第61話:小波陰謀事件?
すいません、受験直前でかなり忙しいです。
ドォォォォォンッ!!
「くぅっ……これは、冗談じゃないな。」
「ここは危険です。正影様はお下がり下さい!!」
「おいおい、私が下がったら全滅するだろう? ………いや、大して変わらないか。先程のと同等が来たら、そこで終わりだな。」
ニ射目になる光の柱を、正影と呼ばれた命の父親は、正面から受けるのを諦め、横に素早く跳ねる事で避けた。……いや、寧ろ避けられる様に放たれた魔法だったのだろう。母屋の結界は一射目で既に消し飛んでいて、自分達の魔法と比較するにも魔力と魔法の質が違い過ぎた。だが、今の一撃を避けきれなかった衛兵達が意識を失ってはいるがまだ生きている事を考えると、殺すつもりはなかったらしい。
「避けましたか。流石は小波家当主ですね? でも無駄です。貴方達は、貴方達だけは、楽に死ねるなんて思わないで下さいね……?」
「ちょっと待ってくれ。さっきから話が全く見えないんだ、なんで君が私達を攻撃して来るんだ……?」
「惚けないで下さい……貴方達は、一番してはいけない事をしたんですから。」
「い、一番やってはいけない事と言われても心当たりがねぇ……。」
その敵の威圧感に、正影は一歩後退した。分が悪いというレベルの問題ではない。これだけの魔法を察知出来なかった時点で力の差は明白だ。後は目の前の敵を説得出来るかどうかにかかっていたが、正影には攻撃されている理由すら分からなかった。
「……さて、そろそろお返し頂けませんか? でないと私、本当におかしくなってしまうかもしれませんよ?」
「……返すとは? 頼むから一度説明を……。」
「……早くしないと、もう、我慢の限界なんです…………貴方の大事な人も、皆いなくなっちゃいますよ?」
正影はその敵に説明を求めてそう言ったが、まるで聴こえていないかのような反応しか返してこない。そのまま硬直を続けていると、向こうが痺れを切らしたのか、気配と姿を完全に消した。正影が態勢を立て直す為に一歩下がると、別の方向から命と翔の声が聴こえ、咄嗟にそちらを振り向いた。
「命……それに篠原君!?」
「父様、御無事ですかっ!?」
「酷いですねこれ、一体誰がやったんです? かなり強力な魔法みたいでしたけど。」
翔がそう言って結界が破壊された母屋を見ると、正影は消えた気配を探りながら、気配ごと消えた少女の居た方に視線をずらした。
「………誰も何も、君の………。」
正影が翔に話し掛けると同時に、近くで魔力の爆発が起こった。
「なんだっ!?」
「……えっ……?」
爆発の方に翔と正影が合わせて視線を動かした瞬間に、翔の体は宙に上がった。正影も警戒はしていたのだが、少女の速さにまるで反応出来ずにあっさり、正影と命の間に居た翔を奪われてしまった。命は状況が飲み込めずに硬直した。当人の翔も一瞬何が起こったのかまるで理解出来なかったが、自分の状況に気付き、なんとか逃れようと魔法を使おうとして…………固まってしまった。翔を抱いて跳躍した少女が地上に下りた瞬間、今日の朝からつい先程まで、ずっと自分の側にあった、優しく、甘い香りが翔を包み込む。
「み、美里………? こんな所で何してるんだ?」
「大丈夫……ちゃんと本物です。魔力も、気配も、優しい感じも、全部本物の翔さんです……良かった、翔さん……。」
「………全く状況が飲み込めないんだけど……。」
翔を地上に降ろした後、抱き着いたまま嗚咽を漏らす美里の背中を、翔は落ち着かせるように優しく撫でた。それから、状況説明を求めるように正影の方を見る。少し批難をするような眼差しになってしまったのは、美里の状態を見れば、まぁ仕方ないだろう。
「……返してと言うのは篠原君の事だったのか。」
「……何を今更……。未遂だからといって、翔さんへの無礼だけは誰であろうと許しませんよ……!!」
「お、おい美里……。」
「翔さん、これが終わったら私の家に行きましょう。もう絶対危険な目には合わせませんから……。」
翔にそう言った美里は瞳を潤ませて、泣き腫らした後の様な顔をしていたが、声色はいつも通りの慈愛に満ちたものだった。だが、翔にこれからの事を見せない為か、胸に抱きしめた後の表情には、そんなものは皆無だった。
「命ちゃんは、味方だと思っていたのですが。」
「私は美里の味方のつもりだが……。父様、美里に何をしたのです?」
「それがねぇ、本当によく分からないんだよね。」
「よく分からないって……。」
