第67話:同居人が増えた朝早くに
なんか予定よりもかなり遅くなりました………。地震の影響って色々な所に出るんですね。
ぴちゃっ ちゅっ ぺろっ
「………眩しい…………んっ………?」
翔は眠りから覚めて眼を開けようとし、窓からの光に眼をしかめていると眼の前に影が落ちてきた事に気付き、眼を擦って眼の前で翔の上に馬乗りになっているその人をじっと見つめた。
「………真夕、何してるんだ?」
「………おはようの………ちゅー?」
「なんで疑問系?」
「………んっ、ちゅっ……ちゅっ………。」
真夕は可愛らしく小首を傾げてそういうと、再び翔の唇を舐め始めた。翔は呆然と真夕のキスを受けていたが、舌を入れてきた辺りで我に返ると、真夕を押し倒さないように気を付けながら身を起こした。
「真夕、そういうのは朝にやることじゃないぞ? ………その格好も。」
「………嫌……?」
「い、いや、そういう訳じゃないんだけど………なんで裸ワイシャツなんだ?」
「………ショーツは着けてる………取る………?」
「…………いや、着けてていい。」
ほんのりと顔を赤くした真夕に翔がそういうと、真夕はコクリと頷いて翔にしな垂れかかった。真夕の行動の意味が分からないのと、真夕の白い肌や胸がボタンの外れたワイシャツの隙間から見えているという視覚的刺激のせいで翔は寝起き早々にうろたえてしまった。
「………脱がさないの………? ………時間は沢山あるけど………?」
「そういえば、まだ六時ですね………。」
「んっ………お母さんに言われた………。」
翔は幸せそうな表情で身を預けてくる真夕の姿に魔が差しかけたが、真由の『お母さんに言われた』という言葉に冷静になって表情を引き攣らせた。お母さんと言われれば一人しかいない、真夕の母親だろう。何を言われたのか大体想像が付くが………。
「なんて言われたんだ?」
「………朝は少し早めに起こして、裸ワイシャツで旦那様に沢山御奉仕をして愛して貰いなさいって………。」
「どいつもこいつもそんなんばっかりだな………。」
「………心も体も翔君専用になって………早く翔君の奥さんに相応しくなりなさいって………。」
「……………。」
「嘘………最後のは………私が考えた。」
「そ、そうですか。」
「ふふっ………そうなんです………。」
翔が赤くなってどもりながら言うと、真夕は珍しくクスリと笑いながら翔の頬を愛おしそうに撫でてそう応えた。真夕から受ける感じが昨日とはどことなく違う気がして翔は別の意味で戸惑ったが、真夕にとっても悪い変化には思えなかったので、お返しをするように真夕の髪を撫でた。
「………今日は……優ちゃんに朝ご飯を任せた。翔君と二人に……なりたかったから………。」
「俺と二人に?」
「んっ………伝えたい事があって………。」
「伝えたい事? 大事な事か?」
翔が首を傾げると、真夕は瞳を潤ませながら翔の胸に甘えるように寄りかかった。
「………私……黙ってた事があるの………。」
「黙ってたこと?」
「うん………聞いて欲しいの………でも………嫌いにならないで………?」
「ああ、真夕の事を嫌いになったりしないから安心して話しな。」
「大好き………翔君………。」
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「それで? ちゃんと言えたんですか?」
「うん………その………ありがとう。」
「……なんで私にお礼なんか言うんです?」
「………なんとなく。」
「あ、そうですか。」
優はそう言ってフライパンの上の卵焼きを巻いた。真夕の言葉には勿論理由があった、優にもそれは分かっている筈だ。昨日の事、真夕が隠していた策謀めいた想いを翔に伝える為に、優はいつもより早めに食事の支度を始め、真夕を翔の元へやったのだ。翔は真夕の話を聞くと笑って受け止めた。それどころか、既に少し気付いて居た様な素振りさえみせた。聞いてみると、美里がそれらしき事を翔へと伝えていたらしい。昨夜あれだけ苦しんだ自分が馬鹿みたいだと真夕は心の中で溜息をついてしまった。そしてそれが同時に嬉しくもあった。翔が真夕の想いを疑うことをしなかったのが嬉しかった。だからつい、優にお礼を言ってしまったのだ。
