。」
「それは確かに俺もそうだな。……だが、俺と澄のケースで決定的に違う事がある。」
「うん、敵と思われる怪物が出るか出ないかだよね。私がいる場合は敵がいるみたい。それこそ、この星には居ない、魔法を伝えた人達の星に昔居たっていうレベルの怪物だよ。私もバーチャル空間以外であったのは初めてだった。」
「俺もだ、正直驚きなんてもんじゃなかったな。一応仮想空間で出会っていたから対処は出来たけど。向こう側の星の生き物なんて正直迷信だと思ってたよ。その星ってのは伝承みたいに話だけ受け継がれてるだけだしな。」
翔はそんな事を言いながら、学園で最初に地下へ潜った時に出会ったモンスター達を思い浮かべた。あれが幻だったというのはちょっと考えにくい気がする。質量があったのは間違いないのだから。だがどちらにしろ問題は、そのモンスターが澄が居る時だけ現われると言う事だ。
「澄、何か気付いた事はあるか?」
「うーん……何となくなんだけど。」
翔が澄に意見を促すと、澄は迷いながらだが、自分の考えを話しだした。
「あのモンスターって私の時しか出てこないじゃない? それで二人で入った時も出てきたってことは、翔君が居たから出てこないんじゃなくて、私が居たから出てきたって事になるよね?」
「まあそうなるな。実際俺だけの時は出てきてないし。」
「うん、それでね。なんとなくだけど、私一人の時の方が攻撃が激しかった気がするの。それに今思うとあのモンスターって翔君にまともに攻撃してなかった気がするし。」
「……確かに、それはあるかもしれないな。俺もちょこちょこ防御してたけど、基本澄に気を回すだけの余裕があったわけだし。向こうが俺に対して本気じゃ無かったってのは考えられるかもしれない。」
言われてみればと言った感じではあるが、その可能性が0とは言えない以上、考慮するべきだろう。それに何となくそれが正解である気がする。そうなると、あのモンスターの役割ははっきりしてくるな。
「つまりあれか、澄じゃなくて俺があそこに招待されている可能性があると。」
「そんな感じだと思う。ワープの魔法陣があったのも私の時だけみたいだし。招待されてるっていうのもなんだか変な感じだけど、少なくともモンスターは私だけを排除しようとしてるみたいに見えるし。」
「そうだな。確かにその可能性は高いと思う。実際に俺は澄が見たことのない場所まで行っているみたいだし。………出会っていない人にも会ってる。」
「………それって、小さい女の子の事?」
「ああ、そうだ。」
そういえば澄も誰か居た様な気がするとは言っていた気がするが、きちんと体面したのは俺が初めての筈だ。それに、あの人は俺の事を知ってるみたいだったし……。
「翔君の事、翔坊ちゃんって呼んだんだっけ? それって明らかに知り合いだよね?」
「ああ、爺ちゃんと森羅さんっていう人が俺の事を翔坊とか翔坊君って呼ぶんだけど。その人の呼び方は多分そこいらへんから来てるんだと思う。でもその子は森羅さんの事知ってるみたいだったけど、爺ちゃん達に聞いても知らないって言うんだよなあ。」
「………やっぱり何か別の形で会った人なんじゃない? 森羅って人の知り合いって言うのも翔君の聞き間違いとか。」
「……いや、そんな事はないと思う。確実にあの子は森羅さんの事を知ってた筈だ。」
実際にそんな話をした訳だし、あれで聞き間違えると言うのはあり得ないだろう。あれが全て夢であったのならば話は別だが。どちらにしろ、進や森羅が何も言わない限りこれは分からない問題だ。
「なるほどね。でも確かに情報は増えてきたけど、これだけじゃあ私達で何か行動を起こす事も出来ないのよね。」
「そうだな。結局のところ何も解決してないし。」
翔がそう言うと澄は暫くウンウンと唸って、唐突に椅子から立ち上がった。
「翔君、今から私と遊びに行きましょう?」
「………はい?」
「考えてても埒が明かないし、ここは一つ、久しぶりに…………ねっ?」
いや、ねっ? って言われても困るんですが……。とはいえ、確かにこのまま考え込んでいても仕方がないし、澄の案に乗るのもいいかもしれない。まあ、あからさまなデートの誘いに乗って他の皆に知れたらどんな目で見られるかあんまり想像したくないが………。いや、今更かもしれないが。
「ダメ?」
「……いいや、良いかもな。でも良いのか? 今日はもうそんなに時間も取れないけど。」
「ふふっ、良いの。そういうちょっとの時間でもリフレッシュにはなるでしょう?」
翔は、翔の返事に嬉しそうに答えた澄を見て、やっぱり早くこの問題を解決して翔自身の問題の方もなんとかしなくちゃいけないな、と自分の決意をより深くした。もしかしたら、こんな風に笑ってもらうことも出来なくなってしまうかもしれないけれど。翔はそんな事を考えながら、伝票を抜き取り会計へと向かうのだった。