命は呆れたように自分の父親を見て、それから説明を求めるように美里を見た。そんな二人を美里は汚い物を見るような眼で睨んだ。
「……翔さんを誘拐して、私を脅迫しておいてよくそんな事が言えますね……? 翔さんを人質に私をコントロールするおつもりだったのでしょうが、残念でしたね。翔さん以外のいいなりになるくらいなら、私は翔さんと一緒に死にます。私はもう、この方に身も心も捧げたのですから。」
「……人質? 脅迫?」
「命、そんな眼で見ないでくれ。私にも意味が分からない。関与していない。」
美里はそういうと、命が正影に疑念を視線を送るのも気にせず、翔をうっとりと、大事そうに抱きしめ直した。そして視線を二人に向け直す。
「さぁ、もう良いでしょう? 翔さんにこれだけ無礼を働いたと言うのに、長生きし過ぎです。」
「……なぁ、美里、やっぱり脅迫なんて何かの間違いじゃ……?」
「駄目ですよ、翔さん。翔さんがお優しいのは美里も良く存じておりますが、翔さんの身に危険があるのでは駄目です。翔さんを危険に晒すくらいなら、犠牲の百や二百は………。」
「いやいやいやいや。」
そこまで来て翔は気付いた。今の美里はちょっと、いやかなりキレてる。翔としては自分の為にと、嬉しいやら、何とかしないとな、と頭が痛いやらで複雑だ。いつもの美里ならば翔が止めれば直ぐに止めただろうが、今の美里は眼が据わっていて、言う事を聞きそうにない。
「さぁ、翔さんが戻って来たなら遠慮はしません。でも、簡単には終わらせません。……そうですね、取り合えず動けない程度に痛め付けましょうか。」
「なっ、み、美里!! ちょっと待て!!」
「ごめんなさい、命ちゃん。復讐の為に私が狙われるなら返り討ちに出来ますけど、翔さんにという可能性がある以上、貴方達は全員危険です。命ちゃんの事は大好きですけど、私の大事な人を傷付けるくらいなら………消えて下さい。」
美里がそう言って空に手を掲げると、空中に巨大な円が描かれた。どこにも杖が見当たらないが、どうやらそれが魔法の起動方法らしい。周りの空気がピリピリと痛くなる。
「美里、私の話をっ!!」
「おい美里、本気か!? 少し落ち着け!!」
「いくら翔さんのお願いでも無理です。翔さんに何かあったらこんな世界になんの価値もないんですから……危険は少ない方がいいんです。」
「そう思ってくれるのは嬉しいんだけどなっ!!」
完全に眼が据わっているいて、本気でキレているらしい美里に、翔は溜息をついた。正直、翔が魔法を使って止めたところで、美里の魔法を止められるかは分からない。創造空間と現実ではやはり違うし、自分の力と言うものが数値で出ていない以上、やってみないと分からないのだ。魔力では勝っていても向こうは魔法と言う物のプロである上、さらに言えばその中でもまず間違いなく最強クラス。それに、もしかしたら美里に裏切られたと思われるかも知れない。そうなったらかなり最悪だ、かなり不安定になっている上に美里の事だから、舌を噛んで死ぬとか言い出し兼ねない。
「ああ、くそっ。どうするべきか……。」
翔が考えている間に、美里が周りを牽制しつつ魔法を完成させる。……今回は正直、範囲が広すぎる。先程と同じ範囲なら防ぎ切れるかも知れなかったが、この屋敷中を範囲にするような真似は翔には出来ない、確実に被害が出る。命達が最終手段とばかりに攻めに転じて突っ込んで来るが、美里の防御陣に軽くあしらわれてしまう。
「じゃあ、行きますよ。さよなら、皆さん。」
「美里、止めろ!!」
「翔さん、心が痛むなら後で私で晴らして頂いて結構ですから、今はお許し下さい。」
美里は最後にそう言うと、命達に向かって、冷たく微笑みかけた。
「ストップ、ストップ!!! それ以上はかなり洒落にならないですよ!!」
「か、神斗君?」
「ああ、命ちゃんの弟さんですか。何の用です?」
「何の用と言うかなんと言うかですね……。」
神斗は半壊した母屋を見て、何故か、しまったなぁ、と言うような表情をした。翔はそれで感づいた、恐らく今回の事には神斗が関与しているのだろう。
「美里さん、何故この様な事を……?」
「だから先程から言っているではないですか、貴方達が翔さんを誘拐して、私に投降を命じたからです。」
「ああ………成る程。そう取る事も出来ますね。」
「神斗、お前また何かしたのか?」
神斗が苦笑いをして命からの疑念の視線を避けつつそういうと、翔はもう神斗の関与を確信した。