「でも、なんで貴方此処にいるんです? 時間ギリギリまで甘えてくればいいじゃないですか。翔は他人に甘えられるのが好きだから。別に私の事は気にしなくて良いですけど?」
「うん………でも、ちょっと気になることがあったから。」
「気になること?」
真夕がそう言ったのを聞いて、優は一瞬手の動きを止めて真夕の方へと視線を送った。真夕としても本当はあのまま登校までの間翔の傍にいるつもりだったのだが、それが理由で翔にまだ寝ていても良いと言う旨を伝え、優の手伝いに来ているのだ。
「………聞いてもいい?」
「答えられる事なら。昨日も言いましたけど、翔から悪意が感じられない理由は言えないからそのつもりで。」
「ううん、違う………優ちゃんの事。」
「私の事?」
「そう………聞きたいのは二つ………。」
真夕は優が視線を向けてくると、その隣に立って包丁を持つと、サラダ用のレタスとトマトを切り始めた。優も料理を続ける。真夕はそのまま優へと話始めた。
「優ちゃん………元々本当は女の子だった………?」
「唐突に何を言うんです?」
「……男の子の時、優ちゃんから変な感じがしたから……今の方がしっくりくる……男の子の時………無理して男の子を作ってたみたいな………。」
「それは貴方の気のせいでしょう? 私は……。」
「新羅御婆様から聞いたの。」
「………っ……!!」
「………ごめん、嘘……悪意の無い嘘を見抜くには………カマを掛けないといけないって御婆様から習ったから………。」
真夕がそう言うと、優は調理の手を止めて珍しく愕然とした様な表情になった。だが、直ぐに呆れ混じりの表情へと戻した。
「貴方………。」
「…………優ちゃんの事、前からずっと不思議に思ってたから………それに、これで確証が持てた………。」
「確証?」
真夕がそう言うと、優が訝しげな眼で真夕の眼を見据えた。真夕はちょうどサラダの盛り付けを終えて、トッピングに卵でも乗せようかとゆで卵を作り始めていた。暫く手が空く事となった真夕は体ごと優へ向くと続けた。
「……もう一つ聞きたい事があるの………優ちゃんが、しようとしてること。」
「それこそ意味が分からないんですけど?」
「そんな筈はない……優ちゃんは翔君に何かさせようとしてるか、翔君にしようとしてる……そうじゃないなら……なんで翔君が好きなのに翔君を独占しないの? ……なんで態々男の子になって翔君の傍にいるの……?」
「なるほど、確証っていうのはそういう事ね。」
真夕が視線を厳しくして優を見つめると、優はそう言って溜息をついた。そして何でもない事の様に再び調理に戻った。
「それこそ貴方には関係の無いことです。私の問題ですもの、答えられないわ。」
「……本当に私には……関係の無いこと……?」
「ええ、貴方達全員に関係の無いことですよ。」
「………………。」
優の言葉に真夕は黙り込んでしまった。優の言葉を全部信用している訳ではないが、翔の事を好きでいるのは間違いないと真夕は思っている。だから、今はその言葉を信じることにした。
「……分かった……。」
「それじゃあ、早く準備を終わらせましょうか。たまには翔を早起きさせるのも良いでしょうから。さっきは真夕先輩だったんですから今度は私が起こしに行きますからね?」
「……それは分かった。」
真夕は優の言葉を渋々了解すると、ゆで卵の出来を確認するための串を取りに台所の収納スペースを漁り始めた。真夕が来てから初めての朝食を終えて、翔達が学園へと登校を始めるのは、いつもよりも三十分ほど早い時間だった。