「神斗君。君、今度は何をしたんだ?」
「うっ、そんな眼をしないで下さいよ。ただの誤解ですってば。」
翔の視線に、更にいたたまれなくなった様に神斗は後退した。まぁ、良いタイミングで出てきた事には感謝しているが。翔の隣では、その神斗の言葉に反応した美里が訝し気な視線を送っている。
「誤解ってどういう事です? 誤解であろうとなかろうと、翔さんを誘拐したのは本当の事でしょう?」
「誘拐……?」
攻める美里の言葉に、翔は初めて気付いた。そもそもここに来た理由を説明すべきではないのか。
「なぁ美里、俺は別に誘拐なんかされてないぞ? 自分の意思でここに来たんだ。」
「そ、そうだ美里、私達は誘拐なんてしていない。翔殿を家に泊めようとしただけで!!」
「命ちゃんの……家に……?」
命の発言に、美里は直ぐさま瞳に涙を溜めながら言った。命は言ってからそれが失言だったと気付いた。
「翔さん、私がお誘いしても駄目でしたのに………そんなに美里と一夜を共にするのがお嫌でしたか……?」
「は? え、いや、そんな事はないんだけどな? おい美里、なんで舌をって待て待て待て待て!!! 嫌なんかじゃないからちょっと話を聞けっ!!」
命の言葉を、自分では役不足だと勘違いした美里が舌を出して、自ら噛み切ろうとしたのを見て、翔は美里の口に手を入れて防いだ。美里が批難の眼で見てきたが、そんな事をさせる訳にはいかない。命もそれを見て、慌てて説明に乗り出す。
「しょ、翔殿は私の稽古に付き合ってくれようとして過労で倒れたんだ!! だから私が今日は泊まるように言ったんであって断じて美里に魅力がないわけではない!!」
「か、過労って……? それは本当に……も、もしかして私のせいですか? 私のせいで翔さんが………私は死んだ方が良いですね………。」
「だぁぁぁぁっ!! そんなわけないだろう!! 美里とのデートは楽しかったし、疲れてなんかないよ!!」
完全に自虐モードに入った美里を翔は必死になって止めた。神斗と正影はそれを茫然として見つめている。やがて、美里が落ち着くと、翔を独占する様に抱き着きながら、神斗と正影に疑念の視線を投げかけた。
「で、でもそれじゃあ先程小波から九条院の屋敷に掛かって来た電話はなんだったのですか? 使用人が私に小波に投降する様に言われたと……。」
「だからそれも誤解だって言ってるじゃないですか。僕はただ、『そちらの婿君である篠原翔を預かっています。九条院の姫君もこちらへ来てはいかがでしょう?』と使用人の方に……。」
「神斗、九条院と小波でのそれは誤解されるに決まっている……。」
神斗の言葉に命がげんなりとした顔で返した。……翔はふと、先程の神斗の意味あり気な笑顔を思い出して、ぞっとした。
「で、では、本当に私の誤解だったのですか? 翔さんをどうにかしようと言う事はなく?」
「ええ。ただこちらに婿君を無断で泊めるのはどうかと思い、連絡しただけです。」
「ふぅ………。」
美里はそれを聞くと、心底安心し切った様に、くたりと翔の胸の中に倒れ込んだ。どうやら今までの緊張が解けたらしい。命も正影も次々に安堵の溜息を漏らす。……しかし、翔にはどうにも納得がいかなかった。
「なぁ、神斗君。」
「何ですか、篠原さん。」
「さっきの伝言、本当にわざとじゃないんだよね……?」
「…………わざとじゃないですよ?」
なんだその間は。と翔は突っ込みたくなったが、神斗はニコニコと笑みを浮かべるばかりで何も言いそうになかったので、取り合えず諦める。……まぁ、少しお仕置きは必要だろう。
「命、この荒れたり壊れた場所の整備は神斗君に任せるべきだと思うんだけど。」
「……そうだな。元はといえば神斗の不用意な発言が原因だ。」
「…………え?」
パッと見る限り、あちらこちらが焼け焦げていたり、土がえぐれていたりする。結界も補給が必要だろう。……お仕置きにはちょうど良いかもしれない。
「よし、では神斗は一人で後の掃除をする様に。」
「ちょ、待って下さい。これを一人でとか無理ですって!! そもそも僕だって病み上がりだし!!」
「駄目だ、取り合えず一人で全部の修復が終わるまでは寝かせん。……使用人にもそう言い聞かせておくからな。」
「……うぅっ……これも姉さんの為なのに……。」
「何か言ったか?」
「……何でもありませんよ。」
病み上がりと言う言い訳も通じず、説教+お仕置きを溜息混じりで受けながら、神斗は恨めしそうに荒れた庭を見